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Case15.本来の姿
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名前を呼ぶだけの行為が、ここまで残酷になることはないだろう。だけど、残酷だと分かっていても、呼ぶしかない。その選択肢しか、私たちには残されていない。
東さんは頷いて手錠を取り出した。いつもより黒く見えるのは、私の感情の問題だろう。手錠をかける音が寒々しいだなんてこと、きっと今後も感じない。
彼の口から流れる言葉は、夢物語のように思えた。「もしも」が積み重なって、後悔という名の雪は降り積もり続ける。
雪を溶かす術を、私たちは知らない。どれだけの時間が経っても、還らないものがあるから。
ーカイリ『炎の復讐』最終章ー
※
「こんな夜中に電話なんて珍しいですね。捜査が終わったんですか?」
深夜の12時を過ぎたところで掛かってきた龍からの電話に、眠れずにいた海里はすぐに出た。
『ああ。予想外の結果だ。メールで転送したから見てくれ』
海里は転送されたメールをパソコンで開き、言葉を失う。そこには、本当に予想外の結果が記されていたのだ。
「そういうことだったんですね」
『驚きだろ? 俺も目を疑ったよ』
いつもの口調で龍は言った。海里は小さな溜息をつく。
「でも、それ以上に・・・・悲しいですね。彼女の隠した、真実が」
※
「急なお呼び立て申し訳ありません。古海さん」
翌日、海里は古海を都内のレストランに呼び出した。彼女は先日と変わらぬ不審な目を向けながら、紅茶を啜る。
「別に構わないけど、急いでくれる方がありがたいですね。仕事が・・・・」
「武器商人でしたっけ?」
古海の顔色が変わった。海里は笑って続ける。
「まあ、普段は漫画を描いていらっしゃるんですよね? 武器商人はおまけ、と言ったところですか」
「・・・・どうして」
古海は、震えながら尋ねた。漫画家はともかく、武器商人のことは知られないと思っていたらしい。海里は何食わぬ顔をして続けた。
「警察の捜査の結果、としか言いようがありませんね。とにかく、古海理恵子さん。今回の事件の犯人は、あなたです。それは間違いありません」
「何を根拠にそんなこと。それに、私が武器商人を始めたのは2年前の話よ? 事件の犯人だなんて、あり得ない。」
あっさりと武器商人のことを認めたが、海里は気に留めなかった。早く認めてくれた方が、彼としても助かるのだ。
海里は深く頷く。
「ええ。
あなたは2年前の事件の犯人ではなく、今回の爆発事件の犯人です」
「あなたの経歴を調べさせて頂きました。幼い頃から機械類に興味があり、大学では機械工学を学んだ。その時、爆弾の製作に準ずる知識も得たはずです。
ただ、爆弾を手に入れるのは難しい。身近なもので作れると聞きますが、下手に怪しまれたくはなかった。
結果、あなたは武器商人という結論に辿り着いた。そうすれば、己の知識を売り、表の人々には怪しまれず、寧ろ裏の人々に知識を喜ばれながら、報酬として爆弾を手に入れることができます」
海里の言葉に古海は動揺していたが、なおも抵抗を続けた。
「なぜ私が爆破事件を起こす必要があったの? 動機は? 証拠は?」
「動機は一先ず置いておき、先に証拠の説明をしましょう。
あなたが犯人である証拠の1つは、警視庁に送られた爆弾スイッチです」
「あれの何が?」
ご存知なんですね、とは言わずに海里は続けた。
「箱です」
「箱?」
海里は頷く。
「ええ。爆弾が仕掛けられていた箱は、あなたと、2年前に亡くなった捜査一課の刑事・杉並亮さん、そして、彼の上司であった東堂さんしか知らない真実が隠されています。
ここからは、東堂さんにお聞きした話になるのですが・・・・」
海里は間を置き、ゆっくりと口を開いた。その顔には、仏のような笑みが浮かんでいる。
「亡くなった杉並さんには、大切な方がいたそうですね。あの箱は、大切な方が杉並さんに送られた手作りのプレゼント箱だとか」
古海は言葉を失った。海里は続ける。
「手作りですから、同じ物はないでしょう。念のため、当時の写真を東堂さんに見せて頂きましたよ。杉並さんがメールで送られた写真を残されていたので。
ーーこちらですね。どうぞ、ご覧になってください」
海里は自分のスマートフォンのアルバムを開いて机に置いた。そこには、警視庁に送られてきた、爆弾かと思われた例の小さな箱が写っている。しかし、その姿は大きく異なっていた。
型紙に色とりどりの布が縫い付けられ、側には先に外された真っ白なリボンが置かれている。箱の蓋には、可愛らしい丸文字で、“亮へ、誕生日おめでとう”、と書かれてあった。プレゼントは腕時計で、杉並は亡くなった日も付けていた、という龍の言葉を思い出す。
唖然とする古海を他所に、海里は続けた。
「もう1つの証拠は、爆破事件の日の、あなたの体の状態です」
「え・・・・」
「あの日タワマンにいた住人は、あなたを除いた全員が怪我を負った。小さな爆発によって階下の方々も怪我をし、瓦礫の下で亡くなった人もいる。そんな中で、火傷も負わず、煙も吸わず、心身に何の問題も起こさなかったあなたが、犯人だと思うのはおかしいことではないはずです」
淡々と述べる海里に、古海は歯を食いしばるだけだった。
「あなたが窓ガラスの破片でも何でも使って、怪我をしていれば少しは疑いが薄れましたよ。爆発が上手くいって上機嫌だったのでしょうが、痛恨のミスでしたね」
「・・・・違う! 爆発が上手く行ったから上機嫌だったわけじゃない‼︎ 私は、あいつらを殺せて上機嫌だったの!」
怒鳴った直後、古海は自分の口を押さえた。海里の顔には、満足げな笑みが浮かんでいる。
「その言葉を待っていました。その言葉こそ、あなたが今回の爆破事件の犯人であるという、紛れもない証拠なんですよ」
両手で顔を覆って俯いた古海は、大粒の涙をこぼしていた。海里は笑みを消し、悲しみを含んだ声音で続ける。
「こんなことを、してはならなかった。犯人だけを殺せと言うわけではありませんが、あなたのしたことは、歴とした殺人です。
皇孝治さんと|甘味穂花さん。例えあの2人が殺人犯であったとしても、こんな復讐をしてはならなかった」
海里の言葉に、古海は微かに頷いた。
「・・・・馬鹿なことだと・・自分でも分かっていました。それでも、私の恨みは消えてくれなかった」
「・・・・そうでしょうね。そうでなければ、あなたはあんな事件を起こさなかったでしょう?」
一拍おいて、海里は本当の名前を呼んだ。
「杉並理恵子さん」
理恵子は、ゆっくりと顔を上げた。その顔には、さっきまでの怒りも、憎しみもなく、ただ悲しみだけが浮かんでいた。
海里はその表情を見て、ただ眉を顰める。
「2年前のあの日、あなたは弟である杉並亮さんの死を知って絶望した。ご両親を幼い頃に亡くされていて、唯一の家族だったのですから、尚更です」
理恵子は頷いた。涙を拭きながら、彼女は言葉を継ぐ。
「あの子は、警察官になるのが子供の頃からの夢でした。両親が通り魔に殺され、葬儀で号泣する私を見たあの子は、私が2度と泣かないために強くなる・・・・と。あの子だって辛かったはずなのに、そう言ってくれた。
大きくなっても思いは消えず、施設で育ちながら、夢を叶えるための努力をしていました。施設の職員も応援してくれて、警察学校に行きたいと言ったら、背中を押してくれた」
優しい方々ですね、と海里は答えて続けた。
「そして、彼は夢を叶えた」
「ええ。あの子は、家に帰って来たら、必ず仕事の話をしたんです。どんな事件があって、どんな風に解決したか、自分はどんなことをしたか・・・・守秘義務はどうしたと言っても、私になら話しても構わないって言って。
ダメだと思うんですけどね。夢を叶えたことが、よっぽど嬉しかったのか、いつも仕事の話をしていました」
理恵子は少し笑ってそう言った。弟の優しさや、真っ直ぐな性格を思い出しているのだろう。だが、その笑みはすぐに悲しみに戻る。
「でも、私は怖かった。いつか、両親と同じように居なくなってしまう気がしたから。警察官は確かに人を守るけれど、同時に危険も伴う。
それでも、あの子がそうしたいと願ったから、何も言わなかった。あの子の夢を、私も応援していたから。それなのに・・・・!」
ーー死んだ。その一言を、理恵子は飲み込んだ。海里は苦しげな表情を浮かべながら、彼女に尋ねる。
「あなたは東堂さんを恨んでいますか? 部下を守れなかったと非難された、あの人を」
「・・・・恨んでいる時もあった。でも、できなくなった。あの子の月命日に欠かさずお墓参りをする姿を見て、何も言えなくなった」
沈黙が続いた。理恵子は嘲るような笑みを浮かべる。それは、己に対してのものだった。彼女は続ける。
「東堂警部。いらっしゃるのでしょう? 出て来てください。隠れる必要なんてありません」
理恵子の言葉と同時に、店の奥から龍が姿を現した。彼の瞳は、暗く虚ろで、何の感情も宿していないように思われた。
龍は口を開きかけ、閉じた。言葉を探しているようだった。しかし、理恵子は静かに首を横に振った。
「いいんです。どうか、もう・・・・何も言わないで。どんな言葉をかけてくださっても、私が人を殺した事実は変わらない。早く・・・・楽にしてください」
理恵子はそれ以上何も言わなかった。両手を差し出し、手錠をかけるよう促す。
「東堂さん」
躊躇っている龍の名を、海里は呼んだ。自分がどれほど残酷な呼びかけをしているのか、理解していた。
龍は、間を開けて答えた。
「・・・・分かってる」
手錠を取り出し、ゆっくりと理恵子の両手にかけた。彼女は、どこか満足げな笑みを浮かべていた。龍は静かに自分の腕時計に視線を落とした。彼女の方を見ることが、彼にはできなかった。
「20XX年7月1日午後12時35分。杉並理恵子・・・・殺人罪で逮捕する」
あの日、あの時、杉並亮が死ななければ、未来は変わっていただろう。だが、時は戻らない。過去は、ただ過ぎ去るだけだった。後悔しても意味のないことを、彼らは悔いた。
優しい彼の笑顔が、誰かの中で消えた気がした。
東さんは頷いて手錠を取り出した。いつもより黒く見えるのは、私の感情の問題だろう。手錠をかける音が寒々しいだなんてこと、きっと今後も感じない。
彼の口から流れる言葉は、夢物語のように思えた。「もしも」が積み重なって、後悔という名の雪は降り積もり続ける。
雪を溶かす術を、私たちは知らない。どれだけの時間が経っても、還らないものがあるから。
ーカイリ『炎の復讐』最終章ー
※
「こんな夜中に電話なんて珍しいですね。捜査が終わったんですか?」
深夜の12時を過ぎたところで掛かってきた龍からの電話に、眠れずにいた海里はすぐに出た。
『ああ。予想外の結果だ。メールで転送したから見てくれ』
海里は転送されたメールをパソコンで開き、言葉を失う。そこには、本当に予想外の結果が記されていたのだ。
「そういうことだったんですね」
『驚きだろ? 俺も目を疑ったよ』
いつもの口調で龍は言った。海里は小さな溜息をつく。
「でも、それ以上に・・・・悲しいですね。彼女の隠した、真実が」
※
「急なお呼び立て申し訳ありません。古海さん」
翌日、海里は古海を都内のレストランに呼び出した。彼女は先日と変わらぬ不審な目を向けながら、紅茶を啜る。
「別に構わないけど、急いでくれる方がありがたいですね。仕事が・・・・」
「武器商人でしたっけ?」
古海の顔色が変わった。海里は笑って続ける。
「まあ、普段は漫画を描いていらっしゃるんですよね? 武器商人はおまけ、と言ったところですか」
「・・・・どうして」
古海は、震えながら尋ねた。漫画家はともかく、武器商人のことは知られないと思っていたらしい。海里は何食わぬ顔をして続けた。
「警察の捜査の結果、としか言いようがありませんね。とにかく、古海理恵子さん。今回の事件の犯人は、あなたです。それは間違いありません」
「何を根拠にそんなこと。それに、私が武器商人を始めたのは2年前の話よ? 事件の犯人だなんて、あり得ない。」
あっさりと武器商人のことを認めたが、海里は気に留めなかった。早く認めてくれた方が、彼としても助かるのだ。
海里は深く頷く。
「ええ。
あなたは2年前の事件の犯人ではなく、今回の爆発事件の犯人です」
「あなたの経歴を調べさせて頂きました。幼い頃から機械類に興味があり、大学では機械工学を学んだ。その時、爆弾の製作に準ずる知識も得たはずです。
ただ、爆弾を手に入れるのは難しい。身近なもので作れると聞きますが、下手に怪しまれたくはなかった。
結果、あなたは武器商人という結論に辿り着いた。そうすれば、己の知識を売り、表の人々には怪しまれず、寧ろ裏の人々に知識を喜ばれながら、報酬として爆弾を手に入れることができます」
海里の言葉に古海は動揺していたが、なおも抵抗を続けた。
「なぜ私が爆破事件を起こす必要があったの? 動機は? 証拠は?」
「動機は一先ず置いておき、先に証拠の説明をしましょう。
あなたが犯人である証拠の1つは、警視庁に送られた爆弾スイッチです」
「あれの何が?」
ご存知なんですね、とは言わずに海里は続けた。
「箱です」
「箱?」
海里は頷く。
「ええ。爆弾が仕掛けられていた箱は、あなたと、2年前に亡くなった捜査一課の刑事・杉並亮さん、そして、彼の上司であった東堂さんしか知らない真実が隠されています。
ここからは、東堂さんにお聞きした話になるのですが・・・・」
海里は間を置き、ゆっくりと口を開いた。その顔には、仏のような笑みが浮かんでいる。
「亡くなった杉並さんには、大切な方がいたそうですね。あの箱は、大切な方が杉並さんに送られた手作りのプレゼント箱だとか」
古海は言葉を失った。海里は続ける。
「手作りですから、同じ物はないでしょう。念のため、当時の写真を東堂さんに見せて頂きましたよ。杉並さんがメールで送られた写真を残されていたので。
ーーこちらですね。どうぞ、ご覧になってください」
海里は自分のスマートフォンのアルバムを開いて机に置いた。そこには、警視庁に送られてきた、爆弾かと思われた例の小さな箱が写っている。しかし、その姿は大きく異なっていた。
型紙に色とりどりの布が縫い付けられ、側には先に外された真っ白なリボンが置かれている。箱の蓋には、可愛らしい丸文字で、“亮へ、誕生日おめでとう”、と書かれてあった。プレゼントは腕時計で、杉並は亡くなった日も付けていた、という龍の言葉を思い出す。
唖然とする古海を他所に、海里は続けた。
「もう1つの証拠は、爆破事件の日の、あなたの体の状態です」
「え・・・・」
「あの日タワマンにいた住人は、あなたを除いた全員が怪我を負った。小さな爆発によって階下の方々も怪我をし、瓦礫の下で亡くなった人もいる。そんな中で、火傷も負わず、煙も吸わず、心身に何の問題も起こさなかったあなたが、犯人だと思うのはおかしいことではないはずです」
淡々と述べる海里に、古海は歯を食いしばるだけだった。
「あなたが窓ガラスの破片でも何でも使って、怪我をしていれば少しは疑いが薄れましたよ。爆発が上手くいって上機嫌だったのでしょうが、痛恨のミスでしたね」
「・・・・違う! 爆発が上手く行ったから上機嫌だったわけじゃない‼︎ 私は、あいつらを殺せて上機嫌だったの!」
怒鳴った直後、古海は自分の口を押さえた。海里の顔には、満足げな笑みが浮かんでいる。
「その言葉を待っていました。その言葉こそ、あなたが今回の爆破事件の犯人であるという、紛れもない証拠なんですよ」
両手で顔を覆って俯いた古海は、大粒の涙をこぼしていた。海里は笑みを消し、悲しみを含んだ声音で続ける。
「こんなことを、してはならなかった。犯人だけを殺せと言うわけではありませんが、あなたのしたことは、歴とした殺人です。
皇孝治さんと|甘味穂花さん。例えあの2人が殺人犯であったとしても、こんな復讐をしてはならなかった」
海里の言葉に、古海は微かに頷いた。
「・・・・馬鹿なことだと・・自分でも分かっていました。それでも、私の恨みは消えてくれなかった」
「・・・・そうでしょうね。そうでなければ、あなたはあんな事件を起こさなかったでしょう?」
一拍おいて、海里は本当の名前を呼んだ。
「杉並理恵子さん」
理恵子は、ゆっくりと顔を上げた。その顔には、さっきまでの怒りも、憎しみもなく、ただ悲しみだけが浮かんでいた。
海里はその表情を見て、ただ眉を顰める。
「2年前のあの日、あなたは弟である杉並亮さんの死を知って絶望した。ご両親を幼い頃に亡くされていて、唯一の家族だったのですから、尚更です」
理恵子は頷いた。涙を拭きながら、彼女は言葉を継ぐ。
「あの子は、警察官になるのが子供の頃からの夢でした。両親が通り魔に殺され、葬儀で号泣する私を見たあの子は、私が2度と泣かないために強くなる・・・・と。あの子だって辛かったはずなのに、そう言ってくれた。
大きくなっても思いは消えず、施設で育ちながら、夢を叶えるための努力をしていました。施設の職員も応援してくれて、警察学校に行きたいと言ったら、背中を押してくれた」
優しい方々ですね、と海里は答えて続けた。
「そして、彼は夢を叶えた」
「ええ。あの子は、家に帰って来たら、必ず仕事の話をしたんです。どんな事件があって、どんな風に解決したか、自分はどんなことをしたか・・・・守秘義務はどうしたと言っても、私になら話しても構わないって言って。
ダメだと思うんですけどね。夢を叶えたことが、よっぽど嬉しかったのか、いつも仕事の話をしていました」
理恵子は少し笑ってそう言った。弟の優しさや、真っ直ぐな性格を思い出しているのだろう。だが、その笑みはすぐに悲しみに戻る。
「でも、私は怖かった。いつか、両親と同じように居なくなってしまう気がしたから。警察官は確かに人を守るけれど、同時に危険も伴う。
それでも、あの子がそうしたいと願ったから、何も言わなかった。あの子の夢を、私も応援していたから。それなのに・・・・!」
ーー死んだ。その一言を、理恵子は飲み込んだ。海里は苦しげな表情を浮かべながら、彼女に尋ねる。
「あなたは東堂さんを恨んでいますか? 部下を守れなかったと非難された、あの人を」
「・・・・恨んでいる時もあった。でも、できなくなった。あの子の月命日に欠かさずお墓参りをする姿を見て、何も言えなくなった」
沈黙が続いた。理恵子は嘲るような笑みを浮かべる。それは、己に対してのものだった。彼女は続ける。
「東堂警部。いらっしゃるのでしょう? 出て来てください。隠れる必要なんてありません」
理恵子の言葉と同時に、店の奥から龍が姿を現した。彼の瞳は、暗く虚ろで、何の感情も宿していないように思われた。
龍は口を開きかけ、閉じた。言葉を探しているようだった。しかし、理恵子は静かに首を横に振った。
「いいんです。どうか、もう・・・・何も言わないで。どんな言葉をかけてくださっても、私が人を殺した事実は変わらない。早く・・・・楽にしてください」
理恵子はそれ以上何も言わなかった。両手を差し出し、手錠をかけるよう促す。
「東堂さん」
躊躇っている龍の名を、海里は呼んだ。自分がどれほど残酷な呼びかけをしているのか、理解していた。
龍は、間を開けて答えた。
「・・・・分かってる」
手錠を取り出し、ゆっくりと理恵子の両手にかけた。彼女は、どこか満足げな笑みを浮かべていた。龍は静かに自分の腕時計に視線を落とした。彼女の方を見ることが、彼にはできなかった。
「20XX年7月1日午後12時35分。杉並理恵子・・・・殺人罪で逮捕する」
あの日、あの時、杉並亮が死ななければ、未来は変わっていただろう。だが、時は戻らない。過去は、ただ過ぎ去るだけだった。後悔しても意味のないことを、彼らは悔いた。
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