美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

文字の大きさ
27 / 31
第七章

迷い

しおりを挟む
 あれからまた半年が過ぎ、彼のいる街を離れてもうすぐ一年になろうとしていた。

 約束の日はあのオーベルージュの部屋で逢おうと彼から言われていた。

 結局、一年を機にこちらの事務所を閉めて帰る決心ができずにいた。仕事は途切れずオファーがあり、やってみたい仕事も多かった。

 ある雑誌社のインタビューがあり、受けた時のことだ。

「神崎造船の副社長とのお噂について伺いたいのですが」

 切り出されて驚いた。どうしてそんな話?しかも噂?そんなもの、すっかり消えたものと思っていた。あの街だけの噂だったし、一年も前のことだ。

 ほとんどの人が私たちは別れたと思っているはずだ。

「あの、それってどういう……」

「先日、神崎副社長にインタビューをしました。ご結婚についてこうお答えでした。『前から心に決めている人がいてその人にも気持ちは伝わっています。僕は待っているんです。彼女次第というところです』そうおっしゃっておられました。前からというのは昨年の噂になった女性ですかとお聞きすると『僕の噂なんてその時だけでしょ』と笑って答えられて。つまりそういうことですよね」

 びっくりした。何なんだろう。せっかく鎮火した火に自分からまた火をつけるようなことを言うなんて、しかも私に何も言わずそんな質問に応じるなんて信じられない。

「ご結婚をじらしているんですか?どうしてですか?」

 私はびっくりした。

「……じ、じらしているなんて、違いますよ」

「やっぱりお付き合いしているんですね」

 インタビュアーがにっこりした。まずい。

「えっと、そうじゃなくって、えっと……」

「落ち着いてください。YESか、NOそれだけでもいいです。お付き合いされているんですよね?」

「……」

「ね?」

「……あの、その。すみません。ちょっと確認しないと」

「ふはは、確認ってつまり、NOと言わないんだから、それはつまりYESでしょ?」

「……」

「やっぱりじらしているんですね。おかわいそうに、神崎さん。めちゃくちゃ綺麗な方ですよね。男性に言う言葉じゃないですけど、本当にお綺麗な男性ですよねえ」

「……はあ、そうですね」

「花が似合う男って感じですね。フラワーアーティストの清水さんのお相手にぴったりですねえ、あはは」

「……はあ」

「ふはは」

「あ、あの。そのインタビュー記事が出るのはいつですか?」

「ええっと、1か月後くらいですね」

「1か月後……」

「あ、ちなみに今日の清水さんのはその後ですので、2か月後になりますね。出来上がりましたら、事前刷りをお送りしますのでご確認ください」

 私は驚いた。彼にはすべてお見通しでこれも作戦のうちだったのだろうと気が付いた。

 * * * 

 二日後。夜、急に彼が私のマンションへ顔を見せた。こんなことは初めてだった。驚いたなどというものではない。何しろインターフォンの画面にたたずむ美しい彼がいた。

 彼は部屋に上がるなり、私を抱きしめ、耳元でささやいた。

「来ないとだめだと思ってね」

「……え、え?」

「オーベルージュから都内にとんぼ返りしようってんだろ。どうせ泣き付けば僕が許すと思っているな」

「……な、なんのこと?え?」

「一年前僕が言ったことを忘れたのか?」

「忘れていません」

「君を迎える準備を整えておく。逃げても無駄だ。そう言ったはずだ」

「あのね、蓮さん。実は私まだ……」

「さくら」

「だから、ね……聞いて」

 彼は私の口をふさぐと抱き上げてあっちかと一人言うと、寝室へ向かった。

「あ、ね、ちょっと……」

 そしてそのまま抱かれた。今までにないほどの情熱と彼の愛を注ぎ込まれた。

「……君がいない世界で僕は息ができない」

 こうなるのがわかっていたから……だから嘘をついてまで、彼に会えないと断っていたのだ。だって、逢ってしまうと私の心は彼でいっぱいになって溢れてしまう。

 私の心が、何も考えずにあなたの側で毎日こうしていればいいと悪魔のささやきを繰り返すのだ。

 息ができないのは私のほう。あなたといると、こうやってあなたでいっぱいになり、他のことは考えられなくなる。前はこうじゃなかった。身分違いを認識し、我慢が出来た。でも最近はだめなの。あなたが欲しくて、求めすぎてしまう。

 あなたは私に何も心配はいらないから戻れと言う。私はあなたの側にいることを認めてもらえる人間になれただろうか。彼の横顔を見ながら眠りについた。

 明け方、のどが渇いて目が覚めた。隣には彼が寝ていた。長いまつげ。美しい顔。本当にいまだに信じられない。こんなきれいな人とどうして私?体の向きを変えてベッドを出ようとすると彼の腕が腰に巻き付いた。

「……っ!」

「おはよう」

「蓮さん……」

「声がかすれてる。夕べの君はすごかったな」

「!」

 そう言うと、彼は私を解放してくれた。水を持ってきたとき、彼は身体を起こしすでに服を着ていた。

「蓮さん、帰るの?」

「ああ、そろそろ迎えが来る。君も仕事だろ?」

「蓮さん……」

 彼は私をじっと見て言った。

「さくら、君は一年前、一緒に乗っていた船からひとり勝手に途中で降りた。だが、僕は一人ぼっちで船に取り残されている」

 この人……なんてこと言うんだろう。もう少し言い方が……。

「一年海を一人寂しく回ってきた。我慢してね。見捨てられないから一応船が転覆しないよう操縦している」

「……蓮さん」

「まさか、来年も一人で回れと言うのか?そんなことを許すと思うのか?」

「ごめんなさ……」

「謝るのは今年いなかったことについてなら認める。約束の日待ってるよ」

「わかりました」

 玄関先で彼とキス。彼は私の頭を撫でていなくなった。

 久しぶりの逢瀬。彼の熱を浴びて、帰るために何をすべきか真剣に考えようと決心した。彼から離れるなんて所詮私には無理だと夕べ痛感した。

 彼は忙しく、向こうにいた時もほとんど会えなかった。そんな時、彼は通りすがりにアイコンタクトをしたりして顔を見る時間だけ作ってきた。それも距離が近いからできたことだ。

 離れてぱったりと会えなくなった。電話かメールがほとんどの一年だった。でもしょうがない。自分で選択したのだ。

 どうやらお仕事が本当に忙しいようだ。お父様の仕事の半分を肩代わりするようになっていると椎名さんからも聞いている。縁談が降るほどに来るのは彼の遠くない未来に神崎造船の社長就任が他の人に見えているからだとも言っていた。

 わかっている。彼の横に立つ覚悟を持って帰る。彼が必要としているのはそういうことだ。口には出さないがインタビューがそれを教えている。

 それほどの自覚が自分にあるのか、鏡に映る自分を見て考える。でもあのころのように尻込みするほどではなくなったと思う。

 それに、彼のことだけではない。昔からいるあの街のお客様も放っておけない。芹那さんの話を聞いたら余計に心配になった。どうにかして、戻ってからもこちらの仕事を両立できるようにやっていくしかない。

 私は彼のもとへ帰る決心を固めた。急いで仕事を片付け、今更だが今後の交渉を始めたのだった。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

再会したスパダリ社長は強引なプロポーズで私を離す気はないようです

星空永遠
恋愛
6年前、ホームレスだった藤堂樹と出会い、一緒に暮らしていた。しかし、ある日突然、藤堂は桜井千夏の前から姿を消した。それから6年ぶりに再会した藤堂は藤堂ブランド化粧品の社長になっていた!?結婚を前提に交際した二人は45階建てのタマワン最上階で再び同棲を始める。千夏が知らない世界を藤堂は教え、藤堂のスパダリ加減に沼っていく千夏。藤堂は千夏が好きすぎる故に溺愛を超える執着愛で毎日のように愛を囁き続けた。 2024年4月21日 公開 2024年4月21日 完結 ☆ベリーズカフェ、魔法のiらんどにて同作品掲載中。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

吉野葉月
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

処理中です...