氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第二章 聖女と『呪い』

1-11 魔力の宿らぬ髪色でも

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「やあミア。今日も綺麗――」

「ウィリアム様。私に、魔法を教えて下さいませんか?」

「――突然どうしたんだい? 何かあったのか?」

「……実は、先日のベイカー男爵の件で、少し思うところがございまして」

 ウィリアム様がすっと合図をすると、従者たちが下がっていく。
 こうしてすぐに気づいてくれるのは、流石である。
 普段は穏やかな淡緑色の瞳オリーブグリーンが、真剣な色を帯びて、私の海色の瞳マリンブルーをしっかりと見据えた。

「まずは、ウィリアム様に謝罪しなくてはなりません。私、やはり黙って見ていることができずに、ベイカー男爵に教会へ行くよう進言してしまいました。――あ、ただ、呪いという単語はもちろん一度も口にしておりませんわ」

「……ああ、やっぱりそうなるよな……やはり俺が先に動くべきだったな」

「その、失望させてしまって、本当に申し訳なく思っておりますわ。けれど私は、誰かが苦しい思いをするのをどうしても見たくなかったのです。今後も、それは譲れませんわ。――だからこそ、魔法を学びたいと思ったのです」

 もしも自分で聖魔法が使えたら。
 ベイカー男爵の呪いを、密かに解呪することができたら。
 そうしたら、こんな風に思い詰めることもなかったはずである。

「今まで私は魔法に興味がございませんでした。この白銀色の髪には、魔力なんて宿らないから」

 髪には魔力が宿る。
 魔法を使えることが必ずしもステータスとなるわけではないが、濃い髪色の人は、強い魔力を持っていると言われている。
 現に、魔法騎士を目指すウィリアム様の髪色は黒――強い魔力を持っている証拠だ。

 私のお母様はプラチナブロンドで、多少の生活魔法は使えるレベル。
 お父様の髪色はライトブラウンで、お母様よりも少し実践的な魔法も使えるはずだが、本人が全く興味を持っていないので、生活魔法しか使わない。

 ルゥ君も、金に近い茶髪だった。
 魔獣を足止めするために魔法を使っているところを見たが、思い描いていたような威力が出なかったのだろう……本人も発動した魔法を見て驚いていた。結局、短時間の足止めにしかならず、ルゥ君は大怪我を……。

 ――とにかく、ほとんど色素を含まない白銀髪の私には、魔力を扱うことができないと思っていたのである。

 けれど。

「聖魔法は、魔力とは異なる力を使う特殊な魔法だと、先日ウィリアム様に教えていただきました。もし私が聖女様の血筋なのだとしたら、こんな髪色の私でも、聖魔法が使える可能性があるのでしょう?」

 私は、決意を込めて、真剣な表情をするウィリアム様の顔を、正面から見据えたのだった。

「魔法を――聖魔法を、学びたいと。ミア……本気なんだね?」

「はい」

「……ううむ」

「ウィリアム様のお考えは、わかります。危険だとおっしゃるのでしょう?」

 確かに、聖魔法を大々的に使えば教会に気付かれてしまうかもしれない。
 けれど、身近な人を守るためだけにその力を使うのだったら、どうだろうか。

 私は願いを込めて、ウィリアム様を見つめる。
 その表情は、明らかに曇っていた。

「――もし、ベイカー男爵のような黒い靄が、また誰かにまとわりついていたら。そして、それがお父様やお母様だったら? お兄様や妹や、屋敷の使用人だったら? ……ウィリアム様だったら? 私は、それを見逃せないと思うのです」

「……そう、だな」

「でしたら、密かに治してしまえばいい。相手が眠っている間にとか、いくらでもやりようはあるはずですわ」

 ウィリアム様は、難しい顔のまま、沈黙している。

「それでも、駄目……ですか?」

「少し……考えさせてくれ」

 私は悲しくなって、少しうつむいた。
 ウィリアム様は少し心配性すぎる――最近は特に。
 私の不満が伝わったのか、ウィリアム様は申し訳なさそうに眉を下げた。

「……すまない、ミア。君のことが心配なのも確かだが、そもそも、教えようにも聖魔法について体系的に記した書物も少ないんだ」

「……どういうことでしょう?」

「聖魔法は、その性質上、教会と神殿騎士団が情報を占有しているんだよ。外部にはほとんど情報が出回っていないから、魔法師団や魔法騎士団でも研究が進んでいないんだ」

 少し考えてみれば、それは当然のことだった。
 聖女は教会から出ることがないのだから、聖魔法の情報を外に流す必要もその機会もないのだろう。
 魔法師団のような研究施設にも情報が回っていないというのは、少し意外だったが……聖魔法を研究したところで、普通の人には使えないのだから、意味がないということだろうか。

「ただ、見よう見まねで試してみることはできるな。私が見たことのある聖魔法――例えば、傷を癒す聖魔法であれば、その呪文――いや、聖魔法の場合は祝詞のりとと言うのだが、とにかく何と唱えているのか、どんな動作をしているのかは記憶している。だが、私は呪いを解くための祝詞のりとを聞いたことが――」

 ウィリアム様は、そこで一瞬固まった。
 突然、何かを閃いたようだ。
 心配によって不機嫌な表情をしていたのが、急に真剣味を帯びた表情に変わる。

「――いや、一度だけあるな。戻る前、あの最後の時……動転していて、正確に思い出せない。あの時、聖女が唱えていた祝詞のりとを思い出せれば……」

 ウィリアム様は、記憶を探っているようだ。
 何を思い出そうとしているのかは定かではないが、あの冷静沈着なウィリアム様が動転するような状況が、過去にあったのだろうか。

「――呪いを解く、もしくは弱める聖魔法。それをミアが習得し、彼女自身を守る鎧とすることができたら。そうしたら、あの式典で何か起きたとしても、あるいは――」

 ウィリアム様は突然、がばっと顔を上げた。
 みるみるうちに、目が輝きを帯びていく。
 何か心境の変化があったのだろうか? この短時間で?

「ミア。聖魔法の件は、前向きに検討しよう。だが、少し待ってくれ。情報を整理する時間が必要だ」

「ありがとうございま――」

「すまない。今日はこれで失礼する。それまでは絶対に、その力が露見しないようにすると、約束してくれるか?」

「は、はい。お約束します」

 突如ぴりりとした騎士のような雰囲気に変わってしまったウィリアム様に戸惑っていると、彼は従者に指示を飛ばし、あっという間に帰り支度を始めた。
 普段の激甘モードとは大違いで、まるで戦時中の騎士のようだ。
 突然彼が大人になってしまったような、どこかへ離れていって、私だけ取り残されてしまったような……不思議な感覚に陥る。

「ミア。が必ず、君を守る。必ずだ」

「あ――」

 ウィリアム様は、そう言い残すと、颯爽と屋敷を後にしてしまった。

「また、『俺』って……」

 それが、ウィリアム様の素なのだろう。

「――でも、嫌いじゃないですわ」

 歯の浮くようなセリフを並べ立てる最近のウィリアム様や、ただただ氷像のように冷たかった以前のウィリアム様よりも、好感が持てた。

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