六畳一間。幽霊つきっ ~部屋を借りたら幽霊少女もついてきました~

香澄 翔

文字の大きさ
4 / 27

4.誰にも知られない存在

しおりを挟む
 魂が抜けたかのように誠は部屋の中に立ちつくす。どうしたものか全くわからない。
 しかし呆然としたままの誠を、一気に現実に引き戻したのは、外から響いてきた声だった。

「ちーす。ミケネコ引っ越しセンターっす」
「げっ!?」

 思わず声を上げて、慌てて周りを見回した。優羽の身体は変わらず浮かんでいる。引っ越し業者の人が見かけたら、それだけで大騒ぎになってしまうだろう。

 幽霊屋敷だ等とあらぬ噂、いやある噂を立てられてはたまったものではない。誠はばたばたと慌てふためいて、優羽を隠す事の出来る場所を探し始めた。

「と、とりあえず押入に隠れて。いや、だめだ。引っ越しの人は絶対あける。どうすればいいんだ。そうだ、トイレ。トイレなら平気だろ。優羽、トイレに隠れてくれ」

「えええっ。私、別におといれなんかいきたくないですっ」

「そうじゃなくってっ。お前を見たら、引っ越しの人が仰天するだろうが。とにかくしばらく隠れていろ」

「やですっ。絶対、やですっ。隠れる意味がわかりませんっ。なんですか。そんな厄介者みたいにいってひどいですっ。私、そんなに邪魔ですか」

「邪魔だっ。つうか、はやく隠れ……」

 ぷいと顔を背けて嫌がる優羽を、なんとか隠れるように促す。とはいえ優羽の身体に触れられる訳でもないから、優羽の意志を無視する事は出来なかった。

 もっともすぐに無視する必要もなくなっていたのだが。

「荷物配達にきましたー」

 時すでに遅し。引っ越し業者の若い兄ちゃんが、扉を開けてスタンバイしていた。

 誠はその場で完全に時間を止めていた。どうしたらいいのかもわからずに、ぽかんと口を開けて業者の人を見つめている。

 見られたっ。心の中で呟いて、どうフォローをすればいいか、何とか思考をフル回転させる。しかし完全に宙に浮かんでいる優羽の様子に、全く言い訳の台詞も思いつかない。

「え、えっと。これは、これはですねっ」

 何とか言いつくろおうとして声を漏らす。けれどその誠の想いを無視するかのように、隣で優羽が手を振っていた。

「こんにちわー。お待ちしてましたよー」

 優羽は大きな声で告げて、それから深々と頭を下げる。
 もっとも完全に空中に浮かんでいたから、それでも誠の頭よりも高い位置にあったのだが。

 悲鳴を上げるか、それとも思考を停止させるのか。その時はどうすればいいんだ、俺は。誠は声にはならない叫びと共に、とにかく業者の人を見つめているしか出来なかった。

 けれど彼が取った行動は、誠の予想とは全く違っていた。

「あ、ちーす。三原さんですよね。ミケネコっす。今から荷物運び込みますから、このままドアあけといてくださいね」

 まるで何事も無かったかのように、業者の人は階段を降りていく。そしてアパートの前に止めたトラックから荷物を取り出し始めていた。

「あ、れ……!?」

 全く驚きすらしない彼を訝しげに見つめてみる。若い兄ちゃんは平然としたまま、もう一人の髭面のおじさんと荷物を運び初めている。

「彼がおかしいのか、それとも俺がおかしいのか」

 思わず口の中で呟いて、それからもうしばらく様子を伺っていた。普通に考えて明らかに不自然な優羽の姿を見れば、少なくとも何らかの反応は見せてもいいはずだった。しかし彼は全くといっていいほど、関心を寄せていない。

 ただ業者の人はこの兄ちゃんだけではない様ではあったから、もう一人おじさんがどういった反応をみせるのかに注意を向けてみる。

「こんにちわ。じゃあ荷物運ばせてもらいますね」

 おじさんは頭を下げて、軽く挨拶をすると部屋の中へと入り込んでいく。
 誠はまだ玄関口に立っていて、優羽はその脇でふよふよと漂っていた。どうやってもおじさんの目に入らない訳はない。

 しかしおじさんも何も反応も示さなかった。

「あ、この辺に置けばいいですかね」

 話したのはそれだけで、まるでおかしなものは何一つない様なそぶりしか見せない。

 誠にしてみれば宙に浮かんだ優羽はどう考えても異質な存在なのだが、もしかすると優羽を変に思う自分の方がおかしいのかとすらも考えてしまう。

 ただその疑問は、すぐに晴れる事になった。

「ご苦労様ですっ。がんばってくださいねっ」

 優羽はしっかりとおじさんに話しかけていたが、その声にはぴくりとも反応を示さない。それは若い兄ちゃんにしても同じで、何事もなかったかの様に荷物を積み込んでいくだけだ。

「あ、それ重そうですねー。何かいっぱいつまってそうです。あ、そっちの荷物はすかすかですね。さっきから、お兄さんの方、楽してますよっ。注意しないとっ」

 しきりに優羽は何かといろいろ話しかけているのだが、彼らは完全に無視を続けていた。まるで何も聞こえないかのように。

 そして彼らが無視している訳ではないと誠が気がつくまでには、それほど長い時間は必要としなかった。
 ただ単に彼らには優羽の姿は見えていないし、声も聞こえてはいないのだ。そう考えれば全て辻褄が合う。

 優羽は返答がない事もあまり気にしていないのか、ずっとにこやかに話しかけ続けている。しかし彼らはついに最後の荷物を運び終えるまで、一度も優羽を気にかける事は無かった。

 去り際に誠にサインを求め、そのままトラックに乗り込んで去っていく。大して荷物も無かったから、すぐに引っ越しは片づいていた。

「いっちゃいました。私、完全に無視されていましたね」

 優羽は軽い口調で呟いて、それから誠の方へと振り向く。なぜか照れたように優羽は笑うが、だけどその時見せた瞳に、誠は思わず言葉を失っていた。

 吸い込まれそうに感じた瞳の色は、どこかおぼろげに揺らいでいる。それは目の中に見える潤いのせいだと言う事は、誠にもすぐにわかった。

 だから何も言えなかった。

「あ、嫌ですね。貴方まで無視ですか。ちょっと。おーい。何とかいってくださいよー。おーい。なんだかなぁ。やっぱりさっき話したのは、気のせいだったのかな。何か言ってくれないと、悲しいですよー。聞こえてますか。おーい。えっと、えーっと。名前、なんでしたっけ。そういえば聞いてませんでしたね。あーあ。せめて名前くらいきいておくべきでしたか。しかしこうなると、私、またひとりぼっちでしょうか。せっかくやっと声が通じる人がいたと思ったんだけどなぁ」

 優羽は静かな声で告げて、それから溜息を一つ漏らす。

 その目から涙がこぼれたように思えたのは、誠の気のせいだったのだろうか。優羽は幽霊なのだから、実際に涙をこぼす事は出来ないだろうとは誠も思う。その証拠に落ちたはずの水滴は、しかし畳を濡らしたりはしていない。

 優羽は少しだけ床へと降りてきて、そのまま畳の上に座り込む。実際に床の感覚がある訳ではないらしく、わずかに浮かんではいたが、それでも優羽はぺたんと足をつけて、大きく溜息を漏らしていた。

 誠は彼女がどうして喋り続けるのか。見ず知らずの誠を巻き込もうとしていたのか。やっと少しだけ理解出来たような気がする。

 恐らくは今まで誰にも気づいてもらえる事もなく、ずっとこの場所にいたに違いない。たった一人、記憶も失ったままで。

 それがどんなに辛い事なのか、誠には想像する事すら出来なかったけれど、けして楽しい時間ではなかった事だけははっきりとわかる。

三原みはら誠だよ」

 誠は静かな声で告げて、すぐに優羽から視線をそらす。少しだけ照れくさくて、素直に顔を見つめていられなかった。

 優羽は少しきょとんとしたまま首を傾げて、それからまた人差し指だけ一つ立てる。軽くその指先を振るって、それから誠へとまっすぐに向ける。

「三原誠さんっ!」

 思い切り名前を呼びつけて指さす姿は、まるでどこかの名探偵が犯人はお前だと指名しているかのようだった。

「なんだよっ!?」

 思わず声を大きくして訪ね返す。
 だけどのぞき込んだ優羽のその顔は、今にも崩れそうなほどにぐしゃぐしゃで。誠は息を飲み込んで、声を失う。

 優羽は無理矢理に笑顔を浮かべて、それから深々と頭を下げる。

「よろしくおねがいしますっ」

 お辞儀をしたまま顔を上げようとしない優羽に、誠は少し胸の奥に痛みを感じていた。
 だからただ一言だけ声を返した。

「よろしく」

 にこやかに笑いかけたつもりで、そう出来ていたのか、誠にはわからなかった。
 ただ優羽との奇妙な同居生活は、こうして始まったのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2025.12.18)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。 剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。 それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。 そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー 「ご命令と解釈しました、シン様」 「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」 次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。

【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。

エース皇命
青春
 高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。  そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。  最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。  陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。  以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。 ※表紙にはAI生成画像を使用しています。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

高塚くんの愛はとっても重いらしい

橋本彩里(Ayari)
恋愛
時期外れ、しかも偏差値の高い有名校からなぜかわざわざやってきた話題の転校生。 「どこに隠れていたの?」 そんな彼に、突然探していたと莉乃は背後から抱きしめられ、強引に連れて行かれる。 その日から莉乃は高塚くんに振り回される毎日。 この関係は何? 悩みながらもまるで大事な恋人のように莉乃を扱う彼に絆されかけていた、あの言葉を聞くまでは……。 高塚くんの重愛と狂愛。 すれ違いラブ。 見目がいいだけの男ではないのでご注意ください。 表紙イラストは友人のkouma.作です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...