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27.大好きな人
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「しかしそもそもどうして俺がドクター中森に選ばれたんだろうな」
誠はふと疑問を口にする。
「あー。それお父さんに訊きました。誠さんのご両親、お引っ越しされましたよね」
「ああ、まぁな」
「お父さんと誠さんのご両親。実はお友達なんだそうです。それで少しの間だけとはいえこちらに残す事になる息子をどうするか相談したところ、部屋がちょうど開いているからここに住んだらいいとお父さんが仲介したらしいです。あ、このアパート、うちの名義なんですよね。実は」
「なん……だと……」
さらりという優羽の言葉に誠は思わず声を失ってしまう。
「あのときは記憶を失っていたから忘れてましたけど。この部屋、私が住んでいたというか、空き部屋だったものですから、子供の頃から私が勝手に占拠していてですね。秘密基地みたいに使っていたんです。だからけっこう思い入れ深いんですよね。ここ」
優羽の言葉にしかし誠は何か呆然としたまま話が聞こえていないようだった。
「おーい。きいてますー? また聞こえなくなっちゃいました? 誠さん、寂しいなぁ。仮にも恋人の言葉を無視しないでくださーい」
優羽は顔の前でひらひらと手を動かすが、誠は微動だにしない。
「きいてくれないなら勝手にいろいろしますよー? んー、じゃあとりあえず」
優羽は黙っている誠に、ゆっくりと顔を近づけていく。眼前まで優羽の顔がきたところで我にかえって誠は慌てて後ずさる。
「うわぁぁっ。何してるんだよっ。優羽」
「え、ぼーっとしてるみたいだからキスくらいしておこうかと思いましてっ」
「なんでだよっ。つか、ファーストキスがこんな状況でするのは嫌だわっ」
「あららら。初めてなんですか? キスしたことないんですかっ? ふふっ」
優羽は口元をにやりとゆがませる。
「悪かったなっ。つか、お前はあるのかよ」
「そりゃあもちろんあるに決まっているじゃないですか」
「ある……のか……?」
優羽の言葉に少しだけ衝撃を受ける。確かに優羽はちょっと言動がおかしなところはあるものの、誠からみてもかなり可愛らしい女の子だ。今までに彼氏の一人や二人くらいいてもおかしくはないだろう。
ただ改めて本人から聴かされると少し思うところもあった。
優羽はそんな誠に気がついていないのか、それともあえて気がつかないふりをしているのか、口角をあげて誠へと笑いかける。
「五歳の時にお母さんとしましたよ。とても甘いキスでした。なんたってチョコレート食べた後だったんです」
「母親とかよっ。そりゃノーカンだろっ!?」
「ふふ。誰か別の男の人としていた方が良かったですか?」
優羽は口元に笑みをうかべながら、誠をつんつんとつつく。
安堵の息を吐き出しながらも、優羽には一生勝てないかもしないなぁと誠は今度は溜息を漏らす。
「お前が悪魔のような趣味を持つ女だって事忘れてたよ」
「むー。ひどいですねっ。誠さん。訴えますよ。弁護士さん呼んじゃいますからねっ」
「やめてくれ……。つか、話が脱線しすぎだろう。元に戻してくれ」
「しょうがないですね、誠さんは。じゃあ話をしますと。まぁそれで哀れな誠さんは実験体として選ばれてしまったのですね。それでも私と出会わせて、外部からの刺激を与えてみるというくらいの気持ちだったみたいなのですけどね。私、霊体になっていたから手を出される心配はなかったみたいですし。あ、ちなみに誠さんや佐由理さんが霊が見えたのは偶然ではないそうです。霊体発生装置でしたっけ。お父さんが作ったあの装置を使って発生させた霊体は特定の人に姿を見せるようにする事ができるそうなんです。だから佐由理さんには妹さんが見えたし、誠さんには私が見えた。最初からそういう風に仕組んでいたのだそうですね。計画的犯行っていうやつです」
優羽は胸をはって告げていたが、それは少し違うのではないかと誠は内心思うがあえてスルーしておく。
「まぁなので残念ながら私の王子様には特別な力とかは何も無かった訳で、美朱さんが術を使える事も錯乱坊主さんの存在も特には知らなかったそうです」
「王子様じゃねぇよ」
「えー」
「えーでもねぇよ」
「ちっ」
「舌打ちすんなっ!?」
漫才のようなやりとりに、しかし誠は少しずつ嬉しくなってくる。
優羽が確かにここにいる。幽霊じゃなく生き霊でもない。生身の人間としてここに。そう思うだけで、自然と笑みが浮かんでいく。
「ま、不思議な力なんてなくていいんだ。優羽がここにいてくれればそれで」
「わ。急になんですか、誠さん。照れますね。少しは王子様らしくなるおつもりですかっ」
「ならねえし、違うわ」
「そうですよね。旦那様ですもんね」
「それも違う」
誠はぷいっと顔を横に背ける。
「天然悪魔娘についてくのは疲れるな」
「誰が天然ですか。天然なんかじゃないですよっ」
「悪魔は認めるのか……」
「これからは小悪魔優羽ちゃんとお呼び下さい」
「絶対よばねぇ……」
もういちど溜息を漏らす。
「でも誠さん」
不意に優羽が誠の名前を呼ぶ。
「私と誠さんは、これからは恋人同士って事でいいんですよね。だったら」
優羽は上目遣いで誠の顔をじっと見つめて、それから少しだけ首を傾ける。
「恋人同士の形をくれますか?」
言いながら優羽は目を閉じる。
少しだけ艶やかな唇が否が応でも目に入る。
誠の胸が急激に高鳴る。どきどきと鼓動が早くなっていく。
唐突だけど、優羽が望んでいるのは、さっき話しにでたあれだよ、な。と心の中の誰かに問いかける。もちろん誰も答えてはくれないけれど。
経験がないだけにはっきりとはわからなかったが、そういう事なのだろう。
誠はおそるおそる優羽へと顔を近づけていく。
その瞬間だった。
バンッと大きな音をたてて扉が開く。
「誠いるー!? お邪魔しまーす」
美朱が大きな声を上げて中へと入ってくる。そして優羽と誠の二人をみるなり、にやりと口元に手をあてて大げさに驚いてみせる。
「あらあらあら。まぁまぁまぁ。お邪魔だったかしらね」
「……何のようだよ。美朱」
憮然とした顔で美朱を見つめてみる。タイミング悪い奴だなとも思う。
しかし次に告げた美朱の言葉は思ってもいない言葉だった。
「え。誠と優羽ちゃんが良い雰囲気だったから邪魔しようかと思って」
「本気で邪魔しにきてたのかよっ。つかなんで知って……」
言いながら美朱の背後をみると、ドアのむこうがわに錯乱坊主が立っていた。
「ほっほっほっ。それにはわしがお答えしよう。神仏の加護により、おぬしの部屋の中を拝見しておったからじゃのう。最近はWebカメラという便利な術具があってな」
言いながら錯乱坊主が部屋の片隅を指さす。
そこにはいつの間にか小さなカメラが設置されていた。
「ちょ、おま。これ盗撮」
「神仏の加護による法力じゃよ。それに仕方あるまい。面白そ……いや、まだ優羽ちゃんは霊体から戻って間もないから、何かあってはいかんからの。念のためという奴じゃよ」
「絶対ちがうわーーーー!! この生臭坊主めっ」
「うむ。褒められると照れるのう」
「褒めてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
誠の絶叫が部屋の中にこだましていた。
「優羽っ、お前知ってたのか。これ……」
「え。もちろんですよ。だってこれ設置したの私ですし」
優羽は平然とした顔をして言い放つ。
「お前かぁぁぁぁぁぁ!? お前ら、なんてことをしてるんだよっ」
「仕方ないですね。神様に祈りましょう。なむー」
優羽は合掌して何やら祈り始めていた。
以前のキリスト教的な祈りではなくなっていたのは、母が宗教から抜けたためなのか、それとも錯乱坊主の影響なのかはわからない。
美朱や錯乱坊主から話はきいていたが、優羽の母は例の宗教団体から正式に離脱したとの事だった。どうもかなり相手側とすったもんだあったようだが、その辺りは誠の覚え知るところではない。
優羽の父であるドクター中森も幸い事は表沙汰にはなっていない。すでに成果は失われていたし、何より優羽の母が宗教団体と完全に縁が切れた事もあって、研究を続けるつもりもないようだった。そのため優羽の意向もあって内々で済まされる事になっている。
「美朱さん。私、美朱さんに報告があります」
優羽は美朱に向き直る。
「なにかしら」
美朱は優羽へとにこやかに笑いかける。
「私、美朱さんの事も大好きです。正直結婚してもらいたいです。でも残念ながら誠さんの事がもっと好きなんです。だから美朱さんには誠さんは渡せません。なので正々堂々勝負してくださいっ」
「勝負って、別に私は誠を狙っていたりしないけど」
美朱は少し困惑した様子で優羽と誠の二人を交互に見やる。
しかし優羽はその答えには満足していない様子で、美朱の手を握りしめながら告げる。
「いーえっ。美朱さんは誠さんの事好きですよね。大好きですよねっ。私、知っているんですからっ」
「ちょ……おま……何いってんの。何いってんの」
「誠さんは黙っててくださいっ!」
口を挟んだ誠にぴしゃりと優羽は言い放つ。
「いや、その。俺も当事者のような気がするんだが」
小声で漏らした言葉は、優羽り耳には届いていないのか、それともあえて無視されているのか、優羽は気にせず言葉を紡ぐ。
「私、美朱さんが好きです。だからちゃんと勝負して白黒つけないと気が済まないんですっ」
「ふうん。まぁいいけど、それで私が勝ったらどうするの。誠の事はすっぱりはっきりくっきり諦めて、私に譲ってくれるわけ?」
美朱は勝負を挑まれて受けずにかわすような性格はしていない。
戦いを挑んでくる相手は完膚なきまでたたきつぶすのが美朱という女だ。そのおかけで中学の頃、何人が泣くまで追い込まれたかは数えられたものではない。これは恐ろしい事になると誠は肩をふるわせていた。
しかしそんな事は知らない優羽は、そのまま美朱をまっすぐに見つめながら告げる。
「そこは善処しますっ」
「政治家かっ!? それやらないって意味だよなっ!?」
優羽の言葉に思わず誠はつっこみを入れる。
「むー。なんですか、誠さん。私が綺麗さっぱり微塵もなく忘れてしまった方がいいって事ですか。ひどいです。誠さんは」
「いやそういうわけじゃ無いけど」
言い合う誠と優羽をみながら美朱は溜息を漏らす。
「ま、いいわ。誠には大して興味はないけど、勝負は受けてたってあげる。後から馬鹿な事をしたと後悔しても遅いからね」
「ちょっ。美朱、お前も何いってんの。何いってんの」
「うるさいっ。誠は黙ってろっ」
美朱の剣幕に誠は思わず一歩後ずさる。
「いや……おれ……当事者……だよな……」
二人の女性に黙れと言われて、大きく溜息をもらす。
もはや誠の意思は関係がないようだった。
「これが私なりに考えた美朱さんへの筋の通し方なんです。なのでこの際、誠さんは関係ありませんっ。私がそうしないと気が済まないんですっ」
優羽は美朱をじっと見つめると、それからすぐに美朱へと向かう。
「……でもやっぱり美朱さん、大好きですっ。結婚してくださいっ」
いいながら唐突に思い切りとびついて美朱を抱きしめる。
「ちょ、ちょっと。誠を巡って勝負するんじゃなかったの!?」
「それはそれっ。これはこれですっ。だって大好きなのは止められませんから。みんな大好きですっ」
優羽は美朱をぎゅっと抱きしめながら、それから大騒ぎしながらも、ふと力をぬいて立ち尽くす。
不意に涙をこぼした。
「みなさんのおかげで元に戻れました。いろいろあったけど、ばらばらだった家族も少しはつながりあえそうです。本当にありがとうございました。感謝しています」
涙をぬぐって、深々と頭を下げる。
「まったく……あんたって子は。これだから放っておけないのかしらね。だから頭を上げなさい」
美朱はいいながら、優羽の顔を上げさせる。
「私も優羽ちゃんの事は好きよ。だから力を貸してあげたの。結婚は出来ないけど、これからも友達でいてちょうだい」
優羽へと向けて手を差しのばす。優羽をその手をとって、まだ涙をぬぐいきれていなかったけれど、にこやかに微笑んでいた。
「はいっ。私こそよろしくお願いします」
いいながら握手を交わす優羽と美朱の二人に、錯乱坊主と佐由理が満足そうにうなづいていた。
「ところで美朱さん。私の事を好きといってくださいましたが、誠さんの事はどうですか? 好きですか? 好きですよね。好きに決まってますよね?」
優羽は期待に込めた瞳で美朱を見つめていた。
「ま、まぁ嫌いではないけど」
「それって好きって事ですよね?」
曖昧に返そうとする美朱を許さず、身をのりだしてたずねる。
「ああっ、もうっ。この子はっ。そうよ。好きよ。でも男性としてじゃない。あくまで友達としてだからね」
「うーん。まぁ、納得いきませんけど、今日のところはそれで勘弁してあげますっ。とりあえず美朱さんに好きって言わせたのは勝ちな気がします」
いいながら楽しそうに笑う。
誠はそんな様子を呆然としながら見つめていた。
ただ誠にとっては、楽しそうな優羽が戻ってきた事は何より嬉しかった。
そしてこのままずっと笑顔でいてくれればと強く願う。
「あ、誠さん。ついでにいっておきますと、誠さんも好きです。大好きです」
「俺はついでかっ!?」
「いいじゃないですかー。だってみんな好きなんですもの。でも、誠さんは特別ですよ」
優羽はいたずらに笑う。
「だって私の旦那様ですからっ」
そう告げる優羽は、満面の笑顔を。いたずらな小悪魔な笑顔を浮かべていた。
でもこの笑顔をずっと守っていたい。
誠は強くそう思っていた。
了
誠はふと疑問を口にする。
「あー。それお父さんに訊きました。誠さんのご両親、お引っ越しされましたよね」
「ああ、まぁな」
「お父さんと誠さんのご両親。実はお友達なんだそうです。それで少しの間だけとはいえこちらに残す事になる息子をどうするか相談したところ、部屋がちょうど開いているからここに住んだらいいとお父さんが仲介したらしいです。あ、このアパート、うちの名義なんですよね。実は」
「なん……だと……」
さらりという優羽の言葉に誠は思わず声を失ってしまう。
「あのときは記憶を失っていたから忘れてましたけど。この部屋、私が住んでいたというか、空き部屋だったものですから、子供の頃から私が勝手に占拠していてですね。秘密基地みたいに使っていたんです。だからけっこう思い入れ深いんですよね。ここ」
優羽の言葉にしかし誠は何か呆然としたまま話が聞こえていないようだった。
「おーい。きいてますー? また聞こえなくなっちゃいました? 誠さん、寂しいなぁ。仮にも恋人の言葉を無視しないでくださーい」
優羽は顔の前でひらひらと手を動かすが、誠は微動だにしない。
「きいてくれないなら勝手にいろいろしますよー? んー、じゃあとりあえず」
優羽は黙っている誠に、ゆっくりと顔を近づけていく。眼前まで優羽の顔がきたところで我にかえって誠は慌てて後ずさる。
「うわぁぁっ。何してるんだよっ。優羽」
「え、ぼーっとしてるみたいだからキスくらいしておこうかと思いましてっ」
「なんでだよっ。つか、ファーストキスがこんな状況でするのは嫌だわっ」
「あららら。初めてなんですか? キスしたことないんですかっ? ふふっ」
優羽は口元をにやりとゆがませる。
「悪かったなっ。つか、お前はあるのかよ」
「そりゃあもちろんあるに決まっているじゃないですか」
「ある……のか……?」
優羽の言葉に少しだけ衝撃を受ける。確かに優羽はちょっと言動がおかしなところはあるものの、誠からみてもかなり可愛らしい女の子だ。今までに彼氏の一人や二人くらいいてもおかしくはないだろう。
ただ改めて本人から聴かされると少し思うところもあった。
優羽はそんな誠に気がついていないのか、それともあえて気がつかないふりをしているのか、口角をあげて誠へと笑いかける。
「五歳の時にお母さんとしましたよ。とても甘いキスでした。なんたってチョコレート食べた後だったんです」
「母親とかよっ。そりゃノーカンだろっ!?」
「ふふ。誰か別の男の人としていた方が良かったですか?」
優羽は口元に笑みをうかべながら、誠をつんつんとつつく。
安堵の息を吐き出しながらも、優羽には一生勝てないかもしないなぁと誠は今度は溜息を漏らす。
「お前が悪魔のような趣味を持つ女だって事忘れてたよ」
「むー。ひどいですねっ。誠さん。訴えますよ。弁護士さん呼んじゃいますからねっ」
「やめてくれ……。つか、話が脱線しすぎだろう。元に戻してくれ」
「しょうがないですね、誠さんは。じゃあ話をしますと。まぁそれで哀れな誠さんは実験体として選ばれてしまったのですね。それでも私と出会わせて、外部からの刺激を与えてみるというくらいの気持ちだったみたいなのですけどね。私、霊体になっていたから手を出される心配はなかったみたいですし。あ、ちなみに誠さんや佐由理さんが霊が見えたのは偶然ではないそうです。霊体発生装置でしたっけ。お父さんが作ったあの装置を使って発生させた霊体は特定の人に姿を見せるようにする事ができるそうなんです。だから佐由理さんには妹さんが見えたし、誠さんには私が見えた。最初からそういう風に仕組んでいたのだそうですね。計画的犯行っていうやつです」
優羽は胸をはって告げていたが、それは少し違うのではないかと誠は内心思うがあえてスルーしておく。
「まぁなので残念ながら私の王子様には特別な力とかは何も無かった訳で、美朱さんが術を使える事も錯乱坊主さんの存在も特には知らなかったそうです」
「王子様じゃねぇよ」
「えー」
「えーでもねぇよ」
「ちっ」
「舌打ちすんなっ!?」
漫才のようなやりとりに、しかし誠は少しずつ嬉しくなってくる。
優羽が確かにここにいる。幽霊じゃなく生き霊でもない。生身の人間としてここに。そう思うだけで、自然と笑みが浮かんでいく。
「ま、不思議な力なんてなくていいんだ。優羽がここにいてくれればそれで」
「わ。急になんですか、誠さん。照れますね。少しは王子様らしくなるおつもりですかっ」
「ならねえし、違うわ」
「そうですよね。旦那様ですもんね」
「それも違う」
誠はぷいっと顔を横に背ける。
「天然悪魔娘についてくのは疲れるな」
「誰が天然ですか。天然なんかじゃないですよっ」
「悪魔は認めるのか……」
「これからは小悪魔優羽ちゃんとお呼び下さい」
「絶対よばねぇ……」
もういちど溜息を漏らす。
「でも誠さん」
不意に優羽が誠の名前を呼ぶ。
「私と誠さんは、これからは恋人同士って事でいいんですよね。だったら」
優羽は上目遣いで誠の顔をじっと見つめて、それから少しだけ首を傾ける。
「恋人同士の形をくれますか?」
言いながら優羽は目を閉じる。
少しだけ艶やかな唇が否が応でも目に入る。
誠の胸が急激に高鳴る。どきどきと鼓動が早くなっていく。
唐突だけど、優羽が望んでいるのは、さっき話しにでたあれだよ、な。と心の中の誰かに問いかける。もちろん誰も答えてはくれないけれど。
経験がないだけにはっきりとはわからなかったが、そういう事なのだろう。
誠はおそるおそる優羽へと顔を近づけていく。
その瞬間だった。
バンッと大きな音をたてて扉が開く。
「誠いるー!? お邪魔しまーす」
美朱が大きな声を上げて中へと入ってくる。そして優羽と誠の二人をみるなり、にやりと口元に手をあてて大げさに驚いてみせる。
「あらあらあら。まぁまぁまぁ。お邪魔だったかしらね」
「……何のようだよ。美朱」
憮然とした顔で美朱を見つめてみる。タイミング悪い奴だなとも思う。
しかし次に告げた美朱の言葉は思ってもいない言葉だった。
「え。誠と優羽ちゃんが良い雰囲気だったから邪魔しようかと思って」
「本気で邪魔しにきてたのかよっ。つかなんで知って……」
言いながら美朱の背後をみると、ドアのむこうがわに錯乱坊主が立っていた。
「ほっほっほっ。それにはわしがお答えしよう。神仏の加護により、おぬしの部屋の中を拝見しておったからじゃのう。最近はWebカメラという便利な術具があってな」
言いながら錯乱坊主が部屋の片隅を指さす。
そこにはいつの間にか小さなカメラが設置されていた。
「ちょ、おま。これ盗撮」
「神仏の加護による法力じゃよ。それに仕方あるまい。面白そ……いや、まだ優羽ちゃんは霊体から戻って間もないから、何かあってはいかんからの。念のためという奴じゃよ」
「絶対ちがうわーーーー!! この生臭坊主めっ」
「うむ。褒められると照れるのう」
「褒めてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
誠の絶叫が部屋の中にこだましていた。
「優羽っ、お前知ってたのか。これ……」
「え。もちろんですよ。だってこれ設置したの私ですし」
優羽は平然とした顔をして言い放つ。
「お前かぁぁぁぁぁぁ!? お前ら、なんてことをしてるんだよっ」
「仕方ないですね。神様に祈りましょう。なむー」
優羽は合掌して何やら祈り始めていた。
以前のキリスト教的な祈りではなくなっていたのは、母が宗教から抜けたためなのか、それとも錯乱坊主の影響なのかはわからない。
美朱や錯乱坊主から話はきいていたが、優羽の母は例の宗教団体から正式に離脱したとの事だった。どうもかなり相手側とすったもんだあったようだが、その辺りは誠の覚え知るところではない。
優羽の父であるドクター中森も幸い事は表沙汰にはなっていない。すでに成果は失われていたし、何より優羽の母が宗教団体と完全に縁が切れた事もあって、研究を続けるつもりもないようだった。そのため優羽の意向もあって内々で済まされる事になっている。
「美朱さん。私、美朱さんに報告があります」
優羽は美朱に向き直る。
「なにかしら」
美朱は優羽へとにこやかに笑いかける。
「私、美朱さんの事も大好きです。正直結婚してもらいたいです。でも残念ながら誠さんの事がもっと好きなんです。だから美朱さんには誠さんは渡せません。なので正々堂々勝負してくださいっ」
「勝負って、別に私は誠を狙っていたりしないけど」
美朱は少し困惑した様子で優羽と誠の二人を交互に見やる。
しかし優羽はその答えには満足していない様子で、美朱の手を握りしめながら告げる。
「いーえっ。美朱さんは誠さんの事好きですよね。大好きですよねっ。私、知っているんですからっ」
「ちょ……おま……何いってんの。何いってんの」
「誠さんは黙っててくださいっ!」
口を挟んだ誠にぴしゃりと優羽は言い放つ。
「いや、その。俺も当事者のような気がするんだが」
小声で漏らした言葉は、優羽り耳には届いていないのか、それともあえて無視されているのか、優羽は気にせず言葉を紡ぐ。
「私、美朱さんが好きです。だからちゃんと勝負して白黒つけないと気が済まないんですっ」
「ふうん。まぁいいけど、それで私が勝ったらどうするの。誠の事はすっぱりはっきりくっきり諦めて、私に譲ってくれるわけ?」
美朱は勝負を挑まれて受けずにかわすような性格はしていない。
戦いを挑んでくる相手は完膚なきまでたたきつぶすのが美朱という女だ。そのおかけで中学の頃、何人が泣くまで追い込まれたかは数えられたものではない。これは恐ろしい事になると誠は肩をふるわせていた。
しかしそんな事は知らない優羽は、そのまま美朱をまっすぐに見つめながら告げる。
「そこは善処しますっ」
「政治家かっ!? それやらないって意味だよなっ!?」
優羽の言葉に思わず誠はつっこみを入れる。
「むー。なんですか、誠さん。私が綺麗さっぱり微塵もなく忘れてしまった方がいいって事ですか。ひどいです。誠さんは」
「いやそういうわけじゃ無いけど」
言い合う誠と優羽をみながら美朱は溜息を漏らす。
「ま、いいわ。誠には大して興味はないけど、勝負は受けてたってあげる。後から馬鹿な事をしたと後悔しても遅いからね」
「ちょっ。美朱、お前も何いってんの。何いってんの」
「うるさいっ。誠は黙ってろっ」
美朱の剣幕に誠は思わず一歩後ずさる。
「いや……おれ……当事者……だよな……」
二人の女性に黙れと言われて、大きく溜息をもらす。
もはや誠の意思は関係がないようだった。
「これが私なりに考えた美朱さんへの筋の通し方なんです。なのでこの際、誠さんは関係ありませんっ。私がそうしないと気が済まないんですっ」
優羽は美朱をじっと見つめると、それからすぐに美朱へと向かう。
「……でもやっぱり美朱さん、大好きですっ。結婚してくださいっ」
いいながら唐突に思い切りとびついて美朱を抱きしめる。
「ちょ、ちょっと。誠を巡って勝負するんじゃなかったの!?」
「それはそれっ。これはこれですっ。だって大好きなのは止められませんから。みんな大好きですっ」
優羽は美朱をぎゅっと抱きしめながら、それから大騒ぎしながらも、ふと力をぬいて立ち尽くす。
不意に涙をこぼした。
「みなさんのおかげで元に戻れました。いろいろあったけど、ばらばらだった家族も少しはつながりあえそうです。本当にありがとうございました。感謝しています」
涙をぬぐって、深々と頭を下げる。
「まったく……あんたって子は。これだから放っておけないのかしらね。だから頭を上げなさい」
美朱はいいながら、優羽の顔を上げさせる。
「私も優羽ちゃんの事は好きよ。だから力を貸してあげたの。結婚は出来ないけど、これからも友達でいてちょうだい」
優羽へと向けて手を差しのばす。優羽をその手をとって、まだ涙をぬぐいきれていなかったけれど、にこやかに微笑んでいた。
「はいっ。私こそよろしくお願いします」
いいながら握手を交わす優羽と美朱の二人に、錯乱坊主と佐由理が満足そうにうなづいていた。
「ところで美朱さん。私の事を好きといってくださいましたが、誠さんの事はどうですか? 好きですか? 好きですよね。好きに決まってますよね?」
優羽は期待に込めた瞳で美朱を見つめていた。
「ま、まぁ嫌いではないけど」
「それって好きって事ですよね?」
曖昧に返そうとする美朱を許さず、身をのりだしてたずねる。
「ああっ、もうっ。この子はっ。そうよ。好きよ。でも男性としてじゃない。あくまで友達としてだからね」
「うーん。まぁ、納得いきませんけど、今日のところはそれで勘弁してあげますっ。とりあえず美朱さんに好きって言わせたのは勝ちな気がします」
いいながら楽しそうに笑う。
誠はそんな様子を呆然としながら見つめていた。
ただ誠にとっては、楽しそうな優羽が戻ってきた事は何より嬉しかった。
そしてこのままずっと笑顔でいてくれればと強く願う。
「あ、誠さん。ついでにいっておきますと、誠さんも好きです。大好きです」
「俺はついでかっ!?」
「いいじゃないですかー。だってみんな好きなんですもの。でも、誠さんは特別ですよ」
優羽はいたずらに笑う。
「だって私の旦那様ですからっ」
そう告げる優羽は、満面の笑顔を。いたずらな小悪魔な笑顔を浮かべていた。
でもこの笑顔をずっと守っていたい。
誠は強くそう思っていた。
了
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※表紙にはAI生成画像を使用しています。
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