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70話
しおりを挟む―― もうそろそろ、帰ってくるかな
講義が終わり、廊下を歩きながら少し前に届いた手紙のことを考える。
しばらく前に、お隣さんからもう少しで帰るという旨の手紙が届いた。ヴァルゼーエン―― 俺がヴァルと、呼んでいるその人はゲームで言うとお助けキャラという立ち位置にいる。
何も分らない状況で、とてもお世話になった。
名前すらも、彼から聞いた。
『レイザード』
聞こえてきた声に目を開けたら、少し眉根を下げた男の人がいた。それが彼との出会いで、この世界のファーストコンタクトの相手でもある。
あのときは横文字の名前がまさか自分の事を、呼んでいるとは思わず何も返せず見つめてしまった。もう一度、名前を呼ばれて、それが俺の事を呼んだのだと認識する。
―― それと
すぐに反応できなかった理由は、違和感を覚えたからという理由もあった。なぜか『レイザード』と、呼ばれたことに強烈なそれじゃない感を覚えたんだ。
まあ日本人である俺が、横文字の名前で呼ばれたんだから当然といえば当然だと納得して呼びかけに答えた。
「レイザード!」
今ではなんの違和感も、覚えない名を呼ばれる。聞き慣れた声に振り向くと。息の荒いジルベールが近づいてきた。
「何か用か」
「講義はもう終わりだよね? よかったら一緒に帰らないか」
どれだけ全力疾走したのだろうか。肩で息をしているジルベールに、少し引きながら落ち着くのを待ち声をかける。
「お前と俺の家は、方向が違うが」
「そうだね」
一緒に帰ると行っても、方向が違うのだからすぐに別れることになる。お茶をしにどこかの店に入るのならともかく、意味がないだろう。
そう思ったのだが、笑顔のまま肯定されて終わった。
直ぐに別れるなら一緒に帰る意味はないんじゃないかと、言おうとするとその前にジルベールが口を開く。
「今日は全然話せなかったから、少しでも君と一緒に、すごしたいんだ。駄目かな?」
「別にかまわない」
少し寂しげな様子に、そういえばジルベールもボッチだったことを思い出す。真性ボッチの俺とは違い、ジルベールは同性に関してのボッチである。なんせ俺とお茶をしに行くだけで、喜ぶくらいだからな。
「ありがとう」
「別に礼は、必要ない」
微笑みを返してくるジルベールに、背を向けて歩き出す。
―― そういえば
今日はジルベールどころか、他の人ともろくに会話をしていないことに気がつく。講師とは、している。講義のことで、質問があったからな。
けれど生徒とは、まったくしていない。
―― まあ、いまさらか
無表情と自動的に愛想のない口調になるせいで、生徒との交流は少ない……どころか、全くないに等しい。生徒で関わるのは、ジルベールとロイくらいだろう。
コミュニケーション能力が、極端に低いせいでもある。
「もしよかったら、花屋に寄っていかないか? 君に似合う花を、見つけたんだ」
「俺に、似合う花?」
歩きながら話しかけてくるジルベールが、妙なことを口走る。
キングオブモブの俺に対して、花が似合うとはどういうことだ。顔立ちの整っているジルベールや、他の攻略キャラたちならまだ分る。あとロイも、ものすごく分る。可能ならロイに花束を、贈るジルベールを至近距離で眺めたいくらいに合うと思う。
だが俺の顔面を見て、花が似合うなんて発想になぜなるのか。
「かがめ」
「えっ?」
「いいから、かがめ」
訳が分らないと言った顔をしたジルベールが、それでも膝を折る。ちょうど目線の位置まで下がってきた顔を、確認してから額に手を当てる。
「熱があるな」
「いや、違……」
指摘されて自覚したのか、ジルベールの顔が赤くなる。
妙なことを言い出したから、まさかと思ったが具合が悪かったらしい。
「早く帰って休め。家まで送ってやる」
「違うんだ。その熱いのは、君が……」
手で顔を覆ったジルベールが、うつむいて言葉尻を小さくする。どうやら悪化したようだ。再度送るというと、なぜだか必死に問題ないと言いつのってくる。
なぜだがものすごく花屋に行きたいらしい。
―― もしや
あれか。例の好きな人とやらに、贈る花を買いたいのだろうか。
それなら一人で行けば良いだろうに、なぜだが前にも自信がなさげだったから俺の意見も聞こうと思ったのだろう。
さっきのおかしな発言は、あれだな。好きな人に言うための予行練習でもしたのだろう。それなら納得がいく。
―― できれば
相手がロイなら、最高なのだがそうじゃくても上手くいったら祝福はしてやろう。キャラが幸せなのが一番だからな。
表面上はものはわかりの良い振りをして、心の奥底では涙をのみながら花屋を目指す。
ふとそのとき通りの先に、見知った姿を見つけた。
「ヴァル!」
久しぶりに声を張り上げると、気づいてくれたらしい。動きを止めて、俺の方に顔を向ける。そして周りの人たちから、頭一つ分抜きん出たヴァルが片手を大きく振るのが見えた。
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