小説探偵

夕凪ヨウ

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Case95.裏切り②

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「天宮和豊は・・・・」
 龍が弱々しい声で呟いた。沈黙した海里に変わるかのようだったが、彼のような意志の強さは感じられない。彼以外の全員が、龍彼に視線を移した。
「警察官連続殺人事件の犯人の一味なんだな? そうじゃなきゃ、犯人の標的なんてわからない。
 あの事件は、警察官というだけで殺害の対象だった。本庁や警察庁勤務の警察官だけが殺害されたわけじゃない。所属も階級も関係ない、無差別殺人だ。だからこそ、俺たちが個人的に狙われていると推理するのは不可能に近い」
 小夜は頷き、口を開いた。
「はい。なぜ父が犯人の一味になったのか、ということはわかりませんが、それは間違いないと思います。大勢の警察官の名前が羅列されていて、玲央たち3人の前に罰印がつけられていたのは、当時殺害された警察官だった。だから、次に狙われるのは玲央たち3人だ、と」
 玲央がため息にも似た息を吐いた。彼は9年前の七夕を思い出し、小夜に尋ねる。
「あの時、俺は早乙女佑月と確認して、ほぼ本人だと確信できた。君も聞いたとは思っていたけど、早乙女佑月が警察官連続殺人事件の犯人の一味でもあると判断したのは、俺たちが標的だと知った時ってこと?」
「そうよ。早乙女佑月の個人情報だけでなく、彼に送った殺人の依頼が残っていた。送り主の名前は書いていなかったけど、彼は3年前の警察官連続殺人事件において、大半の警察官を殺害していたわ」
 龍と玲央は息を呑んだ。それが本当だとするならば、早乙女佑月は9年前の由花を殺害した件、先日発生した賭博に手を染めた者たちを殺害した件と合わせ、大勢を殺害したことになる。彼の過去ーー暴力団員時代を合わせれば、さらに増えるかもしれなかった。
 しばし沈黙が流れた後、再び龍が口を開く。
「でも、わからないな。早乙女佑月が天宮和豊と繋がっていたこと、警察官連続殺人事件の一味であることは、一応理解できる。だが、それならなぜ泉龍寺を殺害しようとしたんだ? 暴力団はとうの昔に解散している以上、その線の殺害というのもおかしい」
 ここに来て、小夜の顔に初めて影がかかった。彼女はため息をついて言う。
「それはわからないの。父が仕向けたとは思えないし、だからと言って父に仲間がいるとも断言できないし・・・・。
 いずれにせよ、私が家と早乙女佑月に恨みを抱いていることは間違いないわ」
 今度は玲央が表情を暗くし、口を開いた。
「だからこそ、君は両親と叔父の犯罪を暴き立て、警察に情報を送ったんだね。それがあって、彼らは刑務所に行きになったわけだけど・・・・あれは、家に対する復讐と考えていいのかな」
「それでいいわよ。そして、3年前の件が、早乙女佑月本人に対する復讐。彼の思い通りに殺人を犯させたくなかったの」
 その結果、別の人間が殺されたという事実に、2人は思わず閉口した。同時に、黙っていた浩史が口を開く。
「動機は聞くまでもないだろう。早乙女佑月と繋がりがあることを知ったのは、天宮君の中で偶然だった。警察官連続殺人事件に関与していることを知ったのもな。だが、彼女は巧みにその偶然を利用し、早乙女佑月と家の復讐を成し遂げたんだ。
 ただ、本当に親友を殺害したのが早乙女佑月なのか、当時混乱していた彼女には確信が持てなかった。玲央に聞けば復讐を考えていると知られることもわかっていたから、玲央の前では何も知らないフリをした」
 はっきりと演技と言われ、玲央の表情は曇った。龍が鋭い一瞥を小夜に投げるが、彼女はわざとか、彼と目を合わせない。
 対する浩史は、そんな険悪さを気に留めず、「それに玲央」と続ける。
「お前だって、早乙女佑月が犯人という確信はなかっただろう。取り調べが得意なお前にとって、初対面の相手から情報を聞き出すことは造作もないが、9年前の心情で正しい判断ができたかはわからない。だからこそ、早乙女佑月と確信しつつ奴を探し、同時に他の容疑者がいないかも検討していた」
 玲央は特に躊躇うことなく頷いた。その検討のために、彼は9年前の事情を浩史に話したからである。
「だから江本の実家に行った時、妙な反応を?」
 龍の問いに玲央は頷いた。反応しすぎたと思っていたが、いっそ清々しく感じられた。
「すぐに違うと思ったけどね。俺が負わせた傷は残るだろうし、正規の病院で手術できるはずもない。念のため一也かずなりさんに聞いたけど、アリバイもあったし」
 玲央はため息混じりにそう言い、小夜に視線を移す。
「3年前に犠牲者を出す必要はあったの? 俺たちが標的になっていても、死ぬとは限らなかった。それは君もわかっていたはずだ。それなのに、どうして」
 少しずつ小さくなる玲央の声に対し、浩史が普段通りの声で応じた。
「泉龍寺君が注目したのは、復讐より私たち3人が殺されるかもしれないということだった。もちろん、犠牲者を出さないこともできただろう。だが、それでは犯人が訝しむ。だから違う犠牲者を出した。その結果、江本君に怪しまれたわけだがな」
 余裕すら感じさせる浩史の態度に、2人は混乱せざるをえなかった。すると、ずっと黙っていた海里は俯いた顔を上げ、浩史の方を見る。
「あなたにも聞きたいことがある」
「何でも聞いてくれて構わんよ。泉龍寺君同様、ここまで来たら何も隠す必要がないからね」
 海里は一瞬顔を歪めたが、どうしても気になることを尋ねた。
「・・・・あなたは、なぜ小夜さんとの繋がりを玲央さんに黙っていたんですか? 由花さんのことを知る者同士、隠す必要はないように思いますが」
 海里の質問に浩史は目を瞬かせ、やがて合点したように微笑む。
「ああ・・・そうか。君も、
「え?」
 今度は海里が目を瞬かせた。浩史は笑みを浮かべたまま続ける。
「さっき言っただろう。私たちは。その言葉通り、
「それはーー・・・・」
 龍が続けようとした言葉を失い、眉を顰めた。浩史は玲央に視線を移す。
「3年前の葬儀の日、泉龍寺君は葬儀場に来ていた。それは覚えているか?」
 玲央は頷くと同時に、浩史は言う。
「その時、私は彼女と初対面だったが、顔を見てすぐにわかったよ。そして、何か妙だと思った」
「妙? 小夜の行動に不審点が?」
「葬儀に来ていたことそのものだ」
 浩史の言葉に海里たちは怪訝な顔をした。龍がすかさず尋ねる。
「そんな根本的な所から? なぜ?」
「簡単だよ。当時、私は玲央から9年前の件を聞いていなかったんだ。だから、彼女と関わりがあることを知らなかった。  
 つまりその時点で、私にとって彼女は、私たちの誰とも関わりがないのに葬儀に来ていることになる。お前たちの両親と知り合いという話も聞いたことがなかった以上、怪しまない理由はない」
 小夜が苦笑した。当時のことを思い出しているらしい。
「九重さんは9年前の事件と警察官連続殺人事件を踏まえ、私が悲劇を作り出したと気がついた。でも、九重さんは怒ることなく、私に言った。


 ーー君のその頭脳、私に貸してくれないか?


「本当に驚いたわよ。何を言っているのって、思わず聞き返したほど。その直前に、逮捕しないのかって聞いたくらいなんだから」
「どのみち、その話だけで逮捕はできなかったがな。
 今考えれば、私もどうかしていたのかもしれない。ただ、私は雫が酷く落ち込んでいた時期があること、その時期は常に玲央が寄り添っていたことを思い出した。そしてそれは、月城さんが亡くなった直後。報道や報告書で“被害者の女子高校生の友人”は見聞きしていたから、合点がいったよ。早乙女佑月のことも、彼女の話から導き出せた」
「なるほど・・・・だから」
 龍がため息混じりに呟いた。浩史は頷く。
「私は手に入れられた情報を彼女に与え、彼女の頭脳を借りた。こちらが手に入れた情報を逐一彼女に送り、彼女に推理をしてもらっていたんだ」
 龍と玲央は何も言えなかった。それが許されないことであると、わかっていたから。
 すると、兄弟に変わるように、海里が尋ねる。
「ではもう1つ。お2人は、一体何を調べていたんですか? 早乙女佑月1人の情報を3年間共有していた・・・・それだけでは、あまりに規模が小さい上、東堂さんたちに相談した方が早い。そうしなかったのは、もっと何か、重要かつ重大なことを調べていたからではないですか?」
「まあ・・・・本当、何もかもお見通しなんですね」
 小夜は机に置いたままのスマートフォンを手に取り、画面を操作した。しばらくして、再び同じ位置に置く。
「これを見て」
 スマートフォンの画面には、早乙女佑月の個人情報と、世界中のテロ組織の情報が並んでいた。その瞬間、海里たちは顔色を変える。
「これが早乙女佑月の正体よ。どれかまでは分からなかったけど、彼が暴力団を抜けた後にテロ組織と関わりがあることは確実。九重さんと協力してからは、さらに綿密な調査を進めているわ」
 小夜が言い終わるなり、浩史が言葉を継いだ。
「世界中のテロ組織を調べたが、大小含めて200はある。多少は削りつつあるが、今、この中の1つを探している」
 淡々と言う浩史に対し、龍は睨みつけるような鋭い視線を送る。
「なぜ私たちに黙っていたんですか? 話しして頂ければ、いくらでも協力しました。捜査一課の領分を外れていると言うなら、組対や公安にだって手は回せたでしょう。
 テロ組織なんて大掛かりなことを、2人だけでーー民間人と抱えるなんて許されない」
 龍の声には明らかな苛立ちがあった。しかし、浩史はなおも冷静に言う。
「そうだな。だがあの時、龍は自分の中で新たな答えを見つけ、玲央は前線から退いていた。あの時のお前たちに、そんなことを言える度胸はなかったよ」
 今度は玲央が叫んだ。
「だからって小夜を巻き込むのは間違っている! 彼女が復讐を望んでも、例え逮捕することになったとしても、3年前で終わらせておくべきだったんだ!」
 玲央は机を叩いて立ち上がった。しかし、小夜は全く引かなかった。
「私が望んだことよ。九重さん個人は何も悪くない。第一、3年前の標的を差し替えたのは私。だから私も彼の提案に乗った。それだけのことよ」
 玲央は浩史から小夜に視線を移し、さらに叫ぶ。
「それだけじゃないだろ! 君は早乙女佑月を泳がせたつもりかもしれないが、実際彼1人の手で10人以上死んでるんだ! 情報を収集することで彼は自身を探る人間を探し出し、いつかは君を見つけ出し、この間の事件を経てーー再び君は狙われる!」
「構わないわ。
 その言葉に、部屋は水を打ったように静まり返った。海里は激情が収まりつつあるのか、普段通りの驚愕を見せ、龍は動きを止め、玲央は息を呑んだ。
 浩史だけが、動じることなく小夜を見据えていた。
「私は確かにあの男に復讐したい。でもそれ以上に、私が生きる意味がもうない。友も、愛する人も、家族も失い、これ以上どうしろと?」
 予想通りの答えに対し、玲央は怒号に近い声を上げた。
「馬鹿なこと言うな! 君が死んだって誰も還って来ない・・・・奴の思い通りになるだけだ!」
「生きるか死ぬかなんて私の勝手でしょ? あなただって、裏切り者をーー愛する人を殺した私をーー守る必要なんてない。他に、守り、救うべき人がいる」
 そこまで言うと、小夜はスマートフォンを鞄に放り込み、素早く席を立って歩き出した。玲央は引き止めようと手を伸ばすが、彼女は即座に払い除ける。
 ようやく玲央の顔を正面から見た小夜は、脆い硝子のような笑みを浮かべていた。
「もういいの。もう・・・・どうでもいい。だから、2度と私を守らないで」
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