婚約者の欲しがり妹が僕を欲しがっているのだけど

矢口愛留

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婚約者の欲しがり妹が僕を欲しがっているのだけど

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 僕の婚約者クラリッサには、とても個性的な妹がいる。
 いわゆる、「欲しがり妹」というやつだ。

 僕もクラリッサの妹ジェシカには、正直、辟易していた。
 婚約者に会いに行くたび、必ず水を差しにくるのだから、嫌にならないわけがない。


 ジェシカは、幼い頃に病気をした際、家族も使用人も皆自分を心配し、お姫様のように扱ってくれたことに味を占めたらしい。
 本当は全然病弱なんかじゃないのに、今でも身体が弱い振りをして、両親から甘やかされているそうだ。

 茶髪に緑色の瞳で凛とした容貌のクラリッサに比べて、ジェシカが緑色の瞳とピンクブロンドのふわふわした見目であったことも、良くなかった。
 僕はそうは思わないが、ジェシカのような童顔で甘え上手な娘は、庇護欲を誘うらしい。
 結果的に、とんでもない呪物――おっと、ワガママ娘ができあがってしまったのは、当然のことだったろう。

 姉の持ち物を羨ましがり、いつの間にか自分のものにしてしまう。なのに、数回使ったら飽きてお蔵入り。
 僕がクラリッサに贈ったストールや髪飾りも、あっという間にジェシカの物になっていた。
 彼女たちの家で催された茶会に出席した際、「お姉様より似合うでしょ」とか言いながら見せつけるようにするジェシカと、唇を噛んで耐えるような表情をするクラリッサ、ジェシカばかりを微笑ましい目で見ている二人の両親を見て、僕は色々察したのだった。

 病弱を理由に、勉強には本腰を入れない。
 少し難しいところに差し掛かると、「頭が痛い」「熱っぽい」と言って放り出してしまう。そのせいでマナーも疎かだし、教養も不十分だ。
 まあ、そのおかげで文房具や本などがジェシカの手に渡らないことが発覚し、僕はクラリッサにきちんと贈り物を届けることができるようになったのだが。
 僕の髪色である紺色の軸に、瞳と同じアイスブルーの宝石を嵌め込んだ万年筆は、クラリッサの愛用品になっている。

 閑話休題。
 そのくせジェシカは、社交には出たがる。
 彼女の両親はジェシカの体調を過剰に心配するくせに、彼女のお願いは断れないらしい。まあ、可愛い次女を自慢したい気持ちも、透けて見えていたが。

 ジェシカの容姿や天真爛漫な雰囲気は、一部の令息たちには好ましく映るらしい。
 彼女の頭はお花畑だから、持て囃されていい気になるばかりで、自分が彼らに都合の良い遊び相手として見られていることには、気がついていないだろう。
 ジェシカも、不誠実な令息たちも、それに気づかない両親も、僕からしたらみっともないの一言である。



 そしてある日。
 ついにジェシカは、クラリッサと僕の目の前で、とんでもないことを言い出したのだ。

「お姉様、ずるいわ、こんなに素敵な婚約者がいて。ああ、ディーン様がわたしの婚約者だったらいいのになあ」

「ジェシカ、貴女、何を言ってるの……!?」

 僕は「げっ」と眉を顰めそうになったのをどうにかこらえて、穏やかなビジネススマイルを保った。
 表面上だけでも笑っていないと、どす黒い感情が染み出して、愛しいクラリッサまでもドン引きさせてしまいそうだ。

 それをどう勘違いしたのか、ジェシカは、

「ほら、ディーン様もわたしがいいみたい! ねえ、お姉様、譲ってくださらない?」

 なんて言い出した。
 クラリッサの纏う温度が、急速に冷えていくのを感じる。

「っ、ディーン様、妹が失礼なことを! 大変申し訳ございません!」

「クラリッサ。謝罪は不要だよ」

 クラリッサが慌てて僕に謝るが、僕は微笑んだまま首を横に振る。事実、クラリッサの・・・・・・謝罪は不要だ。

 クラリッサは、毅然とした態度でジェシカに向き直った。

「ジェシカ。ディーン様は、物ではないのよ。譲るなんてできないわ」

「どうして? ディーン様とは、家同士の縁を繋ぐための婚約なんでしょう? なら、結婚するのはわたしでもいいですよね?」

 よくもまあ、無垢な表情をしながら、ここまで悪意を込められるものだ。いっそ感心する。僕はさらに目を細めて笑みを深めながら、口を開いた。

「……君は勘違いしているようだけれど、僕がクラリッサと結婚するのは、家のためじゃない。僕が彼女を愛しているからなんだよ」

「は?」

 脳内お花畑の呪物――おっと。ジェシカは、僕の言葉が聞き取れなかったのか、そのままぴしりと固まった。
 見るに堪えなくて、僕は愛しい婚約者の方を向く。クラリッサは美しい瞳をわずかに見開き、耳を赤く染めていた。
 ジェシカと同じ緑色なのに、どうしてクラリッサの瞳はこうも魅力的なんだろう。

「どうしてお姉様なんか? 容姿だって地味だし、頭も固いし、一緒にいて楽しくないでしょう?」

 僕がクラリッサと見つめ合っていると、特級呪物から横槍が入った。僕はため息を吐きたくなるのをこらえつつ、仕方なく奴と向き合う。

「僕はクラリッサの容姿も性格も、何もかも好ましく思っているよ」

 家族は除くが、という言葉は省いておく。
 こんな家族でも、一応は家族なのだ。僕がはっきり言ったら、クラリッサが傷つくかもしれない。

「僕はね、クラリッサと一緒にいると、とても穏やかな、優しい気持ちになるんだ。彼女とは会話のテンポも合うし、教養の深さにいつも心打たれる。細かいことによく気がついてくれるし、僕を思いやってくれているのがわかる。それがとても心地良いんだよ」

 再びクラリッサの方に顔を向けると、彼女は耳を真っ赤にして、口元を扇で隠している。
 顔の半分を扇で覆っていても、瞳がすっかり潤んでいるのだから、全然表情を隠せていない。僕の婚約者は本当に可愛いんだから。

「でも、お姉様は頭でっかちで、冷たくて――」

「――ところが、だよ」

 ああ、また邪魔が入ってしまった。
 僕はお邪魔シカの言葉をピシャリと遮る。

「君が輪に入って来た途端、いつもの心地良さはすっかり消え去ってしまう。会話のペースは乱れるし、僕の興味関心には関係なく、君自身が興味のある話題にしか触れない。君はいつも自分が中心で、クラリッサが傷ついた顔をしていても、知らん顔。僕が退屈していても、君はまるで気がつかない。一緒にいて楽しいと思っているのは、残念ながら、君一人だけじゃないかな? 少なくとも僕は不快に思っているよ、とてもね」

 僕が一気に捲し立てると、ジェシカは、意味がわからないという風に顔を引き攣らせた。
 ふむ、もっと易しい言葉で話せば良かっただろうか。海綿の詰まった脳みそでは、理解できなかったのかもしれない。

「僕はクラリッサを愛している。この気持ちが君に置き換わることは絶対にない。良かったね、世の中には手に入らないものがあるってことを、若いうちに知ることができて」

 僕は全身全霊をもって、今日一番の、最高のビジネススマイルを浮かべる。にこにこにこにこ。

「……っ、もう、いいわ! ディーン様が、こんなに意地の悪い人だなんて思ってなかった!」

「はは、知らなかったのかい? 君は人を見る目もないもんね。意地の悪い僕は、君の意地悪に気高く耐え続けているお姉さんには、まさにぴったりの男だろう?」

「……っ! 本当に意地悪な人ね! 失礼しますわ!」

 僕がそう言うと、ジェシカは涙目でサロンから走り去って行った。
 無駄に豪華なドレスもゴテゴテした宝石も重いだろうに、しっかり走っている。

「なんだ、健康そうじゃないか。あんなに走れるんだから」

「そうでしょう? なのにどうして誰も気づかないのかしらね」

「人は一度思い込むと、見たいものしか見えなくなるってことだよ」

 彼らにとって、ジェシカは純真で病弱で可愛い子供。
 クラリッサは、妹思いで我慢強い、便利な政略の駒。
 駒には感情がないとでも思っているのだろうか。

 ジェシカは、あの足で親に言いつけにでも行くのかもしれないが、知ったことではない。それならそれで、クラリッサを迎えに来る日を早めればいいだけの話だ。
 幸い、僕の両親もクラリッサの状況を理解しているから、婚前に彼女を迎え入れるのを了承してくれている。しばらく前から、クラリッサにこっそり護衛を付けていることは、当家だけの秘密だ。

 僕は椅子から立ち上がると、クラリッサの前に立つ。僕は身をかがめて、扇を閉じたクラリッサの手をそっと口元に近づける。

「さて、君の不安は消えたかい? クラリッサ、改めて、僕と結婚してくれる?」

「はい。謹んでお受けいたします。それと……その……」

「ん? なんだい?」

 クラリッサは、もじもじと赤くなりながら僕を上目遣いで見つめている。うわ、破壊力抜群。

「……私も、ディーン様をお慕いしております」

「……っ」

 頬がじわじわと熱くなっていく。僕は誤魔化すように、彼女の手の甲に唇を寄せた。

「ふふ」

 クラリッサは、花が綻ぶように、嬉しそうな吐息をこぼす。

「はは。まったく、君という人は」

 こうして、先ほどから浮かべていた僕の完璧な笑顔は、見事に崩されたのだった。――こみ上げる愛おしさと、自然と緩んでいく頬によって。
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