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外伝 その王子と恋に落ちたら大変です  第十章 蝶の夢(下)

第三十一話 治療

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 小さな黄金竜ウェイズリーは、がむしゃらに白銀竜コンラートを攻撃した。
 ひっきりなしに赤々とした灼熱の炎を吐き出して、コンラートの身を燃やし尽くさんとする。対してコンラートの攻撃にはどこか迷いがあった。
 コンラートの思考はまだ、先ほど空中城で見た小さなユーリスの卵に奪われていた。

(番のユーリスは、男の身でも愛する相手の卵を身籠ることが出来る。シルヴェスターの次の子も孕んだのか)

 驚きと共に、強烈な羨ましさがこみ上げる。

 どれほど望んでも、コンラートも姉のエリザヴェータも、シルヴェスターの卵を得ることは出来ない。その息子ルドガーの場合でも同様だ。彼らはすでに、番に心を奪われている。
 どれほど黄金竜を恋い焦がれても、彼らが応えることはない。
 その絶望の味を、コンラートもエリザヴェータもよく知っていた。
 知っていたはずなのに、苦い思いが胸の奥深くまで浸み込んでくる。

 苦しくて仕方ない。羨ましくて仕方ない。

 そんなコンラートの肩に向けて、ウェイズリーはなおも炎を吹き付け、コンラートの肩から背にかけて赤く炎が燃え上がったのだった。
 白銀竜は悲鳴を上げて、空から落ちていく。
 弧を描きながら落ちていく途中で人の少年の姿に変わり、次の瞬間、必死の思いでコンラートは“転移”したのだった。自分の“巣”に逃げ帰るために。


 その日、夕刻になっても白銀竜コンラートはゴルティニア王国の王城に戻って来なかった。
 当然のことながら、弟の連絡のない突然の不在をコンラートの姉エリザヴェータは心配する。心配するエリザヴェータを見て、王城にいたルドガーもまたコンラートに何か起きたのではないかと考え、エリザヴェータとルドガーは、ラウデシア王国にある雪深い山間に存在するコンラートの巣に転移して、彼の姿を探したのだった。

 そして巣の地面に倒れ、火傷で苦しみ意識を失ったコンラートの姿を見つけ、エリザヴェータは口に手を当てて悲鳴を上げ、ルドガーもまた青い顔をしながらも少年コンラートの身を抱き上げて、慌てて巣の寝台に運んで手当を始めるのだった。

「ああああ、なんて可哀想にコンラート。いったいどうしたというの」

 エリザヴェータは銀色の目に涙を浮かべ、蒼白となりながら震えている。
 弟のコンラートの負った傷は、ひどい火傷だった。彼の首から背にかけて皮膚が剥がれているような状況だった。ルドガーが魔法で手当てをしている。

「コンラート。ひどく痛むだろう。鎮痛効果のある薬を手に入れられるか、エリザヴェータ」

 ルドガーの指示に、エリザヴェータは頷く。

 そばで「可哀想だ」と震えているばかりのエリザヴェータに動いてもらった方が良いと、ルドガーは彼女をゴルティニア王国の王城に一度戻らせ、薬を入手させることにした。

「わ、分かったわ。わたくしが、お薬を手に入れてくるわ」

 エリザヴェータは、自分に指示を下し、親切に弟に手当をしてくれるルドガーの姿を改めて見つめた。
 その心はコンラートの上にはないはずなのに、随分とこの黄金竜のルドガー王子は親切なのである。
 だが、正直、助かった。
 一人ではどうしてよいか分からなかったかも知れない。

 エリザヴェータは頷いて、すぐさまゴルティニア王国の王城で薬を集めてくると言っている。
 この様子では城中の薬をさらってきそうな勢いだった。

 寝台の上で、火傷の痛みに苦しそうな顔をするコンラートに、ルドガーは治癒魔法を施していく。ルドガーはその魔法は得意ではないが、傷口表面を塞ぐことくらいは出来る。ルドガーが治療のために、コンラートの首から手をかざしているのを見て、コンラートは苦し気に言った。

「……君は……ほんとうに」

「なんだ」

 コンラートの声があまりにも小さな声だったので、治療を施しながらルドガーはコンラートの口元に耳を寄せる。
 だが、コンラートはそれ以上言わなかった。

 ほんとうに、馬鹿みたいに優しい
 ほんとうなら、コンラートとエリザヴェータのことを恨んで、傷ついたコンラートのことなど放置しておいてもいいはずなのだ。それなのにそうすることもせず、彼は助けてくれようとしている。

 馬鹿だ

「こんなに酷い傷を負って。火傷の傷は少し痕が残るかも知れない。出来るだけ綺麗に治してやりたいが」

 実際、ルドガーの目は今も痛ましげにコンラートの負った傷を見つめている。
 首筋から触れる、ルドガーの魔法を施す手も、出来るだけコンラートが痛みを感じないように、繊細で優しい触れ方だった。

 コンラートは目を伏せた。
 それから小さな声で話し続けた。

「もし、僕が……命を落としそうになった時があったら言って。『コンラート、約束を果たせ』って」

「どういうことだ」

「言って」

 何度もせがむようにそう言うので、ルドガーはやがて頷き、コンラートの瞼に手をやった。

「今はいい。黙って寝ていろ」

「……僕は、ちゃんと君との約束を、覚えているから。僕達姉弟は、ちゃんと約束を守るから」

 何度も約束のことを口にする。
 まるで熱に浮かされたかのように言い続ける。
 それで、ルドガーはため息をつく。

 コンラートの言う約束とは、恐らく、ジャクセンを生き返らせるというそれだろう。
 勿論、今すぐにでも果たしてもらいたいが、こうまで傷ついているコンラートを急かすつもりはない。
 それに今までだって十分待ったのだ。まだ少しくらい待ってもいい。

「寝ていろ」

 そう言うと、コンラートは瞼を閉じる。
 しかし寝ろと言っても、ひっきりなしの痛みが続くのか、眠るどころではない様子だった。
 眉を寄せ、苦し気な様子のコンラートに、ルドガーはそばでずっと付き添っていた。

 やがて、大量の薬を両手いっぱいに抱えて、姉エリザヴェータがゴルティニアの王城から“転移”して現れた。鎮痛剤をコンラートが口にすることで、ようやくコンラートは眉を緩め、痛みも和らぎ安らかな息を吐くことが出来たのだった。
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