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25.本当の理由
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「お母さん……」
優羽が眠っている母の元で心配そうに見つめていた。
「まぁ、霊は問題なく体の中に戻っておる。まもなく意識を取り戻すじゃろう」
錯乱坊主は優羽の母の様子を見ながら、片手でOKマークを作っていた。
誠は内心で相変わらず俗っぽい坊主だなと思うが、声には出さないでおく。むしろそれお金のマークじゃないだろうなとも思う。
「優羽くん、知らぬ事とはいえ、私も君にひどい事をした。この場を借りてお詫びしたい」
佐由理は優羽の方をみて深々と頭を下げる。
「いえ。正直私何も覚えてないですから。頭を上げてください」
「しかし私は君が実験に使われている事を知っていた。まさか君がドクター中森の娘だとまでは知らなかったが、妹を助けるために君を犠牲にしたんだ。いくら蔑まれても当然の事だと思う」
佐由理はそのまま頭を上げようとしない。優羽は少し悩んだ様子ではあったが、そのまま佐由理へと声をかける。
「佐由理さん、でしたっけ。わかりました。じゃあとにかくまずは頭をあげてください」
「わかった」
佐由理が頭をあげる、その途中に優羽は手をのばした。そしてそのまま思い切り額にでこぴんを食らわしていた。
「っい!?」
想像もしていなかった一撃に言葉にならない声を漏らす。
「あはは。ひっかかりましたねっ。おしおきですよっ」
優羽は笑いながら人差し指だけのばして口元で揺らす。
「でも、これでこの話はおしまいです。佐由理さんは私達を助けにきてくれたじゃないですか。佐由理さんがいなければ、お父さんを止める事も出来なかったんです。妹さんも助かった。お父さんも止められた。お母さんも無事だった。もう何も言う事はないですよ」
「そう……だな。わかった。けど私はこれで償いが出来たとは思っていない。これからも何かあったら必ず力になる。ドクター中森が再び同じ事を繰り返さないように、誰かが見張っていなければならないし、その役割も担わなくては」
佐由理は何かを心に決めたようで、その右手をぎゅっと握りしめていた。佐由理なりのけじめをつけるつもりなのだろう。
「それからさくらんぼうさんでしたっけ?」
「桜餅坊主じゃっ」
「はい。その錯乱坊主さんもありがとうございました。最後、貴方のピッキン……。神仏の加護のおかげで、最後間に合う事ができました」
「うむ。そうじゃろう。ほっほっほっ。うむ。いくらでも褒めるがよいぞ。じゃが錯乱坊主じゃなくて桜餅坊主じゃ」
「でも、それ犯罪すれすれっていうか、ピッキングは犯罪そのものですよねっ。自首するならつきそいますからいってくださいねっ」
「犯罪はしておらんっ」
優羽は少しずつ、いつもの優羽に戻り始めていた。
記憶を取り戻してからはやはりどこかよそよそしい感じも残していた。優羽にとっては出会ったばかりの相手なのだ。それも当然だと誠は思う。
でも再びふれ合って話し始めて、やっと少しずついつもの優羽が戻ってきていた。
「それから美朱さん。私のために本当にありがとうございました。全部、美朱さんのおかげです。もう大好きですっ。結婚してくださいっ」
「ちょ、ちょっと。何言ってるのよ。あんたは誠の」
美朱が皆までいいきる前に、優羽は美朱の手をとって告げる。
「大丈夫ですっ。もう少ししたらきっと女同士でも結婚できる世界がくると思いますっ。そこまでの辛抱ですっ。さぁ、一緒に私と未来を作りましょうっ」
「ああ、もうっ。あんたって子はっ。私は女同士で何かする趣味はないの。他当たってちょうだいっ」
美朱は慌てて手をふりほどくと、少し下がって誠の後ろに隠れる。
「はいはい。もう茶番はいいから、真打ち登場してちょうだい」
そのまま誠の背中をぐっと押し始める。思わず誠はたたらを踏む。
唐突に優羽の目の前に歩み寄る形になったが、誠は何を言えばいいかわからなかった。
「優羽……」
ただ名前だけ呼んで、それから息を飲み込む。
「誠さん、でしたっけね」
優羽が誠の名を不確かに呼ぶ。
やはり一緒に過ごした記憶は失われている。少しその事に胸の奥に疼きを覚えていた。
「私は」
優羽が言葉を紡ごうとした、まさにその瞬間だった。
「う……ん…………ここは」
優羽の母が目を覚ましていた。
「お母さん! 気がついたの? 具合は悪くない?」
優羽はすぐにベッドに眠る母の方へと駆け寄る。
「優羽……。それに皆さんも……」
母は周りにいる人達に気がつくと、少し起き上がろうとして体を動かす。
ただあまりうまくは動かないようで、痛みに目をしかめうめき声を漏らしただけだった。
「お母さん、まだ無理しちゃだめ。もう少し体調が良くなってからじゃないと……」
「優羽……ありがとう。……そしてごめんなさい。まだ体がよく動かないみたいで、このままご挨拶をさせていただきます。このたびは皆さんにも迷惑をかけました」
優羽の母はベッドに眠ったままお詫びの言葉を告げた。
「あ……いえ」
誠は思わず言葉を返すが、まともな答えは返せなかった。
優羽の母がどこまで覚えているのかがわからなかった。下手な事を告げる訳にもいかない。
「主人がいろいろとしでかしてしまったこと、主人に替わって深くお詫びいたします」
「お母さん、覚えているの……?」
「ええ……。でも優羽。お父さんを許してあげてほしい。もとはといえば、すべて私のせいなのだから、恨むなら私を恨んで」
優羽は母を少し顔を曇らせると、その瞳から涙をこぼしていた。
「え……お母さん、それは。その」
言いよどむ優羽の代わりに、誠がその言葉の後を続ける。
「それは、どういうことですか?」
その問いは予想していたのだろう。優羽の母はゆっくりと答え始める。
「お父さんがあんな研究を始めたのは、すべて私のせいなんです。優羽、貴方は私が入信している宗教の事は知っているわよね」
優羽の母の問いに優羽はうなずく。
「うちはそれなりに裕福でしたが、私があの宗教にはまってしまってからは、ほとんどの資産を費やしてしまいました。でもそれだけならまだ良かった。でもあの宗教は夫が霊体と術についての研究をしている事を知って、自分達にその研究を差し出すように要求してきたんです。夫ははじめは拒みましたが、私が入信している以上、私と優羽は人質にとられているようなものでした。やがて脅しに屈して、霊体と術についての研究を革命のための兵器にする研究を始める事になったんです」
優羽の母の言葉に思わず息を飲み込む。
「そしてそれと同時に夫はドクター中森と名乗りはじめ、少しずつどこかおかしくなっていきました。でも。それでもあの人にはまだ少し理性が残っていたのでしょう。研究が大詰めになってきたとき、あの人は研究の成果を試す必要が出てきて、その時選んだのは私と優羽の二人でした」
「どういうことですか。理性が残っていたなら、なぜお二人を」
誠は思わず口を挟む。実の子と妻を犠牲にするというのはとても正気の沙汰とは思えない。しかし優羽の母はそれこそが理性を残していた証拠だと告げていた。
「危険な実験に赤の他人を巻き込むわけにはいかない、というのが夫の考えのようでした。夫はだからこそ私と優羽を選んだのだと思います。夫は実験を開始する時、ずっとすまない、すまないと泣き続けていましたから」
「それは……」
「でもあの人が耐えられたのはそこまでだったのでしょう。私達を霊体化する事に成功したあと、あの人は壊れてしまいました。よくわからない言動を繰り返し始めて、私は実験のために家族を犠牲にしたマッドサイエンティストだ。だからおかしくなければならない。まともでいてはいけない。その何度も呟いているのが聞こえていましたから」
優羽の母はそこまで一気に話し終えると、少しだけ咳き込んでいた。やや疲れがでたのかもしれない。
「お母さん……」
「優羽。貴方は何も覚えていないでしょう」
「う、うん……」
「それはね。お父さんなりの優しさなの。自分の実験が失敗に終わった時、こんな記憶を覚えているのは辛いだけだからって。逆に私は記憶を封じなかった。それはお父さんなりの罪悪感だったのかもしれない。私には覚えていてほしかったのかなって、私は思っているの。だって、私にはあの人の苦悩がすべて聞こえていたから。自分の実験のために犠牲を出した事をあの人は悔やんでいた。私は……だから……だから、自分がしでかしてしまった事態を本当に悔やんだ。あの人は私の事を愛してくれていた。でも私が入っていた宗教のために、ひどい事態を巻き起こしてしまったんだって、やっとそれで目が覚めたの」
母のぼろぼろと涙をこぼしながら、自分の記憶を皆に話し続けていた。
「私……知らなかった……お父さんがそんな事を思っていたなんて」
優羽がわずかに顔を伏せる。
ドクター中森がただ暴走しているだけだと優羽も思ってはいたのだろう。誠もそうだと考えていた。
だがそれは事実ではなかった。
いやドクター中森が暴走していた事自体は事実なのだろう。ただその理由は彼自身にあった訳では無く、異質なものに平穏を脅かされた事によって起きてしまったものだった。
そしてその原因は優羽の母にあると、母自身は思っているようだった。そしてそれは当たらずとも遠からず。優羽の母が悪質な宗教にはまってしまった事が原因だったのはある意味では間違いないだろう。
「だから私のせいなの。恨むなら、お母さんを恨んで。お父さんは何も悪くないの」
一時期は夫婦仲も悪化していたと優羽は告げていた。しかしそれでも離婚もしなければ、財産をほとんど明け渡してしまったのも、おそらくはドクター中森の妻に対する愛情は消えた訳では無かったのだろう。
「ううん。違うよ」
優羽は首を振るう。
「もちろんお母さんにだって悪いところはあったよ。けどお母さんだって、騙されていたの。本当に悪いのは、あのいんちき宗教団体だよ」
「そうかも……しれないけど……でも」
優羽の母は言葉を濁す。
優羽の言う事も嘘ではない。しかしそれで自分の罪が消えて無くなる訳でもない。宗教に対して盲目になっていたために今の事態を引き起こしたのは確かなのだろう。
「まだ取り返せるよ。だってお母さんもお父さんも私も、まだ生きているんだもの。お金はなくても、なんとかなるよ」
「優羽……ごめんなさい……。ありがとう……ありがとう……」
優羽の母は涙をぼろぼろこぼしながら、ただただうなずいていた。
「ふむ。まぁ宗教がらみのごたごたであれば、わしが力になろう。奪われた資産を奪い返すのは難しいかもしれないが、これ以上ちょっかいをかけられぬようにするくらいなら、何とかなるじゃろう。兵器を開発しようとする怪しい宗教みたいじゃからの。こちらも放っておく訳にはいかんからのぅ」
錯乱坊主の言葉に、優羽の母がまた何度もお礼を告げていた。
「うーん。清司郎おじさんのとこも、ある意味でかなり怪しい宗教だと思うけど」
美朱がにやけた顔でちゃちゃを入れる。
「何を言う。大善寺は清く正しい宗教法人じゃぞ。まぁ密教やら、伴天連やら、占術やら、天守やら、いろいろ混ざりまくっておるがのう。まぁそれはともかく、うちは政府や官僚にもつてがあるし、各種方面ともつながりがあるでの。うちと本気でやりあって勝てる宗教団体はおらぬよ」
笑いながら錯乱坊主が胸をはっていた。
「ま、そういうことで。こうみえても清司郎おじさんは、業界の偉い人だから、そっち方面はおじさんに任せておいてくれればうまい事やってくれる。あとは」
美朱はちらりと横目で視線を送る。
その先には縛られてつぼの中に押し込められているドクター中森の姿があった。
優羽が眠っている母の元で心配そうに見つめていた。
「まぁ、霊は問題なく体の中に戻っておる。まもなく意識を取り戻すじゃろう」
錯乱坊主は優羽の母の様子を見ながら、片手でOKマークを作っていた。
誠は内心で相変わらず俗っぽい坊主だなと思うが、声には出さないでおく。むしろそれお金のマークじゃないだろうなとも思う。
「優羽くん、知らぬ事とはいえ、私も君にひどい事をした。この場を借りてお詫びしたい」
佐由理は優羽の方をみて深々と頭を下げる。
「いえ。正直私何も覚えてないですから。頭を上げてください」
「しかし私は君が実験に使われている事を知っていた。まさか君がドクター中森の娘だとまでは知らなかったが、妹を助けるために君を犠牲にしたんだ。いくら蔑まれても当然の事だと思う」
佐由理はそのまま頭を上げようとしない。優羽は少し悩んだ様子ではあったが、そのまま佐由理へと声をかける。
「佐由理さん、でしたっけ。わかりました。じゃあとにかくまずは頭をあげてください」
「わかった」
佐由理が頭をあげる、その途中に優羽は手をのばした。そしてそのまま思い切り額にでこぴんを食らわしていた。
「っい!?」
想像もしていなかった一撃に言葉にならない声を漏らす。
「あはは。ひっかかりましたねっ。おしおきですよっ」
優羽は笑いながら人差し指だけのばして口元で揺らす。
「でも、これでこの話はおしまいです。佐由理さんは私達を助けにきてくれたじゃないですか。佐由理さんがいなければ、お父さんを止める事も出来なかったんです。妹さんも助かった。お父さんも止められた。お母さんも無事だった。もう何も言う事はないですよ」
「そう……だな。わかった。けど私はこれで償いが出来たとは思っていない。これからも何かあったら必ず力になる。ドクター中森が再び同じ事を繰り返さないように、誰かが見張っていなければならないし、その役割も担わなくては」
佐由理は何かを心に決めたようで、その右手をぎゅっと握りしめていた。佐由理なりのけじめをつけるつもりなのだろう。
「それからさくらんぼうさんでしたっけ?」
「桜餅坊主じゃっ」
「はい。その錯乱坊主さんもありがとうございました。最後、貴方のピッキン……。神仏の加護のおかげで、最後間に合う事ができました」
「うむ。そうじゃろう。ほっほっほっ。うむ。いくらでも褒めるがよいぞ。じゃが錯乱坊主じゃなくて桜餅坊主じゃ」
「でも、それ犯罪すれすれっていうか、ピッキングは犯罪そのものですよねっ。自首するならつきそいますからいってくださいねっ」
「犯罪はしておらんっ」
優羽は少しずつ、いつもの優羽に戻り始めていた。
記憶を取り戻してからはやはりどこかよそよそしい感じも残していた。優羽にとっては出会ったばかりの相手なのだ。それも当然だと誠は思う。
でも再びふれ合って話し始めて、やっと少しずついつもの優羽が戻ってきていた。
「それから美朱さん。私のために本当にありがとうございました。全部、美朱さんのおかげです。もう大好きですっ。結婚してくださいっ」
「ちょ、ちょっと。何言ってるのよ。あんたは誠の」
美朱が皆までいいきる前に、優羽は美朱の手をとって告げる。
「大丈夫ですっ。もう少ししたらきっと女同士でも結婚できる世界がくると思いますっ。そこまでの辛抱ですっ。さぁ、一緒に私と未来を作りましょうっ」
「ああ、もうっ。あんたって子はっ。私は女同士で何かする趣味はないの。他当たってちょうだいっ」
美朱は慌てて手をふりほどくと、少し下がって誠の後ろに隠れる。
「はいはい。もう茶番はいいから、真打ち登場してちょうだい」
そのまま誠の背中をぐっと押し始める。思わず誠はたたらを踏む。
唐突に優羽の目の前に歩み寄る形になったが、誠は何を言えばいいかわからなかった。
「優羽……」
ただ名前だけ呼んで、それから息を飲み込む。
「誠さん、でしたっけね」
優羽が誠の名を不確かに呼ぶ。
やはり一緒に過ごした記憶は失われている。少しその事に胸の奥に疼きを覚えていた。
「私は」
優羽が言葉を紡ごうとした、まさにその瞬間だった。
「う……ん…………ここは」
優羽の母が目を覚ましていた。
「お母さん! 気がついたの? 具合は悪くない?」
優羽はすぐにベッドに眠る母の方へと駆け寄る。
「優羽……。それに皆さんも……」
母は周りにいる人達に気がつくと、少し起き上がろうとして体を動かす。
ただあまりうまくは動かないようで、痛みに目をしかめうめき声を漏らしただけだった。
「お母さん、まだ無理しちゃだめ。もう少し体調が良くなってからじゃないと……」
「優羽……ありがとう。……そしてごめんなさい。まだ体がよく動かないみたいで、このままご挨拶をさせていただきます。このたびは皆さんにも迷惑をかけました」
優羽の母はベッドに眠ったままお詫びの言葉を告げた。
「あ……いえ」
誠は思わず言葉を返すが、まともな答えは返せなかった。
優羽の母がどこまで覚えているのかがわからなかった。下手な事を告げる訳にもいかない。
「主人がいろいろとしでかしてしまったこと、主人に替わって深くお詫びいたします」
「お母さん、覚えているの……?」
「ええ……。でも優羽。お父さんを許してあげてほしい。もとはといえば、すべて私のせいなのだから、恨むなら私を恨んで」
優羽は母を少し顔を曇らせると、その瞳から涙をこぼしていた。
「え……お母さん、それは。その」
言いよどむ優羽の代わりに、誠がその言葉の後を続ける。
「それは、どういうことですか?」
その問いは予想していたのだろう。優羽の母はゆっくりと答え始める。
「お父さんがあんな研究を始めたのは、すべて私のせいなんです。優羽、貴方は私が入信している宗教の事は知っているわよね」
優羽の母の問いに優羽はうなずく。
「うちはそれなりに裕福でしたが、私があの宗教にはまってしまってからは、ほとんどの資産を費やしてしまいました。でもそれだけならまだ良かった。でもあの宗教は夫が霊体と術についての研究をしている事を知って、自分達にその研究を差し出すように要求してきたんです。夫ははじめは拒みましたが、私が入信している以上、私と優羽は人質にとられているようなものでした。やがて脅しに屈して、霊体と術についての研究を革命のための兵器にする研究を始める事になったんです」
優羽の母の言葉に思わず息を飲み込む。
「そしてそれと同時に夫はドクター中森と名乗りはじめ、少しずつどこかおかしくなっていきました。でも。それでもあの人にはまだ少し理性が残っていたのでしょう。研究が大詰めになってきたとき、あの人は研究の成果を試す必要が出てきて、その時選んだのは私と優羽の二人でした」
「どういうことですか。理性が残っていたなら、なぜお二人を」
誠は思わず口を挟む。実の子と妻を犠牲にするというのはとても正気の沙汰とは思えない。しかし優羽の母はそれこそが理性を残していた証拠だと告げていた。
「危険な実験に赤の他人を巻き込むわけにはいかない、というのが夫の考えのようでした。夫はだからこそ私と優羽を選んだのだと思います。夫は実験を開始する時、ずっとすまない、すまないと泣き続けていましたから」
「それは……」
「でもあの人が耐えられたのはそこまでだったのでしょう。私達を霊体化する事に成功したあと、あの人は壊れてしまいました。よくわからない言動を繰り返し始めて、私は実験のために家族を犠牲にしたマッドサイエンティストだ。だからおかしくなければならない。まともでいてはいけない。その何度も呟いているのが聞こえていましたから」
優羽の母はそこまで一気に話し終えると、少しだけ咳き込んでいた。やや疲れがでたのかもしれない。
「お母さん……」
「優羽。貴方は何も覚えていないでしょう」
「う、うん……」
「それはね。お父さんなりの優しさなの。自分の実験が失敗に終わった時、こんな記憶を覚えているのは辛いだけだからって。逆に私は記憶を封じなかった。それはお父さんなりの罪悪感だったのかもしれない。私には覚えていてほしかったのかなって、私は思っているの。だって、私にはあの人の苦悩がすべて聞こえていたから。自分の実験のために犠牲を出した事をあの人は悔やんでいた。私は……だから……だから、自分がしでかしてしまった事態を本当に悔やんだ。あの人は私の事を愛してくれていた。でも私が入っていた宗教のために、ひどい事態を巻き起こしてしまったんだって、やっとそれで目が覚めたの」
母のぼろぼろと涙をこぼしながら、自分の記憶を皆に話し続けていた。
「私……知らなかった……お父さんがそんな事を思っていたなんて」
優羽がわずかに顔を伏せる。
ドクター中森がただ暴走しているだけだと優羽も思ってはいたのだろう。誠もそうだと考えていた。
だがそれは事実ではなかった。
いやドクター中森が暴走していた事自体は事実なのだろう。ただその理由は彼自身にあった訳では無く、異質なものに平穏を脅かされた事によって起きてしまったものだった。
そしてその原因は優羽の母にあると、母自身は思っているようだった。そしてそれは当たらずとも遠からず。優羽の母が悪質な宗教にはまってしまった事が原因だったのはある意味では間違いないだろう。
「だから私のせいなの。恨むなら、お母さんを恨んで。お父さんは何も悪くないの」
一時期は夫婦仲も悪化していたと優羽は告げていた。しかしそれでも離婚もしなければ、財産をほとんど明け渡してしまったのも、おそらくはドクター中森の妻に対する愛情は消えた訳では無かったのだろう。
「ううん。違うよ」
優羽は首を振るう。
「もちろんお母さんにだって悪いところはあったよ。けどお母さんだって、騙されていたの。本当に悪いのは、あのいんちき宗教団体だよ」
「そうかも……しれないけど……でも」
優羽の母は言葉を濁す。
優羽の言う事も嘘ではない。しかしそれで自分の罪が消えて無くなる訳でもない。宗教に対して盲目になっていたために今の事態を引き起こしたのは確かなのだろう。
「まだ取り返せるよ。だってお母さんもお父さんも私も、まだ生きているんだもの。お金はなくても、なんとかなるよ」
「優羽……ごめんなさい……。ありがとう……ありがとう……」
優羽の母は涙をぼろぼろこぼしながら、ただただうなずいていた。
「ふむ。まぁ宗教がらみのごたごたであれば、わしが力になろう。奪われた資産を奪い返すのは難しいかもしれないが、これ以上ちょっかいをかけられぬようにするくらいなら、何とかなるじゃろう。兵器を開発しようとする怪しい宗教みたいじゃからの。こちらも放っておく訳にはいかんからのぅ」
錯乱坊主の言葉に、優羽の母がまた何度もお礼を告げていた。
「うーん。清司郎おじさんのとこも、ある意味でかなり怪しい宗教だと思うけど」
美朱がにやけた顔でちゃちゃを入れる。
「何を言う。大善寺は清く正しい宗教法人じゃぞ。まぁ密教やら、伴天連やら、占術やら、天守やら、いろいろ混ざりまくっておるがのう。まぁそれはともかく、うちは政府や官僚にもつてがあるし、各種方面ともつながりがあるでの。うちと本気でやりあって勝てる宗教団体はおらぬよ」
笑いながら錯乱坊主が胸をはっていた。
「ま、そういうことで。こうみえても清司郎おじさんは、業界の偉い人だから、そっち方面はおじさんに任せておいてくれればうまい事やってくれる。あとは」
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