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Case33.若女将の涙②
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こんな時に電話なんてーー
そんな苛立ちを掻き消したのは、画面に映っている名前だった。私は思わず息を飲み、通話ボタンを強く押す。
「東さん・・・!」
縋るように名前を呼んだ。電話の向こうからは、いつも通りの彼の声音が飛んでくる。
『また事件に遭遇したみたいだな。ニュースで見た。捜査は進んでいるのか?』
心からの安堵を覚えた。私は、私が思っているよりも、東さんを信頼し、その存在が大きくなっていることを実感せざるを得なかった。
「正直言って、芳しくありません」
後ろ向きな回答を口にしながらも、私の心を影が覆い尽くすことはなかった。
ーカイリ『若女将の涙』第2章ー
※
「京都府警の五十嵐涼音です。現場検証を行うので下がってください」
五十嵐は、長い黒髪を団子にして纏め漆黒のスーツを着こなす、いかにも女刑事という装いだった。海里は五十嵐の姿を捉えると、ロビーの長椅子から立ち上がって彼女の前に行った。
「私も捜査に加わらせてくださいませんか?」
海里の整った顔立ちには興味がないのか、五十嵐は他の宿泊客と同じ浴衣姿の海里に訝しげな視線を送った。
「あなたは?」
「江本海里と申します」
京都府警が騒めいた。どうやら、他府県でも海里の話は通っているらしい。五十嵐は上司と顔を合わせ、少しの間考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「分かりました。ただし、亡くなった方が幼馴染みだからと言って、判断を見誤っては困りますので、慎重に捜査をお願いします」
「心得ています」
海里は府警から手袋を受け取って現場に入った。鑑識が写真を取る中、五十嵐は雪美の遺体の前に屈む。
「それにしても酷い・・・・。ここまでの滅多刺しは、そうありません。
犯人は、被害者に相当な恨みを持っていたようですね」
それは一般的な回答だった。しかし、海里は静かに不思議なことを口走る。
「本当に刺殺なのでしょうか?」
「え?」
予想外の発言に五十嵐たちは怪訝な顔をした。彼は静かに続ける。
「雪美さんがここで亡くなったことは間違いないでしょう。ですが、ここはただの事務室であって、包丁などは置いていない。
そんな場所を殺害現場に選び、わざわざ大量の包丁を持って来て刺し殺した? しかも正面から? 抵抗した形跡もなく、悲鳴を聞いたという証言もない。・・・・不自然です」
「しかし、刺殺でなければ何なのですか? 絞殺された痕も、首の骨を折られた痕もない。当然、撲殺の痕すらありません」
最もな反論に、海里は頷きつつ意見を続けた。
「それはまだ分かりませんが、この亡くなり方は不自然すぎる。目は微かに開いていますし、睡眠薬を盛られたわけでもないでしょう。もし手や爪に皮膚片が付着していれば、抵抗した証拠になります。調べて頂けますか?」
「・・・・当然です。それが仕事ですから」
海里と五十嵐は気が合わなかった。五十嵐は、捜査は警察官の仕事であり、いくら有能な探偵であっても、不用意に事件の捜査に協力させたくなかった。
一方、海里は探偵として事件を解き明かすという意志と、雪美の無念を晴らすという2つの意志が同時に存在し、警察官側の気持ちまで頭を働かせる余裕を持っていなかった。
「なぜ本庁はあの男を信用するんですか? 駆け出しの小説家でしょう」
「頭が固いな、五十嵐。例え小説家だとしても江本海里の頭脳は本物だし、評価は高い。協力してもらうに越したことはないだろ」
上司の言葉に五十嵐は眉を顰めた。
「しかし・・・・我々警察の仕事を横取りされているようなものではありませんか。先輩は何も思わないのですか?」
「戦力が増えるに越したことはないだろう? ほら、捜査続けるぞ」
海里は一通り現場を調べ終わると、渉の元へ行った。
「昨夜の雪美さんの行動を教えてくれませんか? 確か、18時頃に私と少し話し、18時半頃に渉さんが来られて、雪美さんは仕事に戻った」
「はい。その後、僕と江本さんが話し終わったのが19時半過ぎでした。途中雪美が話に混じりはしましたが、すぐに仕事に戻っていました。江本さんは早めに休むと言って、自分の部屋に戻られましたよね」
「ええ。夕食は済ませていたので入浴をして、すぐ床に着きました。あ、でも」
「何か?」
渉が首を傾げた。海里は昨夜の雪美とのやりとりを思い出す。
「部屋に戻る時、雪美さんにお会いしました。恐らく・・・・20時前ですね」
「なるほど。確か、雪美が掃除を終えたのが20時半丁度。僕は21時頃に夕食と入浴を済ませ、先に休むよう言われたので、その言葉に甘えました。多分22時過ぎだったと思います」
「・・・・では・・・・死亡推定時刻は22時頃から・・・・長く見積もって午前5時頃ですね」
海里がメモを机に置くと、五十嵐が手に取って内容を確認した。
「どうですか? そちらの意見と私の意見、合わさっています?」
「ええ。榊渉さん・・・・でしたね。この旅館、防犯カメラなどはないのですか? 不審な人物が目撃されていれば、捜査が早いのですが」
「生憎、ありません。先代・・・雪美の父がそう言ったことを嫌って、全て取り外してしまったのです」
「そうですか。それでは、犯罪が起こってもしょうがないですね」
五十嵐の言葉に海里は眉を顰めた。体ごと彼女の方を向き、声を潜めて言う。
「・・・・五十嵐さん。言い方というものがあるでしょう。監視カメラのある場所で、必ずしも殺人が起きないなんて限りませんよ」
五十嵐は不満の色を浮かべた。ため息をつき、海里を睨みつける。
「そういう意味で言ったわけではありません。今時、不用心だと言ったのです。事件解決の手がかりが減ったようなものでしょう」
「ですから、その言い方ですよ。亡くなった方と親しい人間がいるのに、なぜそんなことを平気で言えるのですか? 遠慮という言葉はご存知です?」
「失礼な。知っていますよ。
私から言わせれば、警察の捜査に踏み込んでくるあなたの方が、遠慮という言葉を知らないように思いますが?」
2人は睨み合った。渉は気まずそうに視線を泳がせ、どうしたものかと逡巡している。
険悪な雰囲気を打ち破ったのは、海里のスマートフォンの着信だった。
こんな時に、と思いながら取り出して気怠げに視線を移した海里だが、画面を見てハッとし、通話ボタンを押す。
「東堂さん・・・・!」
縋るような声に驚くことなく、龍はいつも通りの声を上げた。
『また事件に遭遇したみたいだな。こっちでもニュースになってる。捜査は進んでいるか?』
海里はゆったりと五十嵐から離れ、再びロビーの長椅子に腰掛けた。
「正直言って芳しくありません。情報が錯綜しているせいか、犯人の検討も付きませんし」
久しぶりに聞いた龍の声に、海里は心の底から安堵していた。現場に行けば必ずと言っていいほど龍がおり、共に事件を解決してきた。安堵と同時に、自分が思っているより龍を信頼しているのだと分かった。
「加えて、京都府警の五十嵐さんという方が私を嫌っているようです。目の敵にして来ると言いますか、探偵という職を嫌っていると言いますか・・・・」
『ああ・・五十嵐涼音か。京都府警じゃ、頭が硬いって有名なんだよ。真面目だが、度が過ぎることがあるからな』
「そのようですね。事件の概要をまとめたメモ帳、取られましたし」
海里はため息混じりに言った。電話越しに龍が苦笑する。
『そりゃ災難だったな。
それにしても、月影旅館か。また事件が起こるなんて、偶然と断言していいいものか』
「また?」
何気なく発せられた言葉に海里は目を丸くした。彼は興奮気味に尋ねる。
「過去にも事件があったのですか? 雪美さんから聞いていませんが」
『公にならなかったんだよ。確か、10年前だったか。旅館で人が死んで、当時の女将の夫が逮捕されたんだ。その後しばらく休業したのは知っていたが、普通に営業していたとはな」
「・・・・女将の夫? 待ってください、それはつまりーー」
海里が言葉を続けようとすると、誰かが彼のスマートフォンを奪った。驚いて後ろを振り向くと、誰もいない。
「お兄ちゃん、誰と電話しているの?」
「あなたは・・・・?」
海里の側に1人の少年がいた。小学校低学年くらいだろうか。海里は長椅子から立ち上がって少年の前に屈み、優しい口調で話しかける。
「すみません。それは私の物なんです。返して頂けませんか? ぼく」
「僕の名前は榊秀! ぼく、なんて名前じゃないもん!」
「それは失礼しました。では、秀君。それを返してーーって・・・・え? 榊? 雪美さんの親族ですか? ご兄弟はいないはずですが」
「僕は渉兄ちゃんの弟だよ。お兄ちゃんがムコイリして、ゆいいつの家族だからって理由でみょーじが変わったって言ってた」
改めて秀を見つめると、確かに渉に似ていた。弟と名乗っても、何ら不思議はない。渉は五十嵐と話を終え、弟の手に握られた海里のスマートフォンを見た瞬間、声を上げた。
「こら、秀! ダメじゃないか。江本さんを困らせて・・・・ほら、返しなさい」
「でも~」
「でもじゃない! すみません、江本さん。どうぞ」
「いえいえ。子供のしたことですから、お構いなく」
海里はスマートフォンを受け取り、弾みで切れた電話をかけ直した。軽く事情を説明し、頭を下げる。
「すみません」
『謝る必要はないさ。それより、さっきお前が言おうとしたことは正解だ。当時逮捕されたのは、今回の被害者・榊雪美の父親・榊信良。
最後まで犯行を否定していたから、犯人かは定かじゃない。ただ、刑務所に入った後、病気で亡くなってな。死んだ以上、何もできないってことで事件が追及されることも、榊家が控訴することもなかった』
海里は考えた。父親が逮捕された過去、取り外された監視カメラ、刑務所で死亡した父親、事件の被害者となった雪美、訳の分からぬ死に方と、抵抗の跡がないという不自然さ。
何かがおかしい。直感が、そう告げていた。
少しの沈黙を経た後、海里はゆったりと口を見開く。
「東堂さん。10年前、月影旅館で起きた殺人事件を調べてくれませんか。今回の事件と無関係とは思えない。それどころか、大いに繋がっている気がします」
『本庁の人間である俺が出しゃばるのもどうかと思うが、状況が状況だからな。できる範囲で調べてやるよ。
だが、無茶はするな。連続殺人の可能性も捨て切れない』
「ご心配ありがとうございます。
でも大丈夫ですよ。私は、そう簡単には死にませんので」
自信を取り戻した海里の言葉を受け、龍は電話の向こうで苦笑した。
『違いないな』
そんな苛立ちを掻き消したのは、画面に映っている名前だった。私は思わず息を飲み、通話ボタンを強く押す。
「東さん・・・!」
縋るように名前を呼んだ。電話の向こうからは、いつも通りの彼の声音が飛んでくる。
『また事件に遭遇したみたいだな。ニュースで見た。捜査は進んでいるのか?』
心からの安堵を覚えた。私は、私が思っているよりも、東さんを信頼し、その存在が大きくなっていることを実感せざるを得なかった。
「正直言って、芳しくありません」
後ろ向きな回答を口にしながらも、私の心を影が覆い尽くすことはなかった。
ーカイリ『若女将の涙』第2章ー
※
「京都府警の五十嵐涼音です。現場検証を行うので下がってください」
五十嵐は、長い黒髪を団子にして纏め漆黒のスーツを着こなす、いかにも女刑事という装いだった。海里は五十嵐の姿を捉えると、ロビーの長椅子から立ち上がって彼女の前に行った。
「私も捜査に加わらせてくださいませんか?」
海里の整った顔立ちには興味がないのか、五十嵐は他の宿泊客と同じ浴衣姿の海里に訝しげな視線を送った。
「あなたは?」
「江本海里と申します」
京都府警が騒めいた。どうやら、他府県でも海里の話は通っているらしい。五十嵐は上司と顔を合わせ、少しの間考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「分かりました。ただし、亡くなった方が幼馴染みだからと言って、判断を見誤っては困りますので、慎重に捜査をお願いします」
「心得ています」
海里は府警から手袋を受け取って現場に入った。鑑識が写真を取る中、五十嵐は雪美の遺体の前に屈む。
「それにしても酷い・・・・。ここまでの滅多刺しは、そうありません。
犯人は、被害者に相当な恨みを持っていたようですね」
それは一般的な回答だった。しかし、海里は静かに不思議なことを口走る。
「本当に刺殺なのでしょうか?」
「え?」
予想外の発言に五十嵐たちは怪訝な顔をした。彼は静かに続ける。
「雪美さんがここで亡くなったことは間違いないでしょう。ですが、ここはただの事務室であって、包丁などは置いていない。
そんな場所を殺害現場に選び、わざわざ大量の包丁を持って来て刺し殺した? しかも正面から? 抵抗した形跡もなく、悲鳴を聞いたという証言もない。・・・・不自然です」
「しかし、刺殺でなければ何なのですか? 絞殺された痕も、首の骨を折られた痕もない。当然、撲殺の痕すらありません」
最もな反論に、海里は頷きつつ意見を続けた。
「それはまだ分かりませんが、この亡くなり方は不自然すぎる。目は微かに開いていますし、睡眠薬を盛られたわけでもないでしょう。もし手や爪に皮膚片が付着していれば、抵抗した証拠になります。調べて頂けますか?」
「・・・・当然です。それが仕事ですから」
海里と五十嵐は気が合わなかった。五十嵐は、捜査は警察官の仕事であり、いくら有能な探偵であっても、不用意に事件の捜査に協力させたくなかった。
一方、海里は探偵として事件を解き明かすという意志と、雪美の無念を晴らすという2つの意志が同時に存在し、警察官側の気持ちまで頭を働かせる余裕を持っていなかった。
「なぜ本庁はあの男を信用するんですか? 駆け出しの小説家でしょう」
「頭が固いな、五十嵐。例え小説家だとしても江本海里の頭脳は本物だし、評価は高い。協力してもらうに越したことはないだろ」
上司の言葉に五十嵐は眉を顰めた。
「しかし・・・・我々警察の仕事を横取りされているようなものではありませんか。先輩は何も思わないのですか?」
「戦力が増えるに越したことはないだろう? ほら、捜査続けるぞ」
海里は一通り現場を調べ終わると、渉の元へ行った。
「昨夜の雪美さんの行動を教えてくれませんか? 確か、18時頃に私と少し話し、18時半頃に渉さんが来られて、雪美さんは仕事に戻った」
「はい。その後、僕と江本さんが話し終わったのが19時半過ぎでした。途中雪美が話に混じりはしましたが、すぐに仕事に戻っていました。江本さんは早めに休むと言って、自分の部屋に戻られましたよね」
「ええ。夕食は済ませていたので入浴をして、すぐ床に着きました。あ、でも」
「何か?」
渉が首を傾げた。海里は昨夜の雪美とのやりとりを思い出す。
「部屋に戻る時、雪美さんにお会いしました。恐らく・・・・20時前ですね」
「なるほど。確か、雪美が掃除を終えたのが20時半丁度。僕は21時頃に夕食と入浴を済ませ、先に休むよう言われたので、その言葉に甘えました。多分22時過ぎだったと思います」
「・・・・では・・・・死亡推定時刻は22時頃から・・・・長く見積もって午前5時頃ですね」
海里がメモを机に置くと、五十嵐が手に取って内容を確認した。
「どうですか? そちらの意見と私の意見、合わさっています?」
「ええ。榊渉さん・・・・でしたね。この旅館、防犯カメラなどはないのですか? 不審な人物が目撃されていれば、捜査が早いのですが」
「生憎、ありません。先代・・・雪美の父がそう言ったことを嫌って、全て取り外してしまったのです」
「そうですか。それでは、犯罪が起こってもしょうがないですね」
五十嵐の言葉に海里は眉を顰めた。体ごと彼女の方を向き、声を潜めて言う。
「・・・・五十嵐さん。言い方というものがあるでしょう。監視カメラのある場所で、必ずしも殺人が起きないなんて限りませんよ」
五十嵐は不満の色を浮かべた。ため息をつき、海里を睨みつける。
「そういう意味で言ったわけではありません。今時、不用心だと言ったのです。事件解決の手がかりが減ったようなものでしょう」
「ですから、その言い方ですよ。亡くなった方と親しい人間がいるのに、なぜそんなことを平気で言えるのですか? 遠慮という言葉はご存知です?」
「失礼な。知っていますよ。
私から言わせれば、警察の捜査に踏み込んでくるあなたの方が、遠慮という言葉を知らないように思いますが?」
2人は睨み合った。渉は気まずそうに視線を泳がせ、どうしたものかと逡巡している。
険悪な雰囲気を打ち破ったのは、海里のスマートフォンの着信だった。
こんな時に、と思いながら取り出して気怠げに視線を移した海里だが、画面を見てハッとし、通話ボタンを押す。
「東堂さん・・・・!」
縋るような声に驚くことなく、龍はいつも通りの声を上げた。
『また事件に遭遇したみたいだな。こっちでもニュースになってる。捜査は進んでいるか?』
海里はゆったりと五十嵐から離れ、再びロビーの長椅子に腰掛けた。
「正直言って芳しくありません。情報が錯綜しているせいか、犯人の検討も付きませんし」
久しぶりに聞いた龍の声に、海里は心の底から安堵していた。現場に行けば必ずと言っていいほど龍がおり、共に事件を解決してきた。安堵と同時に、自分が思っているより龍を信頼しているのだと分かった。
「加えて、京都府警の五十嵐さんという方が私を嫌っているようです。目の敵にして来ると言いますか、探偵という職を嫌っていると言いますか・・・・」
『ああ・・五十嵐涼音か。京都府警じゃ、頭が硬いって有名なんだよ。真面目だが、度が過ぎることがあるからな』
「そのようですね。事件の概要をまとめたメモ帳、取られましたし」
海里はため息混じりに言った。電話越しに龍が苦笑する。
『そりゃ災難だったな。
それにしても、月影旅館か。また事件が起こるなんて、偶然と断言していいいものか』
「また?」
何気なく発せられた言葉に海里は目を丸くした。彼は興奮気味に尋ねる。
「過去にも事件があったのですか? 雪美さんから聞いていませんが」
『公にならなかったんだよ。確か、10年前だったか。旅館で人が死んで、当時の女将の夫が逮捕されたんだ。その後しばらく休業したのは知っていたが、普通に営業していたとはな」
「・・・・女将の夫? 待ってください、それはつまりーー」
海里が言葉を続けようとすると、誰かが彼のスマートフォンを奪った。驚いて後ろを振り向くと、誰もいない。
「お兄ちゃん、誰と電話しているの?」
「あなたは・・・・?」
海里の側に1人の少年がいた。小学校低学年くらいだろうか。海里は長椅子から立ち上がって少年の前に屈み、優しい口調で話しかける。
「すみません。それは私の物なんです。返して頂けませんか? ぼく」
「僕の名前は榊秀! ぼく、なんて名前じゃないもん!」
「それは失礼しました。では、秀君。それを返してーーって・・・・え? 榊? 雪美さんの親族ですか? ご兄弟はいないはずですが」
「僕は渉兄ちゃんの弟だよ。お兄ちゃんがムコイリして、ゆいいつの家族だからって理由でみょーじが変わったって言ってた」
改めて秀を見つめると、確かに渉に似ていた。弟と名乗っても、何ら不思議はない。渉は五十嵐と話を終え、弟の手に握られた海里のスマートフォンを見た瞬間、声を上げた。
「こら、秀! ダメじゃないか。江本さんを困らせて・・・・ほら、返しなさい」
「でも~」
「でもじゃない! すみません、江本さん。どうぞ」
「いえいえ。子供のしたことですから、お構いなく」
海里はスマートフォンを受け取り、弾みで切れた電話をかけ直した。軽く事情を説明し、頭を下げる。
「すみません」
『謝る必要はないさ。それより、さっきお前が言おうとしたことは正解だ。当時逮捕されたのは、今回の被害者・榊雪美の父親・榊信良。
最後まで犯行を否定していたから、犯人かは定かじゃない。ただ、刑務所に入った後、病気で亡くなってな。死んだ以上、何もできないってことで事件が追及されることも、榊家が控訴することもなかった』
海里は考えた。父親が逮捕された過去、取り外された監視カメラ、刑務所で死亡した父親、事件の被害者となった雪美、訳の分からぬ死に方と、抵抗の跡がないという不自然さ。
何かがおかしい。直感が、そう告げていた。
少しの沈黙を経た後、海里はゆったりと口を見開く。
「東堂さん。10年前、月影旅館で起きた殺人事件を調べてくれませんか。今回の事件と無関係とは思えない。それどころか、大いに繋がっている気がします」
『本庁の人間である俺が出しゃばるのもどうかと思うが、状況が状況だからな。できる範囲で調べてやるよ。
だが、無茶はするな。連続殺人の可能性も捨て切れない』
「ご心配ありがとうございます。
でも大丈夫ですよ。私は、そう簡単には死にませんので」
自信を取り戻した海里の言葉を受け、龍は電話の向こうで苦笑した。
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