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7.自分のこと
しおりを挟む食堂に着くと、夏目くんが一人でテーブルに座っていた。
「夏目くん」
「遅かったな」
「生徒会室に行ってたんだ。それから、風紀委員長の東雲さんにも会った」
夏目くんの箸が止まった。
「……東雲に?」
「うん。制服のことで注意されちゃった。あと、風紀委員会の仕事を手伝ってって」
夏目くんの表情が複雑になった。
「東雲は……軽薄な男だ」
「軽薄?」
「表面的には気さくに見えるが、内面は別だ。特に、気に入った相手に対しては……」
夏目くんは言いかけて、口を閉ざした。
「でも、風紀委員長でしょ?そんなに悪い人じゃないと思うけど」
「お前は本当に……」
夏目くんがため息をついた。
「何?」
「いや、何でもない」
真白くんが食堂に入ってきて、手を振りながら近づいてきた。
「凛音、お疲れさま。今日は生徒会室に行ってたんだって?」
「うん。それから風紀委員長の東雲さんにも会ったよ」
真白くんの表情が、少し心配そうになった。
「東雲委員長に……?どんな話を?」
「制服のサイズのことと、風紀委員会を手伝ってって」
「そっか……東雲委員長、君のこと気に入ったのかな」
真白くんは複雑な表情をした。
「気に入ったって?」
「東雲委員長って、普段はもっとクールなんだ。でも気に入った相手には、すごくフレンドリーになるって有名で……」
夏目くんが真白くんを見た。二人とも、明らかに心配そうな表情をしている。
「ねえ、みんなどうしてそんなに深刻な顔をするの?」
「凛音……」
真白くんが困ったような顔をした。
「君は本当に自分のことが分かってないんだね」
「自分のこと?」
「君がどれだけ周りに影響を与えているか」
「影響って?」
真白くんは少し頬を染めながら答えた。
「君を見ていると、みんな……その、好きになっちゃうんだ」
その言葉に、心臓が跳ね上がった。
「え……」
「如月会長も、東雲委員長も、きっと君のことを……」
真白くんは最後まで言えずに、俯いてしまった。
夏目くんも黙って食事を続けているけれど、その横顔はどこか複雑だった。
(好きになる……?)
でも、そんなはずはない。ぼくはただの新入生で、特別な存在じゃない。
その夜、部屋に戻ると、夏目くんがベッドに座って本を読んでいた。
「夏目くん」
「何だ」
「真白くんが言ってたこと……本当なのかな」
「何のことだ」
「みんながぼくのことを好きになるって」
夏目くんの手が止まった。
「……さあな」
「夏目くんはどう思う?」
長い沈黙があった。夏目くんは本から顔を上げて、じっとこちらを見つめてきた。
「お前は……」
「何?」
「何でもない」
また途中で止めてしまった。
「教えてよ」
「早く寝ろ」
そう言って、夏目くんは再び本に目を落とした。
翌朝、いつものように早起きした夏目くんの姿は見えなかった。洗面所に行くと、シャワーの音が聞こえている。
制服に着替えていると、シャワー室から夏目くんが出てきた。タオルで髪を拭きながら、ちらりとこちらを見る。
「おはよう、夏目くん」
「……ああ」
いつもより素っ気ない返事だった。
「何か機嫌悪い?」
「別に」
でも、明らかにいつもと違う。昨夜の会話が関係しているのだろうか。
食堂に向かう途中、廊下の向こうから東雲さんが歩いてくるのが見えた。
「よう、凛音!おはよう」
明るい声で手を振られて、思わず笑顔になった。
「おはようございます、東雲さん」
「昨日は楽しかったよ。今日も一日、可愛い制服姿を堪能させてもらいます」
「東雲さん……」
「冗談だって。でも本当に、今度ちゃんとサイズの合う制服作った方がいいよ。もったいないから」
そう言いながら、東雲さんはぼくの制服をチェックしている。
「風紀委員会の件、今日の放課後で大丈夫?」
「はい」
「やった!楽しみにしてるからね」
東雲さんは満面の笑みで手を振って、去っていった。
夏目くんが、その後姿をじっと見つめていた。
「東雲の誘いを受けたのか」
「うん。でも、風紀委員会の仕事でしょ?」
夏目くんは何も答えなかった。
でも、その表情には、深い心配が浮かんでいた。
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