滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!

白夢

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08 異世界

最後の犠牲

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 マナの不足は非常に深刻で、このままでは数週間ともたないというのがエナさんの考えらしい。

「そのダンジョンに置いてある謎の機械を撤去するにしても、それを待たずして大樹が枯れたら困るんだよね。僕としては、一旦スズネちゃんを殺させてもらって、そのあと機械を撤去しに行きたいんだよ」

「なんとか引き伸ばすことはできないんですか? 少しなら生み出せるんですよね?」

「うん、生み出せるよ。研究者はみんな死んじゃったし、生産工場も壊れてるけど、場所を変えて、今も作ってる。効率は悪いけど、それなりに上手くいってるよ。でも、吸収量の方が多くてさ。ジリ貧だね」


「……魔石、みたいなものはないんですか? 魔力が入ってる石なんですけど。なんていうか……電池みたいな」
「マナ・ストーンのこと? サンプルならあるよ。見せてあげる」

 エナさんは突然立ち上がると、部屋のキャビネットを開けた。


「これだよ。今となっては、本物は貴重すぎて手に入らない。元々山頂から発掘できてたんだけどね、取り尽くしちゃったのかなー」

 エナさんがわたしに投げつけたのは、本当に魔石にそっくりの石だった。

 それはちょうど、コムギ村で見つけたスライムから出てきた魔石くらいの大きさだ。
 

「どう、見たことある?」
「はい……魔石にそっくりです」
「ふーん……そうなんだ」

「上には、魔石があるんです。それを使えませんか? 冒険者さんたちがいっぱい集めてるから、たくさんあると思いますけど」

「簡単に手に入るの?」
「そうだと思います。……あ、そうだ。これ見てください」

 わたしは、首にかけていたメダルをエナさんに見せる。
 それはキースが貸してくれた……キースがたくさん魔力を貯めたもの。
 

「これは魔石とは違うんですけど、魔力を蓄積できるものです。こういうのですよ」
「ふーん……ちょっと貸してみてよ、調べさせるから」

 エナさんはわたしに手を伸ばしたけど、わたしは首を振る。

「お守りに貸してくれたものだからダメです」
「えー、けち」

 エナさんは唇を尖らせたが、無理に取ろうとはせず、身引いた。


「まあいいや。エフ、見てみてよ。君、本物のマナ・ストーンに触れたことあるよね。マナを取り出せるか試してみて。ストーンと同じ原理なら、それを使ってミュータント能力が発動できるはず」

「分かりました! えっと……スズネちゃん、ちょっと借りるね」

 
 エフさんはメダルの上に指を置いて、反対の指を鳴らした。
 その瞬間、エフさんが消失し、一瞬後、わたしから体一つ分くらい離れた場所に現れた。

「す、すごい、総督! マナストーンに間違いありません! 本物です!」
「それじゃあ、それを集めれば……」
「スズネちゃんを利用する必要はない! ですよね、総督!?」

 エフさんは顔を輝かせ、本当に嬉しそうにそう言った。

 なんか、積極的にわたしを処分しようとしてるのはエナさんだけで、他の人は仕方なく従ってるという感じがする。
 
 故郷もここじゃないとか言っていたし、意外と一枚岩じゃなかったり……?
 

「まあ一時的にはそうだね。その魔石ってヤツが、この都市を支えられるだけの量を恒久的に提供できるなら、だけど」

「永遠に魔石だけで支え続けなくてもいいんじゃないですか? その間に、ダンジョンに置いてある機械を、回収してもらえるように頼んでみます」

「君にそれだけの権力があるの? さっき聞いたところでは、その機械は絶滅の危機に瀕した人々が、困り果てたときに天から授けられた神具だっていうじゃない。神様って僕にとっては敵だけど、善良な市民にとっては味方なわけだし、少なくともそう思ってる人が多いわけだよ。得体の知れない僕ら異界人の、ひいてはたかがただの幼女の君の言うことを信じて、その神様からもらった宝物をさっさと片付けちゃうの?」

「え……」


 それは、考えていなかった。

 わたしは、当然彼らは協力してくれると思っていた。実際今まではずっとそうだった。
 でもそうだ、わたしはシアトルさんから聞いた話を思い出す。

 多くの人が故郷を失った、悲しい出来事。


「それに、マナの不足は僕らの問題であって、上の世界には関係ないでしょ? 自分らの世界を危険に晒してまで、僕らのためにそんな大事なものを片付けちゃうとは思えないよ。僕らのことを見捨てたって、向こうには何のデメリットもない。違う?」

「それは……そうかもしれませんけど、でも……」

「戦おう、総督」

 そう言ったのは、ディーさんだった。


「向こうが納得しなければ、神具だろうが宝具だろうが、力づくでぶち壊す。こっちにはエルがいるから、破壊工作は可能だろ。スズネちゃんに協力してもらえれば、十分に勝ち目はある」


「一人の幼女を殺したくないがために、罪のない人を殺しまくるってこと? 僕は納得できないなぁ。だってその機械がなくなれば助かるっていう確証すらないんだよ? 僕らは仲間を失うかもしれない。ねえディー。僕は言ったはずだよ。神は『イズミ』を、僕らが殺しにくいような、殺して利用するのを躊躇うような姿で送ってくるだろうって。とってもか弱くて可愛くて何も知らない無垢な女の子みたいな。

「言ったよね? でもみんなはこの世界のため、容赦なく犠牲にすると、そう言ってくれたよね。そしてみんなで何日も何日も相談して、ケイ、イー、シィ、3人もの未来ある若者を犠牲にした。彼らに、今の君らの姿を見せられる?」


「……」
「……」

 ディーさんとエフさんは、互いを見つめ合い、黙ってしまった。
 
 そんな2人に、エナさんは畳み掛けるように話し続ける。
 この人は本当に、一度スイッチが入るとずっと話し続ける癖があるらしい。
 

「葛藤は分かりきってたことだよね? あのさぁ、ねえ。今まで失ってきたものを数えてよ。スズネを絞め上げて醤油の居場所を吐かせて殺す。今まで払ってきた犠牲に比べれば、軽いものでしょ? 彼女は、最後の犠牲なんだ。尊い犠牲だ。コラテラルダメージだ。世界の存続のための、とても悲しいけれど必要な犠牲だ。僕らはもう何とも戦わなくていい。仲間を失う必要はない。ねえ、どうして自ら困難な道を選ぶの? 君らはたかが子供一人を殺すことを躊躇って、自らと仲間を危険に晒すの? ……僕は何か、間違ったことを言ってる?」

「……」
「……」

 エフさんと、ディーさんは何も言わない。
 言えないのかもしれない。
 
 
「3人の仲間と、大量の市民やら奴隷やら兵士やらを犠牲にして、僕らはスズネという無限のマナを手に入れた。それを失うことは、彼らの犠牲を無駄にするということ。違う? ねえ、スズネちゃんもそう思うでしょ。君を殺すために、とってもいっぱい人が死んだの。君をこの世界に生み出すためだけに、たくさんの犠牲があったんだよ」

 エナさんがわたしをどうしても殺したいのにも、相当の理由があるらしい。
 エナさんは続けて、今度はわたしに言った。


「面倒だから教えてあげるよ、スズネ。全部知ったら、君も納得してくれると思うからさ。話は長くなるだろうし、ディーとエフは戻ったら? 何か言いたいことがあるなら、聞くけどさ。僕は一応、スズネちゃんを殺すことはできないからね。今は。できることなら説得して醤油の居場所を聞き出したい。友好的にね。だから安心して、向こうに行ってて」

 エナさんはきっぱりとそう言った。
 

 ディーさんは黙って立ち上がり、エフさんは迷っていたけれど、彼に無言で促されたので立ち上がる。
 

「……彼女の存在を、周知します。今のところは、殺さないようにと」
「そうしておいて」

 ディーさんは、わたしと目を合わせないまま出て行った。
 
 エフさんはわたしのことが心配みたいで、何度か不安そうにわたしの方を見ていたけれど、それでも最後には意を決して出て行った。


「……さて、と。それじゃ、この世界に起きたことを、僕の推察を交えて話すことにするよ。君の常識がどこからあるのか知らないけどさ。あ、1つだけ理解しておいてほしいことがあるんだ。実は僕ってなんでも知ってるみたいに振る舞ってるんだけど、実のところは一部の記憶を失ってる。どの記憶を失ってるのかは分からない。これは必要になるかどうか分からないけど、説明しておくよ。君を説得するのは大変そうだし。もし聞いてる途中で死ぬ気になったら教えてね」

 なんて、エナさんは軽く冗談を言うみたいにそう言った。


「せっかくだし、少し旅行しない? テレポーターはまだ動いてるし、二人くらいなら運べるよ」

 エナさんは楽しそうにそう言って、立ち上がってわたしを手招く。


 それから、長い長いお話が始まった。




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