悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜

水月華

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第1章

14.味方が増えました

 本当ならばレティシアはこの2人にすら、自身の計画を伝える気はなかった。

 きっと2人がレティシアの計画を知ったら、きっと全てを捨てて協力してくれる。

 その事を理解していたからこそ、巻き込みたくないからと言うつもりはなかった。

 けれど今の2人は、バンジャマン達の理不尽さに許せず、行動に移ろうしている。

 今、2人が動き出せば、きっとバンジャマン怒りに任せてこの2人を追い出してしまうだろう。

 それはレティシアの望む事ではないので、止める為にも伝えるべきだと思ったのだ。

 前世の記憶云々は無しに、レティシアから見た事実を淡々と重ねていく。

「お嬢様、それはどう言う事でしょうか?」
「わたくし、もう公爵と公子を家族と思えませんの。なのでレティシア・ド・リュシリューの名を捨てて、他国へ亡命しようと思っていますわ」
「ぼ、亡命⁉︎」

 ルネの質問に答えると、ジョゼフは素っ頓狂な声を上げて身を乗り出してきた。

 レティシアは頷く。

「ええ。わたくし、考えたのです。このまま行けば、ジルベール殿下は無事立太子される事でしょう。しかし婚約者であるわたくしとの関係が冷え切っているのは、公然の秘密ですわ。ここまで来れば、もう関係を修復することは不可能でしょう。その状態で民は安心できるのでしょうか?」
「そんな、しかし、お嬢様は才媛の誉れの高い方でいらっしゃいます!」

 レティシアの言葉に、ルネは反論する。

 褒められた経験の少ないレティシアは、ルネの言葉に嬉しくなる。

「ありがとうございます。とはいえこちらは建前ですわ」
「建前……というと?」
「わたくしが王族と縁付くと言うことは、必然的にこのリュシリュー公爵家が更に力をつけると言うこと。……あの2人にこれ以上の権力をつけることを、何としてでも妨害したいのです」
「お嬢様……」

 ジョゼフの顔が曇る。レティシアは沈痛な面持ちで、視線を下げた。

「私怨だと言われればそれまでですわ。しかし、あのような人間性の人たちが将来この国の中枢にいるとなれば、それこそ民が路頭に迷う可能性だってありますもの。あの人達にこれ以上の権力を与えない為にも、わたくしは亡命しようと思ったのです。殿下の婚約者が不祥事を起こして、尚且つ亡命したとなればリュシリュー公爵家は間違いなく責任を取ることになる。そうすれば、彼らの力を削ぐことが出来ますわ」

 そこまで伝えて、一度息を吐く。

「……正直、あの人達と血が繋がっていると言う事実すら、考えるだけで寒気がしますわ」
「…………」
「ごめんなさい、こんな話を突然してしまって。だからわたくしは大丈夫ですわ。学園での騒動も、狙ってのことですし」

 2人は無言になる。

 と思えば、2人で顔を見合わせて頷いてレティシアを見た。

「分かりました。我々はお嬢様に協力します」
「え? ……何を言っているのですか?」
「私はずっとこのリュシリュー公爵家に仕えてきました。だからこそ、旦那様の暴挙は見過ごすことが出来ません。先代、そして歴代の当主様達も、今の状態を見れば、落胆されてしまう事でしょう。ここまで旦那様の暴走を止められなかった私にも問題があります故、責任を取らせていただきたいと思います」
「私もお嬢様のことに心を痛めてきました。そして夫人の最期を知っているものとして、尚更今の状態は我慢なりません」
「2人とも……」

 レティシアの胸は一杯になり、言葉が紡げなくなる。

 絶対的な味方がいると言うことは、こんなにも心強いのか。レティシア自身が何も返せていないのに、ここまで寄り添ってくれることに感謝している。

「……ありがとうございます。わたくし、せめて2人には迷惑かけないようにと……動いてました」
「それも今日までです。お嬢様、私達を頼ってください」
「ええ。貴女は強い令嬢です。しかし、まだ成人していない子供でもあるのです。どうか、我々を頼ってください」

 その言葉にレティシアは、遂に瞳から雫を零した。

 ロチルド商会と言い、ジョゼフとルネと言い、レティシアは恵まれていると思った。

 本当に嬉しかったのだ。

 ルネに背中を摩られたその暖かさ。こんなに人の体温は安心するものだと、思い出させてくれた。


 ◇◇◇


「ごめんなさい、落ち着きましたわ」
「まあ、まだ胸を貸しておりませんので、早いですよ?」
「ふふっ」
 
 暫くして落ち着いたレティシア。
 ルネの言葉に、思わず笑みが溢れた。
 すると、2人揃って固まってしまう。

「? どうしました?」
「……お嬢様の心からの笑顔を初めて見ました」
「はい、これは、こんな……」

 ルネの言葉に、頷きながら意味の無い言葉を繰り返すジョゼフ。

 レティシアも指摘されたことで、そういえば愛想笑い以外で笑ったことがないなと今更ながら思い出した。

 いや、正確には人前で、か。

 前世の記憶が戻ってからは、コレットと攻略対象者のイベント関連でニヤニヤしていた。一応、周りに人がいない状態なので、他人がレティシアの笑顔を見たことがないと言うのは正しい。

 あの時のレティシアの顔は、人に見せられるものでも無いので、これからも誰にも見せるつもりはないけれど。

 自然な笑顔が増えていけば、人形令嬢とは言われなくなるかも知れないなんて、レティシアは思った。

「2人とも、本当にありがとう。けれどこれからも、今までと同じようにして欲しいの。出来ればわたくしが亡命する時まで、あなた達にはここにいて欲しいわ」
「お嬢様……。大丈夫です。これからも、周りの目を掻い潜ってお世話させてもらいます!」
「そう言う事ではなく」

 ルネの負担が増えてしまう事を懸念したレティシアだったが、ジョゼフが嗜める。
 
「しかしお嬢様、ルネの言うことも必要ですぞ。恐らく、お嬢様の食事は今までより酷いものになると予想されます。……私も尽力して、なるべく目を光らせておきますが、何せ再三注意しているにも関わらず、お嬢様への態度を改めない者達ばかりですから」

 なるほど、とレティシアは思う。確かに、食事も自室で摂ることになることを考えると、そもそも食事がちゃんと用意されるかも怪しい。

 ルネとジョゼフ以外の全員、レティシアを下に見ているのだから。

「そうですわね。彼らと食事をしなくて済むのは好都合ですが、そういう事は考えておりませんでしたわ」
「その辺りは、私が何とかします故」
「私はなるべくお嬢様のそばにいます。ジョゼフさん、お願いしますね」

 ジョゼフとルネは、お互いの役割分担もサクッと決めた。

 元々周りに流されず、自身の意見を通す強さを持った人達だ。優秀さも他より抜きん出ている。

「ところで、お嬢様。亡命のための準備は、何か案があるのですか?」
「ええ。資金はロチルド商会に協力して貰っています。亡命先はいくつかリストアップしていますわ」
「早いですね」
「出来れば、1年半後を目処にしていますの。なので時間は余りありませんわ」
「1年半後……丁度学園を卒業される年ですね」
「ええ。それまでにわたくしの評判をなるべく落として、婚約破棄に持って行きたいのです」

 ジョゼフに話していると、ルネが思わずと言った調子で割り込んできた。

「ちょっと待ってください。なぜ婚約破棄の必要があるのでしょうか? それに評判を落とすこともないと思うのですが」
「それはわたくしが、第一王子の婚約者だからですわ。わたくし達は政略結婚。よっぽどの理由がない限り、結婚することが決まっています。そして亡命したとしても、婚約者のままであれば捜索されてしまうでしょう。更にジルベール殿下も婚約者に逃げられた王子として、評判を落とすことに繋がってしまいますわ。殿下にはご兄弟がおられますし、最悪立太子できない可能性も出てきてしまいます」
「……お嬢様は、殿下に立太子して欲しいのですか?」

 ルネの質問に、レティシアは力強く頷く。

「はい。わたくしはジルベール殿下は将来、この国を背負って立つに相応しい方だと思っております。ですから、ジルベール殿下の足枷にはなりたくありませんの」
「……そこまで、想っていらっしゃるのに、一緒にはいられないのですか?」
「わたくしとジルベール殿下の仲は、最早修復不可能でしょう。これはわたくしのせいでもありますわ。それにジルベール殿下と共に生きることは、このリュシリュー公爵家から離れられないということ。どちらかを天秤にかけた場合、わたくしは一緒にいられないと判断しました」
「……そうですか。お嬢様の意思が固いのなら、私はついていくまでです」

 レティシアの言葉に、ルネは引き下がる。

 もう決めたことだ。何度も色々な案を考えて、辿り着いた答え。そう簡単に覆りはしない。

「……評判を落とすというのは、具体的にどの様な事をするおつもりですかな?」
「今、とっても優秀な特待生がいるのです。彼女はその優秀さで、他の者から反感を買っております。かなり酷い事をしている輩もいるので、彼女に危害を加えないように、わたくしが虐めるのです」
「……お嬢様が虐める?」

 ジョゼフとルネは、意味がわからないとばかりに首を傾げている。

 まあ、今の話では無理もない。

 レティシアは頷いて、話を続ける。

「ええ。詳しく説明しますと、他者がその特待生を虐めないように、わたくしの獲物だと宣言してきました。他者の手垢が付いたものは欲しくないと宣言をして」
「なるほど、毒をもって毒を制すような状況ですな」
「わたくし、その特待生には期待していますの。ですから、ちゃんと卒業していただきたいです。ならばその方を守りながら、わたくしの評判を下げるようにすれば、うまく行くのではないかと考えております」

 ジョゼフは顎に手を当てて考えているが、ルネは不満そうな表情を隠しもしない。

「そんな……お嬢様が悪者になるなんて……」
「ルネ。わたくしは今まで、ジルベール殿下の婚約者に相応しくあるようにと努力を重ねてきました。しかし、評判は“人形令嬢”というレッテルを貼られています。ここまでしても評判は上がらず、むしろ下がっているのであれば、これ以上下がったところで何の傷も増えませんわ」
「……」

 それでも不満そうなルネ。

 客観的に見れば、大切な人が不当に扱われている現状すらなんとかしたいのに、更に下へ行こうとするのは我慢ならないのだろう。

 レティシアだって、その気持ちは痛いほどよく分かる。

 だからレティシアは、そっとルネの両手を包み込むように握った。

「例えこの国の全てが敵に回ろうとも、貴女達が味方でいてくれた……。その事実だけでわたくしは十分ですわ」
「お嬢様……」
「それに新しい土地にいけば、この国での評価なんて当てにならないですもの」

 そう言うと、ルネはレティシアの手を力強く握り返す。

「分かりました……! このルネ、新しい土地でお嬢様の素晴らしさを伝える為に、尽力いたします」

 その言葉に、レティシアは目を丸くする。
 
「え? ルネ、まさか亡命先についてくるつもりなのです?」
「この状態で、なぜそこに疑問を持つのですか? もちろん、水の中だろうが火の中だろうが、地の果てまでお供するつもりです」
「でも……」

 流石に楽な生活ではないだろうし、それを押し付けるのは、とレティシアが考えていると。

「そうですぞ。私ももちろん、ついて行きます」
「ジョゼフまで……」

 ジョゼフも付いてくると言う始末。

 ルネは確かにまだ独り身ではあるが、ジョゼフは孫までいた筈。

「なあに。老体ではありますが、役に立ってみせましょうぞ。それに家族にも説明すれば、分かってくれるでしょう。元々、年を理由に引退してはどうかと言われておりました故」
「けれど……」

 それでもレティシアが渋ると、ルネが怒ったように宣言した。

「お嬢様! 私達を置いていくと言うのなら、これからお嬢様の評判を上げることしかしないですが、よろしいですか⁉︎」
「そ、それは困ります。……分かりました」

 そう言われては、計画が根本から崩れてしまう。

 レティシアが条件を呑むと、満足そうにルネは腕を組んだ。

 ジョゼフも嬉しそうだ。

 レティシアは心の中がむずむずするような感覚を覚えながら、空気を変えるように全く別の話をする。

「能力は全く疑ってはいませんが、ジョゼフ。貴方、一体何歳なのですか? 長旅になるのに付いてこようなんて」
「ほっほ。気持ちはまだまだ20代のつもりですぞ」
「ジョゼフさんが20代なら、私は10代ですね。お嬢様は……8歳くらいでしょうか?」
「ちょっとルネ、それは幼すぎるわ」

 そう言った後、部屋の中は笑いに満たされた。

 3人の明るい笑い声に触発されるように、消えかけていた虹が、再びその姿を現していた。
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