美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

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第七章

挨拶2

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 迎えの車に乗り込んだ私たちは、叔父夫妻に見送られた。

 車はノースサイドとの境にある門の前まで行くとピタッと一旦停まった。守衛さんが車と運転手を見ただけで敬礼し、すぐに門を開けてくれた。

 すごい。特別感が半端ない。

 入った瞬間からドキドキする。だって、車窓から覗く景色に目が釘付けとなる。見るからにすごい豪邸が並んでいる。

 緑豊かな高台に高級住宅や別荘が立ち並ぶ閑静な街並み。大企業の社長や資産家がこの地に住んでいる。

「すごいおうちがいっぱいだわ」

 高級車の窓に張り付いて外を見る私と、それに全く興味のなさそうな彼。

「そう?」

 私は外を覗くのをやめて、彼のほうを見た。

「そう?って……もう。それにしても店まで作って、一年で私が戻らないって言ったらどうするつもりだったの」

「だから、二週間前に確認のため君を捕獲しに行っただろ。嫌な予感がしていてね」

「もう、信じられない……」

 彼は私の左手を握り、指輪の辺りを口元へ付けた。

「さあ、両親にあいさつしてもらうよ。逃げるなよ」

「逃げても無駄でしょ。周りから固められたわ。どこへ逃げるの?ここよりいいところがあるなら教えてください」

「何しろ僕が側にいるんだ、これ以上のところはないね」

「ずっと聞きたかったの。林さんとの縁談は大丈夫だったの?会社に不利益はなかったの?」

「なかったよ。何しろ、彼女が自分で父親に頼んで、向こうから破談にしてほしいと頼まれたくらいだ」

「ええ?!」

「ビジネス街の店は君がいなくなり、見る間に凋落した。僕はわざと助けなかった。彼女、店を去る直前に訪ねてきた。謝られたよ」

「そうだったの」

「君は巻き込まれていい迷惑だったな。彼女は元から僕とどうこうなる気はなかったと言ってた」

 それはどうだろう。彼女はそう言っていたがそうじゃなかったと思う。あわよくばと思っていたに違いない。

 とにかく、彼女もあちらで今頃頑張っていることだろう。彼女が帰ってきたときに笑われないようにいい店にしたい。

 しばらく車で走るととりわけ大きな目立つ家が見えてきた。これって、どう見ても日本建築じゃない。

「この家石造りよ、外国みたい。とても素敵ね」

 指さして彼に言った。

「そうかい?父さんに言ってあげて。父さんの夢の詰まった家なんだよ」

 私はあっけにとられた。うそでしょう。だって、その家の門の前に車がスッと停まってしまった。

 美しいアーチ型の門。白い砂が続く道の前には白亜の美しい石造りの建物が目の前にあった。

「まさか……こ、ここ?」

 ギッと音を立てて、門を開けた人がいる。

「いらっしゃいませ。ようこそ、神崎邸へ」

「椎名さん!」

「清水さん。おかえりなさい。そして蓮様。旦那様達が首を長くしてお待ちですよ」

「椎名さん、色々店のこと聞きました。本当にありがとうございました」

 私が彼に向かい丁寧に頭を下げると椎名さんは笑った。

「とんでもございません。仕事ですから……」

「え?」

「最初、お店に援助をしたいと蓮様から相談されたとき、仕事としてやるからお前に相談したと言われました。まあ、途中から仕事だかプライベートだかわからなくなりましたが、今や大事な収入源です」

「椎名、お前相変わらず……ひと言多い」

 彼は私の手を引いて中へ入っていく。口元を押さえた椎名さんがその後ろに続いた。

 オーベルージュだって洋館で美しかった。でもそれ以上の驚きがあった。ここは何?

 日本とは思えない洋風建築。お城?白いお城にしか見えない。彼に手を引かれながらきょろきょろと進む。

 そういえば、この神崎邸というのはノースサイドでも有名な洋館として有名だと以前聞いたことがあった。

 それにしても洋館ってお城のことなの?これは私の知識の中ではお城です……。驚きすぎて段々歩みが遅くなる。

 まさかこんなすごいとは思いもしなかった。

 そして、このお城のようなお屋敷に住む御曹司が背中を向けて前を歩いている。私、今更ながら尻込みしてきた。周りを見て圧倒され、足が止まった。

 彼がそれに気づいて後ろを向いた。

「さくら、どうした?」

「……あ、あ、あのね、やっぱり私……」

「大丈夫ですよ、清水さん」

 後ろから追い抜いていく椎名さんが正面玄関のドアを開けた。

 彼はため息をついて、私の横に来ると肩を抱いた。

「これだからプロポーズして叔父さんご夫妻にご挨拶してから連れてきて正解だった。椎名が逃げ出すかもしれないと言ったがその通りになった」

「しょうがないですよ。普通の人はここを見たら驚きます、ね、清水さん」

「……」

 コクコクと頷く私の顔を覗き込む。私の背中をおした。

「さあ、行こう!」

「れ、蓮さん!」

「ここは君の家になるんだぞ、さくら」

「……!」

 奥の部屋に入ってまたびっくりした。何ここ?

 西洋風のテーブルに燭台。シャンデリア。ぐるりと囲む美しい洋風家具の数々。大きな花。目が回りそう。

 そしてテーブルの向こうにはにっこりとほほ笑む美しいご夫妻がいた。

 立ち上がってこちらに来られた。

「父さん、母さん、彼女が僕のフィアンセになった清水さくらさんです。さくら、両親だ」

「は、はじめまして……。し、清水さくらと申します」

「いらっしゃい。ようやく会えた。私が蓮の父の佑です」

「初めまして、清水さん。お会いしたかったわ」

 促されて席に着く。緊張してしまう。

 部屋もそうだが、ご両親にも驚いた。

 お父様おいくつなの?とてもお若くて、素敵だ。お母様は彼に面影がよく似ておられる。お若くてお美しいし、なんというか、清らかな雰囲気がある。

「そんなに緊張しないで、大丈夫よ」

「……あ、はい」

 彼のお父様が口を開いた。

「ブラッサムフラワーの初代店長である君の叔父さんの母上は私の母の古い友人だった。そのため、昔からうちはあそこ以外では花を買わなかった」

「ええ。ありがとうございます。叔父からこちらとの関係を聞いたのは二年くらい前でした」

「そうか。息子がそのブラッサムフラワーの娘さんと付き合いだしたので縁談を全部破棄したいと言って来たときは本当に驚いた」

「そう?私は最初にあの子が花を注文に行って、自分で花を買って帰ってきたのも驚いたけど、翌日から様子が変わったのでとにかくびっくりしたの」

「え?」

「聞いたら、花屋の彼女にまた会えたと翌朝それは嬉しそうに話してた。ドレスの似合うとてもきれいな人だったってね。これは、もしかしてと思ったら案の定……」

「……母さん!」

「うふふ、まあいいじゃないの。うまくいってよかったわねえ、蓮は仕事ならできるけどそれ以外は本当に……」

「まあ、そこまでにしてやれ。とにかく良かったよ。清水さん、うちへお嫁にきてくれるということでいいんだよね?」

 お父様が私に茶目っ気のある笑顔でお聞きになる。

「……さくら?」

「あ、はい。でも、こんな私でいいんでしょうか?」

「いいんだよ、何も問題ない」

 蓮さんが先に答えてしまった。お父様はまだ何もお答えになっておられない。

「蓮さんに聞いてません……」

 私は小さい声で言った。

「……うふふ。面白いわね、あなた」

「ああ、清水さん大丈夫だ。蓮がいいというんだからいいんだ。あとのことはこいつに任せておけばいい。もちろん私達も君の為に手助けするよ。家族になるんだ」

「お店のことですが、神崎造船の船で花の入荷から優遇までしていただきました。資金援助も彼からしてもらっています。本当にありがとうございました」

「それはこいつがしたことだろ?私は関与しておらんから気にしないでいいよ」

 社長は紅茶を持つ手と反対の手で彼を指さした。

「父さん」

「なんだね」

「前に言っていた通り、ブラッサムフラワー本店を櫻坂通りから入ったところに出す。ビジネス街の店は名取から買い取り、ブラッサムフラワーの二号店になる」

「ふむ」

「うちの冠を見せていいかい?共同経営にする」

「ほおう。お前の名前じゃなく、うちの会社か?」

「ああ。社長に就任してからでもいいかと思ったが、どうせやるなら早いほうがいい。彼女にとってやれることの範囲が増えるだろう。うちの船でしか仕入れられない花を入れて特別感を出す」

「いいんじゃないか。だが、それなら稟議を上げて社内を通す必要がある。覚悟はあるのか?公私混同だと言われて突き上げもあるぞ」

「もちろん。結果を見せてやる。椎名」

 彼は手をたたいて椎名さんを呼んだ。椎名さんは彼に書類を手渡した。

「これが、ビジネス街の二号店のここ一年の経営状態をまとめたものです。僕の融資額とその利益なども詳しく記載しています」

 受け取ったお父様は眼鏡をかけなおしてじっくりとその書面を見つめている。私が見たいくらいだ。

「それと、新しい店の費用と予測値などはこちら……」

 お父様は書類を見ながら色々彼に質問しだした。ビジネス用語が飛び交っている。目が点になって驚いている私を見て、お母さまはにっこりした。

「ああ、驚くわよね。この人たちは家族の会話に普通に経営の話が絡むから気にしないで。ま、そのあいだ私たちは楽しく別な話でもしていましょう」

「……あ、あの」

「なあに?」

「私がフラワーアーティストとして仕事を続けていて大丈夫でしょうか?」

 お母さまは可愛く頭を傾けた。

「大丈夫ですよ。幸い、私もいまだ現役でいろいろやっています。それにね、昔ほど面倒なこともなくなりました。まあなんとかなりますよ」

「奥様」

「あら、ぜひおかあさまと呼んでほしいわ」

「!」

「私もさくらさんと呼んでいいかしら?」

「はい、もちろんです、お、おかあさま……。私のことは呼び捨てでも構いません」

「うふふ。いい響きね。おかあさま……。やっと呼んでくれる人が現れた。待ちくたびれました」

 私はお母さまと笑い出した。

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