あとから正ヒロインが現れるタイプのヒーローが夫だけど、今は私を溺愛してるから本当に心変わりするわけがない。

柴田

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 アレクセイの愛は不変じゃなかったのか。
 ヒーローの愛を疑うひどいヒロインになりたくなくて彼を信じたというのに、まさかアレクセイに裏切られるとは思わなかった。
 フィーナはあまりの失望感に言葉も出ない。

 結局アレクセイの運命の人はフィーナではなく、小説のとおりオリヴィアだったようだ。

「……皇帝陛下は、なんとおっしゃっているんでしょう?」

 皇帝が最後の砦だった。皇太子がなんと言おうと、皇帝が認めなければ離婚は成立しないだろう。――だが、変わってしまったアレクセイと今後も夫婦でいられる自信がなかった。

 フィーナの言葉で、離婚を肯定的に受け取ってもらえたと感じたのか、アレクセイは目を輝かせる。フィーナの表情を読み取り細やかに気を配っていたスパダリ夫は、一体どこへいってしまったのだろうか。遠い目をするフィーナのことは、最早眼中になさそうだ。

「今から陛下に報告に行こうと思ってるんだ。君もついてきてくれ」

 フィーナが育てた優秀な皇太子が見る影もない。運命の愛とやらがアレクセイをこれほどに狂わせてしまったのだとしたら、なんと恐ろしいことだろう。
 あまりの展開についていけず呆然とするフィーナと、そわそわしながら明るい未来に頬を赤らめるオリヴィアを引き連れ、アレクセイは意気揚々と皇帝が現在仕事中である玉座の間に向かった。


「そなたは気が狂ったのか? もう一度申してみよ」

 謁見中の臣下たちに割り入り、アレクセイは父である皇帝に直訴した。

「フィーナと離婚し、このオリヴィアと再婚いたします! 彼女は私の運命の人なのです! オリヴィアとの間に芽生えたこの気持ちこそが、まさに真実の愛……」

 その場の空気が凍るのもおかまいなしに、アレクセイはオリヴィアの肩を抱いてそう宣った。耳を疑ったのは皇帝だけではない。その場にいた宰相も、騎士も、ほかの臣下たちも、全員が皇太子は正気ではないと考えた。
 それほどにこれまでの愛妻家ぶりは凄まじかったのだ。

 呆れたようにアレクセイとオリヴィアを見ていた皇帝――ディートリヒ・ジークライトの視線が、二人の後ろでうつむくフィーナに向けられる。彼女の暗い表情を見て、同意の上ではないことを察した。

「――ならば、フィーナは余が皇后に迎える」

 ディートリヒの低く威厳のある声が、やけに響いて聞こえた。弾かれるように顔を上げたフィーナを見て、ディートリヒが唇の端を持ち上げる。
 さすが恋愛小説のヒーローの父親なだけあって、ディートリヒはアレクセイよりも人生経験という深みが足された分、さらなる美貌だ。とんでもない色男にそういった仕草をされると、フィーナは場違いにもドキッとしてしまった。

「な、え、父上……? 今なんと」
「そなたが申したのだろう。フィーナと離婚して、そこな平民の娘と結婚するのだと」
「確かに言いましたが、それとこれとは別では?」

 ざわざわと揺れる玉座の間で、全員の気持ちを代弁してアレクセイが言う。だがアレクセイだけが、その言葉を口にしていい立場にはなかった。

 あれだけ愛していたはずなのに今はフィーナを慮る気持ちのないアレクセイに対し、ディートリヒは眉を顰める。

「そなたとフィーナの婚約を結んだとき、余はコルン公爵に約束したのだ。そなたの娘がずっと幸せで笑って暮らせるようにと。その約束があったゆえ、コルン公爵は愛娘をアレクセイの妻にすることを許したのだ。……それがなんだ。運命の愛? ふざけているのか? 余がそのような裏切りを最も嫌悪していることを、そなたもよく知っているだろうに」

 アレクセイを責めるディートリヒの声は冷酷で、愛に浮かれていたのも忘れ顔色を悪くするほどに言葉は鋭かった。

 それもそのはず。ディートリヒは、浮気がこの世で最も嫌いなのだ。

 アレクセイの母である皇后が廃位されたのも、それが理由だった。
 帝国の皇帝は、皇妃を何人も迎え入れる者が多いだろう。しかしディートリヒは皇后ただ一人を妻として迎えた。政略結婚であろうと、彼女だけを大切にすることを誓ったのだ。
 だが彼を裏切ったのは、ほかでもない皇后であった。

「あ……ですが、僕はオリヴィアを愛して……」
「順序が違うだろう。アレクセイ、貴様は妻のいる身だ」
「父上……」

 もう皇帝は皇太子を許さないだろう、とその場にいる誰もがわかりきっていた。

「皇族は平民とは結婚できない。その娘と結婚したければ、貴様も平民になれ。どちらを選ぶにしろ、貴様のような男にこの帝国を任すことはできん。皇太子の座からは降ろす」
「父上……!」
「フィーナ。皇太子と離婚したあれば、そなたはおそらく良い縁談には恵まれないだろう。それゆえ、余の妻となってはどうか? そなたの父君との約束も果たそう」
「……お、お待ちください皇帝陛下……」

 突然の申し出に、フィーナはどう答えたらいいかわからなかった。

 小説で、アレクセイとフィーナの離婚、またオリヴィアとの再婚が皇帝に許されたのは、フィーナが稀代の悪女だったからだ。そして彼女の生家であるコルン公爵家が反逆を企てたからにほかならない。
 またオリヴィアは少しずつ皇帝からの好印象を得て、最後には貴族家に養子として入り皇太子妃に迎え入れられた。その過程をすっ飛ばしたアレクセイは、全ての選択を誤ったのだ。

 答えあぐねるフィーナにディートリヒは穏やかに笑み、「強制はしない」と優しい声音で続ける。

「アレクセイと平民の娘を連れて行け!」

 怒り心頭のディートリヒに命じられ、二人は騎士たちに連行されていく。玉座の間に向かう前の、真実の愛に目を輝かせたアレクセイとは違い、彼の顔色は紙のように白かった。

「フィーナ。あとで話をしよう。いつもの庭園でお茶でもしながら」
「…………はい、皇帝陛下。承知いたしました」
 
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