美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

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第七章

空中庭園

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 一年ぶりの街。たった一年なのにとても久しぶりに感じた。見るものすべてが懐かしかった。

 出て行ったのはちょうど10月半ばだった。出ていくならその頃にと思ったのもある。花屋はクリスマスからお正月にかけては一年で一番忙しい。抜けるのはクリスマスの準備が始まる11月より前にと考えていたのだ。

 その頃の彼は10月後半から船での半月以上の長期出張も予定していた。離れるにはいい時期だと思ったのだ。

 叔父さんのことが心配で、見舞いで半年前に一度だけ戻ろうとした。ところが、叔父夫妻がそろって私のほうへ現れた。アレンジ発表会を見にきてくれたのだ。

 そんなわけで結局丸一年帰らずにここまできた。寒くなった。コートの襟を立てて駅舎を降りた。

 彼はおそらく仕事だろうから、それまでに一度ビジネス街の店を覗いて来ようと思っていた。叔父さんの家には明日戻るつもりだった。せっかく戻ったのに泊りもせず彼へ逢いにオーベルージュへ行くというのも言いづらい。

 秋バラが大きく見事だ。私が店を出した時に植えたバラだ。大きくなった。中苗だったのがすっかり大苗になり大輪の花をたくさん咲かせている。

 グラジオラス、ダリアも綺麗だ。色んな色のポットマムが鉢に植わって店先を彩る。秋の寄せ植えに合うポット苗がたくさんある。お客様が大勢花を見て選んでいる。店員がその相談にのっていた。客が落ち着いたころ合いを見て声をかけた。

「こんにちは」

「いらっしゃいませ」

 若い店員さんが笑顔で迎えてくれた。店の外観はほとんど変わらない。

「……」

 何を言えばいいのか、胸がいっぱいで言葉が出ない。すると、私を見て微笑んだ。

「いらっしゃいませ。いえ、お帰りなさいと申し上げたほうがいいんでしょうか。清水店長」

「え?」

「ご挨拶が遅くなりました。店長と入れ違いでここに入った佐原と申します。林店長がいなくなられて私がここの店長をさせていただいておりました」

 ショートカットの彼女は丁寧に頭を下げてくれた。

「もしかして、相良さんご紹介の……」

「そうです。大きな声じゃ言えませんがそういうことです」

 私は頭を下げた。

「その節は突然のことなのに入っていただきありがとうございました。本当にいろいろとご迷惑おかけしました。大変でしたでしょう」

「いいえ。面白かったです」

「え?」

「ここは、相良さんのところと違って色んなお客様がおられます。本当に面白かったし、勉強になりました」

「そうですか。それなら良かった。店、大変だったと聞いているのにお客様が戻ってくれているようで嬉しいです」

「林さんも最後は結構本気モードでした。でもお客様に一度本質を知られるとだめです。最初からきちんと対応していないと見切られますね」

「知られるとって……」

「彼女の気質。お客様よりも自分が上という気持ちが見えるんです。いなくなってからのほうがやりやすくなってしまいました。内緒ですけどね」

「佐原さん」

「実は椎名さんからお見えになるかもしれないと伺っていました」

「え?」

「うふふ。神崎造船は名取とは別なうちのパトロンです。実は今、名取グループのこの支店だけ、利益の半分は神崎造船に入れています」

「……は?ええ!」

「もちろん、名取社長もご存じです。何しろ花の入荷に関する相談やアフターケアは椎名さんにしています。すぐに入荷してくれるんですよ、うちの分だけ。公にパトロンであることを発表するのはこれからだそうですけどね」

「……」

 嫌な予感がして口をつぐんだ。まただ。何か考えているんだ。佐原さんは笑顔で私を見た。

「お時間はもうあまりないんでしょ?」

「え?」

「明日も私はシフト入っているので、ぜひゆっくりいらしてください。ご相談もしたいですしね」

 彼女は頭を下げると後ろにいるお客様へ応対を始めた。

 * * * 

 16時過ぎに彼と待ち合わせをしていた。

 オーベルージュのロビーでチェックインしようとしたら、すでに神崎様が上の庭園でお待ちですと声をかけられた。

「庭園?」

「ご案内いたします」

 コンシェルジュに案内され、中層階へ。あちらですと言われ、エレベーターを降りるとライトアップされた美しい庭園が見えた。

「……わあ、すごい、なんて綺麗なの!」

 足元にはたくさんの小さな花々。夕焼けがきれいに見える。花はもう少し閉じかけているが夕方のほうが花の香が強くなる。きんもくせいの香りが漂う。庭園はたくさんのバラが植えられ、アーチになっているところもある。コスモスが秋風に揺れている。

 そういえば、そうだった。このオーベルージュは中階に大きな結婚式も出来る会場がある。とある映画で一度使われて噂になった。

 会場の外に広い庭園があり、もう一階上のチャペルから螺旋階段が繋がっている。チャペルから降りると、庭園で皆がライスシャワーで迎えてくれる。そのまま披露宴を庭園で行うこともできるし、屋内のレストラン会場を使うこともできるのだ。

 映画をきっかけに憧れの場所となって久しい。ただ、最初言ったようにここは会員制。そして、会員だから誰でもが使えるというわけでもないらしい。映画の後、希望者が殺到したが断られると聞いた。

 ここでの特別な式を挙げられる人はひと握り。しかもここに呼ばれる人達はきっと選ばれし人達。軽々しく、SNSにその様子を投稿したりしない。だからこそ、いまだにベールに包まれた憧れの地なのだ。

 私は庭園をゆっくり回りながら、夕日がきれいに見えるところにある素敵なあずまやに入り、腰を下ろした。

 すると後ろのほうから声がした。振り向くと、会場の入り口から歩いてくる彼が見えた。

 私は立ち上がるとこらえきれず、走っていき彼に飛びついた。

「っ!」

 彼は驚いたんだろう、少しよろめいたが私を抱くとしばらくじっとしていた。

「……逢いたかった、蓮さん」

「さくら」

「ここに帰ってきた。約束通り帰ってきたわよ」

 彼は私の手を引いて螺旋階段に導くと上に登っていく。

「わあ、すごい。日が落ちていくのも見えるわ。ねえ、蓮さん」

「そうだな。今度は何を願うかな」

「今度こそ願う。あなたとずっと一緒にいられますように……。でも大丈夫。私は離れない」

「本当かな?君はすぐに僕の為とか言っていなくなる。誰もそんなこと頼んでないのにね」

 階段で停まって私を見下ろしひとこと。

「おいで」

 そう言うと、私を引っ張って白い美しいチャペルの入口へ。

 彼はドアを両手で開けるとそこには美しいステンドグラスにかたどられた教会があった。

 彼は私の手を引いて祭壇の前まで来ると、私を祭壇を背に立たせ、真っ赤な大きなバラの花束を私の前に出した。もしや……。

「108本だ。君なら見ただけで本数がわかるだろ?」

「……蓮さん」

「今度こそ、どこにも行かせない。僕と結婚してください、清水さくらさん」

「……喜んで。こんな、何もない私でよければあなたの側に一生いさせてください」

 私は花束を横に置くと、彼に腕を引っ張られそのまま噛みつくようにキスをされた。

「……あ……ん……ん」

 私はフラフラになるほどの深いキスに足が折れた。

「愛してる、さくら」

 そう言うと、彼は花を持って私をあの部屋へ連れて行った。

 下のレストランから部屋には特別な食事が運ばれていた。素敵なテーブルにキャンドルが揺れる。

「さてと……とりあえずプロポーズを記念してフレンチを頼んでおいた。早速食べよう。そして、そのあとは君だよ。堪能させてもらう」

「……蓮さん」

 一緒にお風呂へ入った時から翻弄され、夜半にはもうフラフラだった。

「……あ、あん、蓮さん、少し休憩させて」

 身体をピッタリとつけている彼は私を抱き寄せるとしょうがないなとつぶやいた。

「さくら」

「なあに」

「明日になればわかるが、君は僕と結婚を約束したよね」

「はい」

「それはつまり、僕の世界に君が入ることを意味する。覚悟しろよ」

「どういうこと?」

「明日わかる。逃さない……僕の住む世界で生きてもらうよ」

 彼は覆いかぶさってきてまた私を愛撫しはじめた。もう止まらない。今日は何も考えない。彼の愛に溺れると決めた。

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