色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

文字の大きさ
86 / 154
第六章 赤

第84話 「絶交だからね」

しおりを挟む

 ~第六章 赤~

 エーデルシュタイン聖王国の聖王都にある地の神殿。
 そこに踏み込んできた騎士団に剣を向けられ、仕方なく正体を明かしたフレッドは、その夜、宣言通り城へと出かけて行った。

 あの場で正体を明かそうが隠そうが、城に報告が上がっていたのは間違いないから、フレッドが呼び出されるのは避けられないことだった。
 最悪その場で捕えられたり、侯爵家に被害が及んでしまう可能性もあったことを考えると、フレッドの行動はその時取れた最善の策だったのだろう。

 ただあの時ひとつだけ幸いだったのは、私とセオが地の神殿の深部にいて、姿を見られずに済んだことだ。

 また、騎士たちの話しぶりからすると、『正体不明の西方民族の男』が元聖王フレッドだったことは、想定外のようだった。
 つまり、私たちの正体を知って待ち伏せされていた訳ではないということである。

 ただし、騎士たちが駆けつけたこと自体を、偶然で片付けて良いのかどうかは分からない。

 フレッドやセオが戻って来たら真っ先に地の神殿に行くと踏んで、警戒を強めていた可能性もある。
 騎士たちには詳しい事情を知らせていなかったとしても、何かあった場合必ず報告を上げるように命令されているだろう。



 フレッドのことは地の精霊レアから託されている。
 フレッドが、レアの危惧していたような身を顧みない行動に出たりしないか、正直ものすごく心配だ。

 だが、私たちがついていく訳にはいかない。

 ししまるはハルモニア王妃に連絡を取ろうと試みてくれているし、イーストウッド侯爵も、フレッドと一緒に城へと向かった。
 私もセオも身を隠さなければならない以上、積極的に行動することは出来ない。

 いくら聖王マクシミリアンが不在とはいえ、城にはアルバート王子も大神官もいるのだ。
 メーアかハルモニア王妃に、うまく接触できれば良いのだが……待つしか出来ないこの身が、もどかしい。


 あの時、フレッドは、こう言った。

『大神官が秘蔵しておる四十四年ものの美酒は、実に複雑で奥深い味わいじゃと聞いておるぞ――水晶がしっかり憶えておった』

 二人になった時に、この言葉の意味を、セオに尋ねてみたのだ。

 『四十四年』というのは、聖王マクシミリアンの年齢。
 大神官が、マクシミリアンに関する何かを隠しているという意味だろうとのことだ。

 『水晶が憶えていた』というのは、恐らく記録水晶メモリーオーブのことだろう。
 フレッドのコテージで、記録水晶メモリーオーブを不完全ながらも再生した時、『共犯』という単語が聞こえてきた。
 大神官とマクシミリアンの間で何か取引のようなものがなされているのかもしれない。

 あの記録水晶メモリーオーブは、修理を終えたのだろうか。



 その日の夜は、心配だったはずなのに、泥のように眠ってしまった。
 地の神殿へ行った疲労と、前日の寝不足がたたったのだろう。



 そして、翌日の昼。

 昨晩フレッドと共に城へと向かったイーストウッド侯爵が、一人で屋敷に戻ってきたのだった。
 メーアとフレッドから、私たちに宛てた便りを携えて。

 昼食の席で手紙を渡された私たちは、侯爵と使用人たちが席を辞した後で、フレッドからの手紙を開封した。
 手紙には、『帰りの馬車には間に合わないから、先に帰るように』という一文だけ。待ち合わせ場所の地図も同封されていた。

 続けてメーアからの手紙を開封する。
 こちらも、簡潔な手紙のようで、便箋が一枚だけ入っていた。
 セオが先に目を通す。

 セオは手紙を読み終えると、すぐに私に渡してくれた。


『セオ、パステルへ

 ハルモニア王妃と接触することに成功したわ。
 今後は王妃とししまるを通じて小まめに連絡を取るようにするから、あなたたちはしばらくの間、ししまると一緒に行動して。
 新しい事実もいくつか分かったけど、もしものことを考えると手紙には書けないから、ししまるから聞いてね。

 あ、それと、一つ頼みがあるわ。
 聖王都を出たら、例の情報屋と接触してちょうだい。
 聞き出したい内容も、その対価となる情報も、ししまるに伝えておくわ。

 それから、私とフレデリック様のことは心配しないで。
 アルバート王子もうまく懐柔できそうよ。

 メーア・マーレ・ベルメール』


「お祖父様が手配してくれた馬車は、明日の昼過ぎにこの街を出発する予定だったね。心配だけど……仕方ないか」

「そうだね……。でも、メーア様が一緒なら、きっとフレッドさんも無理はしないわ。大丈夫だと思うよ」

「……うん。レア様と約束したことを守れないのは残念だけど」

「うん……」


 パタ、パタ、パタ。

 その時、窓の方から、壁を叩くような小さな音が聞こえてきた。
 私たちは音の出所を探る。

 庭へと繋がる窓を見ると、ししまるが窓に顔を押し付けて、ヒレを振っているのだった。
 お鼻が窓ガラスに当たって潰れている。

 セオが立ち上がって窓を開けると、ししまるはするりと窓から入ってきて、セオの腕の中に飛び込んだ。

「セオお兄さん、パステルお姉さん、こんにちはぁー」

「こんにちは、ししまる」

「あのねぇー、ぼく、連絡係になったんだぁ。メーアお姉ちゃんから伝言があるんだけどぉ、ぼくたちが聖王都を出てから話すようにってさー。二人は、メーアお姉ちゃんやフレッドおじいちゃんに伝言、あるぅ?」

「伝言、そうね……」

 私がセオの方を見ると、セオは顎に手を当てて少し考えたのち、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「……じゃあ、メーア様に。お祖父様が無理をしないよう、僕たちの代わりに見張ってて下さいって」

「わかったぁ。フレッドおじいちゃんには?」

「お祖父様には、そうだなあ……無茶したら、絶交だからねって」

 私は思わず吹き出しそうになってしまった。
 ぜ、絶交って……!
 子供か。
 ……けれど、フレッドには効果絶大な気もする。

「それと……待ってるからねって」

「うん、わかったよぉ」

 そう言うと、ししまるは自ら作り出した水のボールの上に着地し、その上でくるくると回る。

「オアッ、アウッ、オア、アッ、アウ」

 アシカ語だろうか、ししまるは喉を震わせて鳴き声を上げ始めた。
 ハルモニア王妃は人間の言葉が聞こえないと言っていたが、妖精の言葉なら遠くからでも聞こえるのだろうか。

 セオに聞いた話では、王妃は耳が聞こえない訳ではないのだそうだ。
 物音や動物の鳴き声、楽器の音などにはしっかり反応を示すらしい。
 弦楽器や笛も嗜むそうだ。

 王妃に人の言葉が届かないのは、『虹の巫女』にとっての色の対価と似たような理由なのだろう。
 私も、精霊の力を借りた後は、対応する色が判別できなくなる。

 もしかしたら、王妃はずっと対価を払い続けて、『旋律の巫女』の力を使っているのかもしれない。


 しばらくして、ししまるはこちらに向き直る。

「伝えたよぉー。今、みんな一緒にいるみたい。メーアお姉ちゃんからは『了解』って。フレッドおじいちゃんからは、『ワシの心配なんぞ百年早いぞい。老人は無茶しないから安心しなさい。絶交は勘弁じゃ』ってさー」

「ありがとう、ししまる」

「えへへー、どういたしましてぇ」

「じゃあ、あとは明日以降……無事に聖王都を出てから、だね」

「そうだよぉー。セオお兄さんとパステルお姉さんは、今日一日、ゆっくり休んでた方がいいよぉー」

「うん、そうするね」


 ししまるはヒレをフリフリしながら、また窓の外、噴水の中に戻っていった。
 カーペットが濡れているから、屋敷の人に謝っておかないと。

「じゃあ、今日はお言葉に甘えて、ゆっくりしよう」

「ねえ、セオ。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど……いい?」

「ん?」

「えっとね……」

 私はセオに質問を済ませると、検問を通る時に被った金髪のかつらをつけて外出したのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!

胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。  主に5大国家から成り立つ大陸である。  この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。  この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。 かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。 ※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!) ※1話当たり、1200~2000文字前後です。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

処理中です...