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お試しの居場所編(前)
いくらあっても足りないくらい。(真樹視点) (後半)
しおりを挟むそんな数斗は、携帯電話とペアリングしたタブレットでテレビ通話を始めた。
〔こんばんは、数斗さん、新一さん、真樹さん〕
「こんばんは、七羽ちゃん」「こんばんは! 七羽ちゃん!」
「おーす」
繋がると、薄暗い中で携帯電話の画面の明かりに照らされた七羽ちゃんが映る。
横になったままで、抱えているのか、大きなぬいぐるみらしき物で、口元を隠しているみたいだ。
〔ドタキャン、ホントすみません〕
「いいって、七羽ちゃん」
「謝るなよ、調子は?」
「そうだよ、大丈夫?」
〔大丈夫ですよ。一日寝てたら、治りました〕
微笑む七羽ちゃんは、薄暗くて顔色がはっきりはわからないけど、風邪が治ったのは、嘘ではないらしい。……眠たそうではあるけど。
囁き声気味なのは、妹ちゃんがいるからかな。
これくらいの暗さなら、すっぴんでも抵抗ないか。てか、元々七羽ちゃんはナチュラルメイクだから、変わらず可愛いけど。
……すっぴんの可愛い女の子を見るとか、ちょっとドキドキする。……ん?
「七羽ちゃん? 睫毛、エクステしてる?」
七羽ちゃんの睫毛、いつもと変わらない気が……。
キョトンと目を丸める七羽ちゃんが答えるより前に。
「地毛だって」と、数斗が先に答えた。
「地でそんな睫毛濃くて長いの!?」
〔え、えっと……はい。メイクを教えてくれた友だちも、ずるいって嫉妬してましたね。つけまつ毛すれば、重くて瞼が上がりません〕
困ったように笑うと、こちらを笑わせてくれる。
「めっちゃ美少女じゃん! 学生時代、ホント、モテなかった!?」
「そんな話は置いといて」
新一に顎を押し上げられて、止められた。
「七羽ちゃん。職場の副店長って、どんな人?」
数斗が尋ねると、七羽ちゃんが画面の向こうで固まったように見える。
そろぉー、と目が泳ぐ。
〔なんで、ですか? 急ですね〕
動揺してる。
「嫌いなのか?」
〔えっ? え、ええ、まぁ……好きではないですけど……何故?〕
新一の直球に、困惑気味な七羽ちゃん。
「理由は?」
〔り、理由は…………直感で、生理的に受け付けられない人、と思ったからです〕
「「「生理的に受け付けられない?」」」
〔いませんっ? よくわからないけど、なんか嫌だなぁ~って思っちゃう人! ホント、理由はわからないけど、無理だなって感じの相手!〕
あー、いるなぁ。とか、ちょっと思い当たるおれ達。
「つまり。悪意を感じるとか、そんな理由はないと?」
〔そうですよ〕
新一が確認すると、七羽ちゃんは小さく首を縦に振ったが、ぎこちないんだよなぁ……。
動揺、隠せてないよ、七羽ちゃん。
「ほーう? ならなんで、副店長の異動を願ってるんだ?」
〔!?〕
「生理的に受け付けないってだけで、異動まで願うって……理由あるんだろ? 嘘ついたな? ペナルティー。吐け」
〔ひえっ!〕
新一の鋭く容赦ない尋問に、七羽ちゃんはぬいぐるみに顔を押し付けて隠れてしまう。
〔な、なんで、異動を願ってるって、知ってるんですか……え? 私言いました? 風邪で意識朦朧として、数斗さんに言いました? いや、言ってない!〕
「うん、言ってないよ」
ぬいぐるみの向こうから顔を覗かせた七羽ちゃんが、テンパってるから、数斗は優しく笑って見せて、念のために肯定してあげた。
「ツブヤキに書いてあったよ」と、おれの方からネタバラシをしてあげる。おれが見付けちゃったしね。
〔私、ツブヤキました!? 嘘! ……いや、したかも……ううっ〕
「ほら、バレてんだから、吐け。セクハラ上司か? そうなのか?」
〔え!? セクハラは、まだされてません!〕
「「「まだ!?」」」
〔うぐっ!〕
セクハラに反応した七羽ちゃんは、ついうっかり口を滑らせたと、また顔をぬいぐるみに押し付けて、呻いた。
「七羽ちゃん? 何されたの? 昨日送るって言われた時、送り狼になるって身の危険感じたってこと!? 俺それなのに、送ってもらえればって言ってっ……! ごめんっ、ごめんねっ?」
タブレットをきつく握り締めている数斗が、必死に謝る。
〔いえ! いえいえ! 生理的に受け付けない相手に送ってもらいたくないってだけでしたので、そんな気に病まないでください!〕
「でもセクハラされそうなんだろ?」
〔ううーん……そうじゃ、ないような、あるような……ちょ、待ってください〕
額に手を当てて、七羽ちゃんは説明をするために言葉を考えている様子。
それから、イヤホンを一度外して、どこかを気にするように別の方を見た。
「妹ちゃん、いるの?」
〔今日はいません。期末試験のために勉強会で友だちの家に泊まるとかで……本当に勉強会か疑わしいですけど〕
「信じてないの?」
〔遊びたい年頃でしょ? 妹は特に社交的で遊び回る子なんで、勉強そっちのけでワイワイしてそうです。遊びすぎのしょうがない子ですので〕
「おお! 七羽ちゃんのお姉ちゃんの面、垣間見た!」
そういえば、長女だったな! 七羽ちゃん!
「じゃあ、なんでイヤホン?」
〔普段、夜に電話なんてしませんし、母も朝早いんで、隣の部屋で寝ちゃってると思います〕
「あ、なーるほど」
お母さんも、朝早くにお仕事かぁー。気配りさんだよなぁ。
「で? セクハラ上司については?」
〔遠慮なさすぎですよ……新一さん。えっと……うーん。副店長は、私が就職してから、半年後ぐらいに異動してきたんです。その時から、なんとなく、好きになれない人だなぁ~って思ってたんですけど……一年半以上前に、私の直属の上司にあたる副主任の人も異動してきまして〕
「俺達とタメだっていう女性正社員?」
〔はい。その子と……えっと〕
「付き合ってたとか? 痴情のもつれ? 酷い男!?」
「急かすな、真樹。なんだ?」
おれが予想を言うと止められたけど、新一の方が急かしてない?
七羽ちゃんは、言いたくないのか、小さく呻く。
〔……不倫、です〕
観念したみたいに呟いた声は、しっかり聞こえた。
おれ達は、沈黙してしまう。
……七羽ちゃんに、めっちゃ言いづらいこと、言わせちゃった…………。
「マ、マジで?」と、なんとか気まずい沈黙を、おれが壊す。
〔はい……一年くらい前に……暗い食堂で、副主任が泣いて、副店長が肩を抱いて宥めるところ、見ちゃって……〕
「お、おわあ……事故で、知っちゃったんだ」
〔はい……今年の新年会の帰り、途中まで一緒に歩いた、その副主任の子が、酷い男だって零しまして……。ううーん……〕
呻く七羽ちゃん。
「まだ言いにくいことがあるの?」と、数斗が優しく問いかける。
〔……副店長は、取っ替え引っ替えで不倫してるそうです〕
ヒュッ、と喉が鳴った。
またもや、部屋の中が寒くなる。
つか、目の前の左右の親友から、冷気が漂ってる気しかしない。
〔副主任の子が、捨てられた腹いせに、悪く言っただけかもしれませんが…………不倫するような人なんて、ただでさえ吐き気がするじゃないですか……〕
嫌々そうながらも、七羽ちゃんは零す。
なるほど。だから、ゲロ吐く顔文字だったのか……マジで吐きそうだったんだね。
七羽ちゃん…………七羽ちゃんにゾッコン男と、過保護お兄ちゃんの異変に気付いて?
〔被害妄想ならいいんですけど……次の不倫相手に、私に目をつけてるのか……やけに話しかけてくるようになってきた気がして……気持ち悪いので、早く異動してほしいんです。ウチの職場、正社員は、異動がよくあるんで〕
いや、それ……絶対被害妄想じゃないって、絶対。
七羽ちゃんが! おれ達の妹ちゃん天使に!
不倫男の汚い魔の手が迫ってる!
「そ、それ、上司に相談は?」
「いや、まだ実害がないんだろ? 無理じゃん。実害がないのは、まだマシだけど……」
「あと、不倫の告発しても、下手を踏むと逆に名誉毀損で訴えられたりするんだ。不貞が明らかになっても、雇う側はそれを理由に解雇も転属も出来ない」
しかめっ面の新一に続いて、上司の立場にいる数斗も、そう教えてくれて、難しそうな顔で腕を組んで考え込む。
「ナナハネ。職場変える気ないのか?」
なんて、新一は新一らしく、直球を放つ。
〔えっ……はい。ないです〕
七羽ちゃんは、キョトンとした顔を、左右に小さく振る。
おれは、ずっこけそうになった。
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