美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

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第三章

イベント

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「やあ、店がうまくいっているようで良かったよ。船は沈まないですみそうだな?」

 上機嫌の彼は、メールを見たのだろう。翌日夜になってわざわざ電話をかけてきた。

「はい。ありがとうございました。すべて神崎さんのお陰です。皆さま、あの画像を見せて同じようなものをご注文されました」

「そう。君のアレンジがいいからだろ。そうじゃなければ、同じものなんて頼まないよ」

「……」

 そうは思えない。私は彼がお世辞を言うのを聞いていた。よほど機嫌がいいんだろう。

「追加注文も先回りしてくださって、今日は本当にそのおかげで助かりました」

「そう。それならよかったよ。でも、なんか元気がないな。何かあった?」

 怖い。どうしてそんなことまでわかるの?こうやって相手の声までよく聞いて、ご機嫌を取りながら経営しているのかな。私、なんだか可愛くない考え方になりつつある。

「おい、どうした?大丈夫か。混雑しているみたいだから疲れたんじゃないのか?手伝いを寄越すように名取に頼んでやる。無理するなよ」

「……いいえ、大丈夫ですよ。それに明日は休業日です。あさってイベントがあるので準備しないといけないですし」

「ふーん。イベントには名取も来るんだろ?」

「ええ、その予定です」

「そう。僕も挨拶があるし、顔を見せるつもりだ。頑張れよ」

「はい」

「それから、しっかり休んで元気になってくれ。僕は君の元気な顔とあの歌が好きなんだからな」

「……ぷっ!あはは……もう、神崎さんったらいつもひどいわ」

「そう、その調子。君はそれがいいんだよ。忘れるな。君のそういうところが好きなんだから」

「……え?」

「あ、いや、その、とにかく無理するなよ」

「はい、ありがとうございます。神崎さんも働きすぎないでくださいね」

「はあ?」

「椎名さんが言ってましたよ。仕事漬けの毎日なんだそうですね。たまには息抜きしてください」

「椎名の奴、余計なことばかり言って……。そのうち落ち着いたら毎日君の店に顔を出して、今度こそ息抜きさせてもらう。へんてこな歌を聞かせてくれ」

「もう、そうじゃないでしょう」

「ああ、今度ゆっくり食事でもしよう。またな」

「はい」

 彼には油断すると考えていることすべてがばれてしまいそう。私は気を引き締めて彼と話さないとだめだなと思った。

 * * * 

 イベントの日。

 とてもよく晴れた春らしい日だった。櫻坂のつぼみも大分ほころび、少し咲きはじめていた。

 ここ櫻坂の桜は有名なので、五分咲きになると週末は特に人が多くなる。少し咲いたくらいで今日は良かったのかもしれない。

 サウスエリアに新しく出来た新しい住宅街の人達やショッピングモールへ買い物に来た人達が、公園で大きなイベントをやっていることを知り、イベント会場へ足を運んでくれた。

 アレンジ教室は午前と午後の二回。午前中はやはり子供連れのお客様が多かった。

 まるで幼稚園のようだった。お母さんやお父さん、兄弟姉妹と一緒にワーワー言いながらポットに花をアレンジしている子供たち。皆喜んで楽しんで帰ってくれた。ひと安心したところで、午後の教室になった。

 時間が丁度三時半からだったので、小さい子供がずいぶんといなくなっていた。大人のお客様も多く、また、見るからにセレブのノースエリアにお住いの人達も散歩がてら来ているようだった。

「ねえ、こんな花材しかないの?ラナンキュラスが欲しいわ」

「アーティフィシャルフラワーはないの?」

「ブリザーブドフラワーを作りたいわ。ねえ、金額はいくらでもいいからなんとかしてよ」

「……申し訳ございません。そういった花材は本日ご用意しておりません」

「馬鹿みたい。こんなどこにでもある子供向けの花じゃ、私たちは楽しめないわ。あなた、どこの花屋?見たことない顔ね」

 隣にいた、友人の女性が言う。

「名取フラワーズって書いてある。ああ、聞いたことあるけどうちじゃ使ったことないわね。シャンパンフラワーが一番ね。やっぱりゴージャスだもん」

「そうよね。ノースエリアではホテルのフローリストが一番よ」

 すると、後ろから私の背中をポンとたたいて、名取さんが現れた。

「お嬢様がた。名取フラワーズにもそういった花はございますよ。よろしければ私が手配して今からご希望のアレンジを教えて差し上げましょう。ただし、この教室の参加条件の金額では無理ですので、追加料金をいただきますよ」

 ふたりは驚いたように顔をあげた。

「あなたはだれ?」

 すると、隣から彼が言った。

「名取フラワーズの代表だよ。知らないのか?君たちも勉強不足だな」

「神崎さん!」

 二人の女性は声を上げた。名取さんはため息をついている。

「神崎。君の言った通りになったな。例の花は入れてあるんだろうな?」

「もちろん。あっちのテントに準備済みだ。ここは特別な地域だからな。こういうお客様が現れる可能性は高い」

 私はあっけにとられた。まさか、セレブリティ向けの花材を準備していたの?私は聞いてない!

 名取さんが私を見て、苦笑いした。

「清水。そんな顔するな。午前中は盛況だったようだな。区長から礼を言われたよ。引っ越してきたばかりのご家族がアレンジを見せてくれたそうだ。こんな花を飾れる街に引っ越してきてよかったと言っていたそうだ」

「名取さん、でも……」

「この土地はセレブ感溢れる憧れの街なんだよ。今日はそのために俺も来たんだ。セレブ向けの花はすべて神崎に頼んであのテントに準備させている。この手のお客様はあちらのテントに誘導してくれ。俺が引き受ける」

「そんな、あの……」

「清水さん。もし、花を定期的に欲しがるセレブのお嬢様方も巻き込めたら、さらに売り上げが見込める。ほら、後ろに家族連れがいる。頼むぞ」

 周りをあっという間にセレブ女性に囲まれた神崎さんは私にウインクした。すると周りの女性達が歓声をあげた。名取さんが彼に声をかけた。他の女性達が名取さんも囲み始めた。アイドル並みだ。もう、二人は見えない。

「……あの、ここ座ってもいい?」

 中学生の女の子二人組が私に聞いた。

「ええ、もちろん。参加費用は大丈夫ですか?」

「うん。ママたちにお金もらって来たから」

「そう、じゃあ座ってください。説明しますね」

 私はテーブルに続々とつめかけるお客様のお相手を始めた。すると、いつの間にか新しい看板が立てられていた。料金が倍以上になるが別な花材でこちらもありますと矢印が書いてある。

 少し違う花材を聞いてこられた方には、あちらでやっておりますと紹介すると皆そちらに行く。結局、子供とお母さんなど家族連れや若いカップルは私のほうへ、少し年配の落ち着いた人たちやセレブはあちらへと自然に別れた。

 またも神崎さんにしてやられた。結果オーライなのだけど、このもやもやはいつまで続くのかしらと皆を教えながら思うのだった。
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