六畳一間。幽霊つきっ ~部屋を借りたら幽霊少女もついてきました~

香澄 翔

文字の大きさ
10 / 27

10.夫婦じゃねぇ

しおりを挟む
 もっとも否定はしなかったというだけで、肯定した訳でもない。間違いく生き霊なのかどうかはわからない。

「ふむ。可能性はなくもないな。しかしの。お主、この娘がとりついたのはいつの事じゃ」

 坊主は少し思うところがあるのか、腕を組んで洋と優羽を見つめていた。

「いや、そうだな。まだ一昨日の事だけどさ。それがどうかしたのか」

 桜餅坊主が何が言いたいのかはわからなかったが、とりあえず素直に答えてみる。特に隠し立てするような事でもなかったし、もしそれが何か手がかりになるのであれば、はっきりさせておいた方がいい。

「ふむ。知っておるかもしれんが、生き霊という奴はな。生きている人間の肉体から魂だけが抜け出したものなのじゃよ。じゃが魂と肉体はきっても切り離せないもの。それがこうして魂だけが遠く離れているという事になれば、それはかなりの負担となる。じゃからあまり長い事生き霊のままでいると、そのまま昇天してしまうということにもなりかねんのじゃよ」

 桜餅坊主はどこか憂いを帯びた声で呟く。
 しかしその言葉は、誠にとってかなり衝撃的なものだった。

「って、そうしたら何か。こいつはこのまま放っておくと、本当に幽霊になっちまうって事か」
「うむ。その通りじゃの」

 慌てて訊ねる誠に桜餅坊主が深々とうなずく。
 ただ当の本人は、理解しているのかいないのか、ぼんやりとした声でのんびりと答える。

「はえ。そうなんですかー。それは困りましたねぇ」
「困りましたねって、お前の事だろがっ。ちったぁ、危機感をもったらどうだ、おい」

 誠が呆れて声を荒げる。
 ただその様子に優羽は少し眉を寄せて、急激に話し始めていた。

「だって私よくわからないんですもん。生き霊とかなんとか、そんなのよく知らないですしっ。実感がないんですよっ、実感が。だいたい私、自分がどこの誰かも知らないんですよ。それでどうやって危機感をもてというんですかっ。どうなんですか。そこんとこ教えてくださいよっ」

「逆ぎれすんなっ!?」

「切れてないですもんっ。ましてや逆なんかじゃありませんっ。誠さん、ひどいです。悪魔です。鬼ですっ」

「いや、切れてるだろうがっ。つか、今の台詞のどこが鬼悪魔なんだよっ」

 大声で叫び合う二人に、美朱は横から割って入る。

「はいはい、夫婦漫才はそこまで。ほんとにその子が生き霊だとしたら、それどころじゃないでしょうが」

 ため息を漏らしながら、美朱は呟く。

「夫婦漫才じゃねえっ。つうか、それどころじゃないってどういうことだ」
「どういうことですかっ」

 誠と優羽の二人は思わず美朱の方を見つめていた。

「どうこうもないでしょ。生き霊ってのはつまり身体から魂だけが抜け出しているって事よ。あんまり長い事、外に抜け出していたら戻れなくなっても不思議じゃないでしょうが」

 美朱の言葉に誠を息を飲み込む。
 優羽も驚きを隠せないようで、すっかり声を失っているようだった。

「そ、それって」

 優羽はためらいがちに訊ねる。

 それはそうだろう。あまり聞きたい答えが返ってくる事はないのは明白だ。
 身体と魂が切り離されている状態のまま戻れなくなるという事は、つまりは本当の幽霊になってしまうという事。死ぬという事だ。

 優羽はまだ言葉に出来ないでいるのか、誠の方へと視線を送っていた。
 しかし誠は何もしてやる事は出来ない。首を振るって、美朱へ告げるように促していた。

 優羽は一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、どちらにしてもはっきりとさせなくてはならない。
 優羽は霊なのだからあり得ないとわかってはいるけれど、息を飲み込む音が聞こえたような気がしていた。

 それでも優羽はもういちど口を開く。

「それって……どういうことなんでしょうっ」

 その瞬間、思わず誠は身体を滑らせていた。

「わかってなかったのかよっ」

 声を荒げてつっこみを入れるが、優羽はぷぅっと大きく頬を膨らませそっぽを向いていた。

「わかりませんよっ。今の説明じゃっ」
「わかれよっ。それくらいよっ」

「知りませんっ。私、何にも覚えていないんですから、わかるはずがないじゃないですか」
「あのなぁ」

 言い合う二人を、さらにもういちど美朱が間に入って止めていた。

「はいはい。だから夫婦漫才はそこまでだっつーの。あんたら人の話はききなさいよっ」

 ため息を漏らしながら美朱が告げていた。

「だから夫婦じゃねぇ」
「そうですよっ。まだ夫婦じゃありませんっ」

「まだって何だまだって」
「そりゃあ、もしかしたらいつかはそうなるかもしれないじゃないですかっ」

「なるかっ!?」

「わ、ひどいですひどいです。なんて事いうんですか、誠さんはっ。鬼っ、悪魔っ」
「だから今の台詞のどこが」

 がん。
 告げようとしていた台詞の途中で、思い切り後頭部に衝撃が走っていた。誠は思わず両腕で頭を抱える。

「い、いてぇ!?」
「いいかげんにしろっつーの」

 見ると美朱が拳をぐーにして、息をはきかけていた。恐らくそれで殴りつけたのだろう。

「とにかく、あんまり時間を無駄にしてる訳にはいかないの。この子が本当に生き霊なんだったら、少しでも早く元の身体に戻さなくてはいけないわね。でしょ、おじさん」

 美朱は桜餅坊主の方へと向き直る。

 坊主はしかしすぐには答えずに、少し考えるかのように、ふむ、と小さな声で呟く。それから優羽の姿をじっと見つめていた。

「わっ。私の顔に何かついてますかっ」

 やや怯えた表情で呟き誠の陰に隠れる。やはり優羽は桜餅坊主が苦手のようだった。優羽が生き霊だとしても、霊能力を持つと思われる桜餅坊主は自分に仇する者なのかもしれない。

 だが坊主の方はまるで気にした様子もなく、ゆっくりと口を開いた。

「確かに生き霊だとすれば、魂の尾が見えぬ。この状態では、もって一週間というところかの。魂の尾がつながっていない状態で長く霊としてあれば、やがては肉体も滅する。本当の幽霊になってしまうからの」

「一週間!? たったそれだけか」

 誠は思わず声を荒げる。

「まぁ、そんなところがいいところじゃな。肉体と霊体は二つで一つ。どちらがかけても生きてはいけぬものじゃ。通常、生き霊というものは、身体から霊体が抜け出したとしても、魂の尾と呼ばれる細い糸で肉体とつながっているものなのじゃよ。しかしそれが何らかのきっかけで離れてしまった場合、肉体は徐々に命を失ってしまうものじゃからの」

「な……。じゃあこのままでいたら、こいつは本当に幽霊になってしまうのか」

 誠は慌てた声を漏らして、すぐに優羽の方へと振り返る。
 しかし当の本人は状況をよく理解していないのか、きょとんとした顔を誠に向けるだけだ。

「お前。自分の事だろうが。もう少し慌てたらどうなんだよ」

 誠は呆れた様子で優羽をみつめていたが、優羽はまるで意に介した様子はなかった。

「でも、誠さん。私、もうずっとあそこにいましたから。ずっとずっとです。仮にそうだとしたら、私、とっくに死んでしまっているんじゃないでしょうか」

 だが優羽から返ってきた答えは、誠が思っているよりもかなり冷静なコメントだった。

 確かに優羽はそれなりに長い時間、誠の部屋で一人で過ごしていた様だった。それは今までの話からもはっきりとわかっている。だとすればすでに幽霊になってしまっていても不思議ではなかったし、そうすれば自分の存在を否定する事が出来ないという原則とも反してしまう。

 ただその疑問に桜餅坊主はゆっくりとした口調で告げていた。

「ふむ。その間はずっと魂の尾がつながっていたのかもしれんぞ。ワシのような徳の高い霊験者でなくては、魂の尾ほど細い霊体は見えぬし感じぬ。気づかなかっただけやもしれん。つい最近、何らかのきっかけで切れてしまったのかもしれんぞ」

 自らの顎髭をさわりながら、桜餅坊主はからからと笑みをこぼす。

 何が楽しいのか、この坊主はと誠は内心思わなくもないが、冷静に考えれば坊主にとっては優羽が生きようが死のうがどちらでも良いのかもしれない。

 誠にしてみても、優羽をどうしても生かさないといけない理由はない。優羽はほんの数日前に知り合ったばかりのただの霊にすぎないのだから、知らないふりをしてしまえば、それでおしまいだろう。

 それでももうすでに出会ってしまった。
 言葉を交わして、彼女なりの優しさも知ってしまった。

 優羽は霊かもしれない。

 しかし美朱の話が正しいとすれば、どこかに優羽は生きている。生きているはずなのだ。

 今ならまだ優羽は元に戻れる。
 生き残る事が出来る。

 それならば黙っていられる訳もなかった。

「なら、やっぱりこいつの身体がどこにあるか探し出さないと」

 誠は静かに、しかし決意を込めた声で呟く。

 ただ有力な手がかりである教会関連はすでに回ってしまった。

 どこにいるのかもわからない手がかりもろくにない少女を探し出す事は、砂浜の中に一つだけ混ざっている砂金を探し出すようなものだ。

「とはいえ、どうしたらいいのやら……」

 誠は思わずため息を漏らしそうになって呟く。すでに心当たりがある場所は回ってしまった後だ。それに優羽が思い当たる節がない以上、どうしたらいいのかまるでわからない。

「とりあえずいそうな場所を回ってみればいいんじゃないの」

 しかし美朱は何事もないかのように告げると、きょとんとした様子で誠を見つめていた。

「それがわかんないから悩んでいるんだろ」

「そうなの?」

「そりゃそうだろ。こいつは自分の名前すらろくに覚えてないんだぞ。手がかりは、こいつが神様とかなんとかいってたことくらいでさ」

「あー。それでうちの学校にきたわけ」

 美朱はやっと納得したのか、感心したような声を漏らす。
 後ろで優羽が「こいつじゃありませんっ」とか言っていたが、とりあえずそれは無視しておくことにする。

「そうだよ。でも何も見つからなかった。あとは一体どこを探したらいいものやら」

 今度ははっきりとため息をついて、誠は天を仰ぐ。もはや天に運を任せるくらいしか方法は思いつかなかった。
 しかしすぐに美朱が呆れた声で告げていた。

「ばかね。この子は生き霊かもしれないってわかったわけでしょ。だったら手がかりはあるじゃないの」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について

のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。 だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。 「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」 ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。 だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。 その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!? 仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、 「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」 「中の人、彼氏か?」 視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!? しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して―― 同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!? 「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」 代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2025.12.18)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。 剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。 それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。 そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー 「ご命令と解釈しました、シン様」 「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」 次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。

【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。

エース皇命
青春
 高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。  そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。  最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。  陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。  以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。 ※表紙にはAI生成画像を使用しています。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

高塚くんの愛はとっても重いらしい

橋本彩里(Ayari)
恋愛
時期外れ、しかも偏差値の高い有名校からなぜかわざわざやってきた話題の転校生。 「どこに隠れていたの?」 そんな彼に、突然探していたと莉乃は背後から抱きしめられ、強引に連れて行かれる。 その日から莉乃は高塚くんに振り回される毎日。 この関係は何? 悩みながらもまるで大事な恋人のように莉乃を扱う彼に絆されかけていた、あの言葉を聞くまでは……。 高塚くんの重愛と狂愛。 すれ違いラブ。 見目がいいだけの男ではないのでご注意ください。 表紙イラストは友人のkouma.作です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...