六畳一間。幽霊つきっ ~部屋を借りたら幽霊少女もついてきました~

香澄 翔

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14.私はここにいますよ

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「ゆ、優羽!?」

「はーい。呼びましたか。私はここにいますよ」

 あっけらかんとした声で答える優羽に、誠は驚愕の声を漏らさずにはいられなかった。
 しかしそれ以上に、ドクター中森が大きく目を見開いていた。

「ば、ばかな。霊体発生装置の電源は落としたのに、なぜU-02の霊体が。それどころか普通にしゃべっているだと」

「あーっ、よくみると貴方は中森博士じゃないですか。思い出しましたよ、あなた私をこんな目に遭わせている張本人っ。おに、あくま、ひとでなしですよっ」

 驚く中森に対して、優羽はいつものどこか抜けた声で答える。

「こ、これは予想だにしていない結果ですよ、これは。どこで計算が間違えていたのか。いや面白い。これはこれで一つ新しいサンプルになりそうですな」

「サンプルって、また私に何かする気ですかっ。やめてくださいっ。迷惑しています。私のおうちに返してください」

 優羽は迫力なく怒りの声を上げて、中森に向けて指先を振るう。
 と、同時にばんっと鈍い音が響いて、中森が壁に向かって吹き飛んでいた。

「な、なに……」

 中森は何が起きたのかもわからずに、体を激しく打ち付けられて、そのまま気を失ったのか頭を垂れる。

 何が起きたのかは誠にもわからなかった。ただ優羽が何かしらの力を使ったという事だけはわかる。いわゆるポルターガイストのようなものだろうか。

 中森は優羽の事を幽体兵器と呼んでいた。幽体を取り出す事が出来たとしても、相手に対して何かしらの影響力を発揮できないのであれば、兵器としては意味がないだろう。すなわち優羽には何かしら物理的な力を発揮する何かが存在しているはずだ。

 実際に優羽は確かに荷物を運ぼうとしてくれた事もあった。その時は大した力も出せないままではあったが、物理的な力をもっているのは確かだ。

 その力がどういうものなのか、またなぜ急に優羽が現れたのかも誠にはわからなかったが、今は千載一遇のチャンスである事には違いなかった。

 誠はベッドで眠る少女の元へと駆け寄っていく。

 そしてその眠る少女の風貌は、誠のそばで浮かぶ少女と完全に同じ顔をしていた。

 錯乱坊主の言う魂の尾のようなものは優羽と少女の体の間には見えなかったが、これだけうり二つの少女が無関係である訳も無い。間違いなく優羽自身の体だろう。

 装置からのびいている線は心電図をとる装置と同じようにテープで体に留められているだけだった。誠はそれらを引きはがしていく。

 そして心臓の位置にあるテープへと手を伸ばそうとした瞬間だった。

「あーーっ。だめですよっ。誠さん。誠さん、それはだめです。だめですよっ」

 優羽が大声で叫ぶ。

「な、何だ。これをとると何かまずいことがあるのか」
「もちろんですよっ。おおありですっ」

 優羽は慌てた声で告げると、誠と自身の眠る体の間に入り込む。

「誠さん、見損ないました。私が眠っているのをいいことに、む、む、む、むねにタッチしようとか。えっちですっ」

「そんなことするかっ」

 ずれた事を告げる優羽に思わずつっこみをいれる。

 しかし誠には全く意識はなかったが、確かに言われてみれば、取り外すためには胸元に手をつっこむ形になる。気がつかなければ何という事もないのに、変に意識してどぎまぎと胸を鳴らしていた。

「まぁ配慮がなかったのは悪かったよ。じゃあ自分で何とかできるか?」

 誠の問いに、優羽はすぐにはっきりと答える。

「できませんっ」
「出来ないなら言うなぁぁぁぁ。気がついてなかったのに、これじゃ変に意識するじゃねーかっ」

 思わず大声で叫んでいた。

「まぁ仕方ないですね。そこは諦めます。でも、あとでちゃんと責任とってくださいね」
「責任っておまえ……もう……いや、いい。とにかくさっさとここを出るぞ」

 誠はなるべく見ないようにして胸元に手を伸ばす。
 出来るだけ体には触れないようにテープを取り外すと、大きく息を吐き出していた。

「うう。辱めを受けました。もうお嫁にいけません」

「辱めてねぇぇぇぇぇ。いや、そんなことやってる場合じゃない。とにかく中森が意識を取り戻す前にさっさと逃げよう」

 後ろでまだなにやら抗議の声をあげている優羽を無視しながら、誠は優羽の体を抱きかかえた。
 思っていたよりも軽い彼女の体は、しかし息をしているだけで他には微動だにしなかった。

 隠し通路を何とか抜け出して、エレベーターホールに戻る。
 そこで不意に優羽が首をかしげる。

「でも、どーやって逃げましょう。このまま誠さんが私を連れ帰ったら、どー考えても怪しい人ですよ。これ」
「た……たしかに」

 言われてみれば眠っている少女を抱きかかえて病院からでていくのは、どうみても怪しい人物だ。これが小さな子供と両親といった姿であればわからなくもないが、誠と優羽ではそのようには見えないだろう。

 だがさきほどの部屋はどう考えても非合法の実験を行っている。あのまま優羽を放置していく訳にもいなかった。

 しかしここからの脱出も、まともな方法で何とか出来るとも思えない。
 どうしたものか思案を重ねる。ただいいアイディアが浮かんでくる事もなかった。

 そんな時だった。

 誠のもっている携帯電話が大きく震える。
 取り出してみると『佐藤美朱』とディスプレイには表示されていた。







「ほんと助かったよ。佐藤美朱」

 部屋に戻るなり、誠は再び頭を下げる。
 あの後、美朱の助けを借りて誠は自分の部屋に戻ってきていた。

「だからフルネームで呼ぶなっつーの」

 美朱は誠の頭を思い切り拳で打ち付ける。同時に誠の眼前に光が走っていた。

「い、いてぇ……」
「まぁ恩に着なさいよね。私のおかげで怪しまれずに外にでられたんだからね」

 美朱は自分の髪の毛をくるくるといじりながらも顔を背けたまま告げていた。

「確かにあんなさと……美朱があんな力をもっているなんて、知らなかった。おかげで助かったよ」

 美朱の鋭い眼光にあわてて名前を訂正しながらも、誠ははっきりと頭を下げる。

 電話で状況を説明したあとすぐに、美朱はフロアにやってきてくれていた。たまたまちょうど病院のそばにいたらしい。

 合流したかと思うと、美朱はなにやら不思議な呪文を唱え始める。

 その後、誠と美朱は何事も無かったかのように、普通に病院を後にしていた。

 美朱は他人の認識を阻害する力を出来る。確かにそこにいるのだけれど、誰もいないかのように思わせるとの事だった。

 話をきいた時には嘘のようにしか思えなかったが、こうして誰にも気がつかれずにこの部屋まで戻ってこられた事を思えば、もはや疑う事は出来ない。

 実は誠が双葉女子学園が見つかった際にもこの力を使って、誠の事を認識できなくしていたとの事で、助けられたのは二度目だったらしい。

「ま、行きがかり上仕方なくだけど、この恩は高くつくからね」

 言いながら美朱は口角を上げて、意地の悪い笑みを浮かべていた。

「どうしよっかなぁ。肉、肉がいいかしら。焼肉。ステーキ。うーん。鰻。寿司、いやいやせっかくだから、もっと普段食べられないようなものを」

「ちょ、ちょっとまて。助けてくれたのは感謝してるけど、そんな金はねぇぞっ」

 とんでもない単語がいくつも聞こえてきて、慌てて美朱を止めに入る。

「えー。けち」

「いやまぁ……本当に助かったよ。恩に着る。でもまぁ無い袖は振れないっつーか」

「ふうん。ま、いいわ。そのうち何かで返してもらうからね」

 美朱は何か含んだ笑みを浮かべながら、

「で、それはいいとして。彼女どうする訳?」

 美朱は誠の部屋の真ん中で眠ったままの優羽を見つめながらたずねる。

「そっちもどうすればいいんだかな……」

「まったく無計画にもほどがあるわ」

「ごもっとも……」

 言葉につまりながらも、自分の計画性の無さをなげく。
 とはいえ、あの時点で誠にはこんな事態の予測は立たなかったのだから、計画の立てようもなかったのだが。

「そーですよ、誠さん。私をどーするつもりなんですかっ」

 隣に少し浮かんだままで座っていた優羽が、口をすぼめながらつげる。
「はっ。まさか。眠っている事をいいことに、あんなことやっそんなことを!? だめっ、だめですよっ。さすがにまだはやいですっ」

「何がだよっ。つか、本人見てる前でそんなことするかっ」

「ええっ。だって眠ってる私をお持ち帰りして家に連れ込んでるんですよっ。そりゃあもう私がピンチですよっ」

「……頭痛くなってきた」

 こめかみを押さえながら、誠は溜息をもらす。

「まぁ、なんだ。今頃聞くのもなんだが、このベッドに眠っているのが、お前の体で間違いないのか?」

「うーん、そうですね。まぁたぶん間違いないと思います。なんかあんまり実感はないですけど、さすがにこれは私自身だと思います」

 優羽は左右に首をかしげながらも、眠っている体をまじまじと見つめていた。
 ときどきえいえいっとつぶやきながら、体を触ってみたり鼻をつまんだりしてみているが、実際には何の影響もない。

「しかしなんか曖昧だな」

「だって普通、眠っている自分の体を外からみる機会なんてないですし。でもまぁ鏡でみる自分の顔と同じですし、あのドクター中森って人にいろいろ実験されていた事は思いだしましたし、いくらなんでもこの状況で他人のそら似って事はないと思います」

「それもそうだな」

 ビデオ撮影でもしていなければ、眠っている自分を見る機会なんてないだろう。普通は鏡や写真にうつる自分の姿をみるのが関の山だ。

「まぁ、それなら後はどうしたら元の体に戻れるかってことと、どうしたら記憶が戻るかってことかしらね。とはいっても、私もあんたも、霊体にはさほど詳しくない訳だし、おじさんに聞いてみるのがベストかしら」

 美朱の言葉に誠は少し眉を寄せる。

 美朱が言うおじさんとは先日あった桜餅坊主の事だろう。確かに優羽を成仏させようとしただけはあって、霊に関する知識もあり、特別な力を持っているのは間違いない。

 ただはっきり言ってうさんくさい。優羽を無理矢理成仏させようとした事もあるし、出来れば顔を合わせたくない人物ではあった。

「……あの錯乱坊主、ちゃんと役に立つのかよ……」

「仮にも私の身内なんだけど。まぁ、確かに言いたくなる気持ちはわからなくはないけど、少しは気をつかってもばちはあたらないんじゃない?」

 美朱はどちらかというと意地の悪い笑みを浮かべながら、口元を押さえる。

 とがめるというよりかは、むしろ楽しんでいる感じではあったが、確かに人の身内の悪口を言うのはいただけなかったと思いなおし、誠は素直に詫びを入れる。

「そうだな。すまん」

 そう告げたと同時に、その声は誠の背後から響いた。

「そう、陰口はよくないのじゃ。それに錯乱坊主じゃなくて、桜餅坊主じゃぞ」

 振り向くと、いつの間にか湯飲みでお茶をすする桜餅坊主の姿があった。

「って、どこからわいてでたーーー!?」

「人をぼうふらか何かみたいに。噂をすれば影がさすという言葉を知らぬのか」

「いや、ここ俺の部屋なんだけど!? つか、どこから入った!? 鍵しめていたはずなんだけど!?」

 慌ててドアの方を見つめると、いつの間にかドアの鍵は開けられているようだ。

「ま、そこはじゃの道はへびっていうじゃろ。わしの力をもってすれば、鍵くらい何という事もない」

 胸をはりながら告げる桜餅坊主に、思わず感嘆の声を上げてしまう。

「あんたにはそんな力が!?」

 確かに優羽を成仏させようとしていたくらいだから、他にも不思議な力を持っているのかもしれないと、誠は目を見開いて桜餅坊主を見つめていた。

「そう。ヘアピンを使って、ちょちょっとな」
「ピッキングじゃねぇかぁぁぁぁっ」

 大声を上げて、頭を抱える。坊主が持っているのは不思議な法力ではなく泥棒の技術だった。
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