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捕獲2
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佳奈美さんは、苦笑いしている。そして周りを見て言った。
「みんなどこに行ってると思う?社食だよ!弁当組まで社食へ見に行ってるよ」
「何を?」
佳奈美さんは私の耳元に近づいて小さな声で囁いた。
「榊原の御曹司。なんか佐々木部長は今日から休んでるけど、出社停止なんだってさ。なんかあったらしいよ」
衝撃で声が出なくなった。
御曹司って……崇さんのこと?え、どうして帰ってきたの?まだ予定より、大分早いじゃない。というか、なぜ支社に来る?おかしい、嫌な予感しかしない。
そして……佐々木部長の出社停止とはどういうこと?もしかして、辰巳先輩に送った資料が役に立ったなら、どうして連絡してこないんだろう。もう先輩……結局もう私の事なんてどうでもいいのね。
「さっき、社食で人だかりできていてびっくりしたよー。でもね、にこりともしないくせにすごいイケメンだよ。さすが御曹司だね」
「……」
無愛想でイケメンだったなら間違いなく崇さんだ。そう、笑わないけど、整っているからイケメンなのだ。
「菜々ちゃん?どーした?顔色悪いよ……疲れたの?」
私の頭が『会いたくない、どうしよう』というふたつの言葉で埋め尽くされたとき、坂本君が入ってきた。
「あー、くだらない。女どもはエリートとイケメンが大好物だからな。香月、お前も暇だったら見に行ってたのか?」
「坂本君、どうせ私がそういうのを見に行かないの知ってるでしょ」
「そうだな。香月は本部から他のエリートイケメンが来たときも見に行かなかったもんな。そういうのは見慣れてるから、そうじゃない俺のほうが落ち着くんだろ?」
「そうだね。坂本君見てるとほっとするよ」
笑って彼を見た。すると、彼も嬉しそうに答えた。
「そうだろ、そうだろ。俺みたいな普通の人間が一番一緒にいるとほっとするんだよ。でも残念なことに、ほっとするのってモテないんだよな」
「そう?坂本君はいい人だからそのうちすぐに彼女も出来るでしょ?友達だって多いじゃない……」
「友達ねえ……俺が欲しいのは友達じゃないんだけどね。普通で、いい人か……」
走って戻ってきた難波さんが、ふわふわの巻き毛を綺麗に手でなでつけている。
彼女はここのインフルエンサー。服も、髪型も本当に可愛いけど、口が悪い。その彼女が興奮している。
目をくるくるして嬉しそうに話し出した。
「香月さん。すごいですよ、見ました?本当にイケメンです。さすが御曹司!」
「……まだ見てないよ」
彼女は私の二年後輩。他の営業さんの事務と佐々木部長の庶務も兼ねている。
「難波。お前は相変わらずエリートとイケメンが大好きなんだな」
「当たり前です。坂本課長だって美人系が大好きのくせして、よく言いますよね」
「な、お前、いつ俺がそんなこと言った?」
「言ってないけど、目で追いかけてるじゃないですか」
真っ赤になった坂本課長は、いつものように難波さんと言い争いを始めた。はあ……。
「難波、何言ってんだ。俺はそんなの身に覚えない」
「そうやって知らないフリしてると損しますよ。私みたいに欲しいものは欲しいって言わないと手に入りませんからね」
彼女がチラリと私を見た。
すると、ざわざわという音とともに、きゃあ、という黄色い声。あっという間に他の女子社員達が走って戻ってくると席についた。ポーンというエレベーターホールの音がする。私達もお互い席に戻った。
支社長と一緒に歩いてくる背の高い彼が遠くからでも見えた。ああ、相変わらずの美貌。でも少し痩せたような気がする。あれから色んな事があった。
「専務のことは放りっぱなしで何してたのよ!」と問い詰めたいくらいだけど、もういい。
小さい声で難波さんら若い女性達が、足が長いとか、かっこいいとか、例のごとくささやき始めた。
支社の人は知らないのかもしれないが、具体的に花嫁候補として存在する秘書課の女性陣もいる。
支社の女性達には可哀想だが、ここは久しぶりに御曹司を生で見られてよかったねとはしゃぐくらいで丁度いいのかもしれないと思う。
支社長が手を叩いてみんなの目を自分に向けさせた。
「皆さん。大勢のギャラリーが社食にいたので、先ほど目にした人もいるかな。海外から少しだけ帰国された御曹司が、わざわざうちの支社へいらっしゃいました」
辺りがシーンと静かになった。
彼は周りを見渡すと一歩前に出た。半年前より少し痩せたが、そのせいで精悍に見えた。
周りを見渡した彼は、最後に支社長の一番近くへいた私に目を留めた。一瞬目が合ったような気もしたが、すぐに目をそらされた。
「皆さん、いつもお仕事ご苦労様です。榊原です。今日は部長に関わることで少しやるべきことがあり、急遽こちらに伺いました。二、三日ですがお世話になります」
皆がパチパチと拍手をする。ふたりは打ち合わせがあるのだろう、隣の支社長室へ入っていく。御曹司が先に入る。支社長が入る前に急いで声をかけた。
「支社長」
「ん?」
「頼まれていた資料は出来上がっています。確認頂いてからプリントアウトしようかと思ったんですが、お時間ありますか?」
「香月さんがやったなら問題ないだろ。すぐにプリントアウトして部屋へ二部持ってきて」
「わかりました。コーヒーでいいですか?」
「ちょっと待って。崇さん、コーヒーでいいですか?」
ドアを開けて支社長が確認した。彼はうなずいた。私を見もしない。
「みんなどこに行ってると思う?社食だよ!弁当組まで社食へ見に行ってるよ」
「何を?」
佳奈美さんは私の耳元に近づいて小さな声で囁いた。
「榊原の御曹司。なんか佐々木部長は今日から休んでるけど、出社停止なんだってさ。なんかあったらしいよ」
衝撃で声が出なくなった。
御曹司って……崇さんのこと?え、どうして帰ってきたの?まだ予定より、大分早いじゃない。というか、なぜ支社に来る?おかしい、嫌な予感しかしない。
そして……佐々木部長の出社停止とはどういうこと?もしかして、辰巳先輩に送った資料が役に立ったなら、どうして連絡してこないんだろう。もう先輩……結局もう私の事なんてどうでもいいのね。
「さっき、社食で人だかりできていてびっくりしたよー。でもね、にこりともしないくせにすごいイケメンだよ。さすが御曹司だね」
「……」
無愛想でイケメンだったなら間違いなく崇さんだ。そう、笑わないけど、整っているからイケメンなのだ。
「菜々ちゃん?どーした?顔色悪いよ……疲れたの?」
私の頭が『会いたくない、どうしよう』というふたつの言葉で埋め尽くされたとき、坂本君が入ってきた。
「あー、くだらない。女どもはエリートとイケメンが大好物だからな。香月、お前も暇だったら見に行ってたのか?」
「坂本君、どうせ私がそういうのを見に行かないの知ってるでしょ」
「そうだな。香月は本部から他のエリートイケメンが来たときも見に行かなかったもんな。そういうのは見慣れてるから、そうじゃない俺のほうが落ち着くんだろ?」
「そうだね。坂本君見てるとほっとするよ」
笑って彼を見た。すると、彼も嬉しそうに答えた。
「そうだろ、そうだろ。俺みたいな普通の人間が一番一緒にいるとほっとするんだよ。でも残念なことに、ほっとするのってモテないんだよな」
「そう?坂本君はいい人だからそのうちすぐに彼女も出来るでしょ?友達だって多いじゃない……」
「友達ねえ……俺が欲しいのは友達じゃないんだけどね。普通で、いい人か……」
走って戻ってきた難波さんが、ふわふわの巻き毛を綺麗に手でなでつけている。
彼女はここのインフルエンサー。服も、髪型も本当に可愛いけど、口が悪い。その彼女が興奮している。
目をくるくるして嬉しそうに話し出した。
「香月さん。すごいですよ、見ました?本当にイケメンです。さすが御曹司!」
「……まだ見てないよ」
彼女は私の二年後輩。他の営業さんの事務と佐々木部長の庶務も兼ねている。
「難波。お前は相変わらずエリートとイケメンが大好きなんだな」
「当たり前です。坂本課長だって美人系が大好きのくせして、よく言いますよね」
「な、お前、いつ俺がそんなこと言った?」
「言ってないけど、目で追いかけてるじゃないですか」
真っ赤になった坂本課長は、いつものように難波さんと言い争いを始めた。はあ……。
「難波、何言ってんだ。俺はそんなの身に覚えない」
「そうやって知らないフリしてると損しますよ。私みたいに欲しいものは欲しいって言わないと手に入りませんからね」
彼女がチラリと私を見た。
すると、ざわざわという音とともに、きゃあ、という黄色い声。あっという間に他の女子社員達が走って戻ってくると席についた。ポーンというエレベーターホールの音がする。私達もお互い席に戻った。
支社長と一緒に歩いてくる背の高い彼が遠くからでも見えた。ああ、相変わらずの美貌。でも少し痩せたような気がする。あれから色んな事があった。
「専務のことは放りっぱなしで何してたのよ!」と問い詰めたいくらいだけど、もういい。
小さい声で難波さんら若い女性達が、足が長いとか、かっこいいとか、例のごとくささやき始めた。
支社の人は知らないのかもしれないが、具体的に花嫁候補として存在する秘書課の女性陣もいる。
支社の女性達には可哀想だが、ここは久しぶりに御曹司を生で見られてよかったねとはしゃぐくらいで丁度いいのかもしれないと思う。
支社長が手を叩いてみんなの目を自分に向けさせた。
「皆さん。大勢のギャラリーが社食にいたので、先ほど目にした人もいるかな。海外から少しだけ帰国された御曹司が、わざわざうちの支社へいらっしゃいました」
辺りがシーンと静かになった。
彼は周りを見渡すと一歩前に出た。半年前より少し痩せたが、そのせいで精悍に見えた。
周りを見渡した彼は、最後に支社長の一番近くへいた私に目を留めた。一瞬目が合ったような気もしたが、すぐに目をそらされた。
「皆さん、いつもお仕事ご苦労様です。榊原です。今日は部長に関わることで少しやるべきことがあり、急遽こちらに伺いました。二、三日ですがお世話になります」
皆がパチパチと拍手をする。ふたりは打ち合わせがあるのだろう、隣の支社長室へ入っていく。御曹司が先に入る。支社長が入る前に急いで声をかけた。
「支社長」
「ん?」
「頼まれていた資料は出来上がっています。確認頂いてからプリントアウトしようかと思ったんですが、お時間ありますか?」
「香月さんがやったなら問題ないだろ。すぐにプリントアウトして部屋へ二部持ってきて」
「わかりました。コーヒーでいいですか?」
「ちょっと待って。崇さん、コーヒーでいいですか?」
ドアを開けて支社長が確認した。彼はうなずいた。私を見もしない。
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