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Case85.カジノに潜む悪魔⑤
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そんなはずはない。そんなこと、あるはずがない。だって、あの時、私は確かにーー
動揺を隠すことができなかった。でも、澱みなく話す老爺の言葉に嘘は見えない。だけど、私の勘違いとも思えない。
事の顛末を話すと、2人とも首を傾げた。当然だ。でも、どうしても納得がいかない。老爺の言葉が正しいとすれば、私は一体、誰と出会ったというのか。
噴出する疑問を整理しつつ口を開くと、零さんの顔色が突然変わった。
ーカイリ『カジノに潜む悪魔』第4章ー
※
「あ・・・映りましたね」
2人は龍の車の中でカメラの映像を見ていた。彼が手に入れたのは、現場の建物の入口に設置された防犯カメラの映像であり、扉が開けば、かろうじて地下である現場を垣間見ることができた。
映像の時間帯は夜のため、暗くて見えにくかった。だが、人の姿は街頭や家々の明かりで、かろうじて見える。
「これ・・・お前が会った老人と一致しないか?」
数時間分の映像を飛ばし、事件発生の数分前を写すなり、龍がそう言った。彼が指し示した場所には、確かに1人の老爺がいる。杖をつきながら歩いておりーー色からしてオークの杖に見えたーー顔はよく見えないが、髪色や体格など、海里が出会った老爺と特徴が一致していた。
「ええ・・・。ただ、そうだと決まったわけではありませんし・・・・より鮮明な映像で見れば、違うかもしれませんよね」
「まあな。その辺は本庁でーー」
龍がそう言いかけると同時に、映像から悲鳴が聞こえた。古いのか、画面が荒くなるが、倒れる警察官と滴り落ちる鮮血が見えた。老爺は杖を左手に持ち、ただ彼らの前に立っていた。
唖然とする海里を他所に、龍は「なるほど」とつぶやく。
「えっ? 何がなるほどなんですか?」
思ったことを直球に尋ねると、龍はゆったりとした口調で応じた。
「俺たちは銃殺とわかった時から、犯人が所持していた銃を特定しようとしていた。だが、必ずしも銃がそのままの形をしているとは限らない。恐らく犯人は、杖を銃に改造していた。仕込み銃、とでもいうべきだな」
「そんなこと可能なんですか?」
「仕込み杖は見たことあるだろ?」
龍の返しに一瞬驚く海里だが、すぐに1年前、龍と久々に出会った事件の犯人を思い出して頷いた。
「何にせよ、この老人の個人情報は何一つとしてわからない。お前は駅に向かったと言っていたが、それが自宅に帰るためなのか、どこかへ出かけるのかも不明だろう。
そうなると、お前と老人が出会った日時の本庁周辺や駅の防犯カメラを当たって足取りを追うしかないかもな」
海里は頷きつつ、映像を見返して息を呑んだ。警察官を殺害したのは、確かに自分が出会った老爺だったのだ。彼は殺人など犯すようには思えなかったが、目の前に証拠があっては認めるしかなかった。
同時に、海里はあることに気がつく。
「あ・・・そうか」
「どうした?」
「現場に落ちていたオークの欠片のことです。東堂さんが仰る通り、犯人は杖を銃に改造して、いわば仕込み銃として使用した。
しかし、あからさまに発砲するような姿勢を取れば、警察官は怪しむはずです。だから、杖を地面についた時に撃った。あの欠片は、仕込み銃を強く地面に強く打ちつけたから落ちたんですよ」
「・・・・ああ、なるほど。確かに、仕込み銃だとわかれば、説明がつくな」
その時、龍のスマートフォンが鳴った。アサヒからの電話であった。
『捜査に進展があったわよ』
アサヒは何の前触れもなく、そう切り出した。
「何?」
『あなたが渡したあのオークの欠片、隅の方が奇妙な色してると思ってさらに調べてみたの。そうしたら』
アサヒは一泊空け、言葉を続けた。
『死んだ警察官の血液だと判明したわ。念のためいつのものか調べたけど、まだ新しかった。事件からの日数を考えても、現場の血痕であることは確かね』
「血液・・・・撃った時に図らずもついたってことか?」
『でしょうね。付け加えておくと、指紋は付着していなかったから、偶然落ちたものだと思うわ。犯人が気がついていたかはわからないけれど、大した証拠にならないと踏んだのね。まあ、結果的にあなたが見つけて、血痕まで判明したわけだけど』
アサヒの言葉に納得しつつ、龍は眉を顰めた。喜ばしい報告のはずなのに、何か“違和感”があったのだ。なぜかと考えていると、隣に座っている海里が目を見開いてつぶやいた。
「早すぎる」
「は?」
「証拠が見つかるのも、犯人特定に至るのも、あまりに早すぎるんですよ。ここ1ヶ月で起こった5件の賭博罪は、未だ事件の詳細が不明なんですよね?」
龍は顔を歪めて「生憎な」と吐き捨てた。海里は続ける。
「だからこそ、おかしい。
賭博罪に関しては、通報者の電話番号を割り出して、仮にそれが繋がらなかったとしても、現場周辺の目撃情報や逮捕者の取り調べから犯人に行き着く可能性は高い。暴力団などの組織も背後にあると見当がつく、進展しやすい事件のはずです。
でも、今回は違う。民間人と警察官、合わせて12人が亡くなっています。こんな大量殺人を犯せば、死刑、もしくは無期懲役は免れない。犯人だってわかっているはずです。そんな事件が、どうして賭博罪よりも簡単に進展するんですか? 普通、逆だと思いませんか?」
龍は息を呑んだ。つまり、海里はこう言いたいのだ。
ーー自分たちは犯人に操られているのではないか、と。
海里の話は信じがたかったが、理屈は通っていた。
上層部と対立した東堂兄弟。事件発生から今日まで、恐ろしい速さで進む捜査。簡単に特定される容疑者と凶器。ーー虫が良すぎるのだ。
「待てよ・・・何か、前にも同じようなことがあった気がする」
「同じようなこと?」
龍の疑問に海里は首を傾げた。龍は頷いて続ける。
「ああ。一件、事件は進んでいるように見えるが、進みすぎていて違和感があると感じる事件」
海里が目を瞬かせると、電話越しにアサヒが答えた。
『津雲浩彦の事件じゃないの? 奥さんと義理の子供たちに虐待して、薬物に手を出した男。あなたと玲央が仲直りする直前の事件。
確かあの時、江本さんは“早乙女佑月”って名前の男が絡んでいるとか何とか、言ったのよね?』
「ええ。捜査一課の刑事さんにお聞きして、そう結論を出しました。ただ、あの事件のその後を知らないのですが・・・・“早乙女佑月”という人物の捜査は、今どうなっているんですか?」
「正直に言うなら、進展なしだな。津雲に聞いたが知らないの一点張りで、指名手配をかけようにも顔がわからないからかけられない。似顔絵作成も頓挫したくらいだ。
まあ、今回の事件と前回の事件が似ているのは認めるが、同一人物とは限らないだろ?」
龍は前半は海里、後半はアサヒに向けて言った。アサヒは「ええ」と答える。
『私の言葉は憶測に過ぎないし、早乙女佑月という男の影が見えているわけでもないから』
淡々とした口調だった。アサヒは、過去の事件へ本格的に踏み込む気はないらしいとわかる。
すると、電話の向こうでアサヒに近づく足音が聞こえ、玲央の声が聞こえた。
『2人とも、1度本庁に戻って来てくれない?』
「戻る? 今すぐにか?」
驚いて尋ねる龍に対し、玲央はゆったりとした口調で答えた。
『密行中の機捜に、一応老人の特徴を伝えたんだよ。そうしたら、見つかったんだ。江本君が言った特徴に当てはまる人が。』
「えっ」
海里は思わず声を漏らした。玲央は参考人として同行してもらったけど、と続ける。
『俺は直接会っていないから、見ても当人かどうかの判断ができない。捜査の途中で申し訳ないけど、取り敢えず戻って来てくれ』
「分かった。すぐに戻る」
警視庁に戻ると、玲央が取調室に2人を呼んだ。本来、海里が入るのは難しいのだが、今回の事件で老爺唯一関わった者として、許可が降りていた。
「あの人だよ。君が会ったご老人と同じ?」
海里は取調室の内部を確認できる部屋に入り、玲央に尋ねられた。彼は似ていると思いつつ、口を開く。
「話はできますか? 無関係の場合、いきなり取調べをしても混乱される可能性がありますし、私が出会った方かどうか、確信が持てないので」
「いいよ、行っておいで。俺たちはここから見てるから」
海里は頷き、取調室に入る。机を挟んで老爺の前に腰掛けると、先ほど出会った老爺と同じに見えた。対する老爺はおもむろに顔を上げ、海里の目を見るなり、不思議そうに首を傾げる。
「お兄さん・・・警察の方かの?」
「いいえ、私は警察の協力者です」
その言葉を発した途端、海里は思わず目を見開いた。老爺には先ほど警察官でないことを述べたばかりなのに、なぜ同じことを聞くのか、わからなかった。
海里はできる限り驚きを隠しつつ、尋ねた。
「あの・・・その質問、先ほどもされましたよね。今回、警察官の方々が亡くなられたあの現場で、同じことを」
「現場? はて・・・儂はそんな所に行ってないのじゃが」
その言葉に海里は驚きを隠せなかった。音を立てて椅子から立ち上がり、続ける。
「行ってない? ですが数日前、警視庁近くの駅に居たでしょう。その時、私に荷物を持ってほしいと頼まれましたよね?」
必死に言葉を並べる海里だったが、老人は心の底から不思議そうに首を傾げたままだった。
「行っておらんのう。そもそも、お兄さんと会うのは初めてじゃが?」
「・・・・え?」
埒が開かないと踏んだ海里は、取調室の外で待っている刑事に話して2人の元に戻った。事の顛末を聞いた2人は、揃って意味がわからないという表情を浮かべる。
「彼は江本君に会ってない・・・嘘をついている様子もない。でも、特徴は一致している。
つまり、真犯人が彼の姿をしている?」
「あの男に罪を被せるために、別の誰かが動いた・・・いや、自分で罪を被らないためか。それにどの道、あの老人が犯人とは思えない。あんな細く弱々しい腕で銃なんて撃ったら相当負荷がかかる。最悪、折れるぞ」
「ーーあ」
突然突拍子もない声を上げた海里を、2人は訝しげな視線で見た。
「どうした?」
「私が会ったご老人は、私と出会った2度とも、右手に杖を持っていました。でも、防犯カメラの映像では左手で杖を、つまりは銃を撃っていたんです。杖を健脚の方に持つ以上、私が2度出会ったご老人は、足を悪くしていない上、左利きということになりませんか?」
その瞬間、玲央の顔色が変わった。龍は怪訝な顔で彼を見る。何かを尋ねようと口を開くと、突然ノックもなしに捜査一課の刑事が飛び込んできた。
「東堂警部!」
「どうした? 今から、もう少しあの老人に話をーー」
龍の言葉を遮るように、刑事は叫んだ。
「それどころではありません! 先程、S駅の近くで犯人らしき人物が、今取調室にいる老人とよく似た人物が目撃されたんです! 機捜と合流した一部の部下が追っていますが、中々追いつけないんです。申し訳ありませんが、お二人にも」
「全員追跡を中止して本庁に戻るよう指示を」
玲央が間髪入れずにそう言った。2人は首を傾げる。刑事も同じ反応を示した。
「兄貴?」 「玲央さん?」
「中止、ですか? しかし容疑者でーー」
3人の躊躇いを振り払うかのように、玲央は突然叫んだ。
「いいからやって! これ以上犠牲者が出る前に、全員本庁に帰還させるんだ!」
動揺を隠すことができなかった。でも、澱みなく話す老爺の言葉に嘘は見えない。だけど、私の勘違いとも思えない。
事の顛末を話すと、2人とも首を傾げた。当然だ。でも、どうしても納得がいかない。老爺の言葉が正しいとすれば、私は一体、誰と出会ったというのか。
噴出する疑問を整理しつつ口を開くと、零さんの顔色が突然変わった。
ーカイリ『カジノに潜む悪魔』第4章ー
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「あ・・・映りましたね」
2人は龍の車の中でカメラの映像を見ていた。彼が手に入れたのは、現場の建物の入口に設置された防犯カメラの映像であり、扉が開けば、かろうじて地下である現場を垣間見ることができた。
映像の時間帯は夜のため、暗くて見えにくかった。だが、人の姿は街頭や家々の明かりで、かろうじて見える。
「これ・・・お前が会った老人と一致しないか?」
数時間分の映像を飛ばし、事件発生の数分前を写すなり、龍がそう言った。彼が指し示した場所には、確かに1人の老爺がいる。杖をつきながら歩いておりーー色からしてオークの杖に見えたーー顔はよく見えないが、髪色や体格など、海里が出会った老爺と特徴が一致していた。
「ええ・・・。ただ、そうだと決まったわけではありませんし・・・・より鮮明な映像で見れば、違うかもしれませんよね」
「まあな。その辺は本庁でーー」
龍がそう言いかけると同時に、映像から悲鳴が聞こえた。古いのか、画面が荒くなるが、倒れる警察官と滴り落ちる鮮血が見えた。老爺は杖を左手に持ち、ただ彼らの前に立っていた。
唖然とする海里を他所に、龍は「なるほど」とつぶやく。
「えっ? 何がなるほどなんですか?」
思ったことを直球に尋ねると、龍はゆったりとした口調で応じた。
「俺たちは銃殺とわかった時から、犯人が所持していた銃を特定しようとしていた。だが、必ずしも銃がそのままの形をしているとは限らない。恐らく犯人は、杖を銃に改造していた。仕込み銃、とでもいうべきだな」
「そんなこと可能なんですか?」
「仕込み杖は見たことあるだろ?」
龍の返しに一瞬驚く海里だが、すぐに1年前、龍と久々に出会った事件の犯人を思い出して頷いた。
「何にせよ、この老人の個人情報は何一つとしてわからない。お前は駅に向かったと言っていたが、それが自宅に帰るためなのか、どこかへ出かけるのかも不明だろう。
そうなると、お前と老人が出会った日時の本庁周辺や駅の防犯カメラを当たって足取りを追うしかないかもな」
海里は頷きつつ、映像を見返して息を呑んだ。警察官を殺害したのは、確かに自分が出会った老爺だったのだ。彼は殺人など犯すようには思えなかったが、目の前に証拠があっては認めるしかなかった。
同時に、海里はあることに気がつく。
「あ・・・そうか」
「どうした?」
「現場に落ちていたオークの欠片のことです。東堂さんが仰る通り、犯人は杖を銃に改造して、いわば仕込み銃として使用した。
しかし、あからさまに発砲するような姿勢を取れば、警察官は怪しむはずです。だから、杖を地面についた時に撃った。あの欠片は、仕込み銃を強く地面に強く打ちつけたから落ちたんですよ」
「・・・・ああ、なるほど。確かに、仕込み銃だとわかれば、説明がつくな」
その時、龍のスマートフォンが鳴った。アサヒからの電話であった。
『捜査に進展があったわよ』
アサヒは何の前触れもなく、そう切り出した。
「何?」
『あなたが渡したあのオークの欠片、隅の方が奇妙な色してると思ってさらに調べてみたの。そうしたら』
アサヒは一泊空け、言葉を続けた。
『死んだ警察官の血液だと判明したわ。念のためいつのものか調べたけど、まだ新しかった。事件からの日数を考えても、現場の血痕であることは確かね』
「血液・・・・撃った時に図らずもついたってことか?」
『でしょうね。付け加えておくと、指紋は付着していなかったから、偶然落ちたものだと思うわ。犯人が気がついていたかはわからないけれど、大した証拠にならないと踏んだのね。まあ、結果的にあなたが見つけて、血痕まで判明したわけだけど』
アサヒの言葉に納得しつつ、龍は眉を顰めた。喜ばしい報告のはずなのに、何か“違和感”があったのだ。なぜかと考えていると、隣に座っている海里が目を見開いてつぶやいた。
「早すぎる」
「は?」
「証拠が見つかるのも、犯人特定に至るのも、あまりに早すぎるんですよ。ここ1ヶ月で起こった5件の賭博罪は、未だ事件の詳細が不明なんですよね?」
龍は顔を歪めて「生憎な」と吐き捨てた。海里は続ける。
「だからこそ、おかしい。
賭博罪に関しては、通報者の電話番号を割り出して、仮にそれが繋がらなかったとしても、現場周辺の目撃情報や逮捕者の取り調べから犯人に行き着く可能性は高い。暴力団などの組織も背後にあると見当がつく、進展しやすい事件のはずです。
でも、今回は違う。民間人と警察官、合わせて12人が亡くなっています。こんな大量殺人を犯せば、死刑、もしくは無期懲役は免れない。犯人だってわかっているはずです。そんな事件が、どうして賭博罪よりも簡単に進展するんですか? 普通、逆だと思いませんか?」
龍は息を呑んだ。つまり、海里はこう言いたいのだ。
ーー自分たちは犯人に操られているのではないか、と。
海里の話は信じがたかったが、理屈は通っていた。
上層部と対立した東堂兄弟。事件発生から今日まで、恐ろしい速さで進む捜査。簡単に特定される容疑者と凶器。ーー虫が良すぎるのだ。
「待てよ・・・何か、前にも同じようなことがあった気がする」
「同じようなこと?」
龍の疑問に海里は首を傾げた。龍は頷いて続ける。
「ああ。一件、事件は進んでいるように見えるが、進みすぎていて違和感があると感じる事件」
海里が目を瞬かせると、電話越しにアサヒが答えた。
『津雲浩彦の事件じゃないの? 奥さんと義理の子供たちに虐待して、薬物に手を出した男。あなたと玲央が仲直りする直前の事件。
確かあの時、江本さんは“早乙女佑月”って名前の男が絡んでいるとか何とか、言ったのよね?』
「ええ。捜査一課の刑事さんにお聞きして、そう結論を出しました。ただ、あの事件のその後を知らないのですが・・・・“早乙女佑月”という人物の捜査は、今どうなっているんですか?」
「正直に言うなら、進展なしだな。津雲に聞いたが知らないの一点張りで、指名手配をかけようにも顔がわからないからかけられない。似顔絵作成も頓挫したくらいだ。
まあ、今回の事件と前回の事件が似ているのは認めるが、同一人物とは限らないだろ?」
龍は前半は海里、後半はアサヒに向けて言った。アサヒは「ええ」と答える。
『私の言葉は憶測に過ぎないし、早乙女佑月という男の影が見えているわけでもないから』
淡々とした口調だった。アサヒは、過去の事件へ本格的に踏み込む気はないらしいとわかる。
すると、電話の向こうでアサヒに近づく足音が聞こえ、玲央の声が聞こえた。
『2人とも、1度本庁に戻って来てくれない?』
「戻る? 今すぐにか?」
驚いて尋ねる龍に対し、玲央はゆったりとした口調で答えた。
『密行中の機捜に、一応老人の特徴を伝えたんだよ。そうしたら、見つかったんだ。江本君が言った特徴に当てはまる人が。』
「えっ」
海里は思わず声を漏らした。玲央は参考人として同行してもらったけど、と続ける。
『俺は直接会っていないから、見ても当人かどうかの判断ができない。捜査の途中で申し訳ないけど、取り敢えず戻って来てくれ』
「分かった。すぐに戻る」
警視庁に戻ると、玲央が取調室に2人を呼んだ。本来、海里が入るのは難しいのだが、今回の事件で老爺唯一関わった者として、許可が降りていた。
「あの人だよ。君が会ったご老人と同じ?」
海里は取調室の内部を確認できる部屋に入り、玲央に尋ねられた。彼は似ていると思いつつ、口を開く。
「話はできますか? 無関係の場合、いきなり取調べをしても混乱される可能性がありますし、私が出会った方かどうか、確信が持てないので」
「いいよ、行っておいで。俺たちはここから見てるから」
海里は頷き、取調室に入る。机を挟んで老爺の前に腰掛けると、先ほど出会った老爺と同じに見えた。対する老爺はおもむろに顔を上げ、海里の目を見るなり、不思議そうに首を傾げる。
「お兄さん・・・警察の方かの?」
「いいえ、私は警察の協力者です」
その言葉を発した途端、海里は思わず目を見開いた。老爺には先ほど警察官でないことを述べたばかりなのに、なぜ同じことを聞くのか、わからなかった。
海里はできる限り驚きを隠しつつ、尋ねた。
「あの・・・その質問、先ほどもされましたよね。今回、警察官の方々が亡くなられたあの現場で、同じことを」
「現場? はて・・・儂はそんな所に行ってないのじゃが」
その言葉に海里は驚きを隠せなかった。音を立てて椅子から立ち上がり、続ける。
「行ってない? ですが数日前、警視庁近くの駅に居たでしょう。その時、私に荷物を持ってほしいと頼まれましたよね?」
必死に言葉を並べる海里だったが、老人は心の底から不思議そうに首を傾げたままだった。
「行っておらんのう。そもそも、お兄さんと会うのは初めてじゃが?」
「・・・・え?」
埒が開かないと踏んだ海里は、取調室の外で待っている刑事に話して2人の元に戻った。事の顛末を聞いた2人は、揃って意味がわからないという表情を浮かべる。
「彼は江本君に会ってない・・・嘘をついている様子もない。でも、特徴は一致している。
つまり、真犯人が彼の姿をしている?」
「あの男に罪を被せるために、別の誰かが動いた・・・いや、自分で罪を被らないためか。それにどの道、あの老人が犯人とは思えない。あんな細く弱々しい腕で銃なんて撃ったら相当負荷がかかる。最悪、折れるぞ」
「ーーあ」
突然突拍子もない声を上げた海里を、2人は訝しげな視線で見た。
「どうした?」
「私が会ったご老人は、私と出会った2度とも、右手に杖を持っていました。でも、防犯カメラの映像では左手で杖を、つまりは銃を撃っていたんです。杖を健脚の方に持つ以上、私が2度出会ったご老人は、足を悪くしていない上、左利きということになりませんか?」
その瞬間、玲央の顔色が変わった。龍は怪訝な顔で彼を見る。何かを尋ねようと口を開くと、突然ノックもなしに捜査一課の刑事が飛び込んできた。
「東堂警部!」
「どうした? 今から、もう少しあの老人に話をーー」
龍の言葉を遮るように、刑事は叫んだ。
「それどころではありません! 先程、S駅の近くで犯人らしき人物が、今取調室にいる老人とよく似た人物が目撃されたんです! 機捜と合流した一部の部下が追っていますが、中々追いつけないんです。申し訳ありませんが、お二人にも」
「全員追跡を中止して本庁に戻るよう指示を」
玲央が間髪入れずにそう言った。2人は首を傾げる。刑事も同じ反応を示した。
「兄貴?」 「玲央さん?」
「中止、ですか? しかし容疑者でーー」
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