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第一部 無能聖女編
10. ペットがいるのかもしれません
しおりを挟むその後、アンディにポーション精製の様子を見せたり(珍しく初級ポーションの精製に成功して、自分でも驚いてしまった)、引き続き掃除をしていたら、あっという間にアンディが買い出しに行く時間になった。
「ティーナ、ジェーンさん、じゃあまた明日!」
「うん、また明日!」
「はい。よろしくお願いいたします」
そうしてアンディは街へと帰っていった。離れの玄関から彼を見送っていると、そのまま、ジェーンさんが私に話しかける。
「クリスティーナ様。主様より、明日から、母屋への出入りをご許可いただきました」
「えっ、本当ですか! ありがとうございます!」
ジェーンさんは頷く。離れの掃除も今日でほとんど終わってしまうだろうから、その提案はありがたい。
「ただし、申し上げたとおり、明日からでございます。夜が明けてわたくしがお迎えに上がるまでは、絶対に母屋へは入らないでください」
「わかりました。ちなみに、アンディは?」
「アンディ様には、庭と外観の整備、補修を行っていただきます。ところどころ、壁にヒビの入っている部分や、錆びて開かなくなっている扉がございますので」
「なるほど、手分けしてお仕事する感じですね。頑張ります!」
ジェーンさんはくすりと控えめに笑った。
「クリスティーナ様は、少々頑張りすぎでございますよ。もう少し、ゆるりとなさったらよろしいのに」
「えっ? 十分ゆっくりさせてもらってますよ?」
「……少しずつ、『休む』ということも覚えて参りましょうね」
「んん……?」
私は首を傾げるが、ジェーンさんは優しい笑みを浮かべたまま、何も言ってくれない。
かと思うと、少ししてジェーンさんは突然、「あっ」と小さく声を上げた。
「いけません、うっかり忘れてしまうところでございました。こちらをお渡ししようと思っていたのです」
ジェーンさんは、腕に抱えていた小さな紙袋を私に差し出した。
「これは?」
「クリスティーナ様は、身の回りの品をあまりお持ちでないようでしたので。どのような物がお好みかわからなかったのですが、ひとまずの支給品ということで、お納めください」
私が紙袋をがさがさと開けると、中には着け心地の良さそうな下着類が二組と、ハンカチが二枚、靴下も二足。そして――。
「これ……、お化粧をする時に使う……?」
「はい、化粧品でございます」
「わぁ……!」
化粧品自体は、貴族家出身の聖女様たちが使っていたから、見たことがある。ただ、もちろん使ったことはないし、触ったこともない。
小さくて綺麗な容器に入った化粧品たちは、眺めているだけでも幸せな気分になる。
「こんな貴重な品物、ありがとうございます!」
「いいえ、とんでもありません。後日、改めて使い方をお教えしましょうね」
「ジェーンさん……本当に、何とお礼を言っていいか」
ぎゅっと紙袋を抱きしめる私を見て、ジェーンさんは優しく目を細めた。
おそらく、昨日の買い出しの際、ジェーンさんが私のために買っておいてくれたのだろう。他人にこんな細やかな気遣いをしてもらったのは、初めてだ。
「それでしたら、ひとつお願いがございます」
「はい! 何でも言ってください!」
私は少し潤んでいた目元を指でこすると、何度も頷き、元気よく返事をする。
「では、昨日頂戴したポーションは、まだ残っていますでしょうか?」
「あ、はい、まだまだありますよ! 今日もお昼に一度作ったんです。何本お渡ししましょうか」
「本日も、二本いただいてもよろしいでしょうか。それと……初級ポーションもお持ちではございませんか?」
「はい、持ってます! ちょっと待ってくださいね」
私はジェーンさんを大部屋の椅子に座らせ、食器棚の空きスペースに入れておいたポーションを取り出す。
ポーション瓶に入った初級ポーションが二本と、空き瓶を二本と、小さな漏斗。それから、小皿を逆さにして蓋にしてあるグラスを二つ。空き瓶が不足しているので、失敗ポーションはグラスのまま保管していたのだ。
「瓶に入っている方が、初級ポーションです。神殿から持ってきていた分はアンディに渡してしまったので、昨日作ったやつと、今日作ったやつ、合わせて二本なんですけど」
「左様でございましたか。それでは、どうか、その二本も、譲っていただけませんか?」
「もちろんです! 初級ポーション二本と、失敗ポーション二本、お役に立てたら、何よりも嬉しいです!」
神殿にいた頃、売り物にもならない私のポーションは、市場に出回ることなく自分だけで消費していた。水仕事が多いので、あかぎれやしもやけを、しょっちゅう作っていたのだ。
昨日今日みたいに、ゆっくりポーション精製の時間を取れることも少なかったので、一週間に一、二本初級ポーションが作れるかというところだった。
だから、私のポーションが誰かの役に立つことなんて初めてだ。それも、優しいジェーンさんや屋敷のご主人が活用してくれるなら、それはこの上なく嬉しいことだ。
「ありがとうございます。大切に頂戴いたします」
失敗ポーションを二本の空き瓶に詰め直して、しっかりと蓋を閉める。ジェーンさんは、四本の瓶が載ったトレーを、丁重に受け取った。
「あ、失敗ポーションの方は飲めますけど、初級ポーションの方は苦すぎてとても飲める物ではないので、傷口にかけたり塗ったりして使って下さいね」
「承知いたしました。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます!」
そうしてジェーンさんは、足元に注意しながら、ゆっくりと母屋へ戻っていった。本当はトレーを運ぶのを手伝ってあげたいのだが、今日はまだ出入りが許されていないから、仕方がない。
私のポーションに需要があるのなら、もう少し作っておこう。私はそう思い、空いたグラスを洗って、再び水を計量したのだった。
*
ポーション作りに没頭しているうちに、日が沈み、夜が訪れた。月のない、暗い夜だ。
私は、昼間に干したカーテンを取り込みに、急いで庭へ出ていた。
「もう、私としたことが、すっかり忘れてた!」
ずっと精製に集中していたから、こんなに暗くなるまで、全然気がつかなかった。
カーテンだから干しっぱなしでも良いが、これが寝具だったら、冷たくなりすぎて眠りに就くのが大変になっていただろう。
「大部屋の分は最悪明日でもいいけど、さすがに小部屋の分は今日中に付け直さないと」
林の中にある家だし、あの謎の視線を除いて、誰かが見ているわけでもない。けれど、一応プライベートな場所なのだから、隠しておいた方が落ち着くだろう。
「小部屋の分は端っこに干したんだよね……うん、これね」
地面につかないようにカーテンを丸めて、両腕で抱える。と、そのとき。
「ん?」
ふと、昼間のように、母屋の三階のカーテンが揺れた気がして、私はそちらに視線を向けた。
室内に揺れるわずかな光を受けて、カーテンに影が映っている。
「……んん?」
――そこに映る姿は、異形のものだった。
だが、映ったのも一瞬のこと。影の主は、すぐに窓際から離れてしまったようだ。
「あそこ、お屋敷のご主人のお部屋よね。ペットでも飼ってるのかな?」
あまり良く見えなかったが、人間の上半身の影と、翼と尻尾の影が見えたように思う。
異形の上半身の影は見えなかったが、おそらく、屋敷の主人の影と重なっていてカーテンには映らなかったのだろう。
大きな翼と太い尻尾のあるペットに心当たりはないが、きっと私の知らない動物に違いない。
神殿では動物を飼っていなかったし、犬や猫なら神殿を訪れる人たちが連れてくる場合もあった。鳥や蛇を飼っている人もいると聞いたことがあるし、世の中には私の知らない動物もたくさんいる。
「ジェーンさんは『主様がお一人で住んでる』って言ってたけど、ペットたちがいるなら寂しくないわね」
屋敷のご主人の境遇はわからないながらも、ジェーンさんと二人ではきっと寂しいだろうと心配していた。私など、人のいっぱいいる場所で育ったから、なおさらだ。
けれど、心許せるペットがご主人の側にいてくれるのなら、一安心である。
「さてと。お部屋に戻って、カーテンを取り付けなきゃ」
私は鼻歌交じりで離れへ戻り、手際よくカーテンを取り付けていく。
洗い立てのカーテンをつけると、部屋の中も明るくなったような気がして、私はにこにこと微笑んだ。
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