小説探偵

夕凪ヨウ

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Case59.幽霊屋敷で出会った男⑦

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『お久しぶりです、文和さん。紗夜です』
「紗夜様⁉︎」
 文和は大袈裟とも言えるほど驚いていた。しかし、紗夜は気に留めることなく続ける。
『その爆弾、使えませんよ。私が警部さんに話して撤去してもらいました。もちろん、スイッチも起動しません』
 淡々と答える紗夜の声に、文和は何も言葉を返せなかった。
『父は何かを隠すために設置したようですけど、結局使わなかった。その家から引っ越す時、すっかり忘れていたくらいです。運がいいと思ったのでしょうけどーー残念でしたね』
 微塵も残念さを感じさせない声で、紗夜は言い放った。彼女が電話の向こうでどんな表情をしているのか、どんな感情が渦巻いているのか、手に取るように分かった。
 だから私は、何も言わずに成り行きを見つめていた。

  ーカイリ『幽霊屋敷で出会った男』最終章ー

            ※

「文雄・・・? それは義息子の名前だろう。私はーー」
「いいや、君は文雄だ」
 玲央はゆっくりと立ち上がった。銃に怯む様子は一切ない。反対に、晋一は声を荒げる。
「馬鹿なことを! 何の根拠があって、そんなくだらないことを言っている!」
「除霊師」
 すかさず玲央は答えた。晋一は突拍子もない声を上げる。
「あ?」
「君は、立石晋一が知らないはずの情報を言った。立石晋一は、除霊師・神道圭介のことを知らない。彼に除霊を依頼した風香からも、“父には話していない”と聞いている」
 晋一、いや、文雄は汗を垂らした。玲央は部屋の中を歩きながら、笑みを浮かべて続ける。
「俺に声をかけた時から、妙だと思っていた。いくらここが手慣れた山の中だとしても、老人が常日頃登り降りするのはしんどい。加えて建物自体が古めかしく、人が住んでいる形勢がない。
 何より、俺は別の情報提供者から、立石晋一に関する、ある情報を入手している」
「別の情報提供者?」
 晋一は早口で尋ねた。玲央は頷いて続ける。
「ああ。その内容はこうだ。
 文雄の顔が青ざめた。玲央はスマートフォンを取り出し、自分の耳に当てる。ずっと通話状態にしていたらしく、画面に指を滑らすこともしなかった。
「当たりだよ、江本君」
『それは良かったです。ご協力、感謝しますよ。香織さん』
 海里の言葉を聞いた瞬間、文雄は怒鳴った。
「香織、裏切ったのか⁉︎」
『裏切ったとか、そんな問題じゃない! 黙っていられるわけないじゃない! 
 私が全てを知ったのは今朝・・・ママからの電話だった。ママは言ったわ。“私がおばあちゃんを殺した”、と。そして、正兄を殺したのはパパだって!」
 香織の言葉に、玲央は電話を切って笑った。
「さあ、終わりにしようか」
「く・・・クソ‼︎」
 文雄が引き金を引いた。が、玲央はすぐさま体を低くして銃弾を避け、文雄の腕を掴んで、床にねじ伏せた。骨が軋む音がして、銃が床に転がる。
「詳しい話は本宅で聞こう。一先ず、大人しくしてもらうよ」
 玲央は文雄の腕に手錠をかけた。床に落ちた銃を拾って布に包み、近くにあった段ボールの中に入れる。左脇にそれを抱え、右手で文雄を引きずりながら、玲央は麓に止めた車に乗り込んだ。


「兄貴」
 本宅の門で迎えたのは龍だった。玲央は笑って口を開く。
「お疲れ様。何か新しいことは分かった?」
「いや、黙秘中だ」
「やっぱりそうか。まあ、そんな簡単に罪を認めるなら、初めから殺人なんて犯さないだろうからね」
 玲央は文雄の腕を引き、龍と共に本宅の中に入った。
 大広間に行くと、広いソファーに海里と風香、香織が向かい合って座っていた。窓際には圭介が立っており、海里の様子を見ているようだった。風香と香織は俯いて何も発さず、海里は真顔で2人を見ていた。
 文雄の姿を捉えた海里は、穏やかな笑みを浮かべる。
「お待ちしていましたよ、文雄さん。どうぞ、おかけください。と言っても・・この家の主人は風香さんですが」
 文雄はしばらく躊躇っていたが、玲央は強引に彼を風香の隣に座らせた。龍と玲央は3人が逃げないよう、背後と扉の前に立ち、海里と頷き合った。
 海里は改めて立石家の3人を見つめ、口を開く。
「まず初めに、立石家で起こった事件の整理をしましょう。この家では、2つの事件が起こっています。まず1つ目ーー1年前の立石鈴香さん殺害事件。事件の犯人は、立石風香さん。あなたで間違いありませんね」
「・・・ええ。間違いありませんわ。睡眠薬を大量に飲ませて、殺しました」
 風香は諦めを含んだ声で言った。海里は頷く。
「どうも。2つ目は、今回の立石正さん殺害事件。この事件の犯人は、立石文雄さん。あなたですね?」
 文雄は首を縦に振らなかった。海里は笑みを崩さず続ける。
「お認めにならないのであれば結構です。先に、トリックをお話ししましょう」
 そう言って海里は立ち上がり、文雄たちについて来るよう言った。どこへ行くのか香織が尋ねると、彼は3階の鈴香の部屋に行くと言った。
 先頭を海里、次に龍、立石家の3人が続き、その後に玲央、最後尾に圭介が立って歩いた。歩きながら、海里は説明を続ける。
「東堂さんと玲央さんが命を落としかけたあの部屋には秘密があります。今から、その秘密を暴きに行きましょう」
「ああ・・・あの強風?」
 思い出したように玲央が呟いた。海里は頷く。
「はい。一見、幽霊の仕業ととられても仕方ありませんが、窓ガラスが変えられていたことを考えると、やはり人為的な殺人です」
 鈴香の部屋に到着すると、海里は家具の位置をずらさないよう指示した。彼は側にあった椅子に腰掛け、龍と玲央の方を見る。
「お2人とも、思い出してくれませんか? この部屋に強風が吹いた時のことを」
「思い出すも何も・・・大方話しただろ?」
「ええ。お2人の様子は伺いました。私が聞きたいのは、お2人が飛ばされた時の、部屋の様子です」
「部屋の様子?」
 2人同時に首を傾げた。玲央は顎に手を当て、状況を思い出すように小声で呟き始める。
「風が吹いて・・飛ばされて・・・窓ガラスを割って・・・・。うーん・・・不審な点なんかあったかな? 江本君は、もう分かってるの?」
「予想はついています。ですから、後はお2人の証言を聞いて、確信を得たいのです」
 龍も玲央と同じ姿勢をとって考えていた。しばらくして、龍がパッと目を開く。
「そういえば、あの時・・・‼︎」
 龍は勢いよく玲央の方を振り向き、言った。
「風が吹いた時、
「あ、そうか! 大人2人が窓に叩きつけられるような強風なのに、部屋にある家具や埃は何も動いていなかった。あの時は必死で気がつかなかったけど、今考えたらおかしな話だね」
 海里は笑った。椅子から立ち上がり、床に溜まった埃を指し示す。
「家具の足を見てください。全く動いていないでしょう? これが、人しか動かなかったという証拠なんです。
 そして東堂さん、玲央さん。もう1つお聞きします。風は、どこから吹いていましたか?」
 玲央は割れた窓の正面にある、広い壁を指さした。壁には額が掛かっており、その額も、動いた様子はなく、埃が溜まっていた。
「東堂さん。文雄さんに渡された図面はお持ちですか?」
「ああ。いるのか?」
「はい」
 海里は図面を受け取ると、縛ってあった紐を外し、図面を広げた。3階の鈴香の部屋を指差しながら、海里は続ける。
「見てください。この部屋の図面、何度も書き直した跡がある。他の部屋は書き直された形跡はなく、1度で書かれているのに、です。
 なぜ、この部屋だけ何度も書き直したんでしょうね?」
「単純に当主の部屋だからじゃないのか?」
 龍の問いに海里は頷いて続けた。
「確かに、それもあり得ますね。
 しかし思い出してください。この家の前の所有者は天宮家です。以前の事件の際、天宮家の方々の部屋を一通り見ましたが、全て同じ作り・同じ間取りでした。当主である天宮和豊さんの部屋も、です。恐らく、こだわりがないのでしょう。そんな方々が、当主の部屋だけ大きくするとは考えにくい。
 つまり、この家が立石家の手に渡った10年前に、鈴香さんの部屋は改造されたんです。だから、この書き込みがあるんですよ。何度も何度も書き直して、他の部屋と出来るだけ変わらぬよう、しかし違いは存在するよう、慎重に」
 海里は笑った。玲央が口元に手を当てながら言う。
「ちょっと待ってくれ。まさか、正さんを殺すためだけに部屋を改造したって言うのかい?」
「はい。10年も前にやったのは、が必要だったからでしょう。、実験が」
 文雄以外の全員が海里の言葉に目を丸くした。海里は壁に近づき、額縁を外す。
「玲央さん。そちらの壁を叩いてみてください。ノックするような形で構いません」
 玲央は意味が分からないという顔をしながら、近くの壁を叩いた。くぐもった、重々しい音が響く。
「ありがとうございます。皆さん、今の音を覚えてくださいね。そうすれば、この壁が異様であると分かるはずですから」
 海里はそう言って、目の前の壁を叩いた。すると、中に空洞があるような、軽く、柔らかい音が聞こえた。全員がハッとし、目を見開く。海里は笑った。
「真相は壁の中です。壁を壊してみましょう」
                     
          
 龍と玲央は、風香に工具を借り、壁を壊した。そして、壁の中には、海里が予想した通りのものがあった。
「これが、このトリックの正体ーー巨大扇風機です」
 壁には極限まで薄く作られた、巨大扇風機があった。コードやリモコンはなく、遠隔操作で動く代物だ。海里は文雄の方をついて続ける。
「文雄さん。あなたは、鈴香さんの部屋の掃除を手伝って欲しいなどの適当な理由をつけて、正さんをこの部屋に呼び出した。その際、窓際や窓の近くを掃除する頼み、この巨大扇風機の操作をした。その結果、文雄さんはガラスを破り、柵に体が突き刺さって死亡した」
 文雄は何も言わなかった。ただ、微かに額に汗が滲んでいた。龍と玲央は、誰もが慄くほどの鋭い目つきで文雄を睨んでいる。
「・・・証拠は」
 長い沈黙を破って、文雄が呟いた。直後、彼は声を荒げる。
「証拠はどこにある⁉︎ 私が正を殺したという証拠など、どこにもない‼︎   そうだろう⁉︎ 証拠があるなら出し」
「窓ガラス」
 声を被せて、海里はそう答えた。文雄は唖然としている。
「この部屋の割れた窓ガラスに、僅かですが指紋が付着していました。私たちは随時手袋をして調査をしていましたから、指紋がつくなどあり得ません。加えて、あの部屋にはしばらく誰も出入りしていないはずです。ですから、窓についた指紋は、必然的に犯人のものになるのですよ」
 そう言うと、海里は龍の方を見た。龍は頷き、胸ポケットから1枚の紙を出す。
「これがその証拠だ。鑑識が指紋を照合した結果、立石文雄。お前の指紋と完全に一致した。もう諦めろ。お前に逃げ場はない」
 龍は冷たい声で言い放った。文雄は自分にかけられた手錠を見つめ、歯軋りをする。
 そして次の瞬間、彼は側の引き出しから、小さなスイッチを取り出し、高々と掲げた。
「近づくな! この部屋には爆弾が仕掛けてある・・・! 近づけば、この屋敷ごと爆発させるぞ‼︎」
 文雄は怒鳴り、圭介が海里の側へ回ったが、玲央は焦る様子なく言った。
「・・・・君、馬鹿? 爆弾のことなんて、とうの昔に知ってるよ。何もしてないわけないじゃないか」
「は・・・?」
 その時、文雄のスマートフォンが鳴った。画面には“非通知”と表示されていたが、彼は躊躇うことなく通話ボタンを押した。
 電話の向こうから、よく通るように聞こえるものの、どこか儚げな声が飛ぶ。
『お久しぶりです、文雄さん。小夜です。覚えておいでですか?』
「小夜様・・・⁉︎」
 驚く文雄を気に留めず、小夜は続けた。
『その爆弾、使えませんよ。私が刑事さんに話して撤去してもらいました。ですから当然、スイッチも起動しません』
 小夜の声は落ち着いていた。文雄は訳が分からないという顔をする。
『元々使えなかったと言うべきでしょうか。父は、何かしらの秘密を知られないため、爆弾を設置しようとしました。
 しかし、己の地位を誇示するためのものを失いたくなかった父は、設置はしましたが使用できないようにしていました。あなたにその家を譲った時、爆弾の件など父は忘れていたほど、どうでも良かったんです。幸運と思って使おうとしたのでしょうがーー残念でしたね』
 小夜の声には、何の感情も籠ってなかった。彼女は、静かな怒りを込めた声で続ける。
『それと、その家もうすぐ売り渡しますから、早く出て行ってくださいね。父が逮捕された今、財産は全て私に回って来ましたから、その家も含まれています。明後日には売買する予定ですので』
「なっ・・・香織はどうしろと⁉︎」
 間髪入れずに小夜は口を開いた。
『それは自分でやることです。従妹だからって、何でもかんでもやるわけないでしょう。血は繋がっていませんし。
 私が苛立っているのは、罪を認めてもなお、罪を犯そうとすること。父たちと同じ・・・・醜く、卑しい』
「ま・・・待ってください‼︎ 遺産はまだ残っているのでしょう⁉︎ どうにか、その財産で立石家をーー」
 反省も何もない言葉に、海里は怒鳴ろうとした。しかし、それより前に、小夜が怒鳴った。
『いい加減にして! どこに行っても、何をしていても、金・・金・・金・・・! もううんざり‼︎ 上流階級の人間に振り回されるのも、巻き込まれるのも、何もかも! 
 私には、私たちには、自分の人生があるわ! それが分かったら、2度と私たちの前に現れないで!』
 乱暴に電話が切れた。虚しい音が部屋に響く。龍はゆっくりと風香に近づき、腕に手錠をかけた。
「立石風香。立石鈴香殺人罪で逮捕する」
                    
            ※

「面白い推理だったぜ」
 連行されて行く2人を見て、圭介がそう言った。海里は驚いて彼を見る。
「不謹慎ですよ」
「いいじゃねえか。犯人はいないんだし」
 圭介は笑った。海里は少し間を開け、尋ねる。
「・・・・1つ、お聞きしても?」
「答えられることなら」
 はぐらかすような言い方だったが、海里は気になっていたことを素直に尋ねた。
「幽霊がいないと分かっていたのに、なぜこの屋敷に来たのですか? 神道さんは、私のことを知っていましたよね? 私を見ただけで、警察ではなく、“探偵”と仰った。私の・・・・本名を呼んだ」
 神道は笑った。その質問を待っていたとでもいうような、満足げな笑顔だった。
「お前に会いたかったんだよ」
「私に・・・?」 
 予想だにしなかった言葉に、海里は怪訝な顔をした。圭介は頷く。
「やっぱり、そうだよな。まあ、仕方ねえか」
 圭介は頭を掻いた。海里は全く意味が分からず、首を傾げる。すると、一転して圭介は悲しそうな笑みを浮かべた。
。お前が過去を覚えていない理由を、俺は知ってる。でもそれは、今言うべきことじゃない。いつか・・・真衣が目覚めて、兄妹で過ごせるようになった時、また会いに行く。その時に、全てを話すよ」
 海里は何も言えなかった。圭介は歯を見せて笑う。子供のような笑顔だった。
「またな!」


 謎を残して去って行った男、神道圭介。彼は一体、何者なのか。
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