(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜

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第一巻:春は、あけぼの

寝ぶ足-ふ通知

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 俺は、居酒屋のカウンターで、ポケットからスマホを取り出し、時間を確認した。
 ついでにカレンダーアプリを呼び出し、明日のスケジュールを確認する。
 朝の集合時間を考えると、そろそろホテルへ帰った方がいいだろう。
 そもそも未成年者連れでもある。
 その手を、あみがガッとつかんだ。
「・・・よし、ついに確保!」
 もう片手に自分のスマホを取り出し、器用に両手で二台を操作し、勝手にLINEの友達登録をした。
 咎めようとする前に、
「教えてって言ったら、渋ったでしょ?」
 悪びれずに言いつつ、自分のスマホで俺のLINE画面をスクロール。
 俺の方で、友達登録者名を確認するほどには、悪逆非道ではないようだ。
 俺は、ようやくスマホを奪い返した。
 渋るのではなく、登録して連絡を取る必要性がない。
 アイドルとオッサンで、何のメッセージを交わせというのだ?
 まさか、「おはよう」とか「おやすみ」とかか。
「・・・アイコンとか背景から、ほぼ仕事用なの確認っと」
 そんなので、わかってしまうものらしい。
 確かに、友達登録されているのは、仕事関係のみだけどね。
 『よろしく!』的なスタンプが、さっそく届いたので、即座に『お疲れ様でした』的なスタンプを送り返して、俺は会計へ向かった。
 ホテルへの帰り道で、あみに「おいしかったね」と言われ、「そうですね」と答えるのに少し間があったせいか、
「玉子焼き、もっと甘いのが好きなの?」と聞かれたので、
「今朝、ホテルの朝食ビュッフェでも、甘くないスクランブルエッグにコーヒー用の砂糖かけてましたけど、気がつきませんでした?」
 彼女は、機嫌が悪くて、そっぽ向いていたから、見ていない。
「・・・もう、そういう鉄板ネタは、食事中に言って笑わせてよ」
 いや、ネタではなく本当だが。

 翌朝、制服に着替え、チェックアウトにむけて荷物をバッグに詰めていたら、部屋のチャイムが鳴った。
 ドアスコープを覗くと、あみ。
 どうして部屋番号を知っているのか、と思ったが昨日、自分でレシート見せながらバラしたのを思い出した。
 しかも、朝食開場までは、まだ微妙に時間があるので、それへの単純な誘いだけではないだろう。
 面倒なので無視して、荷物整理を続けたら、スローなテンポでチャイムが鳴り続く。
 しばらく耐えたがイラついて、勢いよくドアを開けたら、そこにはミホが立っていた。
 その陰で、あみが、べーと舌を出してる。
 アイドルとしてNGじゃないか、その顔。
 俺が怒鳴り散らさないように、深呼吸をしていると、
「さわり・・・沢田さん。昨日は倒れて、ご心配おかけました。ごめんなさい」
「・・・いや、元気になったなら、よかったですよ。あまり眠れなかったのでは、ないですか?」
 いつもと違い、しおらしいミホに、クマができているのを指摘すると、彼女は目の下を手でかくして、舌を出し、
「てへっ、いろいろ考えたら眠れなくて。でも、帰りの新幹線で爆睡予定。平気、さわりん」
 もう、しおらしさ閉店で、元の口調に戻った。
「・・・無理をしないでくださいね」
 それじゃあ、とドアを閉めようとしたら、二人がかりで阻まれた。
「昨日、晩ご飯ごいっしょできなかったんで!朝ご飯いっしょにどーでしょうー」
 語尾が伸びているのは、ドアを閉められないように、踏ん張っているからだ。
 それほど力を入れてないのに、大げさな、さすがは天才舞踏家のパントマイム的な能力なのだろうか。
 俺は、手を緩め、あみの方を見て、
「それなら、LINEで連絡してくれればよかったじゃないですか?」
 昨日、あんな悪質な方法で登録したのだから、せめて活用して、事前連絡をくれ。
 あみは、平坦な目と声で、ブツブツ切れるように発音した。
「昨日、夜から、何度も。先輩に、した。LINE」
 あ、昨日の夜、ホテルに帰ってきてから、「もう寝た?」「まだ起きてる?」といった連打がうるさくて眠れず、通知を切っていたのだった。
 友達削除しなかったのは単に、また顔を合わせる同級生だから、文句言われたら面倒、という消極的な理由だけだ。
 というか、アイドルなんだから、そういうのいいのか?
 俺がもっとダメ人間だったら、週刊誌に売っていると思う。
 あみの主張に、充電していたスマホを確認すると、確かに「ミホちゃんが戻ってきたのでいっしょに朝ご飯たべない?だから、」的なメッセージが何度も何度も何度も届いていた。
「・・・すみません。気がつかなくて」
 戻ってみると、廊下では、ものすごく静かに、口論が起きていた。
「LINE・・・ボクも・・・」
「・・・やだ、ことわる・・・」
「・・・二人で食事・・・誰の・・・」
「それは・・・謝っ・・・」
「ボクが聞いて・・・」
「そんな・・・でも、教えそう・・・私泣くかも・・・ちっ」
 よく聞こえないが、どうやら、ミホが勝利したらしい。
 最後、アイドルの舌打ちでしたよね?
 スマホの通知音がし、俺・あみ・ミホのグループLINEができていた。
 朝食ビュッフェでは、本人はこっそりのつもりだろうが、あみがガン見してきていたので、砂糖をかけないと甘さが足りないスクランブルエッグは、食べなかった。

 新幹線では、窓際から、ミホ・あみ・俺の順で座っていた。
 あとは帰るだけなので、発車と同時に、俺は缶ビールを開ける。
 隣の二人は、お菓子を食べたり、スイーツを食べたり、俺のつまみを奪って食べたりしていた。
 お昼用に駅弁も買ってたはずだよな?
 というか、ミホは寝ないで平気なのか?
「あみりんは、明日明後日はお休み?」
「ううん、お仕事。修学旅行の分と、その後の分、スケジュール詰めちゃったから」
 今日は金曜日なので、土日に仕事とは大変だな。
「月曜日もお休み?」
 も?
「ううん、月曜日は登校する予定。でも、午前中だけになっちゃうかな」
「無理しないでよ」
「修学旅行の見学先で倒れたミホちゃんに言われたくないですぅ」
「それは言わない約束だし、あみりんの呪いじゃない?」
「あ、それこそ言わない約束」
 騒ぐ二人の声を聞きながら昨夜、居酒屋で『では、アナタがいないと、お母さまがおひとりで?』と聞いた俺に、あみがした寂しげな顔と『本当に、私のこと、知らないんだね』という言葉が、脳裏に浮かんでいた。
 隣にあみたちがいるので、たまにネットニュースの通知がくるくらいで、昨夜のようにLINEの連打がこなくて静かでいい。
 俺は、缶ビールを傾けながら、スマホで書籍を読んでいた。
 あみたちが、他の学生とのお菓子の交換に「先輩、邪魔」と俺を押しのけて、通路に出ていく。
 その後ろ姿を見ながら、隣が空席の間に、あみのことをネット検索するか、少し悩み、止めた。

 月曜日に登校すると、目の下にクマを浮かべたあみが、いつもの席に、もう座っていた。
「先輩、おはよう」
「・・・おはよう。寝てないんじゃないですか?」
 目の下を手でかくして、舌を出し、
「てへっ、でも今日は一時限目の講義だけ聴いて、ちょっとだけお仕事したら帰れるから、即寝ちゃう予定、平気。心配ありがとう、先輩」
「・・・ならいいですけど。LINEしてないで寝てくださいね」
 土日は、あみが仕事だったせいか「おやすみ!」くらいだったが、新幹線を降りた後、「もう家ついた?」「お疲れ様」「明日はなにするの?」など、連打が来ていた。
「はーい」
 あみは、返事をしながら、居住まいを正して、
「先輩、明日の夜、時間ある?」
「・・・うん、空いてます」
「来てほしいところがあるんだけど、いい?」
「うん」
 帰りの新幹線の中、あみのことを調べるか悩んで、止めた。
 でも、意図せず、ネットニュースの通知で知ってしまっていた。
 明日で一年たつということを。
 アイドルとはいえ、生身の彼女について、こんな風に、無理やり見聞きできてしまうことを、俺は少し不憫に思った。
「・・・ありがとう先輩。後で、時間と場所、連絡する」
 俺の表情から、何かを察したのか、あみは、静かに頭を下げた。
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