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第二章
強引な彼
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神崎造船の本社はふたつある。ひとつはツインタワービル本社といわれる。登記上はここが本社。
ツインタワービルのオフィスエリアにある。中階層だが、その中でも一番上の階。
素晴らしいサウスエリアの港まで見渡せる部屋が社長室だ。部屋をここに指定したのは、港を管轄し、船を置くこの会社ならではのことだ。
本社なので一応重役はここにいて、管理関係部門の人はこちらに出社する。しかし、実態はサウスエリアの沿岸にあるもうひとつの本社が主だ。そちらは実務担当の役員や船の管理などを一手に引き受けている。
私、椎名は表向き副社長秘書だが、実務は他の人がやっている。
なぜなら本職は神崎家に仕える執事だからだ。先週一週間、どうしても抜けられない親族の法事で、実家のある九州へ帰省した。
一週間ぶりに社長室へ戻ってみれば、主は海外出張中。だが、隣の副社長室の前には人が並んで待っている。今日も忙しくなりそうだとため息をついた。
社長は海外取引で自社船に同乗し、ふた月近く不在だ。副社長である長男の蓮様にすべてを任せて、最近は長期の出張という名の海外への取引を兼ねた船旅に出られている。
愛妻家で知られる社長は、夫人を連れて出張されることもあるが、やはり蓮様がおられるので夫人は年に半年は必ず愛息の側に残る。もういい年の蓮様に嫉妬する社長を見て、毎回笑ってしまう。
蓮様は社長不在だと忙しくなり、食事がおろそかになりがちで、夫人はそれを知っているので側にいる。案の定、ここひと月は恐ろしく忙しい。
そんな時に自分は実家へ戻ることとなり、申し訳なく思っていた。
今日は久しぶりに出たので仕事が溜まって、さぞ蓮様は機嫌が悪かろうと構えていた。ところが、なぜかすこぶるご機嫌であっという間に仕事を片付け始めた。
私が戻ってきたから?そんなわけない。側近の自分が見たこともないほど上機嫌だ。
「何かいいことがありました?」
蓮は執務机のPCから玲瓏で端正な顔を秘書の彼に向けた。
「ああ。やっとお前が戻ってきたし、今日から楽ができそうだ」
「そうじゃないでしょう」
「もちろんそれもあるぞ。他にも理由は……少しだけあるよ」
「素直ですね、妙に……」
「ああ、そうだな。お前にも関わってもらわねばならないからな。隠す気はないんだよ」
私にも関わるとなれば仕事でしかない。まさか、私がいない間にまた新しい取引先を開拓したのか……彼は自分がびびっと何かを感じた相手とすぐに取引を結び、巨額の利益を手にしてきた。
半年前から彼に付き従うよう言われてずっと仕事ぶりを観察してきた。
社長には言えないが最近はっきりとわかってきた。彼は父親以上のやり手だ。わが神崎造船の未来は明るい。
「ということは、お仕事の関係ですね。それにしては嬉しそうですよ。よほどの取引が決まったとか?」
「いや、そうじゃない。お前に話したら怒られそうだ」
「は?」
彼は私にソファへ座るよう命じた。私は時計を見て静かに答えた。
「申し訳ございませんが、猶予は15分ですよ」
「ああ、わかっている」
彼は私の前に座ると、単刀直入に言った。
「以前、区長から話があった文化祭典の件だ」
私が九州に戻る直前のことだった。アポもなしに突然区長が訪ねて来て、その文化祭典に出資してくれないかと頼んできた。
この街のノースエリアでも有名な洋館の主、神崎造船社長の力を借りたいと言うのだ。もちろんこの会社のことをわかっていてのこと。
うちは新しく開発しているサウスエリアのサウスパークに面した港へ着く船のほとんどを管理している。ほとんどが神崎造船の船なのだ。
資材運搬からレジャーボート、豪華客船まで。あらゆる種類の船を管轄している。そして、ビジネスエリアのツインタワーの上に本社がある。
区長が目を付けないはずもない。セレブリティあふれる神崎家。だから忙しいが断っても無駄だとわかり、通して話を聞いたのだ。
「社長がいらっしゃらないのに決めてしまわれたんですか?」
「そうだな。実は表立って会社経由ではなく、ほとんどを個人的にやろうかと思っている。もちろん、個人資本でね。でも冠は必要なら見せるかな」
冠を見せる。つまり、必要ならうちの会社名を出すということだ。どういう意味だ?区長が欲しがっていたのはうちの冠だ。ブランド力。
蓮様本人の資金を疑っているわけではない。もしや、副社長として何かをするということなのか?
「何をされるのです?」
嫌な予感がする。この不思議な笑み。まずいぞ。
「うん、花屋をやろうかと思ってね、ふふふ」
やっぱり。ろくなことじゃなかった。ため息をついた。
「……今、花屋って言いました?」
「そうだな」
満面の笑みでにこにこしている。この人は有能で女性遊びも全くせず、いわゆる社畜に近い。そのせいか、たまに疲れて壊れる。よほど忙しかったのだろう。
「蓮様、きっとお疲れなんですよ。いいですか?変な遊びはいけません」
彼は手を前に出して振った。
「ああ、わかってる。小僧じゃあるまいし、お前に叱られるようなことはもうやらないよ。ビジネスとして協賛するのさ」
「何をおっしゃっているのやら……」
「ビジネスエリアに新しい名取フラワーズの支店ができる。というか、作らせる。そこの店長はお前が推薦したブラッサムフラワーの看板娘が就任する。あの子、名取の社員だったらしい」
私はびっくりした。ブラッサムフラワーと言えば、社長の代から使っている櫻坂を一本入った路地にある小さな花屋だ。
昔から皆花屋と言えば、オーベルージュの中にあるシャンパンフラワーを利用するノースエリアのセレブが多い。
最近サウスエリアのショッピングモールにも小さなフラワーショップが入ったと聞いている。だが、うちは変わらずブラッサムフラワー、あそこを使っている。
ブラッサムフラワーは夫婦で経営しているが、その前は店長の母親が経営していたと聞いている。社長である佑様のお母さまと親しかったのだ。
まあ、それで先日観劇の準備によろしければいつも通り注文していきますと蓮様にお伝えしたら、自分でやってみるというのでお任せして九州へ帰省したのだ。
まさか、それであそこの娘に興味を持った?確かにあそこの娘は名取フラワーズに就職したと以前自慢げに奥さんが話していた。だが、最近夫にあたる店長が身体を壊し、店の手伝いに戻っているとも聞いていた。
彼女に興味を持ったのか?普通の子だったような気がするが……なぜ?蓮の周りで騒いでいるセレブ女性とは月とすっぽんだ。
「火遊びはいけません。しかもご自身の資金を使い、冠を見せるなど……いくらご友人の名取さんの関係者だとしてもです」
「なんだよ、その言い方。いくらお前でも……」
「だって、そうでしょう。蓮様のお相手なら自薦他薦ともに、さばききれぬほど後ろに列が連なって並んでいます」
冗談ではないのだ。こちらの苦労も全くわかっていない目の前の玲瓏皇子は、この手の話になると眉間にしわを寄せ、いつものようにしっしと手を払う。
「丈夫な竹箒を椎名には預けているだろ?僕の庭先は綺麗に掃除しておいてくれよ。言っただろ。僕も父上のように自分でびびっと選んだ人としか恋愛や結婚はしないから、いつなんどき僕が選んできてもいいように、常に庭先は綺麗にしておくんだよ」
あっけにとられて目の前のイケメンを凝視する。そうはいっても……いつになっても選んでこない。社長はそろそろなんとかしたらどうだといつも言っている。
縁談が社長のところへ降ってきて、さばききれないのだ。財界の長からも最近くるようになった。この間は内閣のとある大臣やら、首相関係など……。
蓮の美貌と手腕は隠しようがなくなってきている。しかもこの街にあるノースエリア在住のセレブリティ。安心安全の花丸印というところだ。
彼を婿にと希望するお相手の家柄はいわゆる上流社会にとどまらず、この国の重鎮といわれる政治家にも及んでいる。これでは社長も適当にあしらうのは無理というものだ。正直断りづらい。どうすればいいのか困っているのだ。
なんと先日夫人が私におっしゃるには、社長が最近海外へ逃亡、いや出張しているのは、それもあってのことだと言う。姿をくらませばごまかせるということらしいのだ。信じられない事態だ。
私が間に入り、あの手この手で断るにも竹帚程度ではもはや無理だ。鉄帚が必要かもしれないと思う今日この頃だ。
「だからといって、珍しがってそんな一般人で遊んではいけません。相手をびっくりさせますよ。うまくいくはずがないでしょう」
「誰が恋愛相手だと言った?」
「違うんですか?」
「さすがにそこまで考えてはいない。ただ、話していて面白いし、なんというかこう、歌っている姿もおかしくて……」
「……はあ?歌っているってなんですか?」
「まあ、とにかく聞いたところあの子の店は資金難だ。名取の名前を使い、支店を出させるついでに店を合併させてやろうと思ってね。ブラッサムの資金が足りない分は僕が出すと名取にも伝えた。そうなれば店の権利半分は僕のだ。最初から僕が経営に口出しすることも許可させた」
「何を言っているんです?どうして名取フラワーズに出資するんです?いくらご友人とはいえ……」
「名取フラワーズの支店は名目上だ。彼女の最終目的は独立。今の店ブラッサムフラワーを大きくすることなのさ。僕はそれを内緒で彼女から聞き出した。だから、ちょちょいと手伝ってやるのさ。独立して名取をあっと言わせてやる。楽しいだろ?」
何を言っているのか皆目わからない。うちにメリットは全くない。造船業と関係がないではないか。
「なんの必要があって異業種に手を出すんです?」
「……うーん。新しいことへの興味」
「蓮様!」
「まあ、いいだろ。母上も彼女の作った花束を気に入ってね。僕の考えに賛同した。そうだ、聞いて驚け。彼女の花言葉作戦に沙織さんが僕から手を引いたぞ」
「……!」
有斐沙織という有名舞台女優は彼にずっと片思いをしていた。しつこく会社に来たり、パーティーに不意打ちで現れエスコートを強要したり、質が悪い。どうやってもなかなか諦めなくて困っていた。
彼女の父親のやっている有斐ロジスティクスがうちと取引があることもあり、きつく出ることも出来ず、困っていたのだ。
「友人として付き合いたいという気持ちを花言葉で伝える作戦だよ。そういう花を選んでもらって特製の花かごを作ってもらったんだ。そうしたら彼女今迄みたいに怒らなかった。どうやら、彼女の琴線に触れたようでね。助かったよ」
「だからって、蓮様……」
「というわけで、彼女を椎名と同様、僕の大切な箒係、いや懐刀に就任させるというわけだ。何かあればあの花言葉を使う」
この人は何を言っているんだろう。絶対それだけじゃない。蓮が自分からこんなに女性のことでやる気になったのは見たことがない。
絶対その娘に興味があるんだとすぐにピンと来た。だが、どうせやめろと言っても無理だろう。満足げな横顔を見ながらため息を落とすしかできなかった。
ツインタワービルのオフィスエリアにある。中階層だが、その中でも一番上の階。
素晴らしいサウスエリアの港まで見渡せる部屋が社長室だ。部屋をここに指定したのは、港を管轄し、船を置くこの会社ならではのことだ。
本社なので一応重役はここにいて、管理関係部門の人はこちらに出社する。しかし、実態はサウスエリアの沿岸にあるもうひとつの本社が主だ。そちらは実務担当の役員や船の管理などを一手に引き受けている。
私、椎名は表向き副社長秘書だが、実務は他の人がやっている。
なぜなら本職は神崎家に仕える執事だからだ。先週一週間、どうしても抜けられない親族の法事で、実家のある九州へ帰省した。
一週間ぶりに社長室へ戻ってみれば、主は海外出張中。だが、隣の副社長室の前には人が並んで待っている。今日も忙しくなりそうだとため息をついた。
社長は海外取引で自社船に同乗し、ふた月近く不在だ。副社長である長男の蓮様にすべてを任せて、最近は長期の出張という名の海外への取引を兼ねた船旅に出られている。
愛妻家で知られる社長は、夫人を連れて出張されることもあるが、やはり蓮様がおられるので夫人は年に半年は必ず愛息の側に残る。もういい年の蓮様に嫉妬する社長を見て、毎回笑ってしまう。
蓮様は社長不在だと忙しくなり、食事がおろそかになりがちで、夫人はそれを知っているので側にいる。案の定、ここひと月は恐ろしく忙しい。
そんな時に自分は実家へ戻ることとなり、申し訳なく思っていた。
今日は久しぶりに出たので仕事が溜まって、さぞ蓮様は機嫌が悪かろうと構えていた。ところが、なぜかすこぶるご機嫌であっという間に仕事を片付け始めた。
私が戻ってきたから?そんなわけない。側近の自分が見たこともないほど上機嫌だ。
「何かいいことがありました?」
蓮は執務机のPCから玲瓏で端正な顔を秘書の彼に向けた。
「ああ。やっとお前が戻ってきたし、今日から楽ができそうだ」
「そうじゃないでしょう」
「もちろんそれもあるぞ。他にも理由は……少しだけあるよ」
「素直ですね、妙に……」
「ああ、そうだな。お前にも関わってもらわねばならないからな。隠す気はないんだよ」
私にも関わるとなれば仕事でしかない。まさか、私がいない間にまた新しい取引先を開拓したのか……彼は自分がびびっと何かを感じた相手とすぐに取引を結び、巨額の利益を手にしてきた。
半年前から彼に付き従うよう言われてずっと仕事ぶりを観察してきた。
社長には言えないが最近はっきりとわかってきた。彼は父親以上のやり手だ。わが神崎造船の未来は明るい。
「ということは、お仕事の関係ですね。それにしては嬉しそうですよ。よほどの取引が決まったとか?」
「いや、そうじゃない。お前に話したら怒られそうだ」
「は?」
彼は私にソファへ座るよう命じた。私は時計を見て静かに答えた。
「申し訳ございませんが、猶予は15分ですよ」
「ああ、わかっている」
彼は私の前に座ると、単刀直入に言った。
「以前、区長から話があった文化祭典の件だ」
私が九州に戻る直前のことだった。アポもなしに突然区長が訪ねて来て、その文化祭典に出資してくれないかと頼んできた。
この街のノースエリアでも有名な洋館の主、神崎造船社長の力を借りたいと言うのだ。もちろんこの会社のことをわかっていてのこと。
うちは新しく開発しているサウスエリアのサウスパークに面した港へ着く船のほとんどを管理している。ほとんどが神崎造船の船なのだ。
資材運搬からレジャーボート、豪華客船まで。あらゆる種類の船を管轄している。そして、ビジネスエリアのツインタワーの上に本社がある。
区長が目を付けないはずもない。セレブリティあふれる神崎家。だから忙しいが断っても無駄だとわかり、通して話を聞いたのだ。
「社長がいらっしゃらないのに決めてしまわれたんですか?」
「そうだな。実は表立って会社経由ではなく、ほとんどを個人的にやろうかと思っている。もちろん、個人資本でね。でも冠は必要なら見せるかな」
冠を見せる。つまり、必要ならうちの会社名を出すということだ。どういう意味だ?区長が欲しがっていたのはうちの冠だ。ブランド力。
蓮様本人の資金を疑っているわけではない。もしや、副社長として何かをするということなのか?
「何をされるのです?」
嫌な予感がする。この不思議な笑み。まずいぞ。
「うん、花屋をやろうかと思ってね、ふふふ」
やっぱり。ろくなことじゃなかった。ため息をついた。
「……今、花屋って言いました?」
「そうだな」
満面の笑みでにこにこしている。この人は有能で女性遊びも全くせず、いわゆる社畜に近い。そのせいか、たまに疲れて壊れる。よほど忙しかったのだろう。
「蓮様、きっとお疲れなんですよ。いいですか?変な遊びはいけません」
彼は手を前に出して振った。
「ああ、わかってる。小僧じゃあるまいし、お前に叱られるようなことはもうやらないよ。ビジネスとして協賛するのさ」
「何をおっしゃっているのやら……」
「ビジネスエリアに新しい名取フラワーズの支店ができる。というか、作らせる。そこの店長はお前が推薦したブラッサムフラワーの看板娘が就任する。あの子、名取の社員だったらしい」
私はびっくりした。ブラッサムフラワーと言えば、社長の代から使っている櫻坂を一本入った路地にある小さな花屋だ。
昔から皆花屋と言えば、オーベルージュの中にあるシャンパンフラワーを利用するノースエリアのセレブが多い。
最近サウスエリアのショッピングモールにも小さなフラワーショップが入ったと聞いている。だが、うちは変わらずブラッサムフラワー、あそこを使っている。
ブラッサムフラワーは夫婦で経営しているが、その前は店長の母親が経営していたと聞いている。社長である佑様のお母さまと親しかったのだ。
まあ、それで先日観劇の準備によろしければいつも通り注文していきますと蓮様にお伝えしたら、自分でやってみるというのでお任せして九州へ帰省したのだ。
まさか、それであそこの娘に興味を持った?確かにあそこの娘は名取フラワーズに就職したと以前自慢げに奥さんが話していた。だが、最近夫にあたる店長が身体を壊し、店の手伝いに戻っているとも聞いていた。
彼女に興味を持ったのか?普通の子だったような気がするが……なぜ?蓮の周りで騒いでいるセレブ女性とは月とすっぽんだ。
「火遊びはいけません。しかもご自身の資金を使い、冠を見せるなど……いくらご友人の名取さんの関係者だとしてもです」
「なんだよ、その言い方。いくらお前でも……」
「だって、そうでしょう。蓮様のお相手なら自薦他薦ともに、さばききれぬほど後ろに列が連なって並んでいます」
冗談ではないのだ。こちらの苦労も全くわかっていない目の前の玲瓏皇子は、この手の話になると眉間にしわを寄せ、いつものようにしっしと手を払う。
「丈夫な竹箒を椎名には預けているだろ?僕の庭先は綺麗に掃除しておいてくれよ。言っただろ。僕も父上のように自分でびびっと選んだ人としか恋愛や結婚はしないから、いつなんどき僕が選んできてもいいように、常に庭先は綺麗にしておくんだよ」
あっけにとられて目の前のイケメンを凝視する。そうはいっても……いつになっても選んでこない。社長はそろそろなんとかしたらどうだといつも言っている。
縁談が社長のところへ降ってきて、さばききれないのだ。財界の長からも最近くるようになった。この間は内閣のとある大臣やら、首相関係など……。
蓮の美貌と手腕は隠しようがなくなってきている。しかもこの街にあるノースエリア在住のセレブリティ。安心安全の花丸印というところだ。
彼を婿にと希望するお相手の家柄はいわゆる上流社会にとどまらず、この国の重鎮といわれる政治家にも及んでいる。これでは社長も適当にあしらうのは無理というものだ。正直断りづらい。どうすればいいのか困っているのだ。
なんと先日夫人が私におっしゃるには、社長が最近海外へ逃亡、いや出張しているのは、それもあってのことだと言う。姿をくらませばごまかせるということらしいのだ。信じられない事態だ。
私が間に入り、あの手この手で断るにも竹帚程度ではもはや無理だ。鉄帚が必要かもしれないと思う今日この頃だ。
「だからといって、珍しがってそんな一般人で遊んではいけません。相手をびっくりさせますよ。うまくいくはずがないでしょう」
「誰が恋愛相手だと言った?」
「違うんですか?」
「さすがにそこまで考えてはいない。ただ、話していて面白いし、なんというかこう、歌っている姿もおかしくて……」
「……はあ?歌っているってなんですか?」
「まあ、とにかく聞いたところあの子の店は資金難だ。名取の名前を使い、支店を出させるついでに店を合併させてやろうと思ってね。ブラッサムの資金が足りない分は僕が出すと名取にも伝えた。そうなれば店の権利半分は僕のだ。最初から僕が経営に口出しすることも許可させた」
「何を言っているんです?どうして名取フラワーズに出資するんです?いくらご友人とはいえ……」
「名取フラワーズの支店は名目上だ。彼女の最終目的は独立。今の店ブラッサムフラワーを大きくすることなのさ。僕はそれを内緒で彼女から聞き出した。だから、ちょちょいと手伝ってやるのさ。独立して名取をあっと言わせてやる。楽しいだろ?」
何を言っているのか皆目わからない。うちにメリットは全くない。造船業と関係がないではないか。
「なんの必要があって異業種に手を出すんです?」
「……うーん。新しいことへの興味」
「蓮様!」
「まあ、いいだろ。母上も彼女の作った花束を気に入ってね。僕の考えに賛同した。そうだ、聞いて驚け。彼女の花言葉作戦に沙織さんが僕から手を引いたぞ」
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「友人として付き合いたいという気持ちを花言葉で伝える作戦だよ。そういう花を選んでもらって特製の花かごを作ってもらったんだ。そうしたら彼女今迄みたいに怒らなかった。どうやら、彼女の琴線に触れたようでね。助かったよ」
「だからって、蓮様……」
「というわけで、彼女を椎名と同様、僕の大切な箒係、いや懐刀に就任させるというわけだ。何かあればあの花言葉を使う」
この人は何を言っているんだろう。絶対それだけじゃない。蓮が自分からこんなに女性のことでやる気になったのは見たことがない。
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