小説探偵

夕凪ヨウ

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Case173.料理人の失敗①

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「もう退院して大丈夫ですよ。ただ、無茶な動きはあまりしないようにしてください。」
「ありがとうございました。」

 襲撃から1ヶ月ほど経った日、海里たち3人は退院の許可をもらい、病院を出た。

「兄さん!」
「真衣。迎えに来てくれたんですか?」
「うん。まだ体が心配だし。怪我はもう痛まない?」
「はい。明日からはいつも通り仕事をしますよ。」
「真面目だね、海里兄さんは。少しくらい休んだらいいのに。」

 2人が話していると、玲央と龍の前に一台の車が止まった。不思議に思って振り向くと、中から茶髪に黒目の、端正な顔立ちをした女性が現れた。

「母さん。」
「仕事があるんじゃなかったのか?」
「1ヶ月入院していた息子を迎えに来るのは不思議なことじゃないわ。ただでさえあなたたちは無茶をするんだから、少し見張ってくれって武虎さんから頼まれたのよ。」

 海里は2人の母親と目が合うと軽く会釈をした。すると、彼女はゆったりとした足取りで海里と真衣の方へ歩いてきた。

「あなたが江本海里さん?」
「あ・・・はい。初めまして。こちらは妹の真衣です。」
「初めまして。東堂愛海です。息子がいつもお世話になってます。大変ではありませんか?小説家でいらっしゃるのに・・・・」
「いいえ。やりがいのあることだと思っていますよ。それに、お2人は私の至らない部分を助けてくださいますし、感謝しています。」
「それならよかった。今後ともよろしくお願いします。」

 愛海は頭を下げると、車へ戻り、2人を乗せた。

「じゃあな、江本。」
「はい。また。」

 帰り道、真衣はしきりに海里に話しかけていた。頻繁にお見舞いに来ていたとはいえ、1ヶ月離れていた分、話題が溜まっているようだった。

「愛海さん・・だっけ?綺麗な人だったね!」
「そうですね。礼儀作法も洗練されていましたし、どこかのご令嬢かもしれません。」

(ただ・・お2人とあまり似ていなかったな。玲央さんは武虎さんとそっくりだから、東堂さんは母親似だと思ったんだけど・・・。隔世遺伝かもしれないな。まあ、他人の家のことだ。深く詮索はできないだろう。)

 そんなことを考えている時、海里は傍から飛び出してきた人影とぶつかった。海里は倒れそうなところを真衣に支えられ、相手は食材が入った袋を落とした。

「すみません・・・!考え事を。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。こちらこそ申し訳ない。急いでいまして・・・。」

 顔を上げたのは40代くらいの男性だった。茶色い顎髭があり、黒いコートの中にはコックらしき白い服が見える。すると、真衣がハッとした。

「もしかして、この先にあるレストランの店員さんですか?」
「ええ・・そうです。よく分かりましたね。」
「服のロゴです。Mっていう赤い文字が印象的ですから。」

 海里は知らなかったらしく、感心したように頷いた。男性は食材を拾い終わり、最後に包丁を拾った。

「お怪我はありませんか?包丁で切ったとか・・・。」
「ご心配なく。失礼ながらお聞きしますが、料理人さんですか?服にソースらしき汚れが。」
「ああ、気がつきませんでした。」

 男性は服の汚れを隠すと、少し考えた後、こう言った。

「あの・・よろしければ私が務めるレストランで食事をしていきませんか?ぶつかってしまったお詫びということで・・・。」

 海里と真衣は顔を見合わせ、同時に頷いた。

「ご案内します。あ、申し遅れました。私、レストラン・Mでシェフをしている、山地拓と申します。」
「江本海里です。こちらは妹の真衣。」

 3人は会釈をすると、真っ直ぐにレストランへ向かった。店に入ると何人かお客がおり、山地は従業員に事情を説明しながら厨房へ行く。

 2人は厨房の前の席を勧められて座った。海里は興味深そうに厨房を除く。中では、買い物袋を他のシェフに渡す山地の姿が見えた。

「ご注文はお決まりですか?」
「では・・私はミートソースパスタを。」
「私はクリームソースのパスタで!」
「かしこまりました。」

 海里は店内を見渡した。茶色い机と椅子はまだ新しく、赤いテーブルクロスは鮮やかな色をしている。ぼんやりと光る電球が店内を落ち着かせており、厨房から漂う香りが鼻を突き抜け空腹を誘った。

「近所にこんなレストランがあったとは知りませんでした。真衣は知っていたんですか?」
「うん。兄さんが入院している間に、職場の人と来たの。美味しかったよ!何でも、あの山地さんって人がこの店1番のシェフなんだって。」
「なるほど。しかしそんな方が買い出しとは・・・真面目なんでしょうか。」
「食材にこだわりがあるんじゃない?あ、そうだ!せっかく厨房が見えるし、作り方覚えちゃおうよ。家でも食べよ?」
「それはいいですね。」

 軽い昼食を終え、2人は山地に再度お礼を言ってから家に帰った。

「やはり自分の家は落ち着きますね。」
「でしょでしょ?兄さんの部屋もきちんと毎日掃除したんだから!」
「ありがとう、真衣。1ヶ月も開けてすみません。何か変わったことなどは?」
「特にないよ。編集者さんが来て、お大事になさってくださいって言われただけ。」
「そうですか。では久しぶりに、家での日々を過ごしますかね。」
                    
         ※

「あら、愛海さん。お久しぶりです。」
「お久しぶりね、アサヒさん。」
「わざわざ2人を送って来られたんですか?」
「ええ。急に車の運転は不安だったし。本当は休んでもらうつもりだったのよ?それなのにあの2人ったら、“後輩に迷惑がかかる”、って。」
「仕事に関しては真面目ですから。」

 アサヒは笑った。龍と警察学校時代からの同期である彼女は、2人の母親にも何度か会っていた。

「そういえば、少し刑事部が騒がしいわね。何かあったの?」
「はい。2人が入院中に、少し不可解な事件が起こっていて・・・。」

         ※

「猟奇殺人?」
「はい。」

 玲央と龍は渡されたいくつかの写真を見て顔を顰めた。遺体は激しく損傷しており、頭から血を被ったように全身に傷を負っていた。

「これ・・死因は?」
「絞殺や溺死、出血死など様々です。犯行現場はそれぞれ離れていますが、手の平に何らかのアルファベットがあることから、同一犯かと。」
「なるほどな。しかし・・・全員が女?年齢はバラバラか。」

 部下が頷くと、龍は頭を掻いた。

「申し訳ありません。少しお休み頂きたかったのに・・・。」
「構わないよ。少しでも感覚を戻したいしね。調査はどこまで進んだ?」
「聞き込みと鑑識の調査は一応終えています。ここに資料と結果が。」
「後で目を通すよ。取り敢えず・・・」

 2人は椅子から立ち上がり、脱いだばかりの上着を羽織った。

「現場に行ってくるよ。君たちは個人で調査をしておいてくれ。」
「はい。」
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