武装法人二階堂商会 ―― 企業買収(M&A)で異世界を支配する!

Innocentblue

文字の大きさ
18 / 45

第18章 庶民代表 ― ロイ・フェンネル

しおりを挟む
農村との契約が結ばれてから数日。二階堂商会が構える倉庫街は、もはや裏通りではなかった。荷馬車の車輪が夜通し石畳を軋ませ、麦袋を担いだ労働者たちが汗を光らせ、香辛料や干し肉の匂いが昼と夜の境界を曖昧にしていく。都市市場が封鎖されてなお、ここだけは呼吸していた。貨幣が動き、人が集まり、信用が生まれ、また巡る――まるで新しい血管が都市全体に通り始めたようだった。

その喧騒を切り裂くように、倉庫の大扉が激しく叩かれる。

「社長に会わせてくれ!」

まっすぐで、嘘のない声。振り返ったミナは、荷物を抱えたまま目を丸くした。

「あんた……この前の農村で真っ先に声を上げた兄ちゃんだね?」

扉の前に立つ青年は、麦畑の陽光をそのまま浴びたような快活さをまとっていた。褐色に焼けた肌、風にさらされても折れない茎のような背筋。そして、真剣な眼差しの奥に灯った芯の強さ。

「ああ。俺はロイ・フェンネル。あの農村の出だ」

名前を告げる声は誇りと少しの照れを混ぜている。

「契約のあと、村に活気が戻った。銀貨も入ってくるし、子どもたちの顔からも不安が消えた。……だから礼を言いに来た。――いや、それだけじゃない」

ロイは拳を握った。その手は大地を耕す者の手。硬く、ひび割れ、しかしどこまでも力強い。



執務室に案内されると、ロイは扉が閉まるのを待たずに膝を折り、深く頭を垂れた。その姿は粗野さとは無縁で、むしろ祈りにも似た必死さがあった。

「二階堂商会に――どうか俺を加えてください。俺は農村の声を届けたい。市民が何に困っていて、何を求めているのか。どう動けば彼らが信用を寄せるのか……俺にしかできない役割があるはずなんです」

漣司は机越しに静かに彼を見つめる。その眼差しは、かつて日本で数百人の面接をしてきた経営者の目――嘘も虚勢も、一秒で見抜く目だ。

「理由は立派だ。だが――」

指先で机を軽く叩きながら、漣司は問いを突きつけた。

「お前は何を差し出せる?」

試される瞬間。ロイは逃げなかった。むしろ胸を張り、言葉を力に変えて放つ。

「俺が差し出せるのは、誠実な労力と信頼です。農村で生きてきて、人の声を聞くのは得意です。剣は強くありません。でも――」

拳を握る。爪が皮膚に食い込み、血が滲みそうなほどの強さで。

「声と汗で戦う覚悟なら、誰にも負けません。人を繋ぐ役なら、必ずやってみせます!」

その真っ直ぐすぎる言葉に、部屋の空気がわずかに揺れた。ミナが口元を釣り上げ、面白そうに笑う。

「ねぇ社長、この人さ……ただの田舎者じゃないよ。あたしと組ませたらどう? 街でも村でも、庶民の情報ごっそり拾えるよ!」

彼の瞳には、不安も恐れもなかった。あるのはただ、一つの願い。――自分の生まれた土地を、搾取から救いたい。その意志だけが、揺らぎなく燃えていた。



しかし、リュシアは容赦なく切り捨てた。その声音は氷を削るように冷たく、言葉は寸分の揺らぎもない。

「……感情論に過ぎません。経営とは結果を数字で証明する行為です。民衆の心を掴むなど、不確実性に満ちた要素に依存すべきではありません」

彼女の言葉は一刀両断で、どこにも逃げ場がない。ロイは息を呑み、わずかに肩が震えた。
だが――次の瞬間、その震えは決意へと変わった。ロイは顔を上げ、まっすぐリュシアを見返す。その瞳は、恐怖ではなく“覚悟”を宿していた。

「……確かに、数字は重要です。でも――数字だけで人は動きません」

言葉が震えていない。農村で何度も理不尽に曝されながら、それでも諦めず声を上げてきた者の強さがあった。

「腹が満たされるだけでは駄目です。心も満たされなきゃ、人は信用しない」

沈黙。その静寂の中で、リュシアの眉がわずかに跳ねた。

(真正面から……私に?)

彼女が今まで踏みにじってきた数多の反論とは違う。弱者の泣き言でもなければ、愚かな逆張りでもない。根拠と覚悟を携えた意志ある言葉だった。執務室の張り詰めた空気を、漣司の口元に浮かんだ柔らかな笑みがほどく。

「いいな」

その一言で、全員の視線が社長に集まる。

「感情と数字――どちらも組織には必要だ。リュシア、お前の分析は完璧だが、彼はその完璧にはない穴を埋められる」

指先でロイを示す。

「数字に現れない民の声。それを読み取る役は……今の二階堂商会には欠けていたパーツだ」

ガロウが「オオッ」と吠え、ミナが満面の笑みでロイの背中を叩く。だがロイ本人は、ただ静かに――
胸の奥で燃える決意を、さらに強くするだけだった。



こうしてロイ・フェンネルは、正式に二階堂商会の一員となった。
肩書きは「庶民代表兼営業補佐」。市民や農村の声を直接吸い上げ、商会の戦略に反映させる役割を担うこととなった。その夜、倉庫の広場でロイの紹介が行われた。群衆の中に立ち、彼は声を張り上げる。

「ロイ・フェンネルです。農村の出身です。二階堂商会は単なる商売人の集まりではありません。私たちは皆さまの生活を守り、未来を築くために戦います。私が責任を持って尽力いたします」
 
その爽やかな笑顔と真っ直ぐな声に、群衆から歓声が上がった。

「ロイだ! あの村の若者だ!」
「彼が言うなら信じられる!」

 漣司はその光景を屋上から見下ろし、深くうなずいた。

「……やはり人心掌握は数字だけでは届かない。彼の存在は、二階堂商会をさらに強固にする」



その後、商会の会議室。リュシアはなお不満げだった。

「社長。彼は魅力的ですが、危険でもあります。庶民に人気を得すぎれば、逆に商会内部に第二の権力を生むかもしれません」
 
漣司は苦笑した。

「リュシア、経営はバランスだ。カリスマを抑えつければ不満が生まれ、放置すれば暴走する。だから管理するんだ。彼を営業補佐にしたのはそのためだ」

ガロウが大声で笑った。

「いいじゃねェカ! 爽やかイケメンが仲間に加わったんダ。士気も上がるってもんだロ!」

ミナはにやにやしながらロイの肩を叩いた。

「おい兄ちゃん、庶民代表ってのはな、村のために汗かきまくるのが仕事だぜ? 裏路地駆け回ったり、子どもにお菓子配ったり、時には酒場で酔っぱらい相手に説教したりね!」
「そ、それは違うだろ!」

場が笑いに包まれる。


 
だが、その朗らかな空気の底で――確実に、闇は形を成していた。ギルドが農村の離反を黙って見逃すわけがない。古い秩序を壊されれば、報復という見せしめを行うのがあの組織のやり方だ。その気配を察してか、ロイは夜風の吹き抜ける倉庫街の外で、漣司にそっと囁いた。

「社長、村のみんなを守れますか?」

暗がりの中でも、ロイの瞳は揺れていない。故郷を守る者の、覚悟の問いだった。漣司は視線をそらさなかった。

「守るさ」

答えは恐ろしく速く、そして揺らぎがなかった。

「俺たちは武装法人だ。契約で結んだ仲間は、利益のためじゃなく――責任のために守る。たとえ命を張ることになってもな」

ロイは短く息を呑み、それからゆっくりと、深くうなずいた。

「……なら、私もこの旗の下で戦います。村も街も、仲間も――背負う覚悟があります」

その瞬間、夜空を裂くように強い風が吹いた。倉庫の屋根に掲げられた剣と天秤の旗が、大きくはためく。赤い炎のように揺れ、重い影が地面に刻まれる。
それは――新たに加わった仲間の決意を受け止め、未来へと進む二階堂商会の象徴だった。そして静かな夜の中で、漣司はひとり、確かに悟った。この戦いは、もう後戻りできない。

ここから先は――武装法人の真価を示す戦場だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

この世界にダンジョンが現れたようです ~チートな武器とスキルと魔法と従魔と仲間達と共に世界最強となる~

仮実谷 望
ファンタジー
主人公の増宮拓朗(ましみやたくろう)は20歳のニートである。 祖父母の家に居候している中、毎日の日課の自宅の蔵の確認を行う過程で謎の黒い穴を見つける。 試にその黒い穴に入ると謎の空間に到達する。 拓朗はその空間がダンジョンだと確信して興奮した。 さっそく蔵にある武器と防具で装備を整えてダンジョンに入ることになるのだが…… 暫くするとこの世界には異変が起きていた。 謎の怪物が現れて人を襲っているなどの目撃例が出ているようだ。 謎の黒い穴に入った若者が行方不明になったなどの事例も出ている。 そのころ拓朗は知ってか知らずか着実にレベルを上げて世界最強の探索者になっていた。 その後モンスターが街に現れるようになったら、狐の仮面を被りモンスターを退治しないといけないと奮起する。 その過程で他にもダンジョンで女子高生と出会いダンジョンの攻略を進め成長していく。 様々な登場人物が織りなす群像劇です。 主人公以外の視点も書くのでそこをご了承ください。 その後、七星家の七星ナナナと虹咲家の虹咲ナナカとの出会いが拓朗を成長させるきっかけになる。 ユキトとの出会いの中、拓朗は成長する。 タクロウは立派なヒーローとして覚醒する。 その後どんな敵が来ようとも敵を押しのける。倒す。そんな無敵のヒーロー稲荷仮面が活躍するヒーロー路線物も描いていきたいです。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

処理中です...