小説探偵

夕凪ヨウ

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Case87.悲哀①

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「どうして話してくれないんですか? 九重警視長もご存知なんでしょう?」
「私たちに過去を話す権利はない。あるのは泉龍寺君だけだ。彼女が首を縦に振った時、私たちは初めて真実を共有できる」
 早乙女佑月の逃亡後、警視庁に戻って報告を終えるなり、龍は自分たちを迎えた浩史を呼び止めて事情を聞き出そうと詰め寄った。当然ながら海里も今回の事件に関わっていたため、同じように何度も質問をした。
 しかし、玲央は頑なに口を開かず、浩史は話す権利がないの一点張りだった。やがて、玲央と龍、兄弟間の争いの感が強くなる。
「うるさいな。そんなに知りたいんだったら、小夜に直接聞いてくれ。答えは得られないと思うけどね」
「だから、それがわかっているから兄貴に聞いてるんだろ! とにかく説明しろよ! そうじゃなきゃ納得できない‼︎」
 負けじと怒鳴る龍だったが、玲央は感情を隠すことなく答えた。
「大体予想が付くんじゃないのか? 第一、彼女には深い傷だ。これ以上詮索しないでくれ。当時何も知らなかった君たちは、無関係なんだから」
「今回の事件を経て無関係でいられなくなったって話をしてる」
「でも過去には関係ないだろ?」
「屁理屈も大概にしろよ」
「事実の間違いでしょ」
「それが屁理屈だって言ってんだよ」
 最終的に兄弟は激しい口喧嘩になり、玲央が一方的に話を終わらせた。浩史も玲央と同様、呆れたような様子で2人の話を打ち切り、足早に仕事へ戻った。
 海里と龍は仕方なく会議室を後にし、現時点でわかっていることを話し合った。すると、報告をしていたのか、捜査一課から出てきたアサヒが、2人の顔を見るなり溜息をつく。
「随分荒れてるじゃない。まあ、無理もないけど」
 その言葉に2人は顔色を変えた。龍が一歩踏み出してアサヒに近づく。
「アサヒ、何か知ってるのか?」
 龍の質問に対し、アサヒ腹躊躇うことなく頷いて言った。
「事情は知ってるわよ。昔、小夜さんを交えてに色々話してきたもの。何度もあなたに話せって忠告したのに・・・頑なに受け入れなかった。今回だって勧めたんだけどね。
 まあ、私も9年間黙っているわけだから、同罪だけど」
 アサヒは苦笑した。龍は怒鳴ろうと口を開くが、すぐに閉口して彼女から視線を逸らす。それを見て、アサヒは意外そうに目を丸くした。
「2人には散々文句言ったでしょうに、私には怒らないの?」
「・・・・兄貴が言うなと言ったから、お前は言わなかったんだろ」
「そうだけど、無視して話してしまった方が良かったかもね」
 揶揄うようなアサヒの声に、龍は「お前はそんなことしないだろ」と即答した。アサヒは呆れたように笑い、「お人よしね」とつぶやく。
「わかっていると思うけど、玲央は悪気があったわけじゃない。当時、家族との時間を大切にしていたあなたに、余計な負担をかけたくないと言って話さないことを選んだだけ。今も、似たような理由よ」
 龍は詰めていた息を吐くように肩を落とした。アサヒは彼を一瞥した後、海里の方を見る。
「江本さん。あなたがこれ以上関わるかどうかは、私が決めることじゃない。唯一言えることは、早乙女佑月が過去も今も人を殺している、危険な男だってこと。だから、大切な誰かに危害が及ばないためにも、関わりすぎないことをお勧めするわ」
 軽い口調だったが、真摯な心配が感じ取れた。海里は会ったばかりの自分にそう思ってくれることを感謝しつつ、首を縦には振らなかった。
「ありがとうございます。
 それでも、私は変わらずお2人の力になりたいですし、小夜さんから距離を置く気もありません。どれだけ小夜さんにとって苦しい過去であっても、世界一信頼している人に話さないことが、正しいとは思えませんから」
 海里の発言に対し、アサヒは目を細めながら言った。
「・・・・本当、変わった人ね。面倒ごとが嫌いだから、理解できないわ」
 言い終わるなりアサヒは踵を返して歩き始めた。去り際、龍に向かって「奢りの件忘れないでね」と言い残して。
                    

「あれで良かったんだな?」
「・・・・はい」
 浩史は廊下を歩きながら、小声で玲央に尋ねた。彼が玲央も返事をすると、浩史はそれ以上何も言わなかった。
 少しして、浩史は口を開く。
言いはしなかった。
「だが玲央。隠し通すのは難しいことは確かだ。龍も江本君も、今後泉龍寺君と関わらないとは断言できない。寧ろ、関わりが多くなるかもそれない。それでもーー黙っているのか?」
「約束ですから。“自分のことを何も語らず、ただ小夜を守る”ーーという。私も彼女も、その約束を反故にしたくない」
 浩史は何かを考えるように黙り、やがておもむろに頷いた。
「そうか。お前たちがそう決めたなら、私も口を噤もう」
「ありがとうございます。では」
 玲央が立ち去ると、浩史は仕事部屋に戻った。長い息を吐きながら椅子に腰掛け、机に置いている写真立てを見つめる。写真の中では、娘の美希子によく似た、しかし彼女よりは柔らかい印象を受ける、1人の女性が微笑んでいた。
 浩史は女性を見つめつつ、消え入るような声でつぶやく。
「何で、こうなったんだろうな。君がいたら、もっと別の形の幸せがあったのかもしれない。私も、違う選択をしたかもしれない。いや、こう思うこと自体が、まだ君に甘えていることになるんだろうな・・・・れい
 その直後、清水のような透き通った声が聞こえた。
「九重さん」
「江本君・・・ノックくらいしてくれないか?」
「しましたよ」
 浩史は呆れた笑みを浮かべた。机にある写真立てから視線を外し、正面から海里を見据える。
「どうした? 何か話があるのか?」
「・・・・本当に、何もご存知ないんですか?」
 海里の言葉に浩史はまたか、と言わんばかりの表情を浮かべた。
「どういう意味だ? 私と玲央、泉龍寺君が過去を共有していることは、もう知っているだろう」
「そのことではありません。3年前のことです」
 言い終わるなり、浩史が笑みを消して真顔になった。海里は続ける。
「ずっと考えているんです。小夜さんと九重さんが知り合いと知った時から、どうしても違和感が拭えない。だって、2人が知り合いである必要は・・・・。
 それに、3年前の事件にも不審な点があります。私の中にある仮説・・・・正しくない方が望ましいですが、もし正しかったらーー」
「何の話かさっぱりだな」
 海里の言葉を遮り、浩史は強い口調で言い切った。だが、海里は引かない。謎を解く時の、堂々とした探偵らしい態度で言葉を続ける。
「私が何に違和感を覚えているか、3年前の事件における不審な点は何か、九重さんはわかっているはずです。だって、あなたは信じているんだから。当時の事件を追っていたんだから。
 それなのに、あなたは目を逸らしている。推測にすぎませんが、何かを隠している。知らなせなければならない真実を、あなたは何1つ知らせていない」
 強い口調で断言する海里に対し、浩史はゆったりとした口調で応じた。
「人を不幸にする真実もあると、泉龍寺君から学ばなかったかな? 学んだのなら、やめておくといい。それ以上何か言われると、
 その言葉に海里は思わずたじろいだ。浩史は笑っているものの、声には言語化できない威圧感があった。おまけに、両の瞳は獲物を狩る獣のように鋭く光っていた。
 海里が訝しげな視線を向けていると、浩史は打って変わって穏やかな笑みを浮かべ、優しげな口調で言った。
「江本君。君たちがそう焦らずとも、いずれ泉龍寺君は真実を話す。それまで待ってやってくれないか?」
「なぜわかるのですか? 小夜さんが真実を話すと」
「敵がそう動く可能性が高いからさ。
 とにかく、君は起こった事件の真実を追って、謎を解くことに集中すればいい。その他のことは、我々警察で何とかできるのだから」
 皮肉めいた言葉に海里は愕然とした。それは暗に、他のことには口も手も出すなと言っているようなものだった。
「そのくらいにしとけ、江本」
 音もなく部屋の扉が開き、龍が顔を出した。海里はハッとして振り返り、「でも」とつぶやく。龍は黙って首を横に振り、一歩部屋に入った。
「あんまり揶揄わないでください。江本は単純で、こうと決めたら一直線にしか進まないんですから」
「そのようだな。
 さあ、龍も仕事に戻れ。この件は一時お預けだ」
「はい。行くぞ」
 龍は半ば強引に海里の腕を引いて部屋を出た。そして部屋から遠ざかるなり、できる限り軽く海里の頭を叩く。
「痛! 何するんですか!」
「拳じゃないだけマシだと思え。  
 全く、1人で九重警視長と口論なんて何考えてるんだ。お前と同じことして勝てる人間なんて限られてる。踏み込み過ぎて夜寝られなくなりたいのか?」
「脅さないでくださいよ・・・・」
「見たことあるから忠告してやってるんだよ。それにしても、さっきの仮説って何のことだ?」
 龍の言葉に海里は動きを止めた。初めから聞かれていたのかと思って苦い表情を浮かべそうになるが、すぐに「いいえ」という言葉が口をついて出ていた。
「大した話ではありません。気にしないでください」
                     
            ※

 早乙女佑月との遭遇からひと月も経たない頃、6月が終わりに差し掛かったあくる日の朝方、海里の耳に衝撃的なニュースが飛び込んできた。
『昨夜、東京都Y区の住宅街で殺人事件が発生しました。
 被害者は泉龍寺おさむさん、妻の藍あいさんと3人の子供たち、子供たちの知り合いという男性の6人で、男性は身元を調べています。長女の小夜さんは、仕事で不在だったため難を逃れーー』
 気づいた時には、海里は家を飛び出していた。ニュースで聞いた住宅へ向かう最中、湿気による暑さが気にならないほど、全身に悪寒が走っていた。
 野次馬と複数のパトカーで、現場にたどり着いたとわかった。海里は人混みを掻きわけて進み、途中で思い返したように人目につかない場所へ移動した。顔見知りの刑事は海里を見るなり挨拶をして中へ入れ、龍の元へ案内した。
 龍は海里を見ても驚くことなく、「意外に早かったな」と口にした。
 泉龍寺家は住宅街の中心部にあり、周囲には近所の人々が何事かと集まっていた。ひそひそと話す声が次第に大きくなり、しかし何を話しているのかはわからなかった。3階建ての一軒家からは血の臭いが漏れ、遺体の検分を行っている最中なのか、鑑識の声が漏れ聞こえた。
 海里が説明を求めるように龍を見ると、海里はおもむろに口を開いた。
「泉龍寺小夜以外の全員が殺された。ニュースで報道された男は、天宮家の執事をしていた黒田忠義ただよし。昨夜、子供たち3人に呼ばれて家を訪れていたらしい。
 現場をざっと検証したが、金品がいくつか無くなっていることがわかった。強盗殺人事件として捜査する」
 同じ言葉を龍から聞いたことがあると思い、彼が過去を話した時だと、海里は思い至った。
 海里は顔を知らない泉龍寺夫妻、未だ顔を鮮明に思い出せる小夜の弟妹と黒田を思い浮かべ、瞑目してから尋ねた。
「・・・・小夜さんはどこに?」
「兄貴が事情聴取をしてる。家の隅に停車したパトカーの中だ。鑑識作業中だから、しばらく現場には入るなよ」
 できうる限り人の声が届かないパトカーの中で、玲央は小夜に事情聴取を行っていた。普通、2人程度で行う上、警部自らやることでもなかったが、玲央は理由をつけて部下たちを現場検証と鑑識の手伝いに回していた。。
「昨日は何時に帰ってきたの? 遺体発見から通報まで時間が空いているって報告があった」
「・・・20時過ぎよ。黒田が来るって知ってたから、早めに帰ったの。家に着いたら、玄関扉は閉まっていたけれど、鍵にこじ開けられた形跡があって、血の臭いがして・・・・まさかと思って中に入ったらーー」
「・・・・そっか。ごめんね。こんな時に、そんな話」
「いいのよ。仕事でしょ?」
 小夜は弱々しい笑みを浮かべた。しかし、玲央は無理して笑うなと言うこともできず、いくつかの問答を終え、女性警察官に小夜を任せて龍の元へ行った。海里が来ていることには、やはり驚きを示さなかった。
「葬儀は明後日執り行うらしい。彼女の希望で、俺たち3人にも来てほしいそうだ」
「断る理由はないだろ。仕事は何とかなる」
「ええ・・・小夜さんが望まれていますからね」
 2人が応じると、玲央は虚な視線で運び出された遺体を見つめた。両手の拳を握りしめ、彼は言う。
「絶対に真実を明らかにする。そうしても死者が帰ってこないとはわかっているけれど、それでも、そうしなくちゃならないんだ」
「ああ。どれだけ残酷な真実でも」
 2人の言葉に海里は強く頷いた。鼻の奥に感じた涙をそっと押し留め、2人と同じ決意を抱いた。
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