1 / 27
1.幽霊じゃありません。
しおりを挟む見知らぬ少女が部屋の中で浮かんでいた。
誠は声にならない叫びを上げて、いちど扉を閉めて表札を見やる。しかし206号室と書かれたその部屋は、確かに自分の借りた新しい部屋だった。
見間違いかもしれないと、恐る恐るもういちど扉を開けてみる。
六畳一間のちっぽけなぼろアパートの一室。その部屋の中には、まだ荷物も運び込まれておらず、がらんとした空間が広がっている。
その部屋の真ん中に少女はたたずんでいた。
腰までのびた長い黒髪が、真っ白なワンピースを引き立てている。くりんとした大きな瞳に、整った鼻先。艶やかな紅い唇は、微かな笑みを覗かせている。
すらりと伸びた細い足。右手には銀色の、左手には金色のブレスレットを身につけており、よりいっそう彼女の可憐さを引き立てている。
どこか全体的に儚げな色彩を帯びて、触れれば消えてなくなりそうにも思えた。物憂げな瞳は、少女の柔らかな顔立ちをよりいっそうに引き立てている。まるでこの世の物ではないかのように。
透き通るような白い肌は、どこか儚げで触れれば消えてしまうかのようだ。
いやむしろほんの少しではあるが、本当にうっすらと奥の窓ガラスが見えている気がして誠は目を擦る。まるで彼女の身体が透き通っているかのようだ。
そしてそれが正しいと示すかのように、彼女の足先は畳から十センチほど浮かんでいた。
「う、浮いてる!?」
誠は思わず声を漏らして、背を向けて逃げ出そうとしていた。
しかし慌てたせいか自分で自分の足を絡めてしまう。
転びそうになって部屋の壁に頭をぶつけ、逆に部屋の中に入り込んでいた。
バタン。同時に音を立てて扉が締まり、部屋の中に二人だけが取り残される。
この音にさすがに少女も誠に気がついたようだ。誠へとはっきりと振り向いて、それから目を大きく開いて慌てた様子で声を漏らした。
「ち、痴漢ですかっ」
唐突な少女の台詞に、思わず誠は咳き込んでいた。
「ぶはっ。げほっげほっ」
「あ。だ、大丈夫ですか。でもほら、痴漢とかしようとするから、そういう目にあうんですよっ。悪い事したらいけませんっ」
少女はやや眉をつりあげて告げると、指先を一本たてて左右に振る。
「だ、誰が痴漢だよっ。誰が」
誠は何とか息を整えながら、目の前の少女に向かって声を荒げる。しかし少女は誠の言う事がわからないとばかりに眉を寄せると、上げていた手を降ろして、その腕を組みなおす。
「え、違うんですか。突然部屋の中に入ってくるからてっきり。えーっと、じゃあ」
少女はしばらく首を傾けながら考え出すと、それからすぐにまた指を立てて誠へと向ける。
「あ、わかりました。訪問販売ですねっ。私に布団とか高値で売りつけちゃおうとか、そういう訳ですね。おっと、そうはいきませんよっ。なんたって、私はお金もってないですからね。あ、いっときますけど、ローンも組みませんよ。布団一つが十万円とか、絶対ありえませんからっ。買いませんよー。ええ」
またもや勝手に勘違いして話を膨らませていた。
もちろん誠は訪問販売員ではないし、そもそもここは誠の部屋のはずだった。
誠の親は急な事情によりこの街から引っ越す事になった。しかし誠はまだ高校に入学してからほとんど時間がたっていない事もあるし、また親の引っ越し先も長く暮らす予定でもなかった。その為に誠はしばらくの間だけ一人暮らしを始める事となり、今日はその引っ越しの当日であった。
だが新しい住居となるはずの部屋の中には、見知らぬ少女が一人で浮かんでいる。そしてまるで自らがこの部屋の主のように振る舞っていた。もっとも仮に彼女が部屋の主だとしても少々反応がちぐはぐでおかしくはあったが。
しかしそのおかげというべきか、少女が浮かんでいるという不思議への驚きは薄れ、誠の心に落ち着きを取り戻させていた。むしろ忘れさせていたと言ってもいい。
「訪問販売でも宗教の勧誘でもないっつうの。だいたい、お前誰だよ。ここは俺の家だぞ、俺の家」
「ええええっ。そんな事ないですよ。ここは私の家ですよ。変な事言わないでください。はっ、さてはそんな事いって、何か私を騙そうっていうんですね。そうはいきませんよっ。ええっ、もうっ。私、しっかりしてますからね。騙されませんよーっ」
少女は言いながら、再び右手の人差し指を一本だけ立てて左右に振るう。たぶん意識してやっている訳ではなく、癖のようなものなのだろう。
「いや絶対ここは俺の部屋だっつうの。メゾンシャトル206号室。ほらっ、みろ。これが契約書だ」
鞄の中から契約書を取り出して、少女へと突きつける。
少女が何者なのかはわからなかったが、とにかくこの部屋から出ていってもらわなくてはいけないと思う。
あまりにすっとんきょうな物言いに、もはや始めに少女に抱いた恐怖は、完全に誠の頭の中から消え去っていた。
少女は誠の言う事がわからないとばかりに、きょとんとした表情を浮かべると、誠の持つ契約書を覗き込もうとして近づいてくる。
ごく自然な動作ではあったが、その時全く音がしなかった事実に気がついて、誠はやっと少女が宙に浮かんでいた事を思い出す。
「そ、そうだ。こいつはなんで浮かんで」
急にまた恐ろしくなって、慌てて後に下がろうとする。
しかし誠の足は下がるどころか、絡まって前へと倒れかかっていた。
「わぁぁっ!?」
思わず情けない声を漏らして、少女の上へと覆い被さるような形になる。
しかし誠の身体は、全く抵抗感を感じない。そのまま大きく音を立てて、床へと倒れ込んでいた。
その誠の身体の上に、少女はそのまままっすぐに立っている。まるで誠の身体が触れる事なんてなかったかのように。
「わわわっ。や、やっぱり、ほんとは痴漢でしたかっ。だ、駄目ですよ。そんな事をすると天罰が下りますよ。いつも神様はみていますからっ。ああ、イエス様、マリア様っ。この私をお守りくださいっ」
少女は胸の前で十字を切ると、両手を組んで、力の限り目を閉じていた。
目の前にはっきりと見えている。しかし誠は全く彼女に触れる事すら出来なかった。そ
れどころか彼女は宙に浮かんでいる。
そうなれば、誠に考えうる事象はただ一つしかなかった。
「ゆ、幽霊!?」
思い切り叫びながら、倒れたままなんとか後ずさろうとして手を動かした。
しかし驚きのあまりか、誠の身体はぜんぜんその場から動こうとしない。
「ええええっ。私、そんなのじゃありませんよ。失礼ですねっ。どこをどうみたらそうみえるんですかっ」
少女は眉をつりあげて抗議を声を上げて、両手を揺らす。その度に髪もたなびいて、どこか不思議な空気を醸し出していた。
「ど、どこをどうみてもそうみえるっ。ゆ、幽霊じゃなかったら、い、いったいなんなんだよ」
やや言葉をどもらせながらも、誠はまだ何とか正気を保ったまま少女へと告げる。とはいえその手には震えを隠せなかったし、足などはがくがくと揺れて、まともに歩けそうもなかったが。
「そんなの決まってるでしょう。私は」
少女は呟きながら人差し指を立てて、そのまま指先を振るう。それから唐突に動きを止めたかと思うと、伸ばした指を口元に当てた。
そのまましばらくの間、誠を見つめていた。まっすぐに向けられた瞳に、思わず顔を背けたくなる。
しかし誠はなぜだか彼女から目をそらす事が出来なかった。恐怖で体が動かなかったのか、それとも彼女の物憂げな瞳に魅入られてしまっていたのか。それはわからない。
ただ時間が止まってしまったかのように沈黙が訪れた。
自分の心臓の鼓動と、やや乱れた呼吸の音だけが耳に響いた。
少女は沈黙に困ったかのように眉を寄せて、もう一度首を肩の方へ倒す。
少女が息を吸い込むかのような音が聞こえた気がしていた。そしてゆっくりと、今までよりもずっと落ち着いた静かな声で、少女は誠へと訊ねかける。
「私は。誰なんでしょう」
少女のその予想だにしない呟きに、誠は思わず目を丸くして言葉を失っていた。
16
あなたにおすすめの小説
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2025.12.18)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた
歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。
剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。
それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。
そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー
「ご命令と解釈しました、シン様」
「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」
次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
高塚くんの愛はとっても重いらしい
橋本彩里(Ayari)
恋愛
時期外れ、しかも偏差値の高い有名校からなぜかわざわざやってきた話題の転校生。
「どこに隠れていたの?」
そんな彼に、突然探していたと莉乃は背後から抱きしめられ、強引に連れて行かれる。
その日から莉乃は高塚くんに振り回される毎日。
この関係は何?
悩みながらもまるで大事な恋人のように莉乃を扱う彼に絆されかけていた、あの言葉を聞くまでは……。
高塚くんの重愛と狂愛。
すれ違いラブ。
見目がいいだけの男ではないのでご注意ください。
表紙イラストは友人のkouma.作です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
