90 / 92
第伍話──箪笥
【拾捌】其々ノ夕餉
しおりを挟む
「……これで最後、っと」
泣き叫ぶ赤ん坊の頭を、熟れた柿のように握り潰し、赤髪の女は手の汚れを振り払った。
和装の女が拭く濡れ縁にその飛沫が飛ぶ。彼女は手を止め、中庭の赤髪に顔を向けた。
「もう少し、綺麗にできないのですか? 天秤の人」
「仕方ないだろ、いちいち手を洗ってたら日が暮れちゃうよ」
――蛎殻町、水天宮近くの屋敷。
突然降ってきた大量の赤ん坊を処分した頃には、屋敷は夕焼けに染まっていた。
辺りは、腐った泥のような飛沫で悲惨なことになっていたが、和装の女が手際よく掃除をしたため、何とか眠れそうではある。
和装の女は桶を手に立ち上がる。そして、拭い切れない泥に染まった枯山水を眺めて溜息を吐いた。
「私が苦心して集めた赤子の魂が、こんなことになるなんて」
「獅童さまの思召なんだ――何か文句あるのかな、小羊ちゃん?」
背丈ほどの庭石にピョンと座った赤毛の女は、細い目で和装の女を見下ろした。
「文句があるのは、獅童さまにでなくあなたにです。せっかく静かに暮らしていたのに、あなたが来てから滅茶苦茶です」
「これも獅童さまの思召だよ……お腹空いたな。夕飯はまだ?」
和装の女は諦めたように溜息を吐き、
「御御御付けとお新香ですよ」
と、奥へ入って行った。
その後ろ姿を見送りながら、赤毛の女はチッと舌打ちした。
――白羊宮の河魁。
特に能力はないが、真面目そうな顔をしてるから、心の弱った人間を操るのがうまい。水天宮近くのこの屋敷で、流産や死産をした人を言いくるめて、魂の中で最も上等な水子の魂を集めているのだが、地道に成果を出しており、獅童の評価は高い。
けれど、それに驕ったりせず、自分はホムンクルスではなく人間だとばかりに、黙々と人形を作っている。
根暗な奴だ……赤毛の女は、和装の人形師が気に入らなかった。
彼女――天秤宮の天罡は、派手な赤毛にソバカス顔の、見るからに西洋人の見た目をしている。真紅のドレスをまとう彼女は女王様気質で、自分が一番強いと思っていた。
けれど、 性格が粗野なため、女王様の枠には収まりきらない。慎ましさを体現したような河魁とは対照的だ。
だから、獅童の評価が高い河魁をライバル視している。
......いや、「対」であるホムンクルスは運命共同体であり、ライバルでもある。そういう宿命なのだ。
今回、獅童から直々に任務を受けた時、天罡は舞い上がった。そして、河魁の成果を奪いながら、自らの成功が約束された作戦を立てたのだが……。
まさか、赤ん坊をまるごと送り返すという反撃を受けるとは、考えてもみなかった。これでは、獅童に顔向けができない。
――彼女が命じられたのは、犬神零の封印。河魁と力を合わせ、あの厄介な探偵を封じろ……そう言われた。
というのも、偶然、河魁が関わる件に犬神零が首を突っ込んできたからだ。ターゲットの行動が読める状況で攻撃を仕掛けるのは戦術のセオリー。圧倒的にこちらが有利だったのだ。
しかし……と、天罡は歯噛みした。
土御門サナヱ――磨羯宮の大吉の件から、その存在は知っていた。だが、無名の陰陽師であるから、警戒をしていなかった。
それにしてやられるとは……!
「悔しい……悔しい……」
天罡はガリガリと爪を噛んだ。
「何でよ……何でなのよ……まるでこの私が失敗したみたいじゃない」
彼女は自分の非を認められなかった。計画は完璧だったはずだ。現に、犬神零を封じ込めるまでは成功したのだ。安倍晴明は泣く泣くあの井戸を封印するしかない……そうなるはずだったのだ。
「あのチビ女――絶対に殺してやる」
燃えるように赤い瞳で、彼女は夕焼けに染まる庭を睨んだ。
すると、河魁が戻ってきた。
天罡は笑顔を浮かべて余裕を繕う。
「夕飯できたの?」
「この時間でできる訳がないでしょう……電報が届きました」
「誰から?」
「獅童さまから」
天罡は庭石から飛び降りた。敗北がもう知られたのかと、内心青ざめながら、河魁の手にある紙片をひったくる。
「ケンショウ ハ デキタ イシ ト イシ ヲ ブツケロ……」
不可解な文言に、天罡は眉を寄せた。
「どういう意味?」
「知らされていなかったのですか? 天秤の人」
河魁の言い草に、天罡は眉を吊り上げる。
「は?」
だが、河魁は動じない。憎々しいほど冷静な声で、彼女は説明した。
「柴又の一件は、犬神零の不死の能力、それに、賢者の石を内包した安倍晴明の能力がいかほどのものかを測るための検証です。まさか獅童さまが、あの程度であの者を封じられるとは思っていませんよ」
「…………」
「獅童さまの目的は、あの二人を引き剥がすこと。それには、二人の間に決定的な亀裂が必要です。そこまで言えば、分かるでしょう?」
河魁の赤い目が天罡を見据える。天罡は目を細め――ニヤリと口角を上げた。
「それはあたいの専門分野だね」
――石と石をぶつける――
それは、賢者の石を賢者の石で壊すように、不死と不死とを戦わせる、という事だ。
天罡は、洋髪に挿した簪を抜き取った。
その両端を軽く捻ると、赤い宝玉が両側にぶら下がる。その中央に突き出た突起を指に乗せれば、両端の宝玉が均衡を取りゆらゆらと自立する。
――天秤である。
彼女はククク……とほくそ笑みながら、軽く宝玉を弾いた。
「均衡なんてモノは、この指先でどうにでもなる――さあ来い、バケモノたち」
◇
夕刻。
山茶花御殿の裏庭では、香ばしい煙が漂っていた。
「こんな上等な鯵の開き、なかなか手に入らないわ」
メイド姉妹の妹・キヨが、七輪の干物をひっくり返す。ジューという音が、否が応にも食欲を刺激してくる。
桜子はうちわで炭を扇ぎつつ、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「七輪で焼いた干物なんて何時ぶりかしら」
「私も久しぶりに七輪を出したわ。だって、これでお魚を焼くと……」
キヨは細い目を外塀に向ける。
そこでは飼い猫のクロを中心に、クロの知り合いであろう野良猫軍団が集まり、今か今かと待ち構えている。
「いいじゃないの、たくさんいただいたんだし。うちのクロがお世話になってますと、ご挨拶にお裾分けしましょ」
勝手口の脇に置かれた籐椅子で、楢崎多ゑはおおらかに微笑んだ。
「テーブルはこちらでいいですか?」
そう声を掛けたのは犬神零だ。メイド姉妹の姉のカヨと、休憩室のテーブルを運んできたのだ。
「もうすぐご飯が炊けるよ」
勝手口からサナヱが顔を覗かせた。田舎では、飯炊きは子供の仕事なのよと桜子が手ほどきしたら、すぐさま火吹竹の使い方を覚えた。
「鯵もいい感じじゃないかしら」
キヨの合図で、テーブルに皿が並べられる。サナヱとカヨがご飯と御御御付けを運び、焼きたての鯵が皿に納まれば、特別な晩餐の始まりである。
「いただきます」
……大家のシゲ乃は泊まりの用な上、下宿の住人に自炊しそうな人もいない。
そのため、鯵の干物を楢崎家に渡そうとしたところ、サナヱと共に夕食に招待された、という訳だ。
使用人のため、普段は主人と同じテーブルには着かないカヨとキヨも、今日は肩を並べて食卓に向かう。そして鯵に箸を付け、
「美味しい!」
と目を丸くした。
「これから帝釈天のお土産は干物がいいわね」
それから、鯵の干物を得るに至った、桜子の活躍が話題となった。
……その相手が久世慶司だったのは、勿論皆知っているが、この和やかな場に直視し難い現実を持ち出すのを憚ったのだろう。敢えてその名は出さなかった。
桜子はことさら明るく語った。
「活躍ってほどじゃないわ。他に対応できる人がいなかっただけで……薙刀の師匠から、免許皆伝を受けた時に言われたんです。強い者には弱い者を助ける義務があるって」
「お姉ちゃん、すごく格好良かったよ」
サナヱもご満悦だ。
「しかし、桜子さん」
そこに零が口を挟んだ。
「無茶だけはしないでください。桜子さんに何かあれば、私は立つ瀬がありません」
……それはお互い様でしょ。
桜子はそう言いかけ、言葉を切った。
「はいはい、分かってるわよ――もしかして、私のことをか弱い乙女と思ってるの?」
「そうは言いません」
期待などしていなくても、あっさりと否定されるとカチンとくる。桜子は横目で零を睨んだ。
「お世辞でも、そこは肯定するところでしょ? そんなんだから、いい歳して独り者なのよ」
苦笑しながら、多ゑが仲介に入る。
「まあまあ……ところで、あの坊やは?」
ハルアキのことだ。
桜子はそこでようやく、あの生意気なガキンチョの姿がないのに気付いた。
すると零は肩を竦めた。
「声は掛けたんですが、生臭いのは苦手だと言って、納戸から出てこないんです」
「仕方ないわ、子供なんてそんなものよ。後でおむすびを握っておくから、持っていってあげてくださいな」
キヨに言われ、零は「すいません」と頭を下げた。
桜子は気付いていた――久世慶司の屋敷の前で零と偶然会った時から、何かおかしいと。
桜子がサナヱを柴又に誘ったのは、事件の経過から、そろそろ零とハルアキが行動を起こすのではないかと思ったから。
案の定、零は柴又にいて、事件は解決した。
――それなのに、ハルアキがいないというのは不自然だ。
女の直感としか言いようのない違和感だが、桜子は二人の間に不協和音のようなものがあるのではないかと疑っていた。
しかし、人と人との関わりは、部外者が一言で解決できるようなものではないとも、彼女は知っている。
……また、甘いものでも買っておいて、ご機嫌を取ろうかしら。
桜子は何食わぬ顔の零に横目を向けてから箸を置いた。
「本当に美味しかったわ。ご馳走さまでした」
泣き叫ぶ赤ん坊の頭を、熟れた柿のように握り潰し、赤髪の女は手の汚れを振り払った。
和装の女が拭く濡れ縁にその飛沫が飛ぶ。彼女は手を止め、中庭の赤髪に顔を向けた。
「もう少し、綺麗にできないのですか? 天秤の人」
「仕方ないだろ、いちいち手を洗ってたら日が暮れちゃうよ」
――蛎殻町、水天宮近くの屋敷。
突然降ってきた大量の赤ん坊を処分した頃には、屋敷は夕焼けに染まっていた。
辺りは、腐った泥のような飛沫で悲惨なことになっていたが、和装の女が手際よく掃除をしたため、何とか眠れそうではある。
和装の女は桶を手に立ち上がる。そして、拭い切れない泥に染まった枯山水を眺めて溜息を吐いた。
「私が苦心して集めた赤子の魂が、こんなことになるなんて」
「獅童さまの思召なんだ――何か文句あるのかな、小羊ちゃん?」
背丈ほどの庭石にピョンと座った赤毛の女は、細い目で和装の女を見下ろした。
「文句があるのは、獅童さまにでなくあなたにです。せっかく静かに暮らしていたのに、あなたが来てから滅茶苦茶です」
「これも獅童さまの思召だよ……お腹空いたな。夕飯はまだ?」
和装の女は諦めたように溜息を吐き、
「御御御付けとお新香ですよ」
と、奥へ入って行った。
その後ろ姿を見送りながら、赤毛の女はチッと舌打ちした。
――白羊宮の河魁。
特に能力はないが、真面目そうな顔をしてるから、心の弱った人間を操るのがうまい。水天宮近くのこの屋敷で、流産や死産をした人を言いくるめて、魂の中で最も上等な水子の魂を集めているのだが、地道に成果を出しており、獅童の評価は高い。
けれど、それに驕ったりせず、自分はホムンクルスではなく人間だとばかりに、黙々と人形を作っている。
根暗な奴だ……赤毛の女は、和装の人形師が気に入らなかった。
彼女――天秤宮の天罡は、派手な赤毛にソバカス顔の、見るからに西洋人の見た目をしている。真紅のドレスをまとう彼女は女王様気質で、自分が一番強いと思っていた。
けれど、 性格が粗野なため、女王様の枠には収まりきらない。慎ましさを体現したような河魁とは対照的だ。
だから、獅童の評価が高い河魁をライバル視している。
......いや、「対」であるホムンクルスは運命共同体であり、ライバルでもある。そういう宿命なのだ。
今回、獅童から直々に任務を受けた時、天罡は舞い上がった。そして、河魁の成果を奪いながら、自らの成功が約束された作戦を立てたのだが……。
まさか、赤ん坊をまるごと送り返すという反撃を受けるとは、考えてもみなかった。これでは、獅童に顔向けができない。
――彼女が命じられたのは、犬神零の封印。河魁と力を合わせ、あの厄介な探偵を封じろ……そう言われた。
というのも、偶然、河魁が関わる件に犬神零が首を突っ込んできたからだ。ターゲットの行動が読める状況で攻撃を仕掛けるのは戦術のセオリー。圧倒的にこちらが有利だったのだ。
しかし……と、天罡は歯噛みした。
土御門サナヱ――磨羯宮の大吉の件から、その存在は知っていた。だが、無名の陰陽師であるから、警戒をしていなかった。
それにしてやられるとは……!
「悔しい……悔しい……」
天罡はガリガリと爪を噛んだ。
「何でよ……何でなのよ……まるでこの私が失敗したみたいじゃない」
彼女は自分の非を認められなかった。計画は完璧だったはずだ。現に、犬神零を封じ込めるまでは成功したのだ。安倍晴明は泣く泣くあの井戸を封印するしかない……そうなるはずだったのだ。
「あのチビ女――絶対に殺してやる」
燃えるように赤い瞳で、彼女は夕焼けに染まる庭を睨んだ。
すると、河魁が戻ってきた。
天罡は笑顔を浮かべて余裕を繕う。
「夕飯できたの?」
「この時間でできる訳がないでしょう……電報が届きました」
「誰から?」
「獅童さまから」
天罡は庭石から飛び降りた。敗北がもう知られたのかと、内心青ざめながら、河魁の手にある紙片をひったくる。
「ケンショウ ハ デキタ イシ ト イシ ヲ ブツケロ……」
不可解な文言に、天罡は眉を寄せた。
「どういう意味?」
「知らされていなかったのですか? 天秤の人」
河魁の言い草に、天罡は眉を吊り上げる。
「は?」
だが、河魁は動じない。憎々しいほど冷静な声で、彼女は説明した。
「柴又の一件は、犬神零の不死の能力、それに、賢者の石を内包した安倍晴明の能力がいかほどのものかを測るための検証です。まさか獅童さまが、あの程度であの者を封じられるとは思っていませんよ」
「…………」
「獅童さまの目的は、あの二人を引き剥がすこと。それには、二人の間に決定的な亀裂が必要です。そこまで言えば、分かるでしょう?」
河魁の赤い目が天罡を見据える。天罡は目を細め――ニヤリと口角を上げた。
「それはあたいの専門分野だね」
――石と石をぶつける――
それは、賢者の石を賢者の石で壊すように、不死と不死とを戦わせる、という事だ。
天罡は、洋髪に挿した簪を抜き取った。
その両端を軽く捻ると、赤い宝玉が両側にぶら下がる。その中央に突き出た突起を指に乗せれば、両端の宝玉が均衡を取りゆらゆらと自立する。
――天秤である。
彼女はククク……とほくそ笑みながら、軽く宝玉を弾いた。
「均衡なんてモノは、この指先でどうにでもなる――さあ来い、バケモノたち」
◇
夕刻。
山茶花御殿の裏庭では、香ばしい煙が漂っていた。
「こんな上等な鯵の開き、なかなか手に入らないわ」
メイド姉妹の妹・キヨが、七輪の干物をひっくり返す。ジューという音が、否が応にも食欲を刺激してくる。
桜子はうちわで炭を扇ぎつつ、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「七輪で焼いた干物なんて何時ぶりかしら」
「私も久しぶりに七輪を出したわ。だって、これでお魚を焼くと……」
キヨは細い目を外塀に向ける。
そこでは飼い猫のクロを中心に、クロの知り合いであろう野良猫軍団が集まり、今か今かと待ち構えている。
「いいじゃないの、たくさんいただいたんだし。うちのクロがお世話になってますと、ご挨拶にお裾分けしましょ」
勝手口の脇に置かれた籐椅子で、楢崎多ゑはおおらかに微笑んだ。
「テーブルはこちらでいいですか?」
そう声を掛けたのは犬神零だ。メイド姉妹の姉のカヨと、休憩室のテーブルを運んできたのだ。
「もうすぐご飯が炊けるよ」
勝手口からサナヱが顔を覗かせた。田舎では、飯炊きは子供の仕事なのよと桜子が手ほどきしたら、すぐさま火吹竹の使い方を覚えた。
「鯵もいい感じじゃないかしら」
キヨの合図で、テーブルに皿が並べられる。サナヱとカヨがご飯と御御御付けを運び、焼きたての鯵が皿に納まれば、特別な晩餐の始まりである。
「いただきます」
……大家のシゲ乃は泊まりの用な上、下宿の住人に自炊しそうな人もいない。
そのため、鯵の干物を楢崎家に渡そうとしたところ、サナヱと共に夕食に招待された、という訳だ。
使用人のため、普段は主人と同じテーブルには着かないカヨとキヨも、今日は肩を並べて食卓に向かう。そして鯵に箸を付け、
「美味しい!」
と目を丸くした。
「これから帝釈天のお土産は干物がいいわね」
それから、鯵の干物を得るに至った、桜子の活躍が話題となった。
……その相手が久世慶司だったのは、勿論皆知っているが、この和やかな場に直視し難い現実を持ち出すのを憚ったのだろう。敢えてその名は出さなかった。
桜子はことさら明るく語った。
「活躍ってほどじゃないわ。他に対応できる人がいなかっただけで……薙刀の師匠から、免許皆伝を受けた時に言われたんです。強い者には弱い者を助ける義務があるって」
「お姉ちゃん、すごく格好良かったよ」
サナヱもご満悦だ。
「しかし、桜子さん」
そこに零が口を挟んだ。
「無茶だけはしないでください。桜子さんに何かあれば、私は立つ瀬がありません」
……それはお互い様でしょ。
桜子はそう言いかけ、言葉を切った。
「はいはい、分かってるわよ――もしかして、私のことをか弱い乙女と思ってるの?」
「そうは言いません」
期待などしていなくても、あっさりと否定されるとカチンとくる。桜子は横目で零を睨んだ。
「お世辞でも、そこは肯定するところでしょ? そんなんだから、いい歳して独り者なのよ」
苦笑しながら、多ゑが仲介に入る。
「まあまあ……ところで、あの坊やは?」
ハルアキのことだ。
桜子はそこでようやく、あの生意気なガキンチョの姿がないのに気付いた。
すると零は肩を竦めた。
「声は掛けたんですが、生臭いのは苦手だと言って、納戸から出てこないんです」
「仕方ないわ、子供なんてそんなものよ。後でおむすびを握っておくから、持っていってあげてくださいな」
キヨに言われ、零は「すいません」と頭を下げた。
桜子は気付いていた――久世慶司の屋敷の前で零と偶然会った時から、何かおかしいと。
桜子がサナヱを柴又に誘ったのは、事件の経過から、そろそろ零とハルアキが行動を起こすのではないかと思ったから。
案の定、零は柴又にいて、事件は解決した。
――それなのに、ハルアキがいないというのは不自然だ。
女の直感としか言いようのない違和感だが、桜子は二人の間に不協和音のようなものがあるのではないかと疑っていた。
しかし、人と人との関わりは、部外者が一言で解決できるようなものではないとも、彼女は知っている。
……また、甘いものでも買っておいて、ご機嫌を取ろうかしら。
桜子は何食わぬ顔の零に横目を向けてから箸を置いた。
「本当に美味しかったわ。ご馳走さまでした」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。