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捕獲1
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最近はすっかり支社での生活に慣れた。あの左遷、いや都落ちから半年が過ぎていた。
辰巳さんから頼まれたことは秘書室長の新藤さんからもきちんとやってくるようにと異動前日に密命が出た。こんな危ないことをさせるなんて、私って結局どこへいってもこういう扱いなんだと思って、やはり会社を辞めたいですと喉元まで出かかった。
でも横に立って私の顔色を見ていた辰巳さんが「お願いだ、辞められたら俺も辞めることになる」とまた手を合わせた。そして、お詫びと送別だと言って、私にその後、フレンチのフルコースを奢ってくれた。まあ、ランチだったけど……。
そして、引き継ぐ事も特にない私は、翌月頭から神奈川支社へ普通の事務として入った。でも、支社長は秘書室長から何か聞いていたらしく、最初私を部屋に呼んで言った。
「ええと、香月さん。君には僕の秘書というか庶務をやってもらうよう新藤秘書室長から言われている。まずは、僕宛に来る書類や郵便物などの管理を頼むよ。こっちのシステムに慣れたら、パソコンで書類もやってもらう」
「……はい」
お腹の出たおじさまは赤い顔をして私を見ている。そして今たまっている書類を見せた。
「君が専務秘書だったことはここでは内密にするから。上からそう言われている。それと、案件別に書類は分けておいてね。部長は二人いて、そこから稟議が上がってくる。まあ、君は秘書だったし、よくわかっているだろうから大丈夫だよね。よろしく頼むよ」
「はい、わかりました。稟議書は書類で上がってくるんですか?今はデジタル書類ですよね。支社は違うんですか?」
「もちろんデジタルで作ってそれで上がるけど、僕はパソコンで書類見るのが下手くそでね。見逃したりすると怖いから、一応書類として印字してもらってそれも上げてもらうんだ。すごいだろ。ダブルチェック。完璧だよ」
どこがすごいの?何それ?なんとなくわかった。支社長がパソコン苦手だということは、部長クラスも知っているはず。嫌な予感がした。私がすべきことはなんとなく理解したので、笑顔を貼り付けて返事をする。
「はい。ではここにあるのからやっておけばいいんですね」
「そう。わからないことはそこにいる事務のチーフの高城佳奈美君に聞いて。彼女が君の仕事を今までしていたからね」
ガラス張りの支社長室で、フロアに見える茶髪の短髪の女性を指さした。
「はい。そう致します」
「うん、うん。いい感じだな。さすが本部秘書だね」
鼻歌を歌って彼はいなくなった。
専務の時の量の五分の一くらいだ。ほっとしたら、また支社長が戻ってきた。
「あ、忘れてた。あのね、佐々木部長の下の坂本課長の営業事務もやってほしい。それも本部からの依頼」
「はい、わかりました」
「佐々木君のことは坂本課長がよく知っているし、おそらくは、うん、まあいい」
「……支社長は私のここへ来た理由とか全てご存じなんですね?」
「そう。だから……まあ、新藤秘書室長に言われていることは守るよ。せっせと頑張ってね」
「はい」
「ああ、坂本君は今外出中だよ」
「わかりました」
そうやって始まった私の支社生活。佳奈美さんは年も近くて優しかったので、すぐに仲良くなった。そして、坂本課長は同期だった。どうやら佐々木部長の件は彼が密告したようだった。
口にはしないが、私はデジタルが苦手な支社長と案件の実態を知る坂本君に囲まれて思ったよりも早く問題に当たりを付けることができた。
それらしきものをファイルして、辰巳さんに本社便でいくつか送った。私がここに来る意味はすでに達成したような気がする。あとは伸び伸びと生活するだけだ。
支社はのんびりというのとは違うのだが、本部の緊張した日々からは考えられない毎日だ。やれる範囲でできることをしているだけだ。後ろから、声がかかった。
「おーい、香月。お前いつになったら俺のことやってくれんの?明後日までに作ってくれるんだよな?」
坂本君は、来週重要なプレゼンを控えている。相当の金額の案件だ。
「午後からはやれると思うよ。迷惑かけてごめんね。支社長の急ぎはあと少しなの」
「頼むな」
「ええ」
いつものことだが、同期だから許してくれる。ここに来て初めて同期だと知った。気さくでいい人。そして仕事が出来る。支社は彼のお陰で回っているんだとしばらくして知った。
支社長の資料作りは昨日急に頼まれた。なんだかしらないけど、本社から確認する人が来るという。監査?こんな時期だったっけ?
とにかく今日の午後までに作って欲しいと目を三角にして頼むから、フルパワーで昼休みを返上して片付けた。
支社に来て、こんなに頑張ったのは初めてだ。これなら午後からの打ち合わせに間に合うだろう。
大体何の打ち合わせなんだろう。詳細を全く聞かされていないのだが、ここ三年の取引内容をざっくりまとめた資料だったので正直大変だった。
とりあえず、プリントアウトする前に、支社長に確認してもらったほうがいいだろうと頭の中で道筋を付けて、パソコンから目を離した。眉間を揉む。正直本当に疲れた。
一息つこうと立ち上がると周りを見渡したら女性陣がほとんどいない。
何これ?お昼休みだけど、お弁当食べているいつものメンバーさえ見当たらない。何かあったの?
戻ってきた佳奈美さんを捕まえた。
「……佳奈美さん、みんないないんですけど、どこに行ってたの?」
「菜々ちゃんやっと終わったの?全くもう支社長に振り回されて大変だよねえ。本当にお疲れさん。昼ご飯は?」
「あ、朝買って来たおにぎりを少し食べました。こんなことになるんじゃないかと思ったから……買って来てよかったです」
辰巳さんから頼まれたことは秘書室長の新藤さんからもきちんとやってくるようにと異動前日に密命が出た。こんな危ないことをさせるなんて、私って結局どこへいってもこういう扱いなんだと思って、やはり会社を辞めたいですと喉元まで出かかった。
でも横に立って私の顔色を見ていた辰巳さんが「お願いだ、辞められたら俺も辞めることになる」とまた手を合わせた。そして、お詫びと送別だと言って、私にその後、フレンチのフルコースを奢ってくれた。まあ、ランチだったけど……。
そして、引き継ぐ事も特にない私は、翌月頭から神奈川支社へ普通の事務として入った。でも、支社長は秘書室長から何か聞いていたらしく、最初私を部屋に呼んで言った。
「ええと、香月さん。君には僕の秘書というか庶務をやってもらうよう新藤秘書室長から言われている。まずは、僕宛に来る書類や郵便物などの管理を頼むよ。こっちのシステムに慣れたら、パソコンで書類もやってもらう」
「……はい」
お腹の出たおじさまは赤い顔をして私を見ている。そして今たまっている書類を見せた。
「君が専務秘書だったことはここでは内密にするから。上からそう言われている。それと、案件別に書類は分けておいてね。部長は二人いて、そこから稟議が上がってくる。まあ、君は秘書だったし、よくわかっているだろうから大丈夫だよね。よろしく頼むよ」
「はい、わかりました。稟議書は書類で上がってくるんですか?今はデジタル書類ですよね。支社は違うんですか?」
「もちろんデジタルで作ってそれで上がるけど、僕はパソコンで書類見るのが下手くそでね。見逃したりすると怖いから、一応書類として印字してもらってそれも上げてもらうんだ。すごいだろ。ダブルチェック。完璧だよ」
どこがすごいの?何それ?なんとなくわかった。支社長がパソコン苦手だということは、部長クラスも知っているはず。嫌な予感がした。私がすべきことはなんとなく理解したので、笑顔を貼り付けて返事をする。
「はい。ではここにあるのからやっておけばいいんですね」
「そう。わからないことはそこにいる事務のチーフの高城佳奈美君に聞いて。彼女が君の仕事を今までしていたからね」
ガラス張りの支社長室で、フロアに見える茶髪の短髪の女性を指さした。
「はい。そう致します」
「うん、うん。いい感じだな。さすが本部秘書だね」
鼻歌を歌って彼はいなくなった。
専務の時の量の五分の一くらいだ。ほっとしたら、また支社長が戻ってきた。
「あ、忘れてた。あのね、佐々木部長の下の坂本課長の営業事務もやってほしい。それも本部からの依頼」
「はい、わかりました」
「佐々木君のことは坂本課長がよく知っているし、おそらくは、うん、まあいい」
「……支社長は私のここへ来た理由とか全てご存じなんですね?」
「そう。だから……まあ、新藤秘書室長に言われていることは守るよ。せっせと頑張ってね」
「はい」
「ああ、坂本君は今外出中だよ」
「わかりました」
そうやって始まった私の支社生活。佳奈美さんは年も近くて優しかったので、すぐに仲良くなった。そして、坂本課長は同期だった。どうやら佐々木部長の件は彼が密告したようだった。
口にはしないが、私はデジタルが苦手な支社長と案件の実態を知る坂本君に囲まれて思ったよりも早く問題に当たりを付けることができた。
それらしきものをファイルして、辰巳さんに本社便でいくつか送った。私がここに来る意味はすでに達成したような気がする。あとは伸び伸びと生活するだけだ。
支社はのんびりというのとは違うのだが、本部の緊張した日々からは考えられない毎日だ。やれる範囲でできることをしているだけだ。後ろから、声がかかった。
「おーい、香月。お前いつになったら俺のことやってくれんの?明後日までに作ってくれるんだよな?」
坂本君は、来週重要なプレゼンを控えている。相当の金額の案件だ。
「午後からはやれると思うよ。迷惑かけてごめんね。支社長の急ぎはあと少しなの」
「頼むな」
「ええ」
いつものことだが、同期だから許してくれる。ここに来て初めて同期だと知った。気さくでいい人。そして仕事が出来る。支社は彼のお陰で回っているんだとしばらくして知った。
支社長の資料作りは昨日急に頼まれた。なんだかしらないけど、本社から確認する人が来るという。監査?こんな時期だったっけ?
とにかく今日の午後までに作って欲しいと目を三角にして頼むから、フルパワーで昼休みを返上して片付けた。
支社に来て、こんなに頑張ったのは初めてだ。これなら午後からの打ち合わせに間に合うだろう。
大体何の打ち合わせなんだろう。詳細を全く聞かされていないのだが、ここ三年の取引内容をざっくりまとめた資料だったので正直大変だった。
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一息つこうと立ち上がると周りを見渡したら女性陣がほとんどいない。
何これ?お昼休みだけど、お弁当食べているいつものメンバーさえ見当たらない。何かあったの?
戻ってきた佳奈美さんを捕まえた。
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