小説探偵

夕凪ヨウ

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Case86.カジノに潜む悪魔⑥

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 ああ、まただ。
 また、守れなかった。同じ男を前にして、判断を2度、誤った。取り返しのつかない過ちだ。もうこれ以上、同じ過ちは繰り返せない。繰り返したくない。


 きっと、3度目はないから。

            ※

「急に何なんだよ・・・事情くらい説明しろ!」
「今そんな時間はない!」
 部下の報告を受けた直後、玲央は2人の声も聞かずに警視庁を飛び出した。2人は慌てて後を追い、彼と共に東京の街を駆け抜けていた。
 海里は2人の走力にかろうじて着いて行きつつ、龍に尋ねる。
「玲央さん、一体どうされたんですか? ここまで感情を露にされることなんて、出会ってから1度も見たことがありません」
「俺にもわからねえよ。わかるのは、真犯人が警察官5人、民間人7人を殺しているってことだけだ。その点を踏まえれば、警戒する気持ちも分かるがーー」
 兄貴の“これ”は・・・少し違うな。警戒じゃない・・・・怒り、か? そうだとしたら、なぜ? 民間人が殺害された時も警察官が殺害された時も、ここまで怒ってはいなかった。それなのに、なぜそこまで怒る? 理不尽を当然と受け止めて、どんな殺人鬼に対しても涼しい顔をしてきたのに。
 玲央は走りながらスマートフォンを取り出し、誰かと話をしていた。わざと小声で話しているのか、内容はわからなかったが、重要な話であるとは理解できた。
「お2人とも、あれを!」
 海里が示した先にはパトカーがあった。丁度、警察官数名が下車している。玲央は弾かれたように駆けつけ、叫んだ。
「待機してくれ!」
「東堂警部? しかし、別動隊が既に追い詰めていると・・・・」
「追い詰めた? つまり、犯人と対峙しているってことだよね。その隊はどこに行ったの? 犯人はどこに?」
 詰問のような口調に慄きつつ、警察官は答えた。
「S駅の裏手です。私たちは犯人を取り囲むため、ここで一時、待機を。警部の指示を仰ぐ、との話が出ていたところでしたから」
 その言葉を聞き、玲央は安心したように息を吐いた。どこか無理をした笑みを浮かべ、彼は言う。
「じゃあ、そのままここにいて。指示があるまで絶対に動かないでくれ」
「かしこまりました」
 頷くなり、再び玲央は走り出した。彼のは、周囲を気遣いつつも、犯人と対峙すること以外の考えを打ち消している脳に見えた。その証拠に、彼は警視庁を飛び出してから、一度も海里と龍の方を見ていなかった。
 警察官の話した通り、海里たちはS駅の裏手に回った。その瞬間、幾人かの人影が視界に入る。龍はいち早く最奥にいる老爺に気がついた。
「おい、兄貴。あれ・・・江本が会った老人じゃないか?」
 龍の示した方向を見て、海里は深く頷き、玲央は息を呑んだ。
「あ・・・! そうです、私が出会ったのはあの人です」
 老爺の前には2人の警察官がいた。スーツ姿なので、捜査一課の刑事であると予想が浮く。彼らは老爺に事情を話し、警視庁への任意同行を求めていた。対する老爺は落ち着かないように視線を動かしていたが、玲央は構わず怒鳴った。
「離れろ! その男に近づくな!」
「えっ・・・⁉︎ しかし警部、彼は今回の事件の容疑者でーー」
「そういうことじゃないんだ! とにかく離れろ! 早く‼︎」
 どこにそんな体力があるのか、玲央は先ほどと変わらぬペースで走った。龍が慌てて追いかけ、海里は疲労から駆け足程度になる。刹那、海里は老爺と目が合った。


 それは一瞬の出来事だった。
 杖を地面に強く打ち立てる音が聞こえたかと思うと、2人の刑事はほぼ同時に脳天を撃ち抜かれていた。銃声が聞こえぬ代わりに、毒々しい鮮血が宙を舞い、二体の遺体が地面に倒れる。
 海里は真っ青になり、龍は眉を顰めた。玲央は歯軋りをしながら老人を睨み、強く握った拳を震わす。対する老爺は、いつのまにか玲央を見ていた。そして、彼と目が合うなり、老爺の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。
「久しいな。9年ぶりになるか? また会えるとは光栄だ、東堂玲央」
「俺は一生会いたくなかったよ。それにしても・・・・随分と派手にやってくれるじゃないか、早乙女佑月」
「この方が・・・・」
 海里は驚いて老爺ーー早乙女佑月を見た。彼は杖を折って中から消音銃を取り出し、肩にかけていた鞄を地面に投げ捨てる。ウィッグだったらしい白髪を取ると、同じ髪型で白髪混じりの黒い短髪が現れた。
 改めて玲央を見据えると、早乙女は左目にかかる前髪を掻き上げる。左目の眉尻から瞼には、小さな傷があった。
「忌々しい傷だ・・・当時、若造だった貴様にこんなものをつけられるとはな。私も随分歳を取っていたらしい」
「お返しに人の腕を撃ったのはどこの誰だったかな」
 玲央は笑っていたが、それが心からの笑みでないことは一目瞭然だった。彼の目は憎しみと怒りに満ち溢れ、目の前に立つ早乙女を殺意すら持って睨みつけていた。
 早乙女は玲央の視線を受け、小馬鹿にするように笑う。
「何だ・・・・まだ怒っているのか? は、貴様にとってでしかないだろう? なぜそんなに執着する? なぜ過去にしがみつく? 過去を憂いても、何の徳も無かろうに」
「徳なんてどうでもいい。俺は、平気な顔で人の命を奪う君に対して怒っているんだ。守るべき時に守れなかった、俺自身に対してもね」
「相変わらず青臭い正義を唱えているようだな。言っておくが、あの女の命はいずれもらうぞ?」
「ふざけるな。これ以上の殺戮に何の意味がある。彼女は何もしていない」
「存在自体が罪なのさ。あの女も理解しているんじゃないのか? 己のせいで友も、愛する男も、何もかも喪った。今さら普通の人生を送るなど、実にくだらない。夢物語もいいところだ」
 その時、海里と龍は理解した。2人が同じ意味で口にする、“彼女”と“あの女”の正体を。
 先に口を開いたのは、海里の方だった。
「小夜さん・・・ですか? あなたは、小夜さんを殺そうとして・・・玲央さんと何かしらの因縁ができた。  
 そしてその時、彼女ではない誰かを殺した。小夜さんの、大切な誰かを」
 早乙女は満足そうに笑った。玲央は苦い表情を浮かべて振り返り、2人を見る。
「流石は小説探偵。勘がいいな。優秀な弟もいることだし、真実を話してやったらどうだ? 弟の方は本心を話したというのに、貴様はーー」
「黙れ。君に俺たちの何が分かる? 奪う側の人間が、奪われる側の気持ちなんてわかるはずがない。自分の欲を満たすだけ満たして・・・怒りを通り越して呆れるよ」
 玲央は吐き捨てるようにそう言った。続けて、龍が口を開く。
「兄貴。なぜ何も言わなかった? あんたが泉龍寺とただの知り合いじゃないことは以前からわかっていたが、こんな危険な男が泉龍寺を狙っていると知りながら、?」
 え、という声がすぐさま海里から漏れた。
「でも、東堂さん、先ほどは捜査が行き詰まっていると・・・・」
 あまりに何でもないように言われたので、海里は龍の言葉を全く疑っていなかった。龍は軽い溜息をつき、言葉を続ける。
「お前は前の一件に関わっていたから、本当のことを言ったら追求されると思ったんだよ。詳しく話している時じゃないとも思ったしな。
 それより兄貴、なぜだ? 躊躇いもなく人を殺す、こんな男。叩けばいくらでも埃が出てくる。捜査を進めていれば、何かわかったかもしれないだろ。それなのに、俺にも誤魔化して打ち切るなんて」
 龍の言葉に玲央は答えなかった。それどころか、彼から目を逸らし、地面に虚な視線を投げかけていた。
 すると、早乙女がふっと笑う。
「そうか、そうか。過去を知らない弟には、わからない話だったな」
「は?」
 龍は早乙女を睨みつけた。彼は苦笑する。
「怒るならこの男にしておけ。この男は、捜査という名の仕事に私情を挟んだ。警察官として、あるまじき行為を犯したんだよ」
「・・・・やめろ・・・」
 玲央の声は掠れていた。早乙女の方すら見ないことが、彼の答えだった。
「事実を教えて何が悪い。さあ探偵。貴様は分かるか?」
 海里は歯を食いしばった。彼には、いや、龍にもわかっているのだ。なぜ、玲央が調査を打ち切ったのかを。何のために、隠していたのかを。
 龍がわかっていながら口にしなかったのは、それがあってはならないことだと海里より理解しているからだった。そして、そんな龍の気持ちも理解した上で、海里は答えた。
「小夜さんを危険に晒さないためーーですよね。私も東堂さんも、詳しい事情はわかりませんが、小夜さんを含めて過去に悲劇があったことくらいはわかります。
 玲央さん、あなたは・・・自分が捜査を続けることで、彼女を危険に晒してしまうと思ったから、捜査を打ち切ったのでしょう? 東堂さんが怒ると知りながら、小夜さんを危険に晒さないことを選んだんですよね?」
 玲央は大袈裟に顔を反対側に動かした。龍は何も言わずに兄と早乙女を見つめている。感情は読み取れなかった。
 早乙女は、目の前で起こっている全てを小馬鹿にしているかのように、歪んだ笑みを浮かべる。
「まあ・・・今回は十分楽しめた。、良しとしよう」
「邪魔な人間? まさか、あなたは計画的にあの殺人を行ったんですか? 自分の欲を満たすために殺害したわけではなく?」
 海里が驚愕の声を上げると、早乙女はまた笑った。今度は呆れが混じっている。
「私は殺人犯だが、無計画に人を殺しはしない。ちゃんと計画があって、その通りに殺しているだけだ」
「だからって・・・!」
「“人の命を奪っていい理由にはならない”、か? 生憎、その手の文句はもう聞き飽きたな」
 海里は口を噤んだ。直後、早乙女は側の建物に飛び移り、3人を見下ろして言う。
「玲央。くだらないしきたりに囚われる必要はないんだぞ? 何もかも捨てて、“こちら側”にくればいい。お前にはその資格がある」
「資格・・・? 馬鹿なことを。君が勝手に決めてるだけだろ」
 その言葉に早乙女は答えず、間を開けて別の発言をした。
「・・・・とにかく、だ。9年前と今回のような失態は、今度会うときには晒してくれるなよ? つまらない戦いはやりたくないからな」
 言い終えるなり、早乙女は身を翻して音もなく消えた。龍と玲央が追跡する姿勢を見せなかったので、海里も黙って立ち止まる。
 やがて、龍は二体の遺体に近づき、スーツの上着を脳天辺りにかけ、両手を合わせた。海里もゆったりと歩を進めて隣に屈み、同じことをする。
 そんな2人を見ながら、玲央は合掌した後、スマートフォンを取り出した。
「九重警視長。はい、逃しました。申し訳ありません。それと、新たな犠牲者が2人出ました」
 浩史は電話越しに重い溜息をついた。しかし、彼は決して玲央を責めるような言葉を言うことはなかった。
『簡単に逮捕できるとは思っていない。もう少し捜査が必要だろう』
「・・・・やはり、そうですか。私が過去を乗り越えない限り、あの男を逮捕することは」
『難しいだろうな。だが、逮捕はひとまず置いておけ。それ以前の問題、過去を先に考えろ。
 一体どうするつもりだ? 龍も江本君も、今回の事件で早乙女を知った。2人に全てを話すか? それとも、再び沈黙を貫くか?』
 玲央は悲しげな表情を浮かべていたが、すぐに応じた。
「その答えは、から決まっていますし、変わりませんよ」
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