叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐

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アクシデント3

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 主治医の先生の話から、手術が必要な場合はしばらく入院になりそうだと言われた。

 病院を出て、近くのレストランへふたりで入った。

 よく考えたら、朝食事を取ってから何も食べていなかった。

 すでに、日が暮れてきていた。

 食欲がなかったが、玖生さんから一緒に食べようと言われて私はリゾットを頼んだ。

 トマトとチーズの香りで少し食欲が出た。

 玖生さんは私が食べているのを見て、嬉しそうにしている。

 「玖生さん、ごめんね。昨日まで出張で疲れていたのに、一日中振り回してしまって……」

 彼はフォークとナイフでハンバーグを食べていたが、手を止めてこちらを見る。

 「何言っているんだ。今日一緒にいてつくづく良かった。神田とのこともそうだし……」

 「そういえば、そうだった。おばあちゃんのこともあって忘れてた」

 「由花。家元のことだが、できるならこのタイミングで継承したほうがいいんじゃないか。医師がおばあさんに療養を勧めてたからね。君が継いでいく気持ちに変わりはないんだろ?」

 「もちろんよ。ただ、気持ちはあってもやっていけるかわからない。年配のお弟子さんが多いの。私が家元で納得してついていてきてくれるかどうか不安なの……」

 本来なら父が継承していたはず。もちろん母はお弟子さんだった縁で父と結婚したから母でも良かった。

 本来の次期家元より年齢的に少なくとも三十歳以上開きがある。若輩者の私に皆がついてきてくれるかが一番心配だった。

 「大丈夫だ。君の実力はエントランスの花や今日のレセプションの花を見てもわかる。それに、年配のお弟子さんの対応はうちの祖母に頼ってもいいだろう。社交界の大勢の身分ある女性達のことは祖母が操縦してくれるよ」

 確かにそうかも知れない。大奥様がひと言言って下さったら、どんな人達も静かになりそう。でも、それでいいのかな……。

 「由花。今はそれでいいんだ。大体、君の境遇を知っていても一門に名を連ねている人達が後ろ指を指すようなことはしないと思うよ。何かあれば俺がお仕置きしてやる」

 「もう、お仕置きとかやめて。でも、気持ちは嬉しい。本当にありがとう。お言葉に甘えて色々聞いてしまうかもしれない。よろしくお願いします」

 頭を下げた。すると、じっと見ている。え?

 「由花。他人じゃないんだから、甘えて欲しい。心配なんだ」

 「……でもありがとう。お礼くらい言わせてよ」

 「ああ、そうだな。素直な由花は可愛いから、そのままでいろ」

 「……もう」

 「それで、さっきも言ったが受付の仕事は一旦お休みにしよう。同僚の人には明日秘書のほうから説明させる。シフトについても誰か別な人を一時的に入れるかもしれない。あとで君からも同僚には電話なり、メールなりしておいてくれ」

 「わかったわ。せっかく慣れてきたのに。迷惑ばかりかけてしまう。落ち着いたら本当は戻りたいけど……」

 「まあ、エントランスの花はそのまま頼みたいから本社の受付に来ることはあるだろう。ただ、君は病院に通ったりしないといけないから忙しくなるし、大変だぞ。大丈夫か?」

 「……そうね」

 「家元の仕事の継承に関しては、相談に乗る。説明してくれたら、今後どうすべきか一緒に考えることもできる」

 「ありがとう。頼りにしてしまうかも……私、社会的なそういう手続きをよく知らないから、教えてもらえると嬉しい。それと華道協会のほうへ詳しく聞いてみないといけない」

 「ああ、俺のほうでも調べておくよ」

 なんだかおかしくなってきた。

 「ふふふ」

 「……何笑ってんだよ」

 「ううん、なんか最初は知り合いになるのも、友人になるのもこの人とは無理だと思っていたのに。今や私にとって最大の頼れる人になってしまって……ちょっと笑っちゃう。あんな毒舌で女性に対して冷たかった玖生さんが頼れるいい人になったなんて感慨深いわ」

 「お前……失礼だぞ。まあ、そうだな。由花が俺のことを色々と叱ったせいかな?俺はなかなかいい生徒だっただろ。すぐに習得して……」

 玖生さんが頬杖ついてこちらを見ながら笑っている。

 「はい。よく出来ました。花丸をあげましょう」

 「花丸じゃない、他のものが欲しい」

 「え?」

 「……お前の気持ちが欲しい」

 「……玖生さん」

 「いいんだ。もう急がないことにする。俺を頼りにすると言ったお前の言葉だけで俺は嬉しい。それにお前が大変なとき側にいてやれるだけで十分だ。あと、女のひとり暮らしは心配だから、俺の所に越してこないか?」

 冗談に決まってる。何その目。楽しそう。
 
 「何言ってるのよ、ふざけないで」

 ニヤニヤ笑っている。

 「お前のことをおばあさまから頼まれたんだからな。俺はきちんとお前を守らないといけないんだよ」

 「……そんな大丈夫よ。子供じゃあるまいし」

 「馬鹿だな。子供じゃないから心配なんだろ?狼に食われるぞ」

 「私を食べる狼なんていないから……」

 「……だが俺は食べたい」

 私は真顔で言う彼に驚いて、恥ずかしくなってしまった。

 「……おい、何真っ赤になってんだよ、それこそ子供じゃあるまいし」

 「知りません、玖生さんはやっぱり悪い子だからふざけてばかり。花丸帳消しにします」

 「ああ、悪い子で結構。それなら食べていいんだろ?」

 「もう!」

 顔を見合わせ、吹き出して笑い出した。

 話している間に運転手さんが一旦ツインスターホテルに戻り、荷物を持ってきてくれた。玖生さんも乗せてそのまま自宅へ送ってくれた。

 「由花。明日病院行くときも車回してやる。連絡しろ」

 「大丈夫よ。心配しないで。でも何かあったら連絡するから……一番にね」

 玖生さんは満足げにうなずいた。

 「約束だぞ、何事もすぐに連絡しろ」

 そう言うと、車から一緒に降りて玄関へ入るのを見届けてくれた。

 彼がいて良かった。彼の優しさを利用しているようで罪悪感もある。でも彼なしで今はいられない。そう痛感した一日だった。

 
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