小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
54 / 237

Case53.幽霊屋敷で出会った男①

しおりを挟む
 これじゃダメだ。
 心の中でそう呟いて、海里は手元の原稿用紙を見下ろした。9割方書き終わった小説だが、どうしても、この先を書けなかった。


 私は酷く狼狽した。目の前にある真実が、吐き気がするほど重いものに思えたのだ。
「私は友のために殺人を犯した・・・そこに理由など要らないでしょう?」
「友のためなんかじゃないでしょう。あなたは、自分のために殺人を犯した」
 私の声は思ったより小さかった。男は不敵な笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。
「あなたは人殺しと言いますがね、これは人助けですよ。友が死にたいと願ったから、私はその願いを叶えた。それだけです」
「ふざけるな‼︎」
 東さんが怒鳴った。私も怒鳴りたかったが、そんな力はなかった。彼は男の胸倉を掴み、今にも殴りかかりそうな勢いで叫んだ。
「お前はただの人殺しだ! 聖人君子にでもなったつもりか? 人の命を奪う権利は誰にもない!」
 東さんの言葉は正しかった。私は心の中で頷きながら、言葉を続けた。
「水先学長。あなたは、犯してはならない罪を犯した。それを認めないのならば、宮田教授が伝えたかった、“本当の想い”を解き明かしましょう」 


 溜息をついた海里は、サイドテーブルに置きっぱなしにしていたスマートフォンを開き、1つの電話番号を押した。

            ※
                        
「筆が止まった?」
『はい。以前の事件を執筆している最中なんですが・・・どうしても、犯人が悪になってしまうんです』
「殺人は悪だろ。少なくとも、俺たちはそう考えているから仕事をしている」
『それは理解しているんですが、どうしても犯行の“裏”を書きたくて』
 海里の言葉に、龍は深い溜息をついた。
「相談している最中に悪いが、そんな話を俺にするのは間違ってるんじゃないか? 俺は警察官で、殺人はもちろん犯罪行為をしたら逮捕に踏み切る立場だ。だから、どうしても犯人を善とは考えられない。俺とお前じゃ、考え方が根本的に違うだろ」
 龍の言葉に海里は長い息を吐いた。
『・・・・そうですよね・・・編集者さんに相談しても、自由に書いての一言なので、他の方の意見を頂きたかったのですが・・・。警察の方に聞いたら、そうなりますよね』
 海里の声には諦めが入っていた。龍はしばらく沈黙し、口を開く。
「お前の小説は美希子が読んでるから、話は大方、知っている。だからこそ聞くが、お前、“本物の悪”はいないと思ってるのか?」
 雷に打たれたような衝撃を覚えた。海里は迷いつつ、嘘をつきたくはないため、正直な答えを口にする。
『・・・・そう、思いたいです。誰もが生まれた時から悪なわけじゃありません。その裏には、必ず何か理由が、理屈が、存在する。そして、私はそれを解き明かし、物語として世に送る。
 それくらいのことしかできませんが、そんな小さなことでも、何かを変えることができるなら、私は小説を書き続けます』
 再び沈黙が落ち、電話越しで龍がふっと笑う声が聞こえた。
「なるほど、お前らしい意見だな。確かに、生まれたその時から悪はいない」
 龍は言葉を選ぶように、ゆったりと続ける。
「だが、悪にことはある。どんな理由や理屈があれ、最終的に選ぶのは自分だ。己で下した決断を、悲しみ、同情し、共感するほど、俺は優しくなれない。お前のようにはなれない」
 海里が何か言葉を探していると、龍の部下が彼を呼ぶ声が聞こえた。
「1回切るぞ。ーーどうした?」
「殺人事件です。N市のとある邸宅で」
「分かった」
 玲央は既に出発の準備を終えていた。龍が椅子にかけていたコートを羽織り、部屋を出ようとすると、またスマートフォンが鳴った。海里だった。
「悪いがさっきの話は一回終わりにしてくれ。仕事が入ったんだ」
『どこですか?』
「来るのか? 巻き込んでるこっちが言うのもなんだが、もう少し本業に集中しろよ」
『筆が進まない状況でやっても良い物はできないんです。締め切りはまだですから、現場の住所を教えてください』
                    
            ※

「結局来ちゃったの? 江本君」
 玲央は苦い笑みを浮かべた。海里は唇をへの字に曲げながら言う。
「仕方ないと思ってください。筆が完全に止まったので」
「そんなに前の事件が引っ掛かるなんてね。君は細かいことは気にしない人間だと思っていたよ」
「気にする時は気にしますよ」
 クリスマスが過ぎ、新年が明けて数日が経っていた。海里は2人に新年の挨拶をし、2人も挨拶を返した。礼儀としてやったことだったが、本当に不思議な間柄だと、改めて思わざるを得なかった。
 現場は少し小高い丘の上にあった。3人は遺体が発見された場所、広い邸宅をぐるりと囲む柵のある方へ歩いた。
「これは・・・・中々、刺激が強いね」
 玲央がそう言うのも無理はなかった。被害者は、邸宅を囲む柵に頭や胸など、全身が突き刺さって亡くなっていたのだ。遺体から流れた血は凝固していたが、苦悶の表情が痛々しく感じられた。
 玲央は遺体から距離を置きつつ、警察の近くにいる若い男を見て尋ねる。
「あなたが第一発見者ですか?」
「は、はい・・・」
 第一発見者は、朝の散歩をしていた近所の住民だった。いつも邸宅の前を通るので、同じ道を通ろうとしたところ、遺体を発見し、警察に通報したとのことだった。玲央は第一発見者の視界から遺体を隠すように立ち、宥めつつ発見時の状況を聞き始める。
 その時だった。
「警察の方ですか?」
 声をかけられて海里と龍が振り向くと、邸宅から出て来たのであろう、小柄な男が立っていた。青い顔をし、目が泳いでいる。
 龍は軽く頷いた。
「はい。あなたは、この家の?」
「・・・・はい。私は立石文雄たていしふみおと申します。遺体は・・・・息子です」
 龍は眉を顰め、心なしか小さな声を出した。
「・・・・そうですか・・・それは・・」
「いえ、お構いなく。息子の名はただしと言いまして、普段は地方の会社にいるのですが、一昨日でしたか、私の母・・息子の祖母の命日で、帰ってきておりました」
「なるほど。では、普段この家にお住まいなのは、ご主人だけですか?」
 龍の質問に、文雄は首を横に振った。
「普段は私と家内で住んでいます。ただ、家内は夜から出かけておりまして。電話はしたので、もう少しで帰ってくるかと」
「そうですか。分かりました」
 文雄は、龍と玲央の背後にいる、遺体を凝視している海里を見て怪訝な顔をした。龍が海里の肩を叩くと、海里は体の向きを変え、文雄に一礼した。
「カイリと申します。本業は小説家ですが、稀に警察の事件の捜査に協力しています」
「カイリ・・・ああ、小説探偵ですか。小耳に挟んだことがあります。わざわざご足労をおかけしまして」
 仰々しい挨拶に海里は不信感を覚えた。そもそも、息子が亡くなっているのに落ち着きすぎではないか、とも思った。動揺のあまり感情が追いついていないのだろうとも考えたが、不信感が消えることはなかった。
 できる限り不信感を消そうと海里が務めていると、龍と玲央の部下の声が聞こえた。
「おい、誰だあんた! ここは関係者以外、立ち入り禁止だぞ!」
「関係者だから来たんだ。黙って通してくれ」
 部下たちの言い争いを諌めるかのように、玲央が彼らの肩に手を置いた。
「喧嘩はダメだよ。どうかした?」
「東堂警部。この男が・・・関係者だと言うのですが、立石家に息子は1人しかいませんし、顔立ちからも血縁では無いと思いまして・・・」
 玲央は目の前に立っている男を見た。背は海里より少し高く、龍と玲央よりは低い。まだ新しい黒い厚手のジャンパーの前を顎の下まで閉めているため、中の服は見えなかったが、紺色のズボンにスニーカーという、ラフな格好をしている。かなり寒いにも関わらず、防寒着は身につけていなかった。
 男は端正な顔立ちをしており、寝癖のついた黒い短髪とくっきりとした黒い瞳、硬く結んだ唇が印象的である。一見幼顔に見えるが、筋の通った鼻が大人びた印象を付け足していた。
「俺は警視庁捜査一課の東堂玲央。君は?」
「・・・・神道圭介しんどうけいすけ
 男ーー神道圭介はぶっきらぼうにそう答えた。玲央はあくまで冷静に尋ねる。
「君は立石家の人間じゃないのに、どうしてここに来たの? 警察でもない限り現場に立ち入ることは許されないよ」
「俺はこの家の奥方に来て欲しいって頼まれたんだよ」
 証拠があると言いながら、圭介はスマートフォンの画面を見せた。そこには、“立石風香たていしふうか”とあり、背後で文雄が妻の名前だと頷いたのが見えた。
「なるほど。で、君は何者? 探偵?」
「いや。俺はここに除霊をしに来たんだ」
 海里、龍、玲央の3人が、同時に間抜けな声を上げた。文雄も目を丸くして訳が分からないという顔をしている。圭介は溜息をつきながら、言葉を続けた。
「この家は幽霊屋敷と呼ばれていて、1年ほど前から怪奇現象が発生している。霊がいるに違いないから、除霊してくれーーこの家の奥方から、そんな依頼があったんだよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

讃美歌 ② 葛藤の章               「崩れゆく楼閣」~「膨れ上がる恐怖」

エフ=宝泉薫
青春
少女と少女、心と体、美と病。 通い合う想いと届かない祈りが織りなす終わりの見えない物語。

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

処理中です...