氷麗の騎士は私にだけ甘く微笑む

矢口愛留

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第四章 手紙の行方

1-18 手紙

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 年が明けると、王国では毎年恒例の、新年を祝う夜会が開かれる。
 私はウィリアム様のエスコートで王城へ向かっていた。

 彼は、魔法通信でお父様に許可まで取って、わざわざ専用の馬車で迎えに来てくれていた。
 本来、この行事は貴族家全員で出向くので、婚約者ではなく家族と共に向かうのが通例なのだが。

 ウィリアム様は、銀の縁取りがあるブルーの夜会服を身に纏っている。
 一方私は、淡い緑色のドレス。地味にならない程度に、要所要所に黒のレースやリボンがあしらわれている。
 アクセサリーは、全てペリドットだ。

 妹のマーガレットがまたトゲトゲした視線を向けていたが、ウィリアム様は意に介さず、私の手を取って馬車へ乗せてくれた。
 ウィリアム様はお父様と一言、二言交わしてから馬車に乗り込むと、扉を閉める。
 馬車はゆっくり迂回しながら、王城への道を進み始めた。

「ミア……会いたかった。久々に、二人きりだね」

「は、はい」

 煌びやかな夜会服を身につけたウィリアム様は、いつも以上にキラキラ輝いている。
 彼はとろけるように甘い顔で微笑むと、私の手を取ってその甲に口付けを落とした。

「なっ、なにを」

「ふふ、すまない。君があまりにも可愛いから、つい――林檎のように真っ赤だね。食べてしまいたいよ」

「もう! 何を言うのです! やっぱり引き返して、お父様たちと一緒に行こうかしら」

「ごめんごめん。意地悪しすぎたね」

 ウィリアム様は悪戯にウインクをして、私の手を解放した。
 私がぷい、とそっぽを向くと、ウィリアム様がくすりと笑うのが聞こえた。
 本当に人をからかうのが上手いんだから。

「ところでミア、魔法の練習はどうだい?」

 ウィリアム様はさりげなくカーテンを閉め、薬草を一本取り出した。

「ええ、順調ですわ。薬草、お借りしますわね」

 私は薬草を受け取るとそれをちぎって、『治癒ヒール』の魔法をかける。
 みるみるうちに、薬草は元の姿を取り戻した。

「すごいよ! 完璧じゃないか! ミア、頑張ったね」

「ありがとうございます、ウィリアム様のおかげですわ」

「これなら次の段階に進んでも良さそうだね。でも今はさすがに時間がないな……また後で説明するよ」

 ウィリアム様は、満足そうに笑っている。
 頑張りを素直に認めてくれたことと、魔法がちゃんと上手くいってホッとしたことで、私の口元も綻んだ。正面に座っている彼も、眩しそうに目を細めた。

 ウィリアム様は薬草を鞄にしまうと、馬車のカーテンを再び開け、外を眺める。
 道が広くなってきた。もう、王城前広場の手前まで来ていたようだ。

「御者に頼んでできるだけ迂回してもらったけど、もうすぐ着いてしまうようだね。ミア、馬車を降りる前にもう一つ聞きたいんだけれど……」

 ウィリアム様は顔を正面に戻して、探るように私をじっと見つめる。
 私も窓から視線を外し、ウィリアム様の方を向く。
 少しの不安が混じった、真剣な表情がそこにあった。

「……何でしょうか?」

「――私の送った手紙は、届いた?」

「え……? 届いておりませんけれど?」

 私は目をぱちぱちと瞬く。
 年末にウィリアム様の口から手紙の話題が出たから、届くと思って待っていたのだが、一切届かなかった。
 私からも手紙を送ったのだが、その返事も来なくて、ガッカリしていたのだが。

「三通送ったのだけれど、一通も届いていない?」

「……はい」

「やはりか……」

 途中で配達事故でもあったのだろうか。
 だが、三通もの手紙が未着だなんて、あり得ない気がする。

「ちなみに、ミア、君は私に手紙を送ったかい?」

「ええ、一通、お送り致しましたわ。お返事が来たらもう一通出そうと思っていたのですけれど」

 こちらから送った手紙も届いていないなんて、絶対におかしい。
 となると、これは配達事故ではなくて――

「……もしかして、手紙がどこかで止められているのですか?」

「ああ、どうやらそのようだ。いつからなのかは不明だが、調査する必要があるな。最悪、婚約が決まった当初から止められていた可能性もある」

「そんなに……? 一体誰が、何の目的で……」

「年末にミアと話をした時に、君の反応に違和感を感じたんだ。まるで私が手紙を送っていないかのようなことを言ったろう?」

「ええ。婚約してから今まで、一度も」

「やはりそうか……婚約してからは、わりとマメに手紙を書いていたんだけどね……」

「そんな……私だって、月に何度かお手紙をお送りしていたのですわよ」

「ああ、ミアの直筆の手紙……! 手元にあったら何度も読み返してほおずりをして毎晩枕元に置いて眠ったのに」

「ええ……?」

 それはちょっと引く。

「ごほん。……それで、あれから私は、まず最初にオースティン伯爵家の内部にスパイがいる可能性を考えた。すぐさま父上に報告して、密かに調べたのだが、おかしな動きは見られなかった。つまり、手紙を止めている犯人は、郵便の配達人か、もしくは――」

「――エヴァンズ子爵家の内部にいる、ということですわね」

 ウィリアム様は、頷いた。

「ミア、悪いんだが、この手紙をエヴァンズ子爵に直接手渡してくれるか? できれば、他の誰も見ていない時に」

「わかりましたわ。……それにしても、なんだか、不気味ですわね」

「……ああ。充分、注意してくれ」

「はい」

「――前回・・は見えてこなかったことが色々見えてきたな」

「……前回?」

「あ、いや、何でもないんだ。――それより、もう到着してしまうな。夜会か……正直あまり気乗りしないな。挨拶が終わったら、早めに抜けてしまおうか」

「まあ。奇遇ですわね、私も同じ気持ちでしたの」

 私とウィリアム様は、クスクスと笑い合った。
 お父様に手紙を渡して、許可が取れたら本当に二人で夜会を抜けてきてしまうのも、いいかもしれない。

 以前だったら、ウィリアム様と二人きりなんて、気まずくて絶対に嫌だったが……今は、なんだか穏やかな気持ちになっている。
 こんな風に、二人で笑い合える未来が来るなんて、数ヶ月前には思いもしなかった。

 そして、馬車は夜会が開かれる王城の前に、ゆっくりと停まったのだった。
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