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第31章 赤狼の咆哮 ― 本隊動く
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荒野の闇を切り裂くように、二条の影が砂煙を引いて疾走した。
夜営地の焚き火が視界に入った瞬間――。
「――っっぎゃああああああ!! 助かったああああ!!」
チカが半ば転がり込むように飛び込み、続いてゴローが膝から崩れ落ちた。
「ひいっ……はあっ……ちょ、チカ! 走るの止めんなって……! 俺、いま命が三つくらい削れた……!」
「アンタの残機なんてどうでもいいの!! あの斧の兄ちゃん、絶対普通の人間じゃないって! あれ、荒野に棲む怪物の親戚レベルでしょ!?」
二人は肩で息をしながら、互いの腕を掴んでガクガク震える。
それでも、逃げ切ったという安堵からか、妙な笑みがこぼれた。
「……でもさ、ゴロー。」
チカの笑みが次の瞬間、すっと消える。
思い出したのだ――あの、列の奥から放たれた圧を。
「今の、あれで本気じゃなかったんだよね?」
ゴローも乾いた喉を鳴らした。軽口の代わりに出てきたのは、現実を認めるような声だった。
「……うん。絶対に、違う。あの隊列……歩幅も視線も全部揃ってた。昨日まで狙ってた商隊とはレベルが違いすぎる。」
「二階堂商会が……」
チカは震える指先で、闇の向こうを指す。追跡者の気配がまだ、皮膚の下を這っている。
「本気で組織した部隊だよ。商人じゃない。軍」
焚き火の赤がチカの横顔に揺れ、ゴローの青い髪に影を落とした。
笑いはもうどこにもない。荒野の風が、もうひとつの冷たい現実を運ぶ。
「……二階堂商会の、部隊だね」
「商隊の皮をかぶった軍勢。しかも……ただ者じゃない」
「うん。あれ、絶対狩る側の目だった。」
二人の視線は、まだ息を潜めているかのような夜闇の彼方へ吸い込まれる。
まるで――巨大な獣がそこに潜んでいるかのように。
◇
修道院の厚い木扉が、突風のような轟音を立てて開いた。
吹き込んだ冷気よりも鋭いものが空気を切り裂く――頭目グラド・バルザークの気配だ。
赤い外套が血煙のように翻り、片目の獣光がチカとゴローをかすめただけで、
焚き火の炎が一瞬だけ縮んだように見えた。
「戻ったか……チカ、ゴロー」
その低音は雷鳴より重く、修道院の石壁に響き渡る。
「は、はいっ! 一応その……生存報告ということで!」
「敵情もバッチリでして! いやぁ~、ほんと、見事に組織された隊列で……!」
普段より三割増しの軽口。
しかしグラドが一歩踏み込むたびに石畳が沈むような錯覚が走り、二人の笑顔は音を立てて剥がれ落ちていく。
「報告を聞く限り……」
グラドの声が、底冷えするほど静かに沈んだ。
「――俺の牙を、へし折られたということか」
「い、いえ! その! これはほんの前哨戦でして! むしろこれからが本番で――」
言い訳の続きを絞り出すより早く、グラドの巨大な手がゴローの胸倉をつかみ上げた。
「舐められたな……二階堂商会に。俺たち〈赤狼の牙〉が――獲物だと舐められたァ!」
怒号が天井を震わせ、埃がぱらぱらと舞い落ちる。
「ひぃあああああっ! せめて言葉を柔らかめにお願いします頭目ぅぅ!」
「ゴロー、がんばって! 私は……その、気持ちだけ後方支援してるから!」
背後で必死に応援するチカの声も、巨大な獣が咆哮した後の静寂に飲まれていった。
周囲の盗賊たちは一斉に姿勢を正し、誰一人、息すら大きく吐けない。
修道院の空気は、焚き火の赤よりもなお、重く、鋭く、張りつめていく――。
◇
だが――その瞬間、グラドの片目に宿る光が、獣のそれへと変わった。怒りではない。愉悦だ。捕食者だけが持つ、血を求める炎。
「……面白ぇじゃねぇか」
低く笑い、喉の底で獣が唸るような響きが漏れる。
「都市の商人風情が軍を気取る? なら――本物の戦の味ってやつを、骨まで刻んでやろうじゃねぇの」
言い終わる前に、彼の腕が閃いた。
バンッ――!
地図のど真ん中に、分厚い刃が突き立つ。羊皮紙が震え、周囲の空気が一気に引き締まる。
「全隊に通達だッ!」
轟く声は、夜の修道院すべてを揺らした。
「夜明けと同時に進軍! 百を超える牙を集めろ! 街道を塞ぎ、商隊を丸ごと――灰にしろ!」
その言葉が引き金だった。盗賊たちが一斉に咆哮を上げる。鉄が打ち鳴らされ、刃と刃が火花を散らす。鎖帷子が軋み、油壺が次々と並べられ、馬たちが蹄で夜の地面を掘り返す。修道院は、瞬く間に戦場へ向かう獣の巣へ姿を変えた。
――血の夜明けが、そこまで迫っていた。
◇
渦巻く怒号と鉄音の隅で、チカとゴローは同時に息を呑んで顔を見合わせた。
「ねぇゴロー……これ、けっこう洒落になってなくない?本隊が動くってことは、本気の戦だよ」
「わ、分かってる。でも俺たち、いつも斥候とか囮役ばっかりだろ。今回もどうせ……」
「うん。端的に言うと――死ぬ役回り、だよね」
一瞬の沈黙。だが次の瞬間、チカが肩をすくめて笑った。
「――まあ、らしいっちゃらしいけど。死なない程度に逃げればいいし」
「だよなぁ。俺たちは〈赤狼の牙〉の……生き残り担当ってやつ!」
二人の掛け合いに、周りの盗賊が吹き出す。
「お前ら、死なねぇのだけは天才だよな!」
「斥候にゃもったいねぇぜ、その運!」
「まあ役には立つさ!」
「でしょ?」
「でしょでしょ?」
混乱の中でも、チカとゴローだけはいつもの調子。だがその軽口が、張りつめた空気にわずかな笑いと余裕をもたらしていた。
◇
だが、仲間たちの笑いが完全に消えるよりも先に――
グラドの声が落ちた。
それは、焚き火の炎を圧し殺すような低音。荒野の夜風すら怯え、ひれ伏すほどの重みを帯びていた。
「聞け……」
たった一言で、全員が背筋を正す。焚き火がパチ、と小さく弾け、音に怯えたかのように揺れた。
「奴らの掲げる旗を叩き折れ。都市に血の匂いを思い出させろ。二階堂商会など――俺たち〈赤狼の牙〉の前では、ただの肉袋だ!」
その宣告は、まるで呪いを世界に刻みつけるように響き渡った。
一語ごとに焚き火がうねり、赤い炎が獣のように咆哮し、黒い煙が夜空へとまっすぐ伸びていく。
まるで天へ牙を突き立てる狼の影が立ち上ったかのようだった。
その光景に、盗賊たちは直感で悟る。
――今夜は、ただの襲撃では終わらない。
――都市と荒野の境界を、血で引き直す夜だ。
「うおおおおおっ!!!」
雄叫びが、崩れかけた修道院の壁に反響し、荒野へ獣の遠吠えのように広がっていった。
武器が掲げられ、牙の紋章が狂気じみた熱量で揺れる。
その中心で、グラドは静かに、だが確実に――満足げに笑った。
盗賊団本隊。いま、完全に目を覚まし、すべての牙を剥き出しにした。
夜営地の焚き火が視界に入った瞬間――。
「――っっぎゃああああああ!! 助かったああああ!!」
チカが半ば転がり込むように飛び込み、続いてゴローが膝から崩れ落ちた。
「ひいっ……はあっ……ちょ、チカ! 走るの止めんなって……! 俺、いま命が三つくらい削れた……!」
「アンタの残機なんてどうでもいいの!! あの斧の兄ちゃん、絶対普通の人間じゃないって! あれ、荒野に棲む怪物の親戚レベルでしょ!?」
二人は肩で息をしながら、互いの腕を掴んでガクガク震える。
それでも、逃げ切ったという安堵からか、妙な笑みがこぼれた。
「……でもさ、ゴロー。」
チカの笑みが次の瞬間、すっと消える。
思い出したのだ――あの、列の奥から放たれた圧を。
「今の、あれで本気じゃなかったんだよね?」
ゴローも乾いた喉を鳴らした。軽口の代わりに出てきたのは、現実を認めるような声だった。
「……うん。絶対に、違う。あの隊列……歩幅も視線も全部揃ってた。昨日まで狙ってた商隊とはレベルが違いすぎる。」
「二階堂商会が……」
チカは震える指先で、闇の向こうを指す。追跡者の気配がまだ、皮膚の下を這っている。
「本気で組織した部隊だよ。商人じゃない。軍」
焚き火の赤がチカの横顔に揺れ、ゴローの青い髪に影を落とした。
笑いはもうどこにもない。荒野の風が、もうひとつの冷たい現実を運ぶ。
「……二階堂商会の、部隊だね」
「商隊の皮をかぶった軍勢。しかも……ただ者じゃない」
「うん。あれ、絶対狩る側の目だった。」
二人の視線は、まだ息を潜めているかのような夜闇の彼方へ吸い込まれる。
まるで――巨大な獣がそこに潜んでいるかのように。
◇
修道院の厚い木扉が、突風のような轟音を立てて開いた。
吹き込んだ冷気よりも鋭いものが空気を切り裂く――頭目グラド・バルザークの気配だ。
赤い外套が血煙のように翻り、片目の獣光がチカとゴローをかすめただけで、
焚き火の炎が一瞬だけ縮んだように見えた。
「戻ったか……チカ、ゴロー」
その低音は雷鳴より重く、修道院の石壁に響き渡る。
「は、はいっ! 一応その……生存報告ということで!」
「敵情もバッチリでして! いやぁ~、ほんと、見事に組織された隊列で……!」
普段より三割増しの軽口。
しかしグラドが一歩踏み込むたびに石畳が沈むような錯覚が走り、二人の笑顔は音を立てて剥がれ落ちていく。
「報告を聞く限り……」
グラドの声が、底冷えするほど静かに沈んだ。
「――俺の牙を、へし折られたということか」
「い、いえ! その! これはほんの前哨戦でして! むしろこれからが本番で――」
言い訳の続きを絞り出すより早く、グラドの巨大な手がゴローの胸倉をつかみ上げた。
「舐められたな……二階堂商会に。俺たち〈赤狼の牙〉が――獲物だと舐められたァ!」
怒号が天井を震わせ、埃がぱらぱらと舞い落ちる。
「ひぃあああああっ! せめて言葉を柔らかめにお願いします頭目ぅぅ!」
「ゴロー、がんばって! 私は……その、気持ちだけ後方支援してるから!」
背後で必死に応援するチカの声も、巨大な獣が咆哮した後の静寂に飲まれていった。
周囲の盗賊たちは一斉に姿勢を正し、誰一人、息すら大きく吐けない。
修道院の空気は、焚き火の赤よりもなお、重く、鋭く、張りつめていく――。
◇
だが――その瞬間、グラドの片目に宿る光が、獣のそれへと変わった。怒りではない。愉悦だ。捕食者だけが持つ、血を求める炎。
「……面白ぇじゃねぇか」
低く笑い、喉の底で獣が唸るような響きが漏れる。
「都市の商人風情が軍を気取る? なら――本物の戦の味ってやつを、骨まで刻んでやろうじゃねぇの」
言い終わる前に、彼の腕が閃いた。
バンッ――!
地図のど真ん中に、分厚い刃が突き立つ。羊皮紙が震え、周囲の空気が一気に引き締まる。
「全隊に通達だッ!」
轟く声は、夜の修道院すべてを揺らした。
「夜明けと同時に進軍! 百を超える牙を集めろ! 街道を塞ぎ、商隊を丸ごと――灰にしろ!」
その言葉が引き金だった。盗賊たちが一斉に咆哮を上げる。鉄が打ち鳴らされ、刃と刃が火花を散らす。鎖帷子が軋み、油壺が次々と並べられ、馬たちが蹄で夜の地面を掘り返す。修道院は、瞬く間に戦場へ向かう獣の巣へ姿を変えた。
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「でしょでしょ?」
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◇
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