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しおりを挟む「おかえり」
「ただいま。元気に、していたか? 食事はちゃんと、とってたか?」
歩いている人達を避けながら、俺の方に向かって歩いてくるヴァルに小走りで近づく。道の端に寄ってから、声をかけると大きい手で頭を撫でられた。
帰ってくるたびに、頭を撫でられる。いつものことではあるのだけれど、人の目があると気恥ずかしく感じる。
―― 身長差が、縮まらないのも原因なんだろうな
年が離れているせいもあるけれど、子供の頃からかなりの身長差があった。その差は歳を重ねて、成長しても変わることがなく現在に至る。
多分、ヴァルからみたら、俺が小さいままだから子供扱いしているのかも知れない。だが一言だけ、言わせてもらいたい。俺はモブとして目立たぬように、この国の平均的な身長だ。俺がチビなんじゃない。ヴァルが大きいんだ。
「元気だよ。食事もちゃんと食べてる」
縮まらない身長差に思いを巡らせながら、心配かけないように答えを選ぶ。
本当のことを言えば、術の研究に没頭して食事を抜いたことが何度かある。あと借金返済のために、氷の置物を夜通し作って食事処か睡眠も疎かにしたことがあった。けどそれを言ったら、心配させるだけなので口にするつもりはない。
顔を上げれば、視線を合わせるためにヴァルが膝を曲げる。足が伸びた状態だと、全く視線が合わないからしょうがない。
そうしょうがないのは、わかるのだけれど自分がチビのように思えてくるから止めてほしい。しゃがんでくれなくとも話はできるし、頭を撫でる必要もない。ないがそれを伝えたときに、少し寂しそうにしていたから言うのをやめた。
「レイザード、その人は」
後ろから声をかけられて、ジルベールを置いてきてしまったことに気づく。
「ヴァルだ。昔から世話になっていて、行商人…じゃないな」
「商人で、あっているよ。注文を受けてから、仕入れに行くから留守にすることが多くてね。久しぶりに帰ってきたんだ」
なんと説明しようかと迷っていると、ヴァルが助け舟を出してくれた。背負っている荷物を、降ろして軽く叩いて笑う。きっと今回の依頼の品物なのだろう。
長く留守にしていた割には、持っている荷物が少ないけれど大きさと値段の比例しないものを扱うことが多いと昔に言っていたからおかしいところはない。
「レイザード、彼はお友達かな?」
名乗ろうとしたのだろうジルベールが、口を開き声を発する前にヴァルが勢いよく顔を俺の方に向ける。なぜだが期待のこもったよな目をしていた。
なんと返せばいいのか。ジルベールとの関係は、どう形容するのが適切なのか。
顔見知りは、違うな。
同じ学園に、通っている。なんの因果か、王子の前で試合をすることになった。俺の我慢が足りないせいで、面倒ごとに巻き込んでしまっている。こんなに迷惑かけておいて、顔見知りで済ますのはおかしい。
知人もちょっと違う気がする。
バグのせいで、さらに迷惑を重ねて互いの家で宿泊までしている。ただの知人の家に、寝泊まりなんてしない。他の人は知らないが、俺はしない。
となるとやはりヴァルの言うように、友達と表現するのが適切なのか。
―― いやまて
俺とジルベールの間に、友情は成立しているのだろうか。少なくとも俺は、ジルベールを友達と認識したことがない。
交流はあるが、あれだ。ジルベールは同性ボッチで、茶を飲む相手が俺しかいないと言うのも……これだ。ジルベールと俺の関係は、茶飲み友達だ。なんてピッタリの表現だろうか。
友達ではないけれど、茶を時々飲みに行く。そう言おうとして、ヴァルを見てやめた。やっぱり、気のせいじゃない。目が期待に満ちている。これはきっと、友達と返ってくるのを期待しているのだろう。
―― これで本当のことを言ったら、悲しむんじゃないか?
少し悩んでから、ヴァルの言葉を肯定することにした。
「ああ友達だ」
「そうか、あとでお祝いをしよう! 今日は、ごちそうだな」
友達だと、俺が告げた瞬間、ヴァルの顔が輝いた。
友達がいるというだけで、この喜びよう。どうやら俺のボッチレベルは、俺が思うより深刻だったらしい。この世界に来てから、俺の事を知っているヴァルがここまで喜ぶとは……俺がどれだけボッチだったか、推して知るべしだろう。もしかして、友達がいないことを心配していたのかもしれない。なんかだいぶ申し訳なくなってきた。
正直、ファンタジー要素を楽しんでいて人付き合いをおろそかにしていた。いやだって面白かったんだ。しょうがない。
だからそっちに夢中で、あんまり気にしてなかったんだ。
そういえば今までヴァルに、今日は何をしたかって聞かれても『研究』に『鍛練』しか返してなかった。子供であるときからそうだったから、きっと今まで心配していたのかも知れない。
ただそれでもヴァルは、口やかましく言わずに見守ってくれていたようだ。
「あっうっかりしていた。君の名前を、聞いても良いかな。私はヴァルゼーエンというんだ」
「ジルベールと申します。レイザードとは、その……友達で仲良くさせてもらっています」
しっかりしているように見えて、うっかりさんなところがあるヴァルがジルベールの名を聞いていないことに気づいて挨拶を口にする。
ところでジルベール、なんで友達と言う前に三秒開けた。そんなに俺に、友達呼ばわりされたのがイヤだったのか。
―― 間違いないな
友達と言ったときに、視界の端で眉を下げたのが見えた。あとで友達といった理由を話して、謝ることにしよう。
「ジルベール君だね。これからもレイザードと、仲良くしてあげてくれ」
「はい、もちろんです」
友達と言われて甚だ心外だったらしいが、満面の笑みのヴァルに違うとは返せないらしい。頷いて笑顔で返している。
「ところでジルベール君、今日の夕食時は予定があるかな。腕によりをかけて作るから、レイザードと一緒に夕食を食べに来ないか?」
「お邪魔で無ければ、喜んで伺います」
帰ってくるといつも食事をするのが、恒例になっていた。だからか俺に聞くのを飛ばして、ジルベールに声をかけている。
「邪魔なものか。レイザードのお友達だ。歓迎するよ。やあ嬉しいな。レイザードが、友達を紹介してくれるなんて本当に嬉しい」
輝かんばかりの笑みを浮かべて、ヴァルがジルベールの手を取る。
―― なんか、うん……本当にごめん
嬉しそうにすればするほど、ボッチのひどさを心配させていたのだと罪悪が募っていく。
「ヴァル、帰ったばかりで、買い出しに行くのは疲れるだろう。俺が買いに行く」
「気遣ってくれてありがとう。でも大丈夫だ。招待する側なのだから、用意も私がするよ。久しぶりに町をゆっくり見がてら、買い物を楽しんでくるさ」
いたたまれなくなって、話をそらすために話を振る。ごまかすためだけじゃなくて、帰った直後に三人分の食材を買い出しに行くのは疲れるからと思ったのも本当だ。
けれど微笑んで、断られてしまう。
「お友達と、どこかに行くところだったのだろう? 楽しんでおいで」
『お友達』と口にする度に、目を輝かせるヴァルに手を振られ見送られる。これはあとで創作でもして、友達と出かけて楽しかった話を盛らないとがっかりさせてしまいそうだ。
―― まかせろ。俺は腐男子
妄想で話を作り上げるのは、得意中の得意だ。ジルベールには、悪いが帰った後に盛大に持った話をさせてもらうことにしよう。
後ろを振り返ると、笑みを浮かべて手を振っているヴァルと目が合った。それにどうやっても、作れない笑顔を作ろうとして見事に失敗する。
―― やっぱり笑顔の差分が、ほしいよな
せめて心配をかけていたヴァルを、安心させられる程度に笑えればいいんだが現実は非情だ。返したのは、引きつった口元である。
考えても表情差分は、増えてくれない。早々に諦めてなにか言いたげな表情で、後ろに立っていたジルベールにもう一度声をかけて花屋に向かった。
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