美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

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第七章

挨拶1

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「何これ!」

 オーベルージュで朝食を取ったあと、彼は私を館内にあるセレクトショップへと連れて行った。ここは結婚式も出来るので、こういったところが館内にあると説明された。

 すでにいくつかのブランドのドレスと装飾品、靴が用意されていた。

「今日は両親に会ってもらうよ。もちろん、先に君の叔父さんの家に行くけどね。それなりの準備をここでしようか」

「こ、こんなの……私お金……」

「ああ、そうだ。君には言っておかないといけないね。昨日も言ったけど、さくらは僕の世界に入る」

「え?」

 僕の世界って何?彼は嬉しそうに私を見ながら話す。

「君は神崎蓮の妻となる。つまり、いずれは神崎造船の社長夫人となり、この街を代表する女性のひとりとなるんだ。必要経費はすべて僕が出す。悪いが従ってもらうよ」

 私にウインクをした。あっけに取られて私も口をぽかんと開けて見とれてしまう。嫌になるほどの破壊力。

 それに嫌な予感もする。彼の世界ってまさか……セレブリティっていうことなの?

 顔なじみの美容師がいた。私と同じ櫻坂近く、東地区に店のある美容師の美穂さんだった。

「あ!」

「さくらさん。おはよう」

「美穂さん、どうして……お、おはようございます」

 彼女はにっこり笑うと私に言った。

「近所だし、頼まれるとここの仕事もしているのよ。さくらさんに私がするのね……でも嬉しいわ。あなたはとうとうラグジュアリーを提供する側から受ける側になったのね」

「美穂さん……私」

「さあ、磨き上げるわよ。神崎造船御曹司の大切な人ですもの。今日は大事な日だと伺っています。お任せくださいね」

 目の前の鏡の中でウインクする彼女。

 上から下までそれこそシンデレラのように磨き立てられ、メイク、ヘアセットなどすべてがあっという間に美穂さんの手で仕立て上げられた。

 スタイリストの女性が来て、そちらで着替えをさせられた。

「今日の神崎様の装いは濃紺です。ですからお嬢様も青系で統一させていただきました」

 紺色のドレスだ。裾は長くないがデザイナーズで素敵なデザイン。胸元が広く、大きな花のようなリボンがあしらわれ、かわいらしさもプラスされている。

 長い髪はすでに美穂さんによって綺麗に結いあげられ、同じ色のリボンで止められていた。

 彼も素晴らしい仕立ての冬のビロードの濃紺のスーツに着替えてきた。後ろから私を鏡越しに覗き込んだ彼は満足そうだ。人目も気にせず、耳元にキスをひとつ落とした。

「うん、良く似合う。サイズもぴったりだったな。さすが僕だ。二週間前君を抱いただけですぐにサイズを把握した。褒めてくれ」

「……」

 周りが彼の言葉に赤くなってる。恥ずかしいのはこっちよ。この人は人前でそういうことを平気で口にしてしまう。

「神崎様、清水様はこちらでよろしいですか?」

「ああ、ありがとう。今後とも彼女をどうぞよろしく。彼女のサイズ、似合う色などの情報はすべて記載しておいてくれ。これから必要となるだろう」

「かしこまりました」

「……あ、あの。ありががとうございました」

「お疲れさまでした」

 美穂さんをはじめ、担当してくださった方に頭を下げる。皆さん笑顔で見送ってくれた。

「さあ、さくら。次に行くよ」

 彼と共に出ると黒光りする見たことのある車の迎えが来ていた。

「え、どこに行くの?」

 彼は私の左手を持ち上げて薬指を撫でた。

「ここに入れる証をね。一応予約していたんだ」

 車はしばらく進むと、有名な宝石店の前で停まった。

 最高級の宝石店だと言われている。外観もゴージャス。私はたまにウインドウ越しで外から飾られている宝石を眺めているだけだった。

 まさか、ここに入るの?尻込みしていたら、彼に腕を取られて、いつの間にかエスコートされ店に入れられてしまった。

「いらっしゃいませ」

 店員が綺麗に頭を下げて私たちを迎えた。

「これは神崎様。お待ちいたしておりました」

「ああ。できた?」

「もちろんでございます。どうぞこちらに……」

 店の奥にある部屋へ通された。すごい部屋。VIP用の応接室だ。革張りのソファに案内され、いつの間にか目の前にはポットの紅茶がお盆に準備されている。

「まずは、お品物をご覧いただきましょう」

 ビロードの宝石台に店長がうやうやしく箱から出したその指輪は、見た瞬間釘付けにされるくらいの輝きと美しいデザインだった。そして、大きい。

「いかがでしょう?」

「どう、さくら?ブランドは間違いないものでデザインは僕が君のイメージで選んだ」

「す、素敵すぎて……あの、本当にこんなすごい指輪、蓮さん、私には似合わない……」

「何言ってるんだ」

 私は手を引っ込めてぎゅっと握った。仕事柄、水を使うので傷だらけの荒れた手なのだ。

「手が荒れてるの。仕事柄どうしても水や土を使うし、だから、こんなきれいな指輪は私の手じゃ……」

 彼は私の左手を持ち上げると薬指に目の前の指輪を通した。

「うん。ぴったりだ。それにとても似合う。君がいうほど荒れてないよ。気になるなら、普段からきちんとケアをしていい薬を塗ろう。すぐに元に戻る。これからは素手であまり仕事をしないようにすればいい」

「……」

 私の指のサイズにピッタリだ。しかもとてもしっくりくる。なんだろう。どうしてなの?彼はこうやって私の前を歩いて全部私にいいものを探してくる。

「どう?」

「信じられないくらいピッタリなのはどうしてなの?蓮さんはどうして、なんでも私の好みや希望がわかるのかな?」

「それは当然だ。店長どうかな?」

「ご注文へいらした際にお話しされていた特徴通りですね。指がすっとまっすぐで指は細長く、爪の形まで卵型だとご説明してくださった。どれだけ奥様になられる方をご寵愛かよくわかりました。似合うはずです」

「……うそ」

 私は驚いて口元に手をやった。

「ではこちらでよろしいでしょうか?刻印を急いでさせていただきます。お茶とお菓子をお召し上がりください」

「蓮さん、ありがとうございます」

「今日の挨拶は指輪をして行ってもらう。まずは、君の叔父さんのところへご挨拶に行く」

「はい」

「その後、うちへ行くよ」

「わかりました」

 彼をじっと見つめていたら聞かれた。

「なに、どうした?」

「ううん。何もかもこうやって準備してくれていたなんて……私、本当に一年で帰ってきてよかった」

「まだ準備していたものの半分以下しか見せてない。驚くのはこれからだ」

「え?」

 ほくそ笑む彼の横顔に、嫌な予感がした。

 連れていかれたのは叔父の家ではなく、そのはす真向かいだった。叔父の家の真向かいは売りに出たと聞いていた。まさか……。

 そこには大きな店が建設中だった。まだ看板が出ていないがどう考えてもこれは……ビジネス街にある店と造りが同じだ。花屋に違いない。奥には冷蔵室やら考え抜かれた配置。応接室もある。

「ここは君の店『ブラッサムフラワー本店』だよ。敷地面積もビジネス街の店と同じかそれより大きい。外観だけ決めてほしい。最終調整の上、急げばあとひと月で開店できるよ」

「蓮さん!」

「僕は怒られる?少し椎名から脅されていた。勝手にこんなことして、自分でやりたいんじゃないかとね。でもね、ごめん。僕は君を妻にするつもりだし、今度こそ冠を見せる」

「……冠?」

「神崎蓮プロデュース。愛する妻の為、ちょっと経営音痴な妻を僕が助ける。父も許せば神崎造船の本社受付にあるうちの模型を店先に置くつもり。つまり、神崎造船の冠を見せる」

 指輪の次はこれ?

 今度は勝手に店を作ってしまって……怒るか聞いてくる。はああ。

 もうそんな気は起きなかった。だって彼は付き合う前からこういう人だった。支店の場所を勝手に抑えて喧嘩したのが懐かしい。

 それにしてもこの店は驚いた。まさかここまで作ってしまっているとは思わなかった。

「やるならここでやりたかったの。嬉しいわ。蓮さん、本当にありがとう」

 彼は嬉しそうにはにかんだ。

「良かった。そう言ってもらえてほっとした」

 店の外観に釘付けとなる。夢の実現が近い。しかもこの配置。前に叔父さんと話していた今度の店はこういうのがいいんじゃないと話していた配置なのだ。もしや……。

「もしかして叔父さんにここの設計とか相談してる?」

「もちろんだよ。僕は花屋のしろうとだ。目の前にいる君の叔父さんにご意見を頂いている」

「やっぱり……。前に叔父さんが言っていた通りの造りになってるんだもの。そういえば、昨日ビジネス街の店に寄ってきたの。あちらのことも本当に今まで色々ありがとう」

「そう、聞いたんだね。名取から半分権利を買い取っているのは変わらない。そして、いずれこちらのものにする約束もしてある」

「何から何まで……」

「ね、褒めてくれよ。ひとりぽっちで船を操縦してここまで来たんだ。怒るなよ」

 彼は私の腰を囲い、目の前に連れてくる。目を合わせて小首をかしげて見せた。もう、本当に……。

 彼に抱きついた。

「ありがとう、凄いわ、蓮さん。あなたはこういう人。私の前に現れたときから先回りが大好きな人だった。そのあなたに導かれてここまで来た。一緒に経営してください、神崎副社長」

「ああ、任せろ。船が沈没しないよう見張るのは僕。それ以外はぜーんぶ君。いい?」

「私はあなたの妻になるのよ。あなた自身が沈まないように見張ってあげる」

 彼は頭を押さえて笑い出した。

「これは一本取られたな。よろしく頼むよ、さくら

「私の船もお願いします。蓮

 二人で笑っていたら、後ろから叔父夫妻が現れた。

「いらっしゃい、神崎君。おかえり、さくら」

「……叔父さん、叔母さん、ただいま!」

 私は彼らに抱き着いた。

「まあ、素敵な服。綺麗よ、さくら、そういうことなのね」

 叔母は私を見て感嘆した。叔父が促す。

「さあ、入りなさい。神崎さんもどうぞ」

 彼は部屋に入ると、居住まいを正し、二人の前で頭を下げて言った。

「お二人へご挨拶させてください。姪のさくらさんを私にください。昨日、彼女にプロポーズして応じてもらえました」

「叔父さん叔母さん。彼の妻になりたいです」

 私はきちんと挨拶をしてくれた彼に胸がいっぱいになった。叔父はにっこり笑った。

「私達はさくらの親ではない。だから彼女の両親にもう一度聞いてください。私達はさくらが選んだ人なら賛成します。ただ、ノースサイドにお住いだったあなたの世界に、うちのさくらが入って妻としてやっていくには何らかの助けが不可欠でしょう。大丈夫ですか?」

「そのことならご安心ください。彼女をノースサイドに連れていくのですから、両親と共に彼女をあちらの世界の住人にしてみせます。両親はすでにこの結婚に賛成していますが、この後彼女を正式に紹介するため家へ連れていくことになっています」

 ノースサイドの住人。あちらの世界。どうしよう、私……覚悟がまだできてなかった。叔父は別な話をしてきた。

「さくら、あちらの店のことだがお前がいない間すべてやってくれていたのは彼だ。彼に足を向けて眠れないぞ。神崎さん、どうかさくらをよろしくお願いします」

 叔父と叔母は彼に深く頭を下げた。

「叔父さん、叔母さん、ありがとう」

 彼に頭をさげてくれた叔父夫妻を見ているうちに、涙があふれてきた。お茶を飲んで一息ついたところで叔父は言った。

「そこの店のことだが、神崎さんと相談して大まかな入れ物しか作ってない。あとはお前のやりたいようにやりなさい。新しいことを吸収してやりたいこともあるだろう」

「はい」

「ビジネス街の店は私もパートで半年前から週二回入っているの。今までのお客様も取り戻してあるから安心してね」

「叔母さん」

 私たちはここでお昼を頂き、再度迎えの車に乗った。
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