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第二章 聖女と『呪い』
1-7 聖女と『呪い』
しおりを挟むミア視点に戻ります。
――*――
「やあ、ミア。今日のドレス、すごく素敵だ。普段の淡い色もいいけれど、濃い色合いのものも似合うね。君の美しい銀髪がよく映えているよ」
「はあ……ありがとうございます」
私は、自分の海色の瞳を覗き込んでくる新緑色に気恥ずかしさを覚えて、ぷいと顔を背けた。
……それにしてもこの人は、一体どこからこうポンポンとお世辞が浮かんでくるのだろうか。
こんなに惜しげもなく女性を褒める言葉が出てくるのなら、最初からそうしてくれていたら良かったのに。
ウィリアム様のことはしれっと流し続けているが、恥ずかしさの中にも少しずつ淡い喜びが生まれ始めている。
自分自身、戸惑っているくらいだ。
毎回手を変え品を変え綺麗だの美しいだの言われ続けたら、お世辞とわかっていてもつい嬉しくなってしまう。
ウィリアム様は、あさっての方を向いている私の手を取り、両手で包み込んだ。
あれから、彼はいつもこうして手を繋いだまま話をするようになった。
正直私は気になってしまって話が半分も入ってこないのだが、拒否する必要もないので、されるがままにしている。
――けれど、距離がやっぱり近すぎる。
手に意識を集中すると話が聞こえないし、話に意識を集中しようとすると、ウィリアム様のよく通る耳ざわりのいい声が気になって、結局集中できない。
「そうそう。先日、古書店で手に入れた文献を読んでいたら、私の知らない魔法体系を見つけてね――」
ウィリアム様は、『魔法』について調べたり、自分なりにアレンジしたりするのが趣味なのだそうだ。
王立魔法学園をたった一年で卒業しただけのことはあって、その知識の幅も深さもかなりのものである。
正直、前線に立って魔獣と戦う魔法騎士団よりも、研究職である魔法師団の方が向いているのではないかとも思う。
しかし彼は、魔法師団からのスカウトを蹴ってでも、父親であるオースティン伯爵と同じ魔法騎士を目指したいのだそうだ。
魔法騎士団長であるオースティン伯爵直々に剣と魔法を教わっているウィリアム様は、同世代の騎士見習いの中でも頭ひとつ抜けた実力を持っているらしい。
他所の家のお茶会で、令嬢たちがそう噂しているのを耳にした。
――私などとはつり合わない優良物件なのだそうだ。
あからさまな敵意を込めた視線を送り、聞こえよがしに言っていた令嬢たちの姿を思い出し、暗い気持ちになる。
「鋼鉄の剣に魔法を流した時と、純銀の剣に魔法を流した時の伝導率の差は、ある数式から計算出来るのだけどね。柄の部分の造りによって抵抗値が変わるし、魔法の属性によってもその数値は変わってくるから――」
私の気持ちの変化も何のその、ウィリアム様は楽しそうに魔法の話を続けている。
話が半分しか理解できないが、それは私の気持ちが沈んでいるからでも、ウィリアム様の話が難しすぎるからでもない。
何故か彼の手が常に私の手に重なっているのが、気になって仕方ないのだ。
私の暗い気持ちもそう続かず、だんだん専門的な内容の話にも飽きてきた。今は多分しらけた顔をしていると思う。
けれど、こうなってしまったウィリアム様は、きっとしばらく気が付かないだろう。
私はウィリアム様の話に適当に相槌を打ちながら、遠い過去に想いを馳せる。
『あのね、ミーちゃん。魔法ってね、いくつかの属性に分かれていて、得意な属性は遺伝することが多いんだって。俺は水の魔法が一番得意なんだけど、遺伝的には風の魔法にも適性があってね――』
キラキラした目で魔法について語るウィリアム様を見ていると、どうしてもルゥと姿を重ねてしまう。
ルゥ本人であるはずがないのに……。
「――あとは、聖女の使う聖魔法。あれはかなり特殊なんだ」
いつの間にか、次の話題に移っていたようだ。
私は、いけない、と思って気持ちを切り替え、ウィリアム様の話に集中することにした。
「聖女の血筋の女性には、『呪い』を見つける力があるらしくてね」
「聖女、ですか」
「ああ。聖女は呪いに聖なる魔力――いや、正しくは普通の魔法に使う魔力とは異なるエネルギーだと考えられているんだけど、その神聖な力を流すことで、魔族の呪いを解呪することが出来るんだ。他にも傷を癒したり、毒を中和したり――教会に聖女たちがいなかったら、呪いや魔獣によって命を落とす人もたくさんいただろうな」
「ウィリアム様、魔族の呪いとおっしゃいましたが、魔族はもう滅びたのですよね。魔獣被害や毒はともかく、呪いは今もまだ存在するのですか?」
私は、気になったことを質問した。
わからない部分があると、話の途中でも、ウィリアム様はいつも丁寧に解説してくれる。
彼の話は難しいが、時折、理解できる内容もある。
楽しそうに話すのを聞いているうちに、私も徐々に魔法に興味が湧いてきたので、少しでも疑問に思う内容があれば、その都度ウィリアム様に確かめるようになったのだ。
「うん。残念なことに、呪いはいまだに存在するんだ。しかも厄介なことに、どこでどうやって呪いが発生するのか、現状では全くわかっていない。魔族を目撃したという情報も一切出てこないようだ」
魔族……それは、人と同じか、それ以上に知能の高い種族である。
人と違うのは、彼らは高い魔力を持っていて、全員が好戦的であったこと。
個々の力は強いが、互いに協力することはせず、寿命が長い代わりに繁殖が難しいのか、個体数は少なかった。
闇魔法を駆使し、呪いや毒で人に苦痛を与えるのを見て楽しむような残虐性を持っていたという。
だが、長い歴史の中で、人と魔族の戦いには終止符が打たれた。
遡ること数百年前。
神の使いと言われている、一人の女性――大聖女が誕生したのだ。
彼女は呪いを打ち砕き、傷を癒し、魔を跳ね除ける聖魔法を自在に操ったという。
大聖女は、数人のメンバーでパーティーを組み、魔族の領土に攻め込んで、ついに魔族の王、魔王を討った。
それを機に、魔族は徐々にその数を減じていくこととなる。
そして数十年前、ついに魔族の目撃情報が途絶えたのだ。
ちなみに、パーティーのリーダーであり、彼女の伴侶となった男性――類稀なる剣の才能を持ち、全ての属性魔法を操ったという彼は、今では勇者と呼ばれている。
「どうやら市井で時折報告される呪いは、伝承にあるような強力な呪いではなく、呪力の残りかすみたいな程度らしい。魔法騎士団も調べているみたいだけれど、実のところ、教会があまり協力的ではないみたいなんだ。まだしばらく原因はわからないだろう、と父上は言っていたよ」
「そうなのですか……」
ふと、ウィリアム様は私から視線を逸らし、天を仰ぐ。
頭上では青空に白い雲がのんびりと流れているが、遠くの空には分厚い雲がかかっていた。
しばらくしたら、ひと雨来るだろう。
「……俺は呪いを絶対に許さない。これから三年のうちに、何としても原因を究明する。そして、ミアを護れるぐらい強い魔法騎士になってみせる――いや、ならなきゃいけないんだ、絶対に」
自分自身に語りかけるように、ウィリアム様は呟く。
遠くを眺めるその新緑色の瞳は、どこまでも真剣で力強い。
何が彼をここまで熱くさせているのか見当もつかないが、勝手にクールなタイプだと思っていた彼を、私は密かに見直したのだった。
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