美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

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第一章

提案

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 お腹がすいたというさくらのために、ミックスピザとミモザサラダなどを名取が頼んでくれたので、さくらはしばらく黙々と食べていた。蓮が名取に聞いた。

「それで、名取はこのスプリングホールとサウスパークで何をするんだ?」

 スプリングホールとはツインタワー内のコンサートや観劇ができる新しいホールのことだ。神崎さんは今日そこで行われた舞台を観劇したのだ。

 サウスパークは海が臨める大きな公園だ。街で暮らす人の憩いの場になっている。公園の西側には一般的な住宅街が広がり、最近新しい戸建て住宅が何軒かできている。また新しい家族が大勢この地域に越してくるのだ。

「この街で推進する新しい文化事業の祭典を計画しているそうなんだ。ツインタワー前の大規模な花アレンジと、祭典の日にサウスパークでフラワーアレンジの教室をやってくれないかと頼まれた。サウスエリアの新しい住宅街の人を中心にこの街を櫻坂の桜並木以外の花の街にしたいんだそうだよ。それで今はここに店はないが、有名チェーン店のうちに白羽の矢が立ったと言うわけだ」

「なるほどね。うちもじゃあ何か参加するかな」

「なんで?」

「いや、実は区長からその祭典については打診を受けていたんだ。うちも何か協賛してくれないかと休憩時間にわざわざ来て挨拶していったんだよ。まあ家がノースエリアにあるし、母は乗り気でね。父はその時海外でいなかったので、即答は避けたが、正直どうするか迷っていた。適当にあしらうのは難しいだろうからね」

「そうか。なら、何か一緒にやるか?」

 名取はニヤリと笑って神崎を見た。

「名取お前、俺から金だけむしり取ろうとしてるだろう」

「……っぷ!ふふふ」

 さくらは面白くてつい笑ってしまった。

「むしり取るだなんて人聞きの悪い。金を出資して協賛する気があるんだろ?それなら、是非とも我が名取フラワーズへ。うちのフラワーイベントに協賛してくれよ」

「……ったく。お前はいっつもそうやって俺を営業対象にするんだな」

「いやあ、尊敬してますよ、神崎造船次期社長、神崎蓮さん」

 さくらは名取に向かって言った。

「名取さん。それなら、私にそのイベントのフラワーアレンジメント教室を任せて頂けませんか?」

「急にどうした?」

「実は店のこともご相談したかったんですけど、いいことを思いつきました」

「は?」

「アレンジメント教室で集客して、そのまま続けたい人には毎週お稽古にして教えたらどうかしら?」

「なるほどね」

「うちのお花を使って頂いて、何かあれば買って頂けるようにもっていきます。イベントデイのタイアップをしたりできるといいですね」

 蓮はさくらに笑いながら言った。

「清水さん、君って名取の懐刀でもあったのか?」

 名取さんがフッと笑う。

「それはそうだ。でも最近いなかったからすっかり忘れてた」

「すみません……ずっと名取さんのところのお仕事できなくて。普通ならとっくにクビですよね」

「まあ、半年以上うちから給料払ってないからな。じゃあ戻ってくる決心がついたのか?」

「伯父の病状もあまり変わらないのと、店も赤字ギリギリなんです。伯母は店を畳む覚悟のようでアレンジメント教室を通じて周辺のお花が好きな人を発掘できればと思ったんです」

 名取に電話がかかってきた。彼は立ち上がって外へ出るため席を外した。蓮はさくらを見て言った。

「清水さん……君、名取に言えないこともあるだろ。本当は今の店をどうしたいの?」

 さくらはびっくりして蓮を見た。

「……神崎さん」

 連は頬杖をついて彼女を見ている。目の奥が優しく光った。

 この人の魅力はセレブで美男子だというだけではないと今わかった。相手をよく見ているんだろう。

 絶妙なタイミングで切り込まれた。これは隠せないとさくらは腹をくくった。

「いずれ名取さんのように独立できるほどの力をつけて、店を大きくしたかったんです。この街で『ブラッサムフラワー』が一番だと言われる花屋にしたかった。アレンジ教室でサウスエリアの新しい住宅街の方々をお客さまとして獲得したい。だめなら諦めます」

「ふーん、なるほどね。ただ、諦めるにはその作戦では少し脇が甘いんじゃない?」

「え?」

「名取フラワーズは国内で三本の指に入る大きな花のアレンジ会社だが、本拠はこの街にはない。しかも名取はここの住人ではない。でも君は違う。ここで育ち、この街に愛着があるんだろう。ビジネスエリアに名取フラワーズの支店を出したらどうだい?」

「どういうことです?」

「君は名取を裏切ることもできないし、休職して迷惑をかけていると思っている。だから、彼に恩返しをしてからじゃないと天下取りに動けない」

「神崎さん……」

「伯父さんの店と支店を合併させ半々の出資にしたらどうだろう。今後のことはその店の売れ行きを見て名取と相談する。君を支店長として任せるよう進言しよう。伯父さんの店の出資金が足りなければ僕が援助する。どう?」

 私をじっと見つめながら身を乗り出して話しだした。私には思いつかない提案だった。しかも出資するって……どうして?

「どうしてそこまでしてくださるんです?」

 黒のタキシードを着た彼はすっとその場を立ち上がり、なぜか私の隣の空いた席に座った。美しい顔をこちらに向け、夢のような言葉を並べながら彼は私に迫ってきた。

「言ったじゃないか。君はこれから僕の懐刀となって活躍してもらうよ、これからもいろいろと頼みたいんだ。君のような人を名取ひとりの懐刀にするのは許せないね」
 
「……あ、あの……」

 私が少し身体を後ろに傾けた時、名取さんが入ってきた。

「ああ、すまない。長くなってしまって……仕事の電話だった」

 神崎さんは彼をチロリと見て笑った。

「……また女性を泣かせるなよ」

 名取さんはびっくりしたんだろう、座ってひざにのせたタブレットをゴトリと音を立てて下に落とした。

「な、何を言うんだよ、神崎……」

「お前は昔から嘘をつくときは右鼻がぴくぴくする。女性からの電話だったんだろ?前も言っただろ、二股はダメだぞ」

 私はあっけにとられて神崎さんを見た。彼は私を見てウインクする。嘘でしょう。

 名取さんは口をぱくぱくしている。こんな名取さんは初めて見た。神崎さんの言葉はきっと当たっていたのね。

 名取さんの周りにはいつも女性がいる。花を扱うのでモテるのかと思っていたが、そういうことだけじゃなかったのね。要するに彼も花のような女性が積極的に好きだということか。

 以前私を口説いてきたとき、さすがに冗談だと思ったけど、この軽さだと半分本気だったのかもしれない。でも二股は遠慮したい。断ってよかった。

「清水さん。たまには社長のために花かごをアレンジをしてあげたほうがいいね。この仕事をしているんだから、お相手は花言葉に詳しいだろうし、名取は自分で片付けられないなら彼女の手を借りるといいぞ。実に円満解決だ」

「神崎……お前、信じらんねえ、おい……」

「それで、名取。ひとつ提案がある。協賛の件だが、ビジネスエリアに支店を出さないか?ただし条件がある。店長は清水さん。そして、清水さんの伯父さんの店と合併させる。伯父さんの店の支度金は僕が出資する。つまり彼女の店に協賛する」

 私はびっくりして立ち上がった。

「神崎さん。ありがたいお申し出ですが成功するとは限りません。出資頂いてもお返しできない可能性も……」

 彼は私を見ると、右手のひとさし指を立てて左右に振った。

「ノンノン、清水さん。僕を侮ってもらっては困るよ。君にこの話を僕自身がもちかけたんだ。先々を見通してないとでも思っているのかい?それは残念だ。僕はね、これでも日本有数の造船会社の副社長だ。悪いけど経営が本業なんだ。俳優とは違ってね」

「……」

 俳優って……まさか朝……私が彼に言ったことを根に持ってるの?あれって一応、顔を褒めたつもりだったのに……。そういえば芸能人扱いされるの嫌がっていた。

 いや、そんなことはどうでもいい。ちょっと待ってよ。名取さんを見ると、今までにない真剣な目で神崎さんを見ていた。

「お前、いったい何を考えている?支店とか、俺の為でないことくらいなんとなくわかる。清水を取り込みたいのか?ただの花屋だぞ。それとも女として興味があるのか……それなら別のやり方にしろよ」

「名取。悪いけれどお前と一緒にしないでくれ。彼女の店がいいのは椎名が昔から使っていたのでわかっている。それに母も彼女の作る花束を気に入った。僕も今夜彼女に大きな借りが出来た。恩返しとは言わないが、少し面白そうだからね。区長の頼みに顔も立つ」

「おい、清水」

 名取さんが私を見た。

「はい」

「やれるか?」

「はい、やらせてくださるなら今まで休んでいた分をお返しします」

「実はこちらに支店を出す話も区長から今日提案されたんだ。考えようと思っていたが、この地域は地代が高い。出すにはそれ相応の金がいるんだ。成功するならそれもいいだろう。だが、手を出してうまくいかなかったら本店で泥を被ることになる。ここはセレブリティと一般のお客様が混在していて商売がしにくい。お前もそれで悩んでいただろ」

「はい、そうです」

「ホテルやオーベルージュ、病院など顧客は多いが、ホテルには独自の花屋があり、オーベルージュも大きなセレブ向けの花屋と提携している。病院のお見舞いやビジネス街、ノースエリアの一部の人間にうまく売っていく必要がある」

「さすが、名取。わかってるじゃないか」

「名取さんのおっしゃる通りです。でも、ノースエリアにお住まいの方々のお求めになる花とお見舞いやサウスエリアの方々の希望される花には開きがあります」

「それをどうするのか。どういうビジネスをしたいのか、清水がプランニングして見せろ。それから決める」

「名取」

「まさか、蓮、お前口を出す気か?」

「それはそうだろう。彼女の店は俺の協賛だ。花はうちの船が運んでる。入荷する花の種類を変えるのもうちの許可がいるが、まあそうだな。僕が椎名に言って書類を作らせ、そこにポンと僕がハンコを押せばすんなり進む」

 驚いた。口に手を当ててあっけにとられる。この人いったい……。

「か、神崎さん……ち、違った、すみません。神崎副社長。あの、その……」

「君は面白いね。僕に花を提案したときはあんなに強気だったのに、今はそんな綺麗な格好してあっけにとられた顔してる」

「蓮、わかった。お前のアイデアも盛り込んで彼女にプランニングをさせていい。その代わり、口を出すなら責任も取ってもらうぞ。何かあれば俺一人で被ることはしない。そこだけは書面に残してもらう。いいな」

 神崎さんは手をひらひらと振った。

「ああ、任せておけ。楽しみだな。新しいことをやるのはワクワクする。椎名には怒られそうだが、父は分かってくれると思う」

 彼は私のほうを見るとまた見事なウインクをひとつ落とした。見とれてしまう。

 だから、俳優って言ったのに……彼はとても嬉しそう。本当に信じらんない。

 名取さんはといえば、これまた見たことのない苦虫をかみつぶしたような顔。

 その間にいる私はため息をつくしかなかった。

 忘れもしない、仕事とプライべート両方の運命の歯車が一緒に回りだした瞬間だった。


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