(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜

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第一巻:春は、あけぼの

一年まえ÷今日

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 もっと静かな感じの会場を想像していたのだけど、地図アプリが指し示していたのは、店内から盛大に笑い声が溢れる居酒屋だった。
「・・・こんばんは」
 ドアを開けると、コの字型のカウンターの中から、ショートカットを赤く染めた小柄な女性が、
「ごめんねー。今夜は貸し切り、」
「あ、ママ、私が呼んだ。せ・・・あの、沢田さん」
 駆け寄ってきたのは、制服にエプロンをつけたあみだった。
 では、カウンターの中の女性が、彼女の母親なのだろう。
「はじめまして、沢田です。この度はお報せいただき、ありがとうございます」
「・・・暗い雰囲気じゃなくて驚いただろう。何、飲むんだい?」
「ママ、先にお焼香!」
 俺の手を引いた先には、カウンターの角におかれた黒縁の写真と線香台。
「これが、おにいちゃん」
 俺は、線香を手にし、ロウソクで火をつけ、ふって消す。
 手を合わせ、黙とうを終えると、あみにカウンターの隅に連れていかれた。
「・・・今日は、おにいちゃんの一周忌に来てくれて、本当にありがとう」
 そう、ネットニュースの通知で知ってしまっていた。
 一年前の今日、彼女の兄が自殺したのだ。

 デビューは、あみの方が先だった。
 その彼女に、顔立ちが似た美形の兄がいる、と事務所の目に留まり、所属した。
 でも、結論からすれば、彼には、向いていなかったのだ、芸能界が。
 さっそく読者モデルとしては人気が出たが、ルックス・歌・ダンス・演技に定評はあるが、なかなかオーディションでは事務所が期待するような結果を出せず、妹の七光りと、心ない者から揶揄された。
 彼がそれに悩んでいるのは、みな知っていた。
 だが、幼いころは泣き虫だったらしいのに、仕事・レッスンでは笑顔を絶やさない彼に、誰もそこまで深刻だと思っていなかったのだ。
 事務所が借りていた自室で、ドアノブで首を吊った姿で発見されるまでは。
 あと一年、いや数か月もあれば、結果を出せる、と手応えが感じられ始めた矢先のことだった。
 でも逆に、その一歩の届かなさが、彼を絶望させたのかもしれない。
 当時、家族をより苦悩させたのが結局、事故か自殺か結論が出なかったことだ。
 そして、あみは、自分がデビューしていなかったら、とも考えたようだ。
「家族を、ちゃんと紹介できてよかった。あ、パパの写真は、また今度ね」
 今度もなにも、スマホででも見せない限り、そんな機会はこないと思うし、そんな風に扱う写真でも、仲でもないだろう。
「もう、いいだろう?沢田さん、何飲むんだい?」
 壁を見渡して、
「生ビールでお願いします」
「はいよ」
 ドンとカウンターに大ジョッキがおかれた。
「うち回数、注ぐのが面倒で、デカいジョッキしかないから。でも温まるまで放置も禁止」
 ズシリ、と重い。
 重いな。
「献杯」
 とジョッキを上げると、そこかしこから『献杯』と唱和があがった。

「ケンちゃんはもー、寝小便が治らなかったな、おい」
「中学まで、だっけな?」
「いっつもいっつも、メソメソメソメソ」
 本人がいたら、いたたまれないだろうが、この人たちなりの弔い方なのだろう。
 みな、この店の常連で、彼を幼少のころから知っていて、身内同然の人たちだった。
 何を言うのも、残された者の特権だ。
 文句があれば、バケて出てくればいいのだ。
 でも、話を聞くに、故人は繊細な人物だったのだろう。
「生き難い子だったと思うよ。だから、楽になったんだって、思うことにした。今、あの子がここにいたら『どうして?』じゃなくて、『お疲れ様』って言えるさ」
「おにいちゃん、私がメソメソしてると、つられてメソメソしちゃうから。おにいちゃん思い出すときは、絶対に笑う」
 それが、いろいろあっただろう一年かけての一家の結論のようだ。
「沢田さん、驚いただろう。こんな一周忌」
「ええ、正直に言うと」
「お経は、お昼にあげてもらったから、もう辛気臭いのは、そこまでさ。文句があるなら、バケて出てくればいい」
 思わず、笑ってしまった。
「俺も、『文句があるなら』って思っていたので」
「いいねえ。いいねえ」
 豪快に笑いながら、デカいジョッキに入った透明だが水ではないモノを、グビグビと飲み干す。
「ところで、沢田さん。うちの娘と、どういう関係?」
「同級生です」
 驚いた顔をしながらも、俺の制服と娘のを見比べて納得したらしい。
 喪服、とも思ったのだが、やりすぎな気もして、学生なら正装は制服なので、それで来たのだ。
 店のご常連たちも、スーツだったりするが、喪服はいない。
「ああ、あの学校は、学生が、先生役もやるんだっけ?」
「そうです。いろいろな年代の学生がいますよ」
 彼女は、うんうん頷き、
「ところで、沢田さん。うちの娘と、どういう関係?」
 ああ、酔ってるのか。
「ど、」
「娘が、たったひとり、兄の一周忌につれてきた男を、同級生なんて言い訳じゃ、騙されてあげられないねえ」
 食い気味に遮られた。
 店内は静まり返り、看板娘がつれてきた男を、見つめていた。
「・・・ママ、飲みすぎ」
 そんな沈黙を破って、あみが、母親のジョッキに緑茶を注いだ。
「じゃあ、先に、男を連れてきた娘の言い分を聞こうじゃないか?」
「言い方よくない!」
 ビシーッと指刺して注意したが、母親は慣れているのか、動揺も容赦もなく、
「で?」
 あみは急に、モジモジとしだし、
「・・・だって、こんな予定じゃなかったのに。それに、ここ全然ムードないし。憧れのシチュエーションとも違いすぎ、」
 と呟いた。
「聞こえないよ?」
 母親に言われ、ふうーっと息を吐くと、俺の方を向いた。
 そして、目を見て、
「・・・好きです」
 きっと、俺が「え?」という顔をしたので、聞こえなかったと思ったのだろう。
「好きです!」
 大きな声で、繰り返した。
 どっと沸く店内。
 囃し立てる声が響く。
 それに対して、パニックになった俺の口から、ようやく絞り出せたのは、か細く、
「・・・ど、どうしてそんなことを?」
 決死の告白に、そんなどうしようもない疑問で返されたあみは、息を吸って叫んだ。
「どうしてかなんて、わかんない!」
 思わず、皆が耳を押さえた。
 さすがは、ボイスレッスンを受けているアイドル。
「だって、きっと優しいと思ってたのに意地悪だし!本音は口に出さないから何考えてるんだかわかんないし!すぐ大人ぶって子供扱いするし!」
 俺、ディスられてますよね、今。
「年が離れてるのも!親子みたいって言われるのも!犯罪者って言われるのも!全部わかってるもん!」
 実は、嫌われてるんじゃないかな、俺。
「でもでもでも!好きなんだもん!大好きなんだもん!好きに理由も言い訳もいらないって!言ってくれたじゃない!」
 修学旅行の居酒屋での話か、でもあれはアイドル稼業のことで。
「好きなんだから!仕方ないじゃない!」
 静まり返った店内に、あみの荒い息づかいだけが、聞こえた。
「・・・さて、娘の言い分はわかった。で、沢田さんの回答は?」
 回答?
 俺の?
「娘に告白されて、ダンマリはないだろう?」
 回答もなにも、彼女は未成年のアイドルで、俺は五十のオッサンで。
「・・・お」
『お?』
 あみも、母親も、弔問客も息を潜めて、答えを待っている。
「・・・お友達からお願いします」
「ええええええええーっ」
『はあああああああー?』
 店内に、あみの叫びとブーイングが轟いた。
 母親までが、こんなオッサンと娘がつきあうのを喜ぶはずがないのに、非難の目をしている。
 俺は、立ち上がって叫んだ。
「じゃあ言うが!こんな美少女が、こんな年のオッサンに惚れてるだなんて、お前らなら信じられるか?だって、アイドルなんだぞ!絶対に、何か壮大な勘違いしてるんじゃないかって思うだろ?もし信じて好きになった後、その勘違いがわかったら、俺はどうしたらいいんだ?ヘタレてんじゃない!そもそも未成年なんだぞ!手だせないんだぞ!だから友達『から』なんだろうが!」
 思いっきりわめいて、我に返った。
 とんでもないことを口にしてたぞ。
 裁判になった場合、陪審員よりも証人席が多数だ。
「母親としては、及第点あげてもいいと思うけど、娘本人としては、どうだい?」
「お友達からの、おつきあいで!」
 あみが、胸に飛び込んできた。
 そして、腕の中で囁く、
「私、勘違いなんかしてないよ、絶対。だから、私を好きになってくれて、大丈夫」
 どうして、そんな確信をもって言えるのか、不思議だった。
 それは、十七歳の無垢な少女の純粋さからの言葉なのだろう。
 思わず抱きしめてしまいそうになった俺に、母親が、低く囁いた。
「手ぇ、出したら刺す」

 一周忌の本人としたら、バケて出てくるレベルの騒ぎだが、その母親も妹も「妹に彼氏できて兄として安心して成仏するんじゃない?」的な感想だった。
 いや、「友達から」と言ったはずなんだが。
 とはいえ、大告白への大回答劇をやったため大いに、弔問客に身内として絡まれ、帰るに帰れなくなり、終電を逃した。
 そして今、彼女の実家、おにいさんの部屋にいる。
 しかも、新品とはいえ、彼のために購入されていたスウェットを着て。
 タクシーで帰るのを犯罪者のように罵倒され、彼女の実家に泊まることとなり、あてがわれたのは、おにいさんの部屋。
 最もつらかったという時期に、彼の荷物はすべて処分されており、ぽつんと客用の布団が敷かれた。
 もう、バケて出てこない理由の方が、みつからない。
 母親が、「あみシャワー浴びてるけど、覗いちゃダメだぞ、うひひ」とか言っていたが、覗いたらガチで刺すだろう、あの人。
 俺は、罰当たりかもしれないが、薄明かりの布団の中で、おにいさんが枕元に正座している姿を想像をして、横になっていた。
 俺だって男だ、そうやって、妄想を捨て、賢者へと近づくのだ。
 父親の遺影も玄関にあったので、「また今度ね」を待たず、手を合わせている。
 朝晩、挨拶できるように、置いてあるのだそうだ。
 本日、居酒屋へ移動していた、おにいさんの遺影も、その隣に帰ってきていた。
 若くして亡くなったせいか、父親感のない、好青年だった。
 今の俺よりも若いのだから、そんな風に思ってしまっても、許してほしい。
 ひとり娘が男を家につれきて泊めるのだ、彼もバケて出てきても、おかしくないが、もう成仏してくれていることを願う。
 俺は、アイドルと一つ屋根の下で、朝になるのをひたすら待っていた。
 他人の家というのは、ちょっとした音も、気になる。
「・・・先輩?」
 そんな状況だというのに、うとうとしていたのだろう。
「夢か?」
 声が聞こえた気がして、目を開けたら、俺の想像が実体化、枕元に誰かが正座していて、ついにバケて出たか、と布団の中で固まった。
「おやすみって、LINEしても返事ないから、来ちゃった」
「・・・返事ないなら、寝てるって、思いましょうよ」
 もっとも、アナタのせいで心臓が止まって、アナタの父と兄に挨拶してるから「返事がない。たたの屍のようだ」ってこともありえましたよ。
 驚愕からの脱力で動けないまま、俺が抗議しても、
「寝てたら、それはそれでチャンスかなって」
 チャンスって、いったい?
 というより、秒を追うごとに、刺される可能性が高くなっていく。
 シャワーを浴びたと聞いたせいか、いい香りがする気がした。
 薄いピンク色のパジャマ姿から目を逸らしながら、
「アナタは、俺にも性欲があることを理解した方がいいと思いますよ」
「言い方よくない!」
 思わず声が大きくなり、慌てて潜める。
「私が警戒するようにわざと、そういう言い方してくれるのはわかるけど、言い方よくない。それに」
 ぐっと顔を近づけてきて、
「その『アナタ』って呼び方、前から大ッ嫌いだった」
「え?」
 そう言われましても。
「えーと。き、きたのさん?」
「うん、大声出してほしいんだ?」
 そんなことされたら、包丁もったナマハゲタイム突入だ。
「・・・あみ、さん」
「・・・うん。今日のところは、それで許してあげる」
 彼女は、するり、と横になった俺の腕の中に、背中向きで滑り込み、くっついてきた。
 はっきり言おう、俺は腰を引いた。
「・・・あの、あみさん?言ったように、俺にも性欲が、」
「お友達から、大切にしてくれるんだよね?」
 俺の手をもって、自分に抱きつくようにさせる。
 柔らかく温かい身体、髪の匂いがする。
 友達は、こういう体勢にはなりませんよ?
「あの、あみさん?」
 まさか、ここで寝るつもりでは、と声をかけたが、すでに寝息をたてていた。
 この状況で眠れるのは、俺をオスとして認識していないのか、信用しているのか。
 一年たった今日のこの日を、彼女は、どんな思いで迎えていたのだろう。
 俺をどんな思いで呼び、『この』部屋に、どんな思いで来たのだろう。
 腕の中に、あみを抱いた俺を、ちょっと困った顔で、枕元に座って見ているおにいさんと俺より若いままの父親を想像して、小さく笑ってしまった。
 これでは、絶対に眠れないだろう、と思ったのに、意外とすんなり俺は寝てしまったようだ。
 どうしてだろう?
 翌朝のナマハゲタイムは、頸動脈を狙われた。

「『友達から』って、どういうこと?」
 朝一で一度、自分の部屋に帰って、遅刻ぎりぎりに来た教室で、ミホに怒られた。
 あみは、昨日今日と休みの届けを出していて、予定通り欠席している。
 どうやら、昨日の告白の顛末を聞いたようだが、「告白したよ!」「お友達からって言ってもらえた!」みたいな内容だったらしい。
 俺にとっては実情、友達(仮)が友達になっただけで、友達から『つきあう』というのは言葉だけ、今までと何も変わらないだろう、とは思ってはいるので、正しい表現でもある。
 添い寝は、想定外だ。
 ただ、詳細を説明するのは、公開処刑だ。
 世間に知られれば、そのまま犯罪者予備軍にもなりかねない。
 とにかく、教室でこの話題はまずい。
 昼食休みまで待ってもらい、前にあみと昼食をした中庭のベンチで話すことにした。
 とはいえ、言葉を選ばないと、大変なことになる。
 つきあっている、という言葉の定義は、肉体関係が基準になってはいないだろうか。
 いや、彼女ら高校生の年齢では、また違うか。
 こんなところでも、年齢差を感じてしまう。
 しかも、相手は、大変ご立腹な様子だ。
 悠長な説明を聞いてもらえるとは限らない。
 でも、誤解されて、そのまま広まったら、危険人物扱いだ。
 うーん。
 いいお友達とか言っても、理解されないだろうな。
 悩んでいると、
「なに二人でコソコソ会ってるの?」
 平坦なあみの声がした。
「あみりん!今日お休みじゃ?」
「ねえ、ミホちゃん。私の休みを狙って、彼氏に手を出さないでくれる?」
 あみの口癖だが、言い方よくない、と思う。
 二人は、俺よりつきあいの長いお友達だよね?
 それに、俺とは『お友達からのおつきあい』のはずなんだが。
「彼氏?つきあったんだ!?」
「・・・うん」
「おめでとう!」
 ミホに手を握られ祝福されて、ようやく笑顔になるあみ。
 さっきの威嚇は、本気だったの?
 まあ、この様子では、ミホに変な誤解はされてなさそうだな。
「結婚式には、呼んでね!」
「二次会からかも?」
「えええええー、ひどいよ、あみりん」
 ちょ、ちょっとまて。
「話が飛躍というか、誤解を生むと思うんですが?」
 あみは、小さく首をかしげ、
「どうして?結婚を前提としての、お友達『から』でしょ?」
 にこーっと笑うあみ。
 その可能性は、ゼロではないけど、限りなくゼロに近いわけだが、『いや違う』と言ってしまったら、あみが大暴走しそうだ。
 その結果は、世間の非難と犯罪者の烙印だ。
 だから、『いや違う』とは言えずに、俺は、式への夢を語る二人を前に、茫然としていた。
「あみりん!ボク友人代表挨拶するよ!」
「それまで、お友達でいられるかは、ミホちゃん次第だけど?」
 言い方よくない、と思う。
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