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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です 第十章 蝶の夢(下)
第三十二話 アプローチ
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ユーリスは、ゴルティニア王国の王城のシルヴェスターの居室に留まることにした。
そして彼は基本的に、居室から一歩も出ることはなかった。
もちろん、背中に傷を負い、治療中であったせいもある。しかし、ユーリスは自分が王城内を出歩くことによって、王城にいる騎士、女官や侍従達が、過去のユーリスの記憶を蘇らせてしまうことを恐れた。ユーリスとの過去を口にすれば、王城内にいる者達は“白銀の芽”で身を貫かれて絶命してしまう。
そんな事態が起きないように、ユーリスはシルヴェスターの居室に留まっていた。彼のすることといったら、大人しく本を読んだり、せいぜいが居室前の小さな中庭を歩く程度だった。
シルヴェスターは、ユーリスが自分の居室に滞在していることが嬉しくてたまらない様子で、朝昼晩の食事の時はもちろんのこと、何かにつけ居室に立ち寄ってはユーリスと時間を共に過ごしていた。
その後、ユーリスの身元を調べさせた結果、彼がラウデシア王国のバンクール商会に縁のある者だと分かった。バンクール商会と言えば、ゴルティニア王国にも支店を構える大店であり、富豪でも知られる。その一門の者だと知り、ユーリスの美貌やどこか優雅な物腰に、シルヴェスターは納得していた。
今も、夕食の後、ユーリスは椅子に座ってシルヴェスターと歓談している。
艶やかな黒髪に、白皙の美貌の貴公子然とした青年である。切れ長の青い瞳が、目を奪うほどに美しい。シルヴェスターは、ユーリスを王城に迎えてから、彼に夢中だった。
彼の一挙一動を目で追ってしまう。
今も、ユーリスと話しながら、シルヴェスターは胸を高鳴らせ、彼の姿を見つめ続けていた。
(ああ、なんてユーリスは綺麗なのだろう)
そう。
ため息をついてしまうほどに、目の前の若者は美しかった。
こんな美しい若者が、自分の番であることが嬉しい。
そして彼がそばにいて、自分に笑いかけ、穏やかに話をしてくれることが嬉しい。
嬉しくてたまらない。
シルヴェスターが笑みを浮かべ、いつも嬉しそうな表情をしていることにユーリスも気が付いていた。そして彼は気が付くと、ユーリスの姿をじっと見つめている。
もちろん、ユーリスはその姿形が綺麗なだけでなく、頭も良い。
シルヴェスターが書類を手に頭を悩ませていると、助言をしてくれることもある。政務のことなど分からぬはずなのに、ユーリスは博識だった。的確なアドバイスをしてくれることに驚かされる。
話をしたのは仕事だけではない。
好きな本や好きな食べ物、好きな場所の話も互いによくした。たわいもない話だ。
そして何よりも話が合った。
まるで何年も、何十年も昔から、ずっと共に過ごしてきたかのように。
シルヴェスターはそのことを思うと、ふいに頭の奥の方がズキリと痛んで、思わず額を手で押さえた。
苦し気なシルヴェスターの様子に、慌ててユーリスは椅子から立ち上がって、シルヴェスターを気遣う。
「大丈夫ですか、陛下。すぐに医師を呼びましょうか」
心配そうなその様子に、ユーリスの優しさが垣間見える。
シルヴェスターは軽く頭を振った。
「大したことはない。……しばらくじっとしていれば治る」
そう言って、シルヴェスターは息をついていた。
ユーリスを王城に迎えてから、頭痛の頻度が増していた。
ユーリスはシルヴェスターの座る椅子の前に膝をついて、シルヴェスターの手を取った。
「心配ですから、念のために医師を呼びましょう」
ユーリスの知る限り、シルヴェスターは頭痛持ちではなかった。
頻繁に頭痛がするなど、只事ではない。
しかし、シルヴェスターは首を振る。
「大丈夫だ。ユーリス、それよりも、そばにいてくれ」
「…………」
「そなたがそばにいてくれるだけで、私は、十分幸せな気持ちになれる」
シルヴェスターは真っ直ぐに、ユーリスの目を見て話す。
口説き文句のようなその言葉に、すぐさまユーリスは頬が熱を帯びるのを感じた。
「…………陛下、お戯れを」
シルヴェスターは、ユーリスが握った手を握り返して、その甲にまた唇を寄せる。
「私の気持ちは分かっているはずだ。ユーリス、応えてはくれぬのか」
その言葉に、ユーリスは目を彷徨わせる。
この目の前の男が愛おしい。
誰よりも愛している。
本当なら、今すぐにでも彼に応えるように抱きしめたい。その唇を自分から奪ってしまいたい。
でも、足をいま一歩踏み出すことが出来なかった。
息子ルドガーは簡単に「あなたの方から積極的に動いても、今のシルヴェスターなら簡単に落ちるでしょう。やってみたらどうですか」とけしかけるようなことを言っていた。
今のシルヴェスターと愛を交わせば、もしかしたら、ユーリスのことを思い出すかも知れない。そんな希望もないわけではない。実際にシルヴェスターが頻繁に頭痛を起こしているのは、記憶を取り戻そうと、白銀竜達の魔法に抗おうとしていることの表れかも知れない。
ユーリスが迷うように目を彷徨わせ、やがて視線を下に落としたのを見て、シルヴェスターは優しく言った。
「急ぎはせぬ。そなたが私を愛してくれるまで待つつもりだ」
そしてもう一度、ユーリスの手の甲に口づけた。
そして彼は基本的に、居室から一歩も出ることはなかった。
もちろん、背中に傷を負い、治療中であったせいもある。しかし、ユーリスは自分が王城内を出歩くことによって、王城にいる騎士、女官や侍従達が、過去のユーリスの記憶を蘇らせてしまうことを恐れた。ユーリスとの過去を口にすれば、王城内にいる者達は“白銀の芽”で身を貫かれて絶命してしまう。
そんな事態が起きないように、ユーリスはシルヴェスターの居室に留まっていた。彼のすることといったら、大人しく本を読んだり、せいぜいが居室前の小さな中庭を歩く程度だった。
シルヴェスターは、ユーリスが自分の居室に滞在していることが嬉しくてたまらない様子で、朝昼晩の食事の時はもちろんのこと、何かにつけ居室に立ち寄ってはユーリスと時間を共に過ごしていた。
その後、ユーリスの身元を調べさせた結果、彼がラウデシア王国のバンクール商会に縁のある者だと分かった。バンクール商会と言えば、ゴルティニア王国にも支店を構える大店であり、富豪でも知られる。その一門の者だと知り、ユーリスの美貌やどこか優雅な物腰に、シルヴェスターは納得していた。
今も、夕食の後、ユーリスは椅子に座ってシルヴェスターと歓談している。
艶やかな黒髪に、白皙の美貌の貴公子然とした青年である。切れ長の青い瞳が、目を奪うほどに美しい。シルヴェスターは、ユーリスを王城に迎えてから、彼に夢中だった。
彼の一挙一動を目で追ってしまう。
今も、ユーリスと話しながら、シルヴェスターは胸を高鳴らせ、彼の姿を見つめ続けていた。
(ああ、なんてユーリスは綺麗なのだろう)
そう。
ため息をついてしまうほどに、目の前の若者は美しかった。
こんな美しい若者が、自分の番であることが嬉しい。
そして彼がそばにいて、自分に笑いかけ、穏やかに話をしてくれることが嬉しい。
嬉しくてたまらない。
シルヴェスターが笑みを浮かべ、いつも嬉しそうな表情をしていることにユーリスも気が付いていた。そして彼は気が付くと、ユーリスの姿をじっと見つめている。
もちろん、ユーリスはその姿形が綺麗なだけでなく、頭も良い。
シルヴェスターが書類を手に頭を悩ませていると、助言をしてくれることもある。政務のことなど分からぬはずなのに、ユーリスは博識だった。的確なアドバイスをしてくれることに驚かされる。
話をしたのは仕事だけではない。
好きな本や好きな食べ物、好きな場所の話も互いによくした。たわいもない話だ。
そして何よりも話が合った。
まるで何年も、何十年も昔から、ずっと共に過ごしてきたかのように。
シルヴェスターはそのことを思うと、ふいに頭の奥の方がズキリと痛んで、思わず額を手で押さえた。
苦し気なシルヴェスターの様子に、慌ててユーリスは椅子から立ち上がって、シルヴェスターを気遣う。
「大丈夫ですか、陛下。すぐに医師を呼びましょうか」
心配そうなその様子に、ユーリスの優しさが垣間見える。
シルヴェスターは軽く頭を振った。
「大したことはない。……しばらくじっとしていれば治る」
そう言って、シルヴェスターは息をついていた。
ユーリスを王城に迎えてから、頭痛の頻度が増していた。
ユーリスはシルヴェスターの座る椅子の前に膝をついて、シルヴェスターの手を取った。
「心配ですから、念のために医師を呼びましょう」
ユーリスの知る限り、シルヴェスターは頭痛持ちではなかった。
頻繁に頭痛がするなど、只事ではない。
しかし、シルヴェスターは首を振る。
「大丈夫だ。ユーリス、それよりも、そばにいてくれ」
「…………」
「そなたがそばにいてくれるだけで、私は、十分幸せな気持ちになれる」
シルヴェスターは真っ直ぐに、ユーリスの目を見て話す。
口説き文句のようなその言葉に、すぐさまユーリスは頬が熱を帯びるのを感じた。
「…………陛下、お戯れを」
シルヴェスターは、ユーリスが握った手を握り返して、その甲にまた唇を寄せる。
「私の気持ちは分かっているはずだ。ユーリス、応えてはくれぬのか」
その言葉に、ユーリスは目を彷徨わせる。
この目の前の男が愛おしい。
誰よりも愛している。
本当なら、今すぐにでも彼に応えるように抱きしめたい。その唇を自分から奪ってしまいたい。
でも、足をいま一歩踏み出すことが出来なかった。
息子ルドガーは簡単に「あなたの方から積極的に動いても、今のシルヴェスターなら簡単に落ちるでしょう。やってみたらどうですか」とけしかけるようなことを言っていた。
今のシルヴェスターと愛を交わせば、もしかしたら、ユーリスのことを思い出すかも知れない。そんな希望もないわけではない。実際にシルヴェスターが頻繁に頭痛を起こしているのは、記憶を取り戻そうと、白銀竜達の魔法に抗おうとしていることの表れかも知れない。
ユーリスが迷うように目を彷徨わせ、やがて視線を下に落としたのを見て、シルヴェスターは優しく言った。
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そしてもう一度、ユーリスの手の甲に口づけた。
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