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第六章 赤
第84話 「絶交だからね」
しおりを挟む~第六章 赤~
エーデルシュタイン聖王国の聖王都にある地の神殿。
そこに踏み込んできた騎士団に剣を向けられ、仕方なく正体を明かしたフレッドは、その夜、宣言通り城へと出かけて行った。
あの場で正体を明かそうが隠そうが、城に報告が上がっていたのは間違いないから、フレッドが呼び出されるのは避けられないことだった。
最悪その場で捕えられたり、侯爵家に被害が及んでしまう可能性もあったことを考えると、フレッドの行動はその時取れた最善の策だったのだろう。
ただあの時ひとつだけ幸いだったのは、私とセオが地の神殿の深部にいて、姿を見られずに済んだことだ。
また、騎士たちの話しぶりからすると、『正体不明の西方民族の男』が元聖王フレッドだったことは、想定外のようだった。
つまり、私たちの正体を知って待ち伏せされていた訳ではないということである。
ただし、騎士たちが駆けつけたこと自体を、偶然で片付けて良いのかどうかは分からない。
フレッドやセオが戻って来たら真っ先に地の神殿に行くと踏んで、警戒を強めていた可能性もある。
騎士たちには詳しい事情を知らせていなかったとしても、何かあった場合必ず報告を上げるように命令されているだろう。
フレッドのことは地の精霊レアから託されている。
フレッドが、レアの危惧していたような身を顧みない行動に出たりしないか、正直ものすごく心配だ。
だが、私たちがついていく訳にはいかない。
ししまるはハルモニア王妃に連絡を取ろうと試みてくれているし、イーストウッド侯爵も、フレッドと一緒に城へと向かった。
私もセオも身を隠さなければならない以上、積極的に行動することは出来ない。
いくら聖王マクシミリアンが不在とはいえ、城にはアルバート王子も大神官もいるのだ。
メーアかハルモニア王妃に、うまく接触できれば良いのだが……待つしか出来ないこの身が、もどかしい。
あの時、フレッドは、こう言った。
『大神官が秘蔵しておる四十四年ものの美酒は、実に複雑で奥深い味わいじゃと聞いておるぞ――水晶がしっかり憶えておった』
二人になった時に、この言葉の意味を、セオに尋ねてみたのだ。
『四十四年』というのは、聖王マクシミリアンの年齢。
大神官が、マクシミリアンに関する何かを隠しているという意味だろうとのことだ。
『水晶が憶えていた』というのは、恐らく記録水晶のことだろう。
フレッドのコテージで、記録水晶を不完全ながらも再生した時、『共犯』という単語が聞こえてきた。
大神官とマクシミリアンの間で何か取引のようなものがなされているのかもしれない。
あの記録水晶は、修理を終えたのだろうか。
その日の夜は、心配だったはずなのに、泥のように眠ってしまった。
地の神殿へ行った疲労と、前日の寝不足がたたったのだろう。
そして、翌日の昼。
昨晩フレッドと共に城へと向かったイーストウッド侯爵が、一人で屋敷に戻ってきたのだった。
メーアとフレッドから、私たちに宛てた便りを携えて。
昼食の席で手紙を渡された私たちは、侯爵と使用人たちが席を辞した後で、フレッドからの手紙を開封した。
手紙には、『帰りの馬車には間に合わないから、先に帰るように』という一文だけ。待ち合わせ場所の地図も同封されていた。
続けてメーアからの手紙を開封する。
こちらも、簡潔な手紙のようで、便箋が一枚だけ入っていた。
セオが先に目を通す。
セオは手紙を読み終えると、すぐに私に渡してくれた。
『セオ、パステルへ
ハルモニア王妃と接触することに成功したわ。
今後は王妃とししまるを通じて小まめに連絡を取るようにするから、あなたたちはしばらくの間、ししまると一緒に行動して。
新しい事実もいくつか分かったけど、もしものことを考えると手紙には書けないから、ししまるから聞いてね。
あ、それと、一つ頼みがあるわ。
聖王都を出たら、例の情報屋と接触してちょうだい。
聞き出したい内容も、その対価となる情報も、ししまるに伝えておくわ。
それから、私とフレデリック様のことは心配しないで。
アルバート王子もうまく懐柔できそうよ。
メーア・マーレ・ベルメール』
「お祖父様が手配してくれた馬車は、明日の昼過ぎにこの街を出発する予定だったね。心配だけど……仕方ないか」
「そうだね……。でも、メーア様が一緒なら、きっとフレッドさんも無理はしないわ。大丈夫だと思うよ」
「……うん。レア様と約束したことを守れないのは残念だけど」
「うん……」
パタ、パタ、パタ。
その時、窓の方から、壁を叩くような小さな音が聞こえてきた。
私たちは音の出所を探る。
庭へと繋がる窓を見ると、ししまるが窓に顔を押し付けて、ヒレを振っているのだった。
お鼻が窓ガラスに当たって潰れている。
セオが立ち上がって窓を開けると、ししまるはするりと窓から入ってきて、セオの腕の中に飛び込んだ。
「セオお兄さん、パステルお姉さん、こんにちはぁー」
「こんにちは、ししまる」
「あのねぇー、ぼく、連絡係になったんだぁ。メーアお姉ちゃんから伝言があるんだけどぉ、ぼくたちが聖王都を出てから話すようにってさー。二人は、メーアお姉ちゃんやフレッドおじいちゃんに伝言、あるぅ?」
「伝言、そうね……」
私がセオの方を見ると、セオは顎に手を当てて少し考えたのち、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……じゃあ、メーア様に。お祖父様が無理をしないよう、僕たちの代わりに見張ってて下さいって」
「わかったぁ。フレッドおじいちゃんには?」
「お祖父様には、そうだなあ……無茶したら、絶交だからねって」
私は思わず吹き出しそうになってしまった。
ぜ、絶交って……!
子供か。
……けれど、フレッドには効果絶大な気もする。
「それと……待ってるからねって」
「うん、わかったよぉ」
そう言うと、ししまるは自ら作り出した水のボールの上に着地し、その上でくるくると回る。
「オアッ、アウッ、オア、アッ、アウ」
アシカ語だろうか、ししまるは喉を震わせて鳴き声を上げ始めた。
ハルモニア王妃は人間の言葉が聞こえないと言っていたが、妖精の言葉なら遠くからでも聞こえるのだろうか。
セオに聞いた話では、王妃は耳が聞こえない訳ではないのだそうだ。
物音や動物の鳴き声、楽器の音などにはしっかり反応を示すらしい。
弦楽器や笛も嗜むそうだ。
王妃に人の言葉が届かないのは、『虹の巫女』にとっての色の対価と似たような理由なのだろう。
私も、精霊の力を借りた後は、対応する色が判別できなくなる。
もしかしたら、王妃はずっと対価を払い続けて、『旋律の巫女』の力を使っているのかもしれない。
しばらくして、ししまるはこちらに向き直る。
「伝えたよぉー。今、みんな一緒にいるみたい。メーアお姉ちゃんからは『了解』って。フレッドおじいちゃんからは、『ワシの心配なんぞ百年早いぞい。老人は無茶しないから安心しなさい。絶交は勘弁じゃ』ってさー」
「ありがとう、ししまる」
「えへへー、どういたしましてぇ」
「じゃあ、あとは明日以降……無事に聖王都を出てから、だね」
「そうだよぉー。セオお兄さんとパステルお姉さんは、今日一日、ゆっくり休んでた方がいいよぉー」
「うん、そうするね」
ししまるはヒレをフリフリしながら、また窓の外、噴水の中に戻っていった。
カーペットが濡れているから、屋敷の人に謝っておかないと。
「じゃあ、今日はお言葉に甘えて、ゆっくりしよう」
「ねえ、セオ。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど……いい?」
「ん?」
「えっとね……」
私はセオに質問を済ませると、検問を通る時に被った金髪の鬘をつけて外出したのだった。
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