継母の心得 〜 番外編 〜

トール

文字の大きさ
17 / 186
その他

番外編 〜 氷の大公のお土産選びとウォルトの受難 〜 イザベル妊婦初期

しおりを挟む


ウォルト視点


“氷の大公”とは、ディバイン公爵家当主、テオバルド様の二つ名ですが、奥様と出会ってからの旦那様は、氷の大公どころか、氷を溶かす勢いで奥様に熱を上げています。
今や、氷のこの字もない有様だと、この時の私は勘違いしていたのです。

「ウォルト、なぜ私の執務室にメイドがいる……」

それは、皇城の旦那様の執務室に、メイドが入り込んだ事がキッカケでした。

「申し訳ございません。すぐに処理いたします」
「なぜ、ここにメイドを入れたと聞いている」

絶対零度の眼差しと、凍りつくような怒気に、当のメイドは失神し、護衛の騎士たちは顔を真っ青にしています。

「私の失態です」

最近は奥様付きのミランダや、ノア様付きのカミラ、そして私の母マディソンが奥様と共にやって来る事があるからか、護衛も気を緩めてしまったのでしょう。

「次はないぞ」

忘れてはいけません。

「いつまでもソレを放置するな。二度と私の前に姿を見せぬよう処理しておけ」

この方は、変わらず“氷の大公”なのです。奥様とノア様以外の人物には。

ゴミ虫を見るような目で、失神したメイドを一瞥すると、すぐに書類へと目を移されました。

部屋の温度は、震えがくるほどに下がっております。

「はい」

このメイドは、もう二度とメイドとして雇われる事はないでしょう。

しかし、2日間奥様と会えていないからか、旦那様の機嫌が悪い時に、このような事が起こるとは、タイミングが悪いですね。

「旦那様、本日は一度領地にお帰りになられるのはいかがでしょうか。奥様もお寂しい思いをされているかと思います」
「やはりそう思うか?」

私の言葉にピクリと反応された旦那様は顔を上げ、私をご覧になりました。

「妊娠中は特に不安に感じる事も多いと聞きます」

旦那様は羽根ペンを置くと、ふーっと息を吐く。

「妻が心配だ。皇后に転移を頼もう」
「かしこまりました。皇后陛下への面会の申し込みをしておきます」

すると、今まで下がっていた部屋の温度が通常に変わったのです。表情は変化しておりませんが、わかりやすい事です。

「旦那様、奥様への手土産はいかがいたしましょうか」
「そうだな……菓子……とも思ったが、悪阻で食べる事も難しいだろう。心の和むものを渡してやりたいが……」
「花でしょうか」
「いや、花は前にノアが渡していた。別のものがいいだろう」

そうは言っても、帝都で話題になっているものといえば、そのほとんどがベル商会関連のものですからね……。

「……そうですね。では、ストールはいかがでしょうか。丁度、上質なシルクの産地で有名な、レプリック国の商人が、皇后陛下に献上品を持ってやって来ております」
「今すぐ商人を呼べ」

我ながら良い提案が出来たと、思っていたのですが……、

「やぁ~ん、良い男ぉ! 眼鏡男子はアタシのこ・の・みっ」

レプリック国の商人が、女装した大男だとは思ってもみなかったのです。しかも、なぜ私に馴れ馴れしくしてくるのでしょうか。

「ふむ……どれも上質な触り心地だ」

旦那様、見えていますよね? どうして目に入っていないフリをするのですか。

「ねぇん、この後、アタシとディナー、ご一緒しなぁい?」

絶対しません。

「私のベルは何でも似合うから迷ってしまうな……」

旦那様、お願いですから早く選んでください。

「あらぁん? もしかして、照れてるのぉん?」
「一切照れておりません。離れていただけますでしょうか」
「んまっ、そんな冷たい所もイイわぁ~ん! あなたお名前教えてくださる?」

旦那様、先程のメイドの時のように、絶対零度の表情で怒気を放っていただけませんか。今すぐに。

「ベルの瞳の色か、それとも私の……」

先程のメイドの件の事をまだ怒っていらっしゃるのですか。

「あなたってなんていうか、恋愛に疎そうな所が、イ・イ・ワ」

ふっと耳に息をかけてきた男にゾッとする。

「旦那様、奥様は早く旦那様に帰ってきてもらいたいと思っています」
「そうだな。おい、この青と紫、金色と……銀のストールも貰おうか」
「はぁ~い、お買い上げありがとうございますワ! そうそう、こちらのストール留もご一緒にいかがでしょう? 御婦人に大人気ですのよぉ」
「そうだな。そちらも貰おう」

はぁ……。一体この商人はなんなのでしょうか。

奥様の為に様々なストールを手に入れた旦那様は、目に見えてご機嫌です。きっと領地に戻られたら、奥様の所へ真っ先に行き、ストールを渡してイチャイチャする気でいるのでしょう。

女嫌いだった事が嘘のようで何よりですが、もうレプリック国の商人はお呼びにならないでいただきたいものです。


しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...