【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました

文字の大きさ
44 / 49
After-story

禁断の恋 前編

しおりを挟む
-ロウルズ視点-


 諸外国を巻き込んだ革命から数年が経った。
 革命直後は、唐突に任命された師団長の仕事に勤しみ、めまぐるしく日々を過ごしていた。
 近隣の村や街の治安維持、諸外国へのけん制。部隊の再建など。

 いくら父が元騎士団団長とはいえ、それまで僕は一兵卒の兵士でしかなかった。
 だから何をするにしても、知識も経験も足りず、手探りのような状態で師団長としての責務をこなしてきた。
 決して立派に勤め上げたとは言えない。今思えばもっと良いやり方はあっただろうと思う事は、いくらでもある。
 
「ロウルズ様。何か良い事でもありましたか?」

 僕の隣を歩くトーマスが、少し嬉しそうにそう尋ねて来た。

「いや。なに、昔の事で思い出し笑いをしただけさ」

 師団長として色々失敗をしたが、経験を積み、あの頃の至らない自分はもう居ない。
 今ではその時の事を、こうして思い出し笑いにするくらい、心に余裕が出て来ている。
 そんな風に考えるとまた笑みが零れそうになる。

 僕の答えに「そうですか」と言って、トーマスは笑いかけてくれた。
 出会った頃はまだ少年っぽさが残っていた彼は、今では軍服を身にまとい、立派な大人の顔つきをしている。 
 
 革命後、彼は騎士団に入隊し、レジスタンスに居た頃のように僕と共に行動をしていた。
 それを快く思わない連中による陰口やイジメを受ける事も少なくなく、誰も居ない所で泣いている姿を何度も目撃したくらいだ。

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでも」

 元はただの庶民でしかなく、剣の腕も学も他の者と比べお世辞にも良いとは言えない彼だったが、努力を重ね今では小隊長を任せられるほどになっていた。
 今ではトーマスを悪く言う人間は、ほとんどいない。

「なんでもなくはないでしょう」

「なに、平和だなと思ってね」
 
 適当に誤魔化す僕に、やれやれと言った感じでトーマスは追及の言葉をかけてくる。
 だけど、平和になったなと思うのは本当だ。

 この頃は国が安定し、隊を率いて遠征する事はめっぽう減って来た。
 今では出動要請が出ても、対人になる事は少ない。近隣に出たモンスターの討伐が殆どだ。

 そして余裕が出て来たからだろう。部下達から相談を受ける事が増えて来た。
 
「あのっ! すみません、ロウルズ師団長殿……それとトーマス小隊長殿」 

「どうした?」

「いえ、相談がありまして」

「ロウルズ様に大事な相談だったら、俺は席を外すが?」

「だ、大丈夫ですッ! もしお時間がありましたら、トーマス小隊長殿にも聞いて貰いたいのですが、宜しいでしょうか!」

「あぁ、構わない」

「それで、僕らに相談と言うのはなんだい?」

 恐縮している部下が、これ以上委縮しないように優しく問いかける。
 それに対し、部下は「あの」「えっと」「その」を繰り返した。
 トーマスの顔に苛立ちの色が見え始めたので、部下に気づかれないようトーマスに苦笑いで顔を横に振った。

 こんな時の相談内容は大体決まっている。
 トーマスも察したのか、「またか」と言わんばかりの表情で、部下が本題を切り出すのを待った。

「実は気になる女性が居るのですが……どうアプローチをしていけば良いのか分からないのです」

 ようやく部下の口から出た相談内容は、恋の相談だった。
 
「そうか」

 うんざりしたような顔でそう答えるトーマス。
 だけど、部下はもじもじしながら、そんなトーマスの様子に気づいていないようだ。恋は盲目と言った所か。

 この手の相談は、最近になって増え始めた。
 恋にうつつを抜かせるとは、それだけ平穏になった証拠とも言える。

「お相手は?」

「その……娼婦なのですが」

「ふむ。ならば見受け金を持って、今すぐにでも行くべきだ」

「で、ですが」

「部下の為だ。見受け金が足りないのであれば、僕が多少は融通してあげても構わないぞ?」

「い、いえ。金銭ではなく、気持ちの問題で。自分は今まで鍛錬と戦ばかりしてきた人間です。そんな自分が彼女と釣り合うのか不安で……」 

 この手の相談は、大体同じことを言われる。
 釣り合うか不安だ。気持ちが自分に向いていなかったらどうしようか。

 正直言ってしまえば、そんなもの僕に分かるわけが無い。
 そもそも、彼らが欲しいのはアドバイスなんかじゃない。だからここで中途半端な事を言っても、無駄なやり取りが増えるだけだ。

「悩むなッ! お前がそうやって悩んでいる間に、他の奴に先を越されるかもしれないだろッ!」

 発破をかけるように怒鳴ってみる。が、部下は眉をへの字にしてこちらを見ているだけだ。

「これは師団長命令だ! 今日、いや今すぐにその女性の元へ見受け金を持って行け!」

「えっ、命令ですか?」

「返事はどうしたッ!」

「は、はいぃ!」

「行け!」

「了解です!」

 やっと吹っ切れたようだ。
 軍人らしい返事と共に敬礼をしてから、彼は走っていった。

 傍らでは、トーマスが「はぁ」とため息を吐いている。

「毎度同じような内容に、同じような回答を良く続けられますね」

「そう言ってやるな。彼らは背中を押して欲しいだけなんだ」

 相談なんて建前で、本当はきっかけが欲しい。ただそれだけだろう。
 初恋とやらもまだの僕には、理解し難い感情だが。

「トーマス、キミもそろそろお年頃だろう? もしキミも恋の相談をしたくなったのなら遠慮なく言ってくれ。他ならぬキミの相談だ。その時は僕も一緒に、ちゃんと考えてやるから」

「ありがとうございます」

 そう言って頭を下げたトーマスの顔が、一瞬だけ曇ったように感じた。
 何か気に障るような事でも言ってしまったのだろうか?
 その時にちゃんと聞いておくべきだった。

 それから段々と、トーマスが僕を避けるようになっていった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!

山田 バルス
恋愛
 王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。  名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。 だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。 ――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。  同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。  そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。  そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。  レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。  そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。

鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。 さらに、偽聖女と決めつけられる始末。 しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!? 他サイトにも重複掲載中です。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

冤罪で家が滅んだ公爵令嬢リースは婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!

山田 バルス
恋愛
婚約破棄された上に、学院の下働きにされた後、追放されて野垂れ死からの前世の記憶を取り戻して復讐する!

無能だと思われていた日陰少女は、魔法学校のS級パーティの参謀になって可愛がられる

あきゅう
ファンタジー
魔法がほとんど使えないものの、魔物を狩ることが好きでたまらないモネは、魔物ハンターの資格が取れる魔法学校に入学する。 魔法が得意ではなく、さらに人見知りなせいで友達はできないし、クラスでもなんだか浮いているモネ。 しかし、ある日、魔物に襲われていた先輩を助けたことがきっかけで、モネの隠れた才能が周りの学生や先生たちに知られていくことになる。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。

処理中です...