滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!

白夢

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07 人智及ばぬ授けもの

異形との遭遇

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 眼下で狂ったように吹き荒れる吹雪は、一向に止む気配を見せない。

 ここが精霊のいる場所、狂気の里だ。
 年中止まない吹雪吹き荒れる山の斜面。その中心。

 わたしはキースの背中にしがみつきながら、眼下に広がる雪煙を見下ろしていた。


 空は高く澄んでいたけど、空気は吐く息が凍るほどに凍てついている。
 
 大きく目を開けたら、涙が凍って瞼で割れた。

「これ以上は上れないよ、キース! 凍っちゃうよ!」

 わたしは悲鳴みたいに叫んで言った。
 キースは例の毛皮のおかげか、この極寒の中でも平気なようだ。


 王都の方ではなぜか襲ってきていた鳥は、雪山では現れない。

 キースも鳥だから仲間だと思って襲って来ないのか、雪山には生息していないのか、それは分からないけど。



 捕まっていたエリオットさんたちを開放し、わたし達は逃げるようにお城を後にした。

 一応警戒したけど追手はなく、火山に到達できたので良かったと思う。


 わたしは、そのままエリオットさんたちと雪山を登るつもりだった。

 しかし、火山でロアさんとナノノさんが怪我を負ってしまった。
 なので治療のため、彼女たちは火山から最も近いダンジョンへ向かうことにした。


 わたしは回復を待っててもよかったのだけど、キースがキーキー鳴いて抗議した。

 キースは雪山が得意らしく、わたしを飛んで連れて行けるらしい。
 でもキースはまだ小さいので、子供一人しか乗せられない。

 わたしはキースを信じ、一人で行くことにしたのだった。



「イクヨ!」

 吹き荒れる吹雪の中に、キースは滑空しながらゆっくりと降りていく。

 わたしは姿勢を低くして、キースにしがみついた。

 氷の礫が容赦なく叩きつけてくるけど、ナノノさんに選別としてもらったウォーミングポーションでなんとか耐える。


「どこまで降りるの!?」

「ジメン!」


 凄まじい吹雪。キースなしでは、エリオットさんたちと一緒でも難しかったかもしれない。

 雲の上は高いし風が強くて極寒だったけど、吹雪の中はもっときつかった。


「キー、スズ、ダイジョウブ?」

「はぁ、はぁ……」


 キースは大きな翼を広げて、わたしを雪と風から庇ってくれる。

 あんなに小さかったのに、ずいぶん頼れるコウモリになったなぁ。

「キースは、大丈夫? 長い間大きくなってたし、飛んだし……疲れてないの?」

「ジメン、オリタカラ、ダイジョウブダヨ」


 地面に降りたキースは、翼と脚を使って四足歩行する。
 
 動き方は控えめに言ってだいぶ気持ち悪いけど、わたしの体が小さいために中に潜り込める。移動式テントみたいだ。

「ホウコウ、アッテル?」

「合ってるはすだよ。あ、もうそろそろ使ってみようかな。えっと……デュオ・コッド」


 バキッ、という小さな音が聞こえた。

 それは吹雪の中で聞こえにくかったが、確かに聞こえた。


 その瞬間、突然空が晴れた。

「……ふぁ?」


 まるで台風の目が爆発したみたいに雲と雪が消え、青い空から光が降り注ぐ。

 キラキラとダイアモンドダストが輝き、白い息が雲一つない空に消える。

「キー」

 いつの間にか小さくなったキースが、わたしの腕の中へ飛んできた。

 わたしはその毛玉を抱きしめ、周囲を見渡す。


 それは本当に美しい光景だった。

 足跡一つない雪の斜面、遠くに見える尖った山岳に、凍つく頬に射す太陽。

 上を見れば山頂、下を見れば目が潰れそうなくらいに白い雪原。

 青い空には正体不明のオーロラがかかり、青をバックに虹色に揺らいでたなびいている。
 

 音のない、植物すらも生えていない死の世界。

 それはゾッとするほど綺麗だった。


「キー、キー」

 真新しい雪を、踏み固めるみたいに歩いている。

 ぎゅ、ぎゅ、と音が鳴る。


 しかし、たった数歩でわたしの足は止まった。

 まるで金縛りにあったみたいに、動かない。

「————」

 振り返ると、そこには明らかに異形の種族がいた。


 体の大きさは普通の大人くらいだけど、その頭からはシカの角みたいなものが伸びている。

 でもそのツノは複雑に折れ曲がり、シカのそれより遥かに巨大で直線的。

 マットゴールドというのか、輝きのない上品な金色だ。


 顔の部分は仮面を被っていて、人というより動物に近い。
 でも辛うじて人のようにも見える。

 その脚は細く不規則に折れ曲がっていて、白く硬く、死んだサンゴに似ている。
 
 片腕は肩から直接複数の指が飛び出していて、それぞれの指が折れ曲がっている。もう片方の腕は雪だるまに刺した枝みたいに細くて長く、それを杖のように使って歩いている。

「——」

 頭らしき部分が下がったり上がったりするたびに、サラサラと鈴が鳴るような音がする。

 どこかで聞いたことのある音。懐かしいような。


「————」


 わたしは、彼が何かわたしに話しかけているらしいことに気がついた。

 言葉は全く分からないけど、多分何かを話している。

「え、と、わたしは、スズネです。精霊さん……ですよね? 精霊さんたちが住んでる、里に、行きたいんです」

「——」

「……せ、世界樹の都市に行きたいんです。この世界に危機が迫っています、その……助けてもらえませんか?」

「————」


 精霊さんはしばらくその場に動かず、それから空を見上げた。

「あ、えっと。闇妖精の王子様から、結界を解く方法を押してもらったんです。一番外側、だけだけど」

「——」

 精霊さんは再びわたしの方を見て、頷くように首を動かした。

 その双眸は美しい藍色で、雪みたいにキラキラと輝いていた。


 それからくるりと踵を返した精霊さんは、わたしを導くように歩き出した。

 わたしは慌ててその後を追う。


 かなりゆっくり歩いているように見えたけど、わたしにとってはかなり速い。

 ひたすら歩く。次第に早足になり、やがて走る。


 しかし不思議と疲れは感じない。

 必死で追いかけているからだろうか。
 
 それとも、まるで夢の中みたいな現実味のない風景の中にいるから?


「待たれよ、人の子よ」

 不意に声をかけられた。

 振り返ると、そこにはわたしと同じくらいの女の子がいた。

「狂気の里に迷い込むとは、なんと数奇な子か。面白い」


 いつの間にか、わたしを導いてくれた精霊さんは消えていた。

「あの……あなたは、精霊さん……ですか? さっきの……人? も」


 さっきの精霊さんに比べると、彼女はずいぶん人間らしい。

 彼女は普通の長い髪の女の子みたいに見えた。何の変哲もないような。


「いかにも、人の子は妾らをそう呼ぶようじゃのう。ま、外は冷える、妾がもてなしてやろう。居所へ入るがよい」

 女の子はそう言って、くるりと踵を返す。

 風にそよいだ髪の裏に見えたうなじに、大きな緑色の目があった。
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