色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第五章 橙

第71話 「大人に任せておきなさい」

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「ふぃ~……肩が凝ったのう」

 フレッドは、手紙を読み終わると眼鏡を外して首をコキコキと鳴らした。
 封筒の中に手紙を入れ直すと、自分の着ている騎士服の内ポケットに大事そうにしまい込む。
 その表情からは、彼が何を考えているのか読み取ることは出来ない。

「お祖父様、さっきの手紙」

「ん? ああ、そうじゃそうじゃ。それより、これこれ」

 セオは手紙について聞こうとしたようだが、フレッドはそれを遮って声を上げた。
 小箱に手を伸ばすと、中にオレンジ色――私には灰色に見えるのだが――の光が閉じ込められている水晶玉を持ち上げた。

「これなんじゃがな。やはり魔法道具マジックアイテムじゃ。どうやら、古くから商人や貴族の間で密かに出回っていた、特殊な記録水晶メモリーオーブのようじゃな」

記録水晶メモリーオーブ?」

「うむ。合致する属性の魔力を流すと、記録が再生されるようじゃ。だが、合致しない魔力を流して強引に再生しようとすると、破損してしまうように出来ておる。
 一般的には、各属性の魔力を封じた宝石――魔石とセットで用いられるもののようじゃの」

「ということは、それとセットの魔石がないと再生出来ないの?
 魔石って、かなり貴重なものだよね。お祖父様やメーア様でも、狙った属性の魔石を手に入れるのは難しいんじゃない?」

「確かに、一昔前ならいざ知らず、現在は魔石はほとんど流通しておらん。
 しかし、ワシか『虹の巫女』であるパステル嬢ちゃんなら、魔石がなくともこの記録水晶メモリーオーブの再生が可能じゃ。この記録は地の精霊の力で封じられておるからのう。
 ――同様に、当時の『虹の巫女』だったら、この魔法道具マジックアイテムを問題なく使用できたはずじゃ」

「……つまり」

「ソフィアか、その前の代の『虹の巫女』――ワシの母が記録したものかもしれんな。……再生するか?」

「うん」

 フレッドは水晶玉を左の掌に乗せると、目を閉じて集中し始める。

「……これは……随分と劣化しておるのう」

「劣化? 大丈夫なの?」

「映像は見られないかもしれんが、音声だけなら拾えるじゃろう。……流すぞい」

 水晶玉の中の光が徐々に強くなって、水晶玉全体を舐めるように覆っていく。
 その表面で、黒いもやのようなものがモソモソと動き出した。
 本来なら、この黒い靄がはっきりと写って、映像として再生されるものなのだろう。
 音声もぼやぼやして聞き取り辛いが、黒い靄が動くのに合わせて声が聞こえてくる。
 喋っているのが男性か、女性か、老人なのか若者なのか、それすらもはっきりしない。


『……護を……せん……』

『……は……考え……』

「うーん、はっきりしないのう……」

 そう言ってフレッドは、空いている右手で水晶玉をぺしぺしと叩きはじめる。

「いや、お祖父様、叩いたからって直るわけ……」

「古い映像箱も叩けば直る。コレも一緒じゃろ」

 私は疑問に思いつつも、魔法道具マジックアイテムのことは全くわからないので、成り行きを見守る。
 フレッドが水晶玉を叩くたびにザザ、という音がして、映像がブレる。

「大丈夫なの? 壊れない?」

「大丈夫じゃ大丈夫じゃ……おっ、ほれ、直ったぞい」

 何度か水晶玉を叩くと、一瞬だけパチっと音声がクリアになった。
 映像には相変わらず靄がかかっているが、話しているのはどうやら男性のようだ。

『――よ。お前と余は共犯――』

 ブツッ。
 一瞬だけクリアになった音声は、不穏な単語を耳に残して、すぐさま途切れてしまったのだった。

「うーむ、やっぱりダメじゃな。これじゃあ何にもわからんのう。どうにかして修理するか」

 フレッドはまた水晶玉をペチペチと叩いてみたものの、反応がないとわかると、どこからか虫眼鏡を取り出して水晶の表面を観察しはじめた。

「むむむ、やはりワシの知識じゃどうにもならんのう。修理出来そうな者がおらんか、メーアに聞いてみるか……」

 そう言うと、フレッドは箱の中に元通り、水晶玉を片付ける。
 次に手に取った解毒薬は、魔法の傷薬ポーションの入っている棚に収納した。

「セオ、パステル嬢ちゃん。解毒薬はこの棚にしまっておくから、必要になりそうじゃったらその前に取りに来るんじゃぞ。
 魔法の傷薬ポーションも解毒薬も、何かあったら勝手に使っていいからの」

「わかりました」

「ところでお祖父様、さっきの手紙――」

「それはお主が気にすることではない。大人に任せておきなさい」

 フレッドは、セオの質問をぴしゃりと遮った。
 セオはフレッドの珍しい態度に一瞬怯むも、躊躇いがちに食い下がる。

「でも……」

「さて。そろそろ帝都に戻るかのう。もうアルバートも到着して、城も落ち着いた頃じゃろ」

 フレッドは、もうそれ以上、何も教えてくれそうになかった。

 彼が何かをはぐらかすのはいつものことだ。
 しかし、普段は優しく大らかなフレッドが、このように冷たく切り捨てるような言動を取るのは、初めてである。
 手紙を読んでいた時に見せた表情といい、フレッドにも余裕がないのかもしれない。

 こうして拒否されてしまえば、深く踏み込むことも出来ない。
 優しいフレッドに甘えるばかりで、力になってあげられない自分が不甲斐なかった。

 私は、隣にいるセオをちらりと見る。
 セオは、心配半分、悔しさ半分といった表情で、口元をきゅっと引き結んでいた。

 フレッドは一人立ち上がると、せっせと身支度を始めている。

「……『大人』は、ずるいね」

 セオの呟いたその一言が、やけに耳に残ったのだった。
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