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第三章 聖女の証明
1-16 星の夜 後編 ★三人称視点
しおりを挟む回想の続きです。
――*――
ステラが再びエヴァンズの屋敷を訪れた時、彼女のお腹は大きくなっていた。
以前口にしていた通り、彼女にとって特別な人の、特別になることができたのだろう。
しかし、彼女は身も心もボロボロになっていた。
「私の特別な人は……いなくなってしまいました。この力のせいで……教会のせいで」
ステラは、あれから入念に準備を行い、教会からの仕事で王都の外へ派遣されるのを待って、教会を抜けることに成功したのだそうだ。
彼女の想い人は、ちょくちょく彼女が派遣されていた田舎町に住む、青年だったらしい。
ステラが王都に戻る予定になっていた日の前夜、彼女は青年と協力しあって、町から逃げ出した。
事前に逃走ルートの計画や変装の準備、旅支度もしていたため、駆け落ちは難なく成功し、とある村で密やかに暮らし始めたのだ。
ステラと青年は仲睦まじく暮らし、ほどなくして二人の愛の結晶もその身に宿した。
ところが。
その村を、悲劇が襲う。
魔獣の、大量発生だ。
突如起こったスタンピードに、村は壊滅状態に。
ただただ一方的な蹂躙に、家は壊され、村は一夜にして姿を消した。
しかし、ステラは元聖女。
家も畑も荒らされ放題だったが、死者は誰一人出さなかった。
「その時は、理由がわからなかったのですが――私の力は、教会にいた頃より、格段に強くなっていました。村人全てを救えるほどに。とにかく必死で力を使って、そのまま気を失って……目を覚ますと、数日が経っていました。私と夫は、神殿騎士団の馬車に乗せられていて、馬車はもう、王都の近郊まで来ているようでした」
スタンピードの報告を受けた王国は、魔法騎士団に魔獣の駆逐を、神殿騎士団と教会に怪我人の治療を命じた。
彼らは、壊滅した村や町を巡っていて、一箇所だけおかしなことが起きている村を発見した。
その村は、外見こそ完全に壊滅しているのに、一人も被害者を出さなかったのだ。
明らかに異常な事態に、神殿騎士団はすぐさま調査を始めた。
そして。
神殿騎士団は、すぐにステラの存在に行き着いた。
平時だったら、ステラの夫も、どうにかして別の村や町に逃げおおせただろう。
しかし、スタンピードの直後だ。
大量発生した魔獣が、どこをうろついているかもわからず、近隣の村や町が無事なのかも不明。
結果として、ステラの夫は、その場から動くことができなかったのである。
「そのまま教会に戻ったら、私はきっと監禁され、二度とお日様の下に出ることができなくなる。お腹の子も、私ではなく教会の関係者が育てることになるでしょう。そして、夫は――私を拐かした罪で、死罪にされてしまう」
ステラの夫は、もう、何もかも諦めている様子だった。
最愛の妻を優しく抱きしめ、いくつも口付けを落とすと、御者台に登って馬を止めさせた。
「私は、家族と一緒にいたかった。夫は、どうせ消えゆく命なら、君の望むままにと……盛大にトラブルを起こして、足止めを。私は、その隙に逃げだして……どこに行こうかと考えた時に、真っ先に思いついたのが、エヴァンズ子爵様のお言葉でした」
そうして命からがら逃げ出してきたステラを、エヴァンズ子爵は屋敷に招き入れた。
子爵は、ほとぼりが冷めるまで、ステラを屋敷の奥で匿うことにした。
神殿騎士団の聞き取り調査が何度か来たものの、さすがの教会も、貴族の屋敷の中まで捜索する権限を持たない。
そのため、ステラの存在が発覚することはなかった。
数日後、脱走聖女一名が王都内で行方不明、聖女を誘拐した犯人も、街を流れる水路に飛び込んで姿を消したというニュースが王都を駆け巡った。
ステラは、「あの人は生きてるわ、きっと」と希望を持ったようだった。
それからさらに数日。
エヴァンズの屋敷で、ステラは出産した。
白銀の髪、海色の瞳。
ステラにそっくりの、可愛らしい女の子だった。
「女の子……白い髪……この子も、聖女なのね」
ステラは、生まれたばかりの女児を見て、柔らかに微笑み、愛でて。
そうして、強く思ったのである。「この子は教会ではなく、愛に溢れた家庭で育てたい」と。
女児にミアという名をつけると、ステラは毎日少しずつ机に向かい、手記を残しはじめた。
ミアが生まれてから、ひと月ほど経った頃。
さらに事態は動いた。
ステラの夫が、見つかったというのだ。
平民街に潜伏していたところを、神殿騎士団によって確保されたのだという。
教会は、王都中に呼びかけた。「脱走聖女が教会に出頭すれば、この者の死罪は撤回する」と。
ステラは、ひどく憔悴した。
生まれたばかりの娘との生活を取るか、夫の命を取るか。
罠かもしれない、とも考えた。
けれど、目先の幸せよりも、愛しい人の命の方が大切だ。
ステラは、決意した。今度は自分が夫を救う番だと。
「ステラ様、行って下さい。ミアは、私たちが責任を持って、大切に育てますから」
エヴァンズ子爵は、そう言った。
隣で、子爵の妻も自身の息子を腕に抱き、頷いている。
ステラは、エヴァンズ子爵とその妻を信頼している。もう、かけがえのない友人だと思っている。
彼らにもミアにも申し訳ないが、彼らならミアを幸せにしてくれる。そう考え、夫のもとに向かうことを決めた。
ステラは、腕に抱いていたミアを、エヴァンズ子爵の腕の中にそっと預ける。
ステラの愛しい娘は、すやすやと眠っていた。
「ミアは、本当の娘として育てます。ステラ様、貴女とご主人が、ミアを迎えに来る日を待っていますよ」
ステラの頬を、つう、と涙が伝う。
今までにステラが流した涙の中で、一番温かい涙だった。
ステラは、何度も何度も、感謝を告げた。
「――お願いがあるんです。もし、ミアが聖女の力に気付いたその時、彼女にこの手記を渡して下さい。それから……教会には近づけないでほしいのです。教会が存続する限り――呪いを解く聖女の力は、聖女自身にとってはただの呪いです」
毎日少しずつ書き進めた手記を、机の上に置く。
大切な娘に贈る大切なメッセージ。ステラはエヴァンズ子爵に、全てを託した。
「私は、ある重大なことに気付きました。この手記に、そのヒントが書かれています。教会が聖女を管理していては、その力は弱まるばかり。ミアなら、きっと手記を読み解き、その殻を破ることができる。ミアが本当の愛を見つけるまで、それまで、ミアに惜しみない愛を……どうか、よろしくお願いします」
「ええ、約束します。私たちが、ミアを守り愛すると。ステラ様、貴女の友人として、貴女の分まで」
「ありがとう。エヴァンズ子爵様、奥様――ありがとう」
ミアを抱いたエヴァンズ子爵と、彼らの長男を抱いた子爵夫人に、ステラは交互にハグをする。
ステラは、名残り惜しむようにミアの寝顔をしっかりと目に焼き付けた。
そして彼女は、玄関の扉を細く静かに開く。
新月の夜。
暗い道を、星明かりが細く照らしている。
ステラは、振り返ることなく、歩き出した。
その先に、いずれ、希望が見えると信じて。
◇◆◇
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